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『勇者』、それは弱きを助け、悪しきをくじき、人々に感謝、尊敬され、時にはヒロインとのロマンス。そんな存在に誰もが一度は憧れを抱き、その思いは他人の失敗の尻拭いで、下げたくない頭を下げて回る大人になってからも。
「あぁ~もぅ異世界に行って勇者にでもなってチヤホヤされてぇ~」
変わる事はないのである。
そしてそんな存在に、僕はなった……筈だった。
ローマの円形闘技場を思わせる、石造りの建築物――
数万の客席は中世ヨーロッパの貴族を思わせる煌びやかないで立ちの男女によって、所狭しと埋め尽くされていたが、みな一様に唖然とした表情で言葉を失い、中央舞台を見つめている。
気になるのは、男性客と違った意味合いを感じる、女性客の驚きの表情であろうか。
観客たちの視線の先、高さ三メートル程あると思われる巨大な「立ち見鏡」の前に、鏡面を背にして立つ男女の姿と、その二人を取り囲み剣先を向ける無数の兵士たちの姿が。
女性の背後で守られる様に立つ男性は、中肉中背の八頭身。
男としての体裁を取り繕っているのか、見た目上あからさまな動揺こそ見せていなかったが、その内心では、
(ど、どぅしてどうしてこうなったぁ?!)
命の危機に震え上がっていた。
一方の女性は軽鎧をその身に纏い、取り囲む兵士たちにも動じた様子を見せずに威風堂々たる立ち姿。
毅然と切っ先を向け返していたが、その顔立ちは落ち着いた風格とは相反し、未だ幼さが見て取れ、見た目年齢は「十代半ば」と言ったところであろうか。
端正な顔立ちの中にある「釣り目がちな碧眼」が印象的で、ボリュームのある金髪をたなびかせる少女は、「美しい容姿」と「磨き上げられた鎧」から高貴な身の上である事が窺える。
少女は見た目年齢と不釣り合いな、胸当てで無理矢理押さえつけた豊かな胸元を窮屈そうに揺らしつつ、凛然とした表情で身構え直し、
「お下りなさァい! 貴方たちは誰に剣を向けているのか分かっているのですかァ!」
一回り以上歳の離れた兵士たちに向かって遠慮なく言い放ったが、
「血迷ぅたか、ドロプウォート嬢ォ!」
「自分こそ何をしているのか分かっているかぁ!」
「四大貴族様の家名に泥を塗りおってぇ!」
「じゃじゃ馬娘の、先祖返りがァ!」
「恥を知れぇ!」
罵詈雑言が倍返り。
「クッ!」
幼顔を腹立たしげに歪める金髪碧眼美少女騎士ドロプウォートであったが、そんな彼女の背後で男は心の中で、
(もぅ止めてぇ~! これ以上煽らないでぇ~~~!)
頭を抱えて泣き叫び、
(しかもこれって、普通は「姫はオレが守る」的なヤツじゃないのぉ~~~!)
自身が置かれた状況に一人ツッコミを入れていると、
「御安心下さいませ「勇者」様ぁ!」
「?」
ドロプウォートは肩越しにチラリと振り返り、男の顔を見るなりポッと両頬を赤らめ、
「勇者様は「このワタクシ」が、お守りして見せますわ!」
気合も新たに取り囲む兵士たちを睨み付けると、
「「「「「「「「「「ぐぅぬぬぬぬぬぅ!」」」」」」」」」」
怒りを増すオジサンたち。
それもその筈、男は同性も羨む「超絶イケメン」だったのである。
彼女と同じ位の年齢に見える男は、スラッと長い脚にダンサー体形の細マッチョ。サラサラヘアを持ち、顔に至っては非の打ち所を探しようも無い程の「アイドル顔」。
客席から感じた男女の温度差の正体も、女性客たちが、
((((((((((私が守って差し上げたいですわぁ♪))))))))))
彼の容姿に魅了されていたからであり、潤んだ瞳で中央舞台を見つめる女性たちの姿に、男性客たちの嫉妬の炎はメラメラと燃え盛り、
((((((((((イケメン死すべしィ!))))))))))
歪んだ熱い想いを託された兵士たちと、今、心を一つに、
((((((((((((((((((((イケメン勇者は滅ぶべしィ!))))))))))))))))))))
怒りのボルテージは天井知らず。
精神的にも追い詰められるイケメン少年勇者。
(何がぁ?! どうしてぇ?!! こうなったぁあぁぁっぁあぁ~~~?!!!)
心の中で嘆きの咆哮を上げ放ち、
≪あの時、あんな選択をしなければ、僕は穏やかな最期を迎えられていたかも知れない≫
人生の分岐点となった、数時間前を思い起こした。