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いったいどれ程の時間が経過したであろうか――
意識を失っていたイケメン少年勇者は、
「い、イテテテ……」
痛みから意識を取り戻し、ぶつけた覚えのない腰を擦りながら、
「ここは……」
草むらの中から起き上がり、辺りを見回した。
そこは薄暗い森の中。
天を覆い尽くす巨木群の枝葉の隙間から、微かな陽射しがキラキラと降り注ぎ、慎ましやかなスポットライトの様に地面を点々と照らしている様から、今が昼である事は容易に把握出来たが、
「…………」
周囲にラミウムとドロプウォートの姿は無く、人の気配も感じられなかった。
感じるのは、遠巻きに、物陰から様子を窺い見る野生動物たちの微かな気配と、昼なのに何処からともなく聞こえて来る、フクロウの様な鳴き声だけ。
軽傷で済んだ理由は不明だが、飛ばされた拍子に二人と逸れてしまった様である。
つまりは「野生の王国にポツンと一人」だけ。
「じょ、冗談じゃないぉ……こんな……こんな右も左も分からない異世界で、もぉし熊とか出たらどぅするんだよぉ~~~」
自らフラグを立てた途端、
(臭ッ!)
強烈な獣臭さが鼻を突き、背後から、
『フオォォォォォオ……』
不穏な、重低音の唸り声が。
(ま、まさかフラグ回収ぅ……?! じょ、冗談……だよねぇ……♪)
現実逃避する様に、半笑いで恐る恐る、ゆぅ~~~っくり振り返ると、
(ウッ&%%$$#&#+ヒィ!)
口から飛び出そうになった悲鳴を両手で懸命に抑え込んだ。
そこに居たのは「虎」に似た、大型のネコ科動物。
まるで「肉食獣」である事をアピールするかの様に、大口から鋭い犬歯をむき出しに、イケメン少年勇者を睨み付けていた。
今にも飛び掛からんとする気概を見せつけつつ、ジリッジリリッと近づく。
「あは、あは、あははははは……」
自身の見事なフラグ回収ぶりに、もはや笑い泣き。
しかし何もせず黙って喰われるなど、まっぴら御免。
(一度は「死んでも良いや」と思ったけど、生きたままあんな牙に噛まれるなんて冗談じゃないよぉ!)
ゆっくりと、ゆっ~~~くりと、正対したまま少しずつ後退り。
ある程度の距離が取れた所で、
『ごめんなさァーーーーーーーーーいっ!』
何故か謝り全力エスケープ。
死に物狂いで走ったが、残念、相手は「肉食系ネコ科野生動物」である。
狙い定められた人間如きが、人の足の速さで到底逃げおおせる筈もなく、
『ガウァ!』
やけに近く聞こえる背後の声に全力疾走しながら振り返ってみれば、獣様は、今まさに、上からのしかかる最中の姿であった。
「死ぬのはヤッパリ嫌ぁあぁぁあぁぁあぁあぁ!」
悲鳴を上げて頭を抱えると、
ガサァサァ!
草藪から何かが飛び出しネコ科動物の側面に激突。勢いそのまま「ドシュッ!」っと鈍い音がしたかと思うとネコ科動物は脇腹から流す自身の血で航跡を描きながら吹っ飛び、
ダガァーーーッ!
大木の幹にその巨体を打ち付け、声無く息絶えた。
目まぐるしく二転三転する状況に、元イケてない少年は頭の整理が追い付かず、
「ほぇ……」
放心し、その場にへたり込む。
茫然自失、何も考えられずに居ると、
『大丈夫ですか、勇者様』
聞き覚えのある女性の声がし、呆けた目で振り返る。
するとそこには、刃先から血を滴らせる剣を握り構え、凛然とした表情で周囲を警戒するドロプウォートの姿があった。
彼女は更なる襲撃が無いと悟るや否や、安堵した表情で剣を一振り、刃先に着いた血を払い落として鞘に収め、
「もう大丈夫でございますわ、勇者様」
振り返った途端、
「ど、どろぉぶぅうぉ~とぉ~~~ざぁ~~ん、ごわがったぁよぉおぉおおぉぉぉ」
涙腺が大崩壊したイケメン少年勇者が彼女の腹に抱き付いた。
「こ、コラァ! お離れなさい何をするのでぇす! 勇者様のクセに情けないですわ!」
闘技場で不甲斐ない姿を目の当たりにした事もあり、素気無く振り払おうとするドロプウォートであったが、
「だっでぇ、だっでぇごわがったぁんだもぉおぉぉん!」
上げた顔は、まるで捨てられた子犬。
その保護欲を遺憾なく刺激する表情に、男性免疫が皆無な「超箱入り令嬢」は母性本能のど真ん中を撃ち抜かれ、
(はぅ!)
ハートは鷲掴み。
火が点いた様に顔をボッと赤らめ、
(あの手、この手(子犬の泣き顔)と反則ですわぁその顔はぁ!)
内心で激しく動揺しつつも、ヘタレ勇者に「心を惑わされている」と知られるなど、四大貴族令嬢としてのプライドが許さず、表面上は努めて不愉快を装い、
「えぇ~い! 鬱陶しいですわぁ!!」
振り払おうとする仕草こそ見せてはいたが、言葉とは裏腹に、
(コレはコレで、ちょっと嬉しいかもですわ♪)
ツンデレと言う、新たな境地を開拓したドロプウォートであった。
しかし、
(い、いけませんわ、ワタクシってばこの様な非常時にぃ!)
思い直して首を振ると、恨みがましい目で以って近くの巨木を見上げ、
「何故にご助力して下さらなかったのです、ラミウム様ァ!」
不満を叫んだ先で太い枝の付け根に腰を掛け、幹を背もたれ代わりに、我関せずと言わんばかりに空を見上げる彼女の姿があった。
批判するドロプウォートの怒鳴り声を鼻先でフッと軽く笑い飛ばし、
「優秀なオマエさんなら、一人でどうにかするだろうと思ってねぇ」
「な?!」
「それにアタシ等ぁ天世人は、聖具が無けりゃ戦えないの知ってんだろぅ?」
「クッ……」
ぐうの音も出ないドロプウォート。