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そこに居たのは、薄紫のロングヘアを風にたなびかせる、眼力だけで全ての者を平伏させそうな光を三白眼から放つ「天世人ラミウム」であった。
有無を言わせぬ威徳を持った眼差しで斜に構え、観客、兵士、騎士、貴族、王族など、闘技場内の全ての者たちがその存在に、存在感に圧倒され慄く中、ドロプウォートだけは彼女の出現を予見でもしていたのか、さほど驚いた様子も見せず、静かに剣を背後に回し立て、彼女の前で目線を下げて跪いた。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
その姿に触発され、国王をはじめとする兵士たちや誓約者たち、彼ら彼女らを守っていた騎士たち、契約の済んだ誓約者たちも一斉に剣を背後に回し立てて跪き、観客たちも畏敬の念を以って目を伏せた。
狂乱の渦にあった闘技場内は一して厳かな空気に。
(もっ、もしかして僕ぅ、助かった……の?)
訳が分からぬ状況変化に戸惑うイケメン少年勇者であったが、一先ず、生命の危機を保留にされた事は何となく感じ取り、
「は……」
操り糸が切れた様に尻餅をつくと、ラミウムはそんな彼の傍らに立ち、「安心おし」と言わんばかりの笑顔で以って見下ろしたが、跪いたまま周囲を取り囲む兵士たちに視線を移すや否や表情を「怒り」に豹変させ、『ダァン!』と地面を激しく踏み鳴らし、
「「「「「「「「「「ッ!!!」」」」」」」」」」
幼子の様にビクつく百戦錬磨の兵士たち。相手が「天世人」だからなのか、「ラミウム」だからか、それともその両方か。
そんな彼らを、ラミウムは明王の如き憤怒の形相で見下ろし、
「アタシの選んだ勇者にケチ付けるヤツ(首謀者)ぁ、何処のドイツだァアァい!!!」
体から魂が押し出されそうに感じる程の剣幕に、兵士たちは、一斉に隊長兵士を指差した。
「!?」
その動きはあまりに俊敏で、一切の迷いが感じられず、信頼のおける部下たちの「まさかの裏切り」に隊長兵士は動揺を露わ、
「きっ、貴様らぁあぁ!」
激しく狼狽したが、獲物を見つけたラミウムは、
「ほほぅ、アンタかぁい」
不敵に笑って舌なめずり。
「アタシの「可愛い舎弟」にケチ付けてくれたのはさぁね♪」
ヤンキー張りのイキった笑顔に、
((((((((((((((((((((天世様が「舎弟」って言っちゃった……))))))))))))))))))))
闘技場内の誰もが心の中でツッコミを入れたが、全ての責任を被る羽目になった隊長兵士はそれどころではない。
「めぇ、めめめめめっ滅相もございましぇん!」
慌てふためき平身低頭、先程までの威風堂々たる雄姿は何処へやら。大汗垂れ流し、
「我ら中世人の繁栄は、貴方様がた「天世人」様の恩恵があればこそでえぇありぃ! しかもラミウム様はその中でも「勇者召喚」を許された「百人の天世様」のお一人! その様な方が選ばれた勇者様にぃまかり間違ってぇも『ケチを付ける』などと言う事は決してぇ無くぅうぅ!」
うろたえるばかりであったが、そんな彼を、未だ収まらない怒りを以って見下ろすラミウム。
すると傍らでへたり込んでいた「半べそイケメン少年勇者」が、やおらラミウムの横顔を見上げ、
「ラミウムってさ……」
「あぁん?」
「ただの「ヤンキー女神」じゃなかったんだね♪」
本人的には悪気は無く、むしろ称するつもりで言ったのだが、世間一般的に考えて褒め言葉ではない。
当然の様に、
「誰がヤンキーだァい!」
「ひぃ!」
怒鳴られ頭を抱えたが、見知った顔の登場で心に若干の余裕を取り戻し、
(「女神」の部分は否定しないんだ)
心の中でツッコミを入れつつ、未だ半泣きの顔で顔色を窺う様に、
「もしかしてラミウムって……」
「あぁ? またヤンキーとかぬかすんじゃないだろぅさねぇ?」
「ち、違うよぉ!」
慌てて否定した上で、
「実は、もの凄く偉い女神様……なのぉ?」
「はぁん? アタシが女神かだってぇ?? 「このガラ」でかぁい???」
ガサツな自覚はあるのか、自嘲気味に鼻先で笑うと、
「女神なんてキャラじゃないだろぅさねぇ♪」
ケタケタと笑い出し、
「だいたいアタシら天世人は「神」でもなけりゃぁ「偉くもない」のさねぇ」
ここまでの中世の人々とラミウムのやり取りから考えると、それは意外な答えであり、
「そぅなの?」
不思議そうな顔をすると、ラミウムは「謙遜」と言うより「呆れ」に近い表情で、
「単にこの「中世の世界」が、アタシ等「天世人のチカラの加護」で、地世の連中とバケモノどもから護られてるって話なだけさぁね」
「ふぅ~~~ん……そうなんだ」
頷いては見せたものの、
(何か、よく分からないけど……)
当然である。
この世界の成り立ちすら、説明を受けていないのだから。
しかし、再び苛立たせてしまう事を警戒し、理解したフリをしていると、隊長兵士が手もみしながら様子を窺う様に、
「あ、あのぅぉ、お話の途中で申し訳ございませんんがぁ……」
話に割って入り、
「わ、わたくし共としましてはぁ、そちらの御仁が「百一人目として召喚」されぇ、斯様な事は歴史上皆無でありぃ、」
保身とも取れる言い訳を始め、連帯責任を問われかねない兵士たちも同意する様にコクコク頷いて見せたが、ラミウムは終わりを待たず、
『アタシの知った事じゃないねぇ!』
振り向きざまに、言い訳を一刀両断。
「「「「「「「「「「えぇーーーーーーッ!」」」」」」」」」」
容赦ない突っぱねに慄く兵士たちを前に、有無を許さぬキレ顔で以って、
「コイツはアタシが選んだ『アタシの勇者』さぁね! 疑うんなら他を当たんなァ!」
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」
信仰対象に近い天世人が選んだ勇者に、思い込みで切っ先を向けてしまった手前、
「「「「「「「「「「ハハァーーーーーーッ!」」」」」」」」」」
兵士たちは一斉に頭を下げ、隊長兵士も平身低頭、謝罪を交え、
「らっ、ラミウム様が自ら名乗り出て下さった以上ぅ、我々に其方の御仁を疑う余地など決してございませぇん!」
頭を下げると、ラミウムは満足げに、
「分かりゃ良いのさぁね、分かりゃぁね」
ニヤリと笑い、怒りの矛を収めた笑みに兵士たちもホッと胸を撫で下ろした。