婚約破棄から意外な結末
「こんなん思いつきました!」という気持ちで書きましたので、気軽な“娯楽”小説としてお楽しみいただけましたら幸いです(^^)
「エスメラルダ・フォン・ユーフラン公爵令嬢! 今をもって貴様との婚約は破棄する!」
ロージア王国の栄えある貴族学園の教室で、第一王子で婚約者であるリアーリオ殿下に、私ことエスメラルダは婚約破棄を突きつけられましたの。リアーリオ殿下の腕には、ピンク髪の男爵令嬢ネトリーナがべっちょりとくっついています。
「俺はこのネトリーナに真実の愛
ガシャーーン!!!
リアーリオ殿下が定番の台詞を吐きかけたその時。突然教室の窓ガラスを割って、何者かが突っ込んできましたの。
教室の床を転がり、私の足元でガバッと身を起こした闖入者は、呆然とする私の手をガシッと握り、
「取り込み中すまなかった! 済まないついでに、このこと先生には黙っててくれ!」
めちゃ真剣な目でそれだけ言うと、彼は廊下側の窓からひらりと身を躍らせ、風のように走っていってしまいました。
なんて……カッコイイのでしょうか。
私は頬を染めて、彼がギュッと握った両の手を見つめました。
確かに、婚約者のリアーリオ殿下は金髪碧眼の見目麗しい王子様ですわ。ですけど、リアーリオ殿下は文系。彼のようなしなやかな身のこなしができて? いいえ! できなくてよッ!
ちなみに、リアーリオ殿下とネトリーナ嬢は、闖入者が突入時に蹴り飛ばしてしまったため、床で沈黙しています。無様ですわ。
「何です! さっきの音は!」
ええ……。ガラスにダイレクトアタックでしたので、そりゃあもう凄まじい音がしましたの。ええ、先生だって駆けつけますわ。
窓ガラスの惨状に、先生が言葉を失っておいでです。貴族学園とは貴族子女が通う由緒正しき学園ですもの。窓ガラスがこのようなことになるなんてあり得ませんわよね。
「いったい誰がやったのですか!!」
クラスメイトたちを見回す先生。すごい剣幕ですわ。そこに……。
「レンピネン先生……その、窓を割ったのは……」
なんと! ネトリーナ嬢が復活しましたわ!
先生はその段になってようやく、床で伸びているリアーリオ殿下の存在に気づきましたの。
「まあ! リアーリオ殿下!! ネトリーナさん、いったい誰がこんな愚かな真似を?」
心配そうな先生に、ネトリーナ嬢はお得意のウルウル目で、「やったのはC組の……」と犯人をチクろうとしましたの。
「先生!」
私は迷わず名乗り出ましたわ! だって素敵なカレから「黙っててくれ!」って頼まれましたもの!
ここは私が罪を被りましょう。胸に左手を添え、私は晴れやかに宣言いたしました。
「私が窓を破壊しました! 発勁で!!」
◆◆◆
それから数日後のことです。お昼休憩を高級コロッケ片手に優雅に読書をして過ごしていた私のところに、あの時の闖入者――改めC組のコンラートがやってきました。
「スゲぇなアンタ! 発勁使えるんだって?」
目をキラキラさせて、コンラートは続けてこう言いました。
「午後の授業って文化祭の準備じゃん? ばっくれてさ、俺と魔の森探検に行かない?」
「魔の森探検ですって!?」
ロージア王国は、その周りを広大な魔の森に囲まれていますの。『魔の森』ですから、当然恐ろしい魔物が生息していますのよ? アウルベアとか、ドラゴンとか、あとオークも。
チラと教室を見渡せば、リアーリオ殿下とネトリーナ嬢を中心に、クラスメイトたちは文化祭の準備に勤しんでいます。わがクラスは演劇をやりますの。私も重要な役を与えられていますわ。
「な! 行こうぜ!」
魔の森は危険な場所だと教わっています。
でも……。
これって、デートのお誘いですわよね? ね?
私は読んでいた本を閉じました。ええ、読んでいたのは文化祭でやる演劇『金髪碧眼オレ様王子は男爵令嬢を愛したい』の台本ですの。これの練習とデート、練習、デート……
…………。
…………。
イケメンとデートの方が楽しいですわね!
◆◆◆
ロージア王国は周囲をぐるりと高い壁に囲まれていますの。魔物の侵入を防ぐためですわね。
「ここ! 石が外れるんだ!」
城壁の外へどうやって出るのか気になっていましたけど、こういうことだったのですね!
そんなわけで私たちは今、魔の森の入口に立っているのですけれど。鬱蒼と重なる濃い緑の葉やモシャモシャしたシダの向こうは、昼間なのに真っ暗闇。「ジーッジーッジーッ」とか「ウキッキー♪」とか「ニョホホホホ~イ」とか聞こえてきますわ。
ともかく、私たちは魔の森へ一歩踏み出しましたわ。道なんかなくて、下草を刈りながら進みま……
ガサガサガサガサッ
「「?!」」
グオオオオッ!!!
「「出たぁ~~~!!!」」
出ましたわ! アウルベアですわ! 巨体が追っかけてきますわぁ-!!
「エスメラルダ! 発勁! 発勁!」
「無理無理無理無理!!」
…………。
…………。
な、なんとか逃げきりましたわ……!
あ~、怖かった……。
「なぁ、メリー。これ、何だろう?」
不意にコンラートが言いましたわ。あ、メリーは私の愛称よ。
コンラートの指差したモノとは……?
「まぁ……」
なんと石造りの大きな大きな橋? いえ、道でしょうか? 明らかに人工的な建造物を発見しましたわ!
結局、その建造物以外に目立った発見はありませんでしたわ。暗くなる前に私たちは学園に引き返すことにしましたの。
◆◆◆
それから、何度かコンラートと魔の森デートをしましたわ。頭から爪先まで真っ黒なオークを見ました。ドラゴンが悠々と空を飛んでいるのも見ましたわ。
森の入口をぶらぶらして、あの人工物のところでお弁当(超高級デラックスハンバーガー)を食べて学園に帰る。それだけですけど、スリリングで楽しいデートですわ。
グオオオオッ!!!
「「ひえええ~~~~」」
アウルベアに! 追いかけ! られる! のも! わりと! 慣れました! わぁー!!
「罠に誘導するぞ!」
ですから! 対策だって! するように! なりました! の!!
「かかったぁ!」
罠はお手軽に落とし穴ですわ! 恐々のぞいて見ましたら、アウルベアは元気に暴れていましたわ。いつもならここで、ヤツを火縄銃でズドンとやるのですけど……。
「ねぇ、コンラート。ちょっと様子がおかしいわ」
穴に落ちて暴れまくるアウルベアですけど……。
「ねぇ……アレって抜け毛じゃなくて?」
アウルベアは、その名の通り頭部がフクロウで首から下が熊の魔物ですの。穴の中のアウルベアは……フクロウそっくりな丸い顔が半分削れ、クマそのものの顔がのぞいていましたの。
◆◆◆
ともかく、無事学園まで戻った私。教室に入った私を出迎えたのは……?
「エスメラルダ! 貴様が文化祭をボイコットしたせいで、わがクラスの演劇『金髪碧眼オレ様王子は男爵令嬢を愛したい』は文化祭MVPに輝けなかったのだぞ! 二位という結果にどう責任をとってくれるのだ!」
リアーリオ殿下がズバビシィと私を指差しておっしゃいました。そういえば文化祭、すっかり存在を忘れておりましたわ。私、今流行の悪役令嬢役でしたのに……。
「ネトリーナ嬢が機転をきかせて、悪役令嬢は透明人間スキル持ちってことで乗り切ったんだ!」
リアーリオ殿下の側近ズの一人(名前知らない)がドヤ顔で言いましたわ。
「そうよ! 審査員の先生方がね、その発想が斬新だ! って褒めてくだすったの!」
「透明人間要素がなければ、俺達はブービー賞だったんだ!」
「そうだ!」
「そうだ!」
クラスメイトが口々に叫びましたわ。
まあ……。皆様少し見ないうちに団結なさったのね。仲良きことは美しきかな……。
ああ……。それにしても。今日のランチ――贅沢ビーフシチュー、食べ足りなかったわぁ。
「皆、聞いてくれ!」
と、そこへ。
一致団結するクラスメイトたちをかき分け、ネトリーナ嬢を腕にぶら下げたリアーリオ殿下が出ていらっしゃいました。
「エスメラルダ! よって貴様を婚約破……「メリー、透明人間になれるの?! すごい!!」」
あら、コンラート。グッドタイミング。
「透明人間になれるならさ、一緒に禁書庫探ししようよ!」
◆◆◆
禁書庫――そんなモノがこの学園にもあるんですのねぇ。
現在位置は、学園の図書館。
かれこれ二時間くらい禁書庫探しをしていますけれど、隠し棚も隠し扉もございませんわ。
にしても、禁書庫って何を隠しているのかしら。
そこで私、ふと気づきましたの。
「禁書庫って図書室にありますの?」
そうよ。禁書庫が図書室にあるとは限りませんわ。こうやって探しまくってるのに誰も止めないのも変ですわ。きっとここにはないんですわ! もっと発想を柔軟に……。
「ヤバい本といったら、ベッドの下って相場が決まってるよな」
「そこですわ!」
私たちはまたまた授業をサボって学園中のベッド下を片っ端から捜索しましたの。貴族学園は全寮制、ベッドは軽く100以上ありますの。
「ねぇメリー、これがそうじゃない?」
山のようなピンク本の中からコンラートが掲げた分厚い本のタイトルは……?
『魔の森~その生態のすべて~(※図鑑)』
◆◆◆
禁書には驚くべきことが書いてありましたの。
まず、魔の森で見かけた真っ黒なオークですけれど……。
【マウンテンゴリラ】
図鑑を見る限り、アレは【マウンテンゴリラ】という霊長類らしいですわ!
それから、この前私たちが落とし穴に落としたアウルベアですけど……。
【アフロベア】
換毛期に、特に顔周りの毛だけが長らく脱落せずアフロヘアのように膨らんで見えることからこの名がついた。
なんと! アウルベアではありませんでしたわ!
「アウルベアもオークも図鑑には載っていませんのねぇ……」
ちなみに、空を悠々と飛ぶドラゴンは……?
【プテラノドン】
恐竜の中でも空を飛ぶ部類。翼竜の一種。肉食。
でしたわぁ!
◆◆◆
翌日、驚愕の事実を胸に教室に入ると。なんだかざわついていますわね。何かありまして?
「エスメラルダさんか。女子寮に昨夜変態が出たらしいんだ」
まあ、そうですの?
昨夜、リッチ食材増し増し餃子のディナーをいただいたときの皆様はいつも通りでしたけど?
「今朝、女子寮の各部屋の前にその……ピンクな本が置いてあったらしくて」
「リアーリオ殿下! 私を守ってッ!!」
事情を聞いている横で、ネトリーナ嬢がリアーリオ殿下に泣きついて勢い余って押し倒して、どさくさに紛れてブチュッとやってますのは変態にカウントしませんの?
「諸君! 神聖なる女子寮に悪辣なるピンク本を配布した下手人を必ず我らの手で挙げるぞ!」
リアーリオ殿下と側近ズが息巻いてますわ。まあ、私には関係ないことですわね。
◆◆◆
そして、翌日。
「エスメラルダ! 貴様の部屋の前にだけピンクな本がなかった。おまえが犯人だ!」
……迂闊でしたわ。
ええ。女子寮のピンク本を配布したのは私ですの。例の図鑑を見つけたら、学園中のベッド下からかき集めたピンク本は用済みですわ。コンラートと半分こして、テケトーに返却したんですの。
「神妙にお縄につけ! 貴様とは婚約破……「大変だ!!」」
コンラート! 助けに来てくれたの?!
「またおまえか。今日はマトモな事案……」
リアーリオ殿下が苦い顔で言ってきましたが、
「みんな大変だ! 女子寮前に大量のピンク本が捨てられてる! 今を逃したら全部焼却処分だ! みんな急げぇ!!」
無視したコンラートの発言に、衝撃が走りましたわ。
逡巡は一瞬、居合わせた男子生徒たちは一斉に、我先に教室を飛び出し、リアーリオ殿下は……?
民族大移動に流されて遥か彼方へ消えていきましたわ……。
「メリー、お天気がいいからさ、屋根の上でランチしない?」
そうね。よく晴れて良いお天気ですもの。
◆◆◆
学園の屋根の上からだと、ロージア王国が一望できますわ。整然と走る街路、並び立つ邸宅は貴族街、お店が並ぶ通り、噴水に……。
「メリー、半分こ」
学園のカフェテリア謹製の超高級デラックスハンバーガーをコンラートと半分こして、いただきますわ。
吹きぬける風は爽やか。
隣にはイケメン。
屋根の上によじ登るなんて非常識ですけれど。
悪くなくてよ。
「ねぇ。このパンはどうやってできたのかしら」
素朴な疑問よ。
城壁の中には、みっちりと家々が建ち並んでいますの。
麦畑も、牧場もありませんのよ?
壁の周りは広大な魔の森しかないはず――。
「食べ物を生産するのは庶民の仕事だよ?」
ええ。確かに食べ物を生産したり料理をしたり……あくせく働くのは庶民の使命ですわ。私たち貴族は叡智をもって民を導き、剣をもって悪人を裁き、民を庇護する――常識ですわ。
でも……。
「なぁ。それより、魔の森の向こうには、何があるんだろうな。あの人工物は何のために建てられたんだろうな」
それも謎ですわねぇ。
◆◆◆
二度目の魔の森調査の準備は入念に行いましたわ。きっと泊まりがけになりますもの。着替えよし、水よし、非常食よし、図鑑よし!
教室では、ネトリーナ嬢が聖女だとかなんとか……リアーリオ殿下と側近ズたちで盛り上がっていますけど、放置よ! んなコトどーでもいいですわ!
歩き慣れた魔の森を例の人工物まで歩く。そこから、人工物をよじ登ると、長い長い道が魔の森の向こうに消えていたわ。
「まっすぐ、この道を進んでみよう」
背には火縄銃。アフロベア対策に持ってきた武器は、意外や意外、空から舞い降りてくるプテラノドンを撃破するのに役だった。
ドラゴンは鱗が硬くて矢も銃弾も意味をなさないって習いましたけれど。プテラノドンは火縄銃で堕とせるのですわ。
それに、一定間隔で避難小屋みたいな建物も発見。せいぜい二日程度を考えていた私たちの探検は、予定を大幅に超え……。
◆◆◆
――三ヶ月後。
テレビ番組が速報を伝えていた。
「ジャングルで行方不明になった少年少女、奇跡の発見」
ジャングルに迷い込んだとされる二人の子供が、十年の時を経て奇跡的に見つかり、保護されたという。
「世の中、何があるかわかったモンじゃないね」
LEDが白い光を投げかけるテーブル。ポロシャツにジーンズをはいたコンラートが言った。
「ええ。貴方が道を歩くの飽きたからって、途中からジャングルに分け入って迷って、ボロボロになった服を捨てて原始人みたいな格好にならなきゃ、私たちは間違いなく殺処分だったわね」
テーブルの向かいで、モコモコのフリースを着た私も言った。
この世界の常識――魔物はいない。魔の森もない。ジャングルの向こうには、豊かな近代社会が成立していた。
貴族が政治を行った時代は、何百年も昔のことになっていた。エスメラルダたちのいた『ロージア王国』は、人類が娯楽のために作った箱庭――。
魔物も魔の森も、箱庭の『ペット』が外に逃げ出すのを防ぐ嘘。
箱庭で高級料理だと思い込んで食べていたコロッケもハンバーガーも餃子もビーフシチューも、クズ食材を細切れにして、人工調味料で味を誤魔化した『エサ』だったのだ。
「ステーキって肉をただ焼いただけですけど、美味しいわぁ」
「ああ。向こうの料理とは比べものにならないよ」
テレビのチャンネルを変えると、懐かしの貴族学園が映し出された。テロップには『最終回』の文字が躍る。
箱庭の住人は、一定期間が過ぎると『殺処分』される。
予告では、今度の壁の中は幕末を模した世界になるらしい。
「偶然だけど生きのびたんですもの。明日はお刺身が食べてみたいわ」
「メリーは食べ物ばっかりだね」
和やかな団らんの時間が過ぎてゆく。
え?
行方不明の少年少女の身分を手に入れた私たち?
ホムンクルスらしいですけど、何か?
了
お題:異国から
シューマン作曲《子供の情景》第一曲(曲名)より着想を得て
面白かった!と思ったら、広告バナー下の☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると、作者のモチベーションがアップします!
2021.2.28 なんと!コメディー日間ランキング6位?!嬉しい!ありがとうございます!!
お手軽な短編で、現実恋愛、伝わりづらいなぞなぞ、ホラー等書いております。異世界恋愛ジャンルの長編も♪よかったら下のリンクからどうぞ(^^)