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1-43

 その頃ラミウムたちは――


 夜闇の暗がりに乗じて村から遠ざかる、絶賛真っ最中であった。


 全てはラミウムの企て。


 始めからパストリスの言動に疑念を抱いてはいたものの、明るい時間帯での逃走劇では村人たちに捕縛される可能性が高く、夜を待つ為、あえて火中(盗賊村)に飛び込んだのである。

 本物の教会があれば「なお良し」との、計算もあっての事ではあるが。


 荒事に慣れているのか、視界の利かない夜の藪を物ともせず、掻き分け突き進むラミウム。そんな女神とは程遠い、ワイルドさを見せつける彼女の後ろに付き従うドロプウォートは、寂しげな顔してため息交じり、

「あんなに良い子でしたのに私達を陥れていたなんて、未だに信じられませんわ……それに、活気に溢れたあの様な村が「犯罪者の村」だったなんて……」

 その後ろに従うラディッシュも、

「本当だよぉ……」

 悲嘆の声を漏らすと、前を行くラミウムが皮肉った笑みを浮かべて振り返り、


「世間知らずの「箱入り」と「お人好し」に、良い言葉を教えといてやるよ」

「「え?」」


「人は見かけによらないってねぇ」


 ニヤケ顔に、ラディッシュは少しムッとし、

「天世人が「人を疑う事」を教えるのぉ?」

 するとラミウムがヤレヤレ顔で、


「ラディ……前にも言ったろぉ? 天世は神じゃないってぇ。オマエの居た世界じゃどうだったか知らないがねぇ、コッチの世界にゃ「神様」なんて高尚なモンはハナから居ねぇのさぁね」

(それにしたってさぁ、もう少し言い方とかあるんじゃ……)


 腑に落ちなさを滲ませていると、

「それに致しましてもラミィ、村全体が怪しいと良く気が付きましたわねぇ」

 感心するドロプウォートであったが、ラミウムは称賛に対して呆れ交じり、

「ドロプ、異世界から来たラディならともかく、アンタは気が付かなかったのかぁい? 村人や教会の違和感ってヤツにさぁね」

「違和感?」

 キョトンとした首傾げに、小さな溜息を吐くと自身の頭を指差し、


「頭だよ、ア・タ・マ」

「頭………………あぁっ! そぅですわぁ!」

「やっと気付いたかぁい」


「え? ナニナニ!? どう言うこと、ドロプさん?!」


 話が見えないラディッシュが、ドロプウォートに追い着き横並びになると、

「天世を崇める私達、中世の人々は、天世からの恩恵を少しでも受けようと、平時は頭に何も被らないのが常識ですの」

「そうなの? でもさっき神父さんみたいな人も、信者の人も帽子を被ってたよ?」

「だろ?」

 不敵にニヤリと笑うラミウムから、ラディッシュはとある事実を思い出し、


「そう言えば、村の人達の民族衣装も、みんな帽子付きだった!」

「キッシッシッ。そう言う事さぁね」

「でしたら「不帰の森」と言うのは……」


 ドロプウォートの言わんとしている話を察したラミウムは、小さな笑みを浮かべ、

「いつからかは知らないがねぇ、行方不明のほとんどが村の連中の餌食さぁね。田畑の開拓もまともにされていないポツンと村で、あれだけ裕福な暮らしをしてんのも、強盗を生業にしているお陰なんだろうさぁね」

「なんて事を……」

「しかも地理的に、敵国の侵入の心配もない場所さぁね。貴族連中に実害でも与えない限り、何が起きようと国は知ったこっちゃないだろうしねぇ」


「でっ、でも!」


 未だ納得がいかない面持ちのラディッシュが声を上げ、

「あんな大人しそうなパストリスさんや陽気な村の人達が「全員悪人」なんて、僕には信じられないよぉ! きっと何か深い事情が、」


『ラディ!』

「!?」


 ラミウムは茶化しのない、真っ直ぐな眼差しでラディッシュを見つめ、

「アンタは、無慈悲に殺されて逝った人や、その遺族を前に、今と同じ言葉を言えんのかぁい?」

「そっ、それは……」

 正に正論。


 返す言葉も無く押し黙ると、ラミウムは背後から徐々に近づく松明の灯りを苦々しく見つめ、

「チッ! 暗がりに乗じても「地の利は向こう」ってかぁい!」

 太々しく吐き捨て、手詰まり感に、眉間にシワを寄せると、


「ラミィ!」

「?」


 ドロプウォートが腹を括った表情で、剣を鞘から抜く仕草を見せ、

「おやりになりますか?」

「!」

 瞬時に意図を察するラミウム。


「このまま逃げていても「ジリ貧」ってかぁい」


 不敵にニヤリと笑い返し、

「腹の括りは嫌いじゃないがぁね、今度の相手は「普通の人間」さぁね。箱入りのアンタに、ヤレんのかぁい?」

 覚悟を求められたドロプウォートはギュッと唇を噛み締め、ラミウムの目を真っ直ぐ見据え、

「自身が定めた騎士道を歩む為ならば、立ちはだかる相手には修羅にもなって見せますですわ!」

「イイ覚悟だよ」

 フッと小さく笑うと、ドロプウォートも小さく笑い返し、

「ラミィこそ、天世人でありながら中世人を手に掛けてもよろしくてぇ?」

 問いかけに、ラミウムは皮肉った笑みを浮かべ、

「アタシら天世は「神じゃない」つってんだろぉ? 全ては、生き抜く為さぁね」

 女子二人が、笑顔で互いの決意を確かめ合う中、


「ちょ、ちょっと待ってよぉ二人ともぉ!」


 不穏な空気を察したラディッシュが怯えた声を上げ、

「ナニ物騒なこと言い始めてるんだよぉおぉ!」

 うろたえ顔をすると、女子二人は険しい表情で振り返り、


「「死にたくなかったら戦いな(さいですわ)ァ!」」

「ッ!」


 突如、突き付けられた目の前の現実に、

(たっ、戦う?! この僕がぁ?!! 人間相手に殺し合いぃい?!!!)

 ラディッシュの手と膝は音が出そうなほどガクガク震え、吐きそうな緊張がこみ上げて来ると、


(伏せるんだよォ!)


 ラミウムが茫然自失のラディッシュの頭を無理矢理押さえつけて屈み込み、徐々に迫る松明の灯りと、追跡者たちの息づかいに身構え、ドロプウォートも緊張した面持ちで剣の柄に手を掛け、今にも飛び出し斬り掛からんと身を伏せていると、緊迫に耐え兼ねたラディッシュが声を押し殺しながら、


(やっぱり僕に「人殺し」なんて無理だよぉおぉ!)

(シィ! 黙りなァ!)

(だってぇ動物一匹殺せないんだよぉおぉぉ)

(お静かにぃですわ! 居場所が知れてしまいますですわァ!)


 女子二人に諭されてもなお、

(そんなこと言ったってぇえぇ!)

 涙ながらに無理を訴えたが、突如あらぬ方向から伸びて来た手に肩をポンと叩かれ、


「ヒッ!」


 思わず大きな悲鳴を上げてしまった。


『あの辺から声がしたぞぉ!』


 血走った眼で、松明をかざす村人たち。

 ラディッシュたちが潜んでいる茂みに、最大限の警戒をしつつ近づき、手前まで来ると頷き合い、各々手にした農具の武器を振りかざし、


「出て来い! そこに居るのは分かってるぞォ!」


 夜闇の森に響き渡る怒鳴り声。

 すると、


 ガサッ!

「「「「「「「「「「ッ!」」」」」」」」」」


 飛び出して来たのは、ウサギの様な小型の草食動物が一匹。

 いきり立つ人間たちに見下ろされ、


「キュピィ!」


 正に脱兎の如く、森の奥へと逃げて行き、

「なんだぁ……」

 ホッと気を抜いたのも束の間、


 バキキィイィ!


 突如一人が何かに激しく薙ぎ払われて数メートル吹き飛び、


 ドガァアァァ!

「ゲハァ!」


 巨木の幹に背中を激しく打ち付け、血を吐き息絶えた。

 それは、ほんの一瞬の出来事。

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 反射的に振り返る村人たち。


 立ちはだかっていたのは、見上げるほど巨大な黒い影。

 青白く輝く満月を背に、体長三メートルを優に超す熊を思わせる大型の肉食動物は、鋭い牙を見せつける様に剥き出すと、血の様な 赤黒い光を放つ両の眼で立ちすくむ村人たちを見下ろし、


『グォガァアァァァァァアァァァァ!』


 耳を裂く咆哮を上げた。

「お、おっ、汚染獣ぅ…………」

 蛇に睨まれた蛙状態でフリーズしていた村人たち。やっとの思いの引け腰でジリッ、ジリリッと数歩後退り、


「にッ、逃げろぉおぉぉっぉぉぉぉぉぉぉおおおぉぉ!」

「汚染獣が出たぁあぁぁあぁっぁぁぁあああぁぁ!」


 手にしていた何もかも全てを放り捨て、なりふり構わず一斉に逃げ出した。

 追う身から一転、追われる身に。

 しかし、


『グォワガァアァァーーーッ!!!』


 その巨体に見合わぬ素早さで駆け迫る汚染獣。逃げ惑う背中に容赦なく爪を立て、切り裂き、命は無慈悲に、次々蹂躙されて逝った。

 あたかもそれは、村人たちが行って来た数々の蛮行を裁く、神の代行者の如くに。



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