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煌びやかな金の彫刻が施された枠に収まる巨大な立ち見鏡を前に、そこに映るイケメン少年を不思議そうに見据えていたが、
「!」
(ヤンキー女神が言ってた「勇者らしいステータス」ってコレかぁ!)
自身の新たな姿に、モテ期到来の予感に顔をほころばせ、
(ありがとうぅ『ラミウム様』ぁ~~~!)
思わずニヤケそうになったが、
(いけない、いけない、僕は「勇者」なんだから!)
周囲から感じる無数の視線に慌てて取り繕い、凛とした表情を保とうとしたが、人生初のイケてる容姿にニヤニヤは止まらなかった。
しかし周囲から聞こえて来た声は、
(いったい、どうなってるんだぁ……)
(どう言う事なのぉ……)
(こんなの聞いた事もないぞ……)
(でもイケメンだわぁ……)
(言ってる場合かよ!)
勇者到来の歓迎ムードとは明らかに異なる、まるで不穏な空気。
「?」
(僕が勇者らしくし振る舞ってないから、不安に感じてるのかな?)
自嘲すると、
(ここは「勇者らしく」ビシッとキメてぇ!)
キラキラスマイルで振り返り、
「ヒィッ!」
思わず後退った。
そこは古代ローマの円形闘技場を思わせる施設のど真ん中。
降り注がれていた視線は、三百六十度取り囲む客席からの、何千、何万と言うおびただしい数の観客からの物であった。
圧倒的、数のチカラを以って集まる視線に、
(どっ、どうしよう!)
一瞬怯む「イケメンと化した少年」であったが、
(どっ、堂々とすれば良いんだ! だ、だって今の僕は勇者なんだからぁ!)
瞬時に思い直すと、コホンと咳払いしてお茶を濁し、
(ゆっ、勇者らしく振る舞わないとぉ!)
自らを奮い立たせてはみたものの、
『・・・・・・』
(ってぇ、「勇者らしく」ってどぅすればぁ良いんだよぉおぉぉぉ!)
心の中で頭を抱え、表面上では冷静さを装いながら脳をフル回転。
そして導き出された答えは、
(そうか! 勇者イコール「イケてる男」だ!)
元「イケていない少年」であったろう事が容易に想像出来る発想ではあるが、乏しい知識の中から「イケてる男の仕草」を捻り出し、
(イケてる男とは、コレだ!)
前髪をサラッとたなびかせ、
「みなさぁーん! こんちはぁーーー!」
笑みを浮かべた口元をキラリと光らせ、
「僕は勇者の! 勇者のぉ…………」
イケメンスマイルの下、
(自分の名前が分からないよぉおぉぉぉおおおおぉぉお!)
真っ青に青ざめる少年。
謎のヤンキー女神『ラミウム』と出会うより前の記憶が完全に失われていた事に、今、気付いたのである。
(僕は誰なんだぁ?! って言うか、どうするんだよぉこの長い沈黙ぅ! 絶対ヘンな人だって思われてるよぉおぉ!)
表面上は平静に、自分なりに考えた「キザなポーズ」のまま、内心では激しく動揺していると、追い打ちを掛ける様に、
『ニセ勇者を取り囲めぇーーーッ!』
どこからともなく怒声があがり、
「へぇ? ニセ???」
誰の事かとキョトンとしていると、
『『『『『『『『『『おぉーーーーーーーーーッ!』』』』』』』』』』
抜刀した鎧兵たちに周囲をグルリと瞬く間に取り囲まれ、隊長と思しき兵士が、
「地世の手の者かも知れぇん! 油断するなァ!」
「「「「「「「「「「おぉーーーーーーーーーッ!」」」」」」」」」」
声を荒げると、部下の兵士たちも気勢を以って声を上げ、叡覧席に座る「国王と思しき男性」の周囲にも兵士たちが駆け付け、守りを固めだし、
「ちょっ、ちょっと待ってよぉ! 『チゼ』ってナニ?! そもそも僕は勇者としてぇ!」
「黙れぇマガイ物ぉ!」
「まっ、まがい物ぉ?!!!」
「百人の勇者様方なら既に召喚され! 誓約者たちとの契りも済んでおるわァ!」
「ひゃ、百人の勇者あぁっ?!」
隊長兵士の指し示す方に視線を向けると、闘技場の隅の一角に、式典用の煌びやかな鎧を纏った騎士たちに守られた、正装した少年少女たちの姿が。
その数、ざっと見て二百人ほど。
元イケてない少年と同様に「勇者」として召喚された百人と、此方の世界の「誓約者」と呼ばれる百人の少年少女たちである。
既に契りを結んでいると言う話を証明する様に二人一組になり、騎士たちの背後から怯えた表情を此方に向けていた。
(もしかして騙されたぁ?!)
脳裏に浮かぶは、ヤンキー女神のインチキ臭い笑顔(※多少の歪曲アリ)。
しかし目の前の事実だけを鑑みれば「元イケてない少年」がイレギュラーな存在である事は疑いようもなく、距離を置いて囲む兵士たちは、
「「勇者百人召喚の儀」に入り込める輩となれば『魔王』に近い者かも知れない! 皆の者ぉ気を緩めるなァ!」
「「「「「「「「「「おぉーーーーーーーーーッ!」」」」」」」」」」
「ちょ、まっ、魔王おぉおぉ?!」
とんでもワードに狼狽する「元イケてない少年」であったが、兵士たちは容赦なく切っ先を向けつつ、ジリッジリッと輪を縮めて行った。
逃げ場は無く、弁解の余地さえ与えられず、
(何だよこれぇえぇぇぇ)
今にも泣きそうな顔して雲一つない青空を見上げ、
(ラミウムぅうぅぅぅうぅぅぅ!)
心の中で恨めしそうに名を叫ぶと、
『その御仁は私が貰い受けますわァ!』
何処からともなく女性の叫び声が。
と、同時に馬が駆ける「蹄の音」が急速に近づき、甲高い嘶きの後、
「「「「「「「「「「おぉーーーーーーーーーおぉ?!」」」」」」」」」」
元イケてない少年を取り囲む兵士たちの頭上を、一頭の白馬が飛んだ。