6-51
ひと騒動あって後――
サインを書いたリブロンはコホンと咳払いを一つ、
「い、色々と起きましたが、本題へ戻らせていただきます」
凛とした表情を取り戻してバタついた気持ちを立て直し、
「勇者様や一部の方々には既に御理解いただけていると思いますが、皆様には陛下と私を危地から救って頂きたく、先ずは漫画化の手伝いをお願い致します」
●眼鏡を掛けた女王フルールと共に頭を下げると、
『何だか知らないがぁ、アタシらにドォーンと任すさぁねぇ!』
「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」
頼もしくある声を真っ先に上げたのはイリスであったが、その先で待っていたのは仲間たちの誰もが危惧を抱いた、
『なっ、何てぇこったぁい……』
緑ジャージイリスの、お約束のフラグ回収。
わななく彼女に、
「は、初めのうちはぁ誰しもぉ、こ、この様なモノなのですわぁ♪」
多少引きつった笑顔ながらも、気遣いを見せる緑ジャージのドロプウォート。
視線の先にあったのは「赤ジャージ女王フルール」がセリフ入れまで済ませ、完成間近であった漫画原稿の一枚であり、描かれたキャラクターの体の一部が、不自然に、黒く塗り潰れた原稿であった。
犯人は、言わずもがなイリス。
黒インクで指定箇所を塗り潰す「ベタ塗り作業」を任されたのであったが、彼女は過度に不器用らしく、指定箇所から豪快にハミ出したばかりか、不要箇所まで塗り潰してしまったのである。
修正必須となってしまった上に、塗り絵作業さえ出来ない「自身の不器用」を思い知った彼女は、自ら犯したミスに打ち震え、
「いっ、いくらぁ初めてっつってもさぁねぇ……」
(限度ってモンがぁあるさねぇ)
ショックを受けつつ、同じ作業を隣で任されていたチィックウィードの手元をチラ見。
すると視線に気付いた彼女は作業の手を止め、何故に見られたのか不思議に思い、
「なぉ?」
ダブついた緑ジャージで、仕上げた原稿を手に持って見せ、
『かぁ!』
更なる激しい衝撃を受けるイリス。
(かっ、完璧に仕上げてるさぁねぇ!!!?)
数歩、後退り。
その姿から「勝ち」を知ったチィックウィードは、
「フッフッフッ♪」
ドヤ顔を見せつけた途端、イリスは悔し気に、
『せぇ、せ、青春のバカヤロォーーーー!』
部屋から飛び出して行ってしまった。
緑ジャージ姿のまま、「ディープな世界」への染まり具合を多分に感じさせる捨て台詞を残し。
「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」
異様な沈黙が漂う中、
「ま……またやりスギちったなぉ……」
幼いながらもバツが悪そうに呟くチィックウィードと、苦笑のラディッシュ達。
そうして「傷心イリス」が辿り着いたのが、小川の土手であった。
私服姿で、煌めく水面を仄暗く見つめながら、
(アタシぁ塗り絵も満足に出来ない「ブッキーさん」だったんさねぇ……今まで周りの連中が何でもしてくれたから、気付きもしなかったさぁねぇ……)
ため息交じりにボヤいていると、
『やっと見つけた♪』
(!)
背後からの安堵の声に、彼女は振り返る事も無く、
「何しに来たのさぁねぇ、ラディ! 連れ戻しに来たならムダさねぇ。どぅせアタシが居たって作業の邪魔になるダケさぁね……」
少し拗ねた物言いに、ラディッシュは静かに歩み寄り、
「誰にだって向き不向きはあるよぉ」
優しく宥めたものの、
『アレが「向き不向き」で済ませられる程度かぁい!』
逆ギレ気味に振り返り、
「アタシぁ何の作業をやってもダメだったじゃないさねぇ! 最後に残ったのが「幼いチィ坊」にも出来る仕事だったのに……アタシぁ……それすら満足に……」
視線を落とすと、
「なぁ、ラディ……」
「……イリィ?」
彼女は気落ちしている為か、
「アタシによく似たラミウム様ってぇのぁ……やっぱぁアタシと違って何でも出来る「完璧魔人」だったんだろぅさぁね……」
(それに比べてアタシぁ……何でも出来なきゃいけない立場の人間だってのに「とんだポンコツ」だったさぁねぇ……)
珍しく愚痴っぽくこぼしたが、彼は変わらぬ穏やかな笑みを以て、
「そんなこと無かったよ」
「気休めはよしとくれぇ!」
即応のイリス。
「余計みじめになっちまうさねぇ」
(あはははは。相当ショックを受けてるなぁ)
ラディッシュは小さく苦笑すると、
「でも、ほんと。これが気休めじゃないんだよなぁ~」
「……そう……なのかぁい?」
「そうだよ、ホントに問題だらけぇ♪」
「…………」
「ワガママでさぁ、人の言う事を全然聞いてくれなくて、その上、気に入らないとスグに暴力を振るうし、」
「なっ、何か話だけ聞いてるとエライ難物さねぇ? その人ぁ本当に「百人の天世人様」なのかぁい?」
「本当だよぉ~随分手を焼かされたんだぁ~」
当時を思い返し、困惑笑いを浮かべたが、
「でもね」
「?」
「僕たちは「彼女の本当」を知ってる♪」
「…………」
「ラミィって実は「とっても不器用」でさ、手先だけじゃなくて「生き方」ものね……それでいて照れ屋で、傷付きやすくて……ワガママは素直になれない気持ちの裏返し。本当は、とても優しくて、気遣いの出来るヒトだったんだ♪」
彼の笑顔にイリスは思った。
(そこまでラミウム様の事を……)
先の言葉を口にするのは、彼の古傷に「塩を塗る行為」と頭で理解しながら思わず、
「本当に「好き」だったんさねぇ……」
何故、言わないつもりの言葉を言ってしまったのか、彼女自身にも分からない。しかし口にしてしまってから慌てて、
「すっ、済まないさねぇヘンな事を言っちまった!」
口をつぐんだが、彼は小さい笑顔のまま首を横に振り、
「気にしてないよぉ、だって「本当の事だった」んだしさぁ♪」
「!」
彼の笑顔が、過去形の物言いが、心に痛かった。
生きていれば関係を作り直せた可能性はあったであろうが、その彼女はもう居ない。
やり直しは「不可能」なのである。
(生きてるアタシぁ何も出来ない「今の自分」に気付けた……そして生きているからこそ、やり直せるさねぇ。だったら、どんな小さな事でもイイ。何か、何か変わる為のキッカケを!)
思い至ると、まるで見透かしたかのように、
「僕、これからみんなの夕食を作るんだけど……一緒に作ってみる?」
「おぅさねぇ!」
イリスは即答で快諾し、笑顔で頷き合った二人は城の厨房へ向かった。
道すがら、憑き物が落ちたかのような「スッキリとした横顔」を見せる彼女に、ラディッシュは密かに、そしてしみじみ思った。
(イリィにも女の子らしい「恥じらう面」があったんだなぁ……)
緑ジャージで飛び出して行った筈の彼女が、いつの間にか私服に着替えていた事に。




