サラマンダーを眺めながら
宿から窓の向こうの火山を眺めていると、火山のあたりに黒い影がいくつか動いているのに気づいた。遠近法の観点からいえば、ここからの距離からいって、かなりの大きさだろう。さすがに、黒いクジラほどではないが。
「あれは、サラマンダーだよ」
シェーラちゃんの知識量にどれだけのメモリーを割いているのか、と思ってしまう。けれど、そんなことはすでにそれほど気になっていない。
「サラマンダーって、あのヤモリかイモリかサンショウウオみたいな両生類の火のモンスター?」
地球は魚類や両生類に支配されました――クジラやアザラシもいるし。えっ、哺乳類、そうですか。
やはりサカナの形は、地球の完成形。このフォルムにまさる二足歩行なんてないのだよ、と宣言したくなるけど――いや、ならないかな。
「そうだよ。口から火を吐くし、身体は高温だし。でも火口近くの生息地から動いてこないらしいから大丈夫だよ。ルビーアイは、洞窟の中に浮いていることが多いし」
そうかそうか。サラマンダーには戦術的観点から放置していおいてよさそう。戦略と戦術の違いも知らないけれど。
あー、それにしても、宿から出たくない。都市から出たくない。
歩いていて(浮かんでいて)思ったけど、暑すぎるよ。サメが干物になるよ。
「シェーラちゃん、どこか飲みに行こう。喫茶店で休もう」
「うん」
えっ、宿から出たくないって思ったばかりって――、君は、三分前に考えたことを憶えているのかね。3分だけ待ってやろう。ゆっくり考えるのだ。
火山都市ロックベルの石畳の道を歩いていく。ああ、そういえば、火山の名前はヴェスヴィー火山。はい、ポンペイの二の舞になりそうな名前がついていますね。きっと、噴火するイベントがありますよ。まぁ、絶対に踏むことはない。火山灰の中で保存されると嫌だよ。ミイラになるまで、ゲームの世界にはいないよね。復活したら、五〇〇年後の世界で、アーマーは消滅していて、わたしはサメアーマーで無双します展開。
《フォンターナ》と呼ばれる喫茶店に入った。理由は涼しそうだったから。庭と噴水があって、本当に火山の近くなのかと思える。
そして、わたしは、いつものように、コーヒーをたしなむのだ。熱々サツマイモのバニラアイス包みも舌鼓をしながら。シェーラちゃん、赤ぶどう100パーセントとオレンジというフルーツのカキ氷――オレンジだよね。真っ赤すぎるけどグレープフルーツじゃないの。
飲んでいるのはアイスコーヒー。特に言うことはない。氷の入ったアイスコーヒーだ。正確にはコールドブリューだけど、そのあたりの正確さを求めるようなことはしたくない。些細な問題で、常識的カテゴリーの範疇で言語選択というのは選ばれるべきなのだ。
ストローから入る冷えた水分が火山地帯で接種できる、この背徳感のような愉悦はなんだろう。コタツアイスに似ている。暖房ガンガンで食べるアイスにも通じる。同じことでイコールだ。
「お姉ちゃん、コーヒーが好きだね」
「ふっふっふ、大人だから」
大人のサメ、いや、今は普通にレディか。
コーヒーっていうのはね、サメのように黒く、火山のように熱く、歯牙のように純粋で、まるで血のように甘い。
ん、わたしの思考も汚染されてるよ。インテリジェンスアーマーの思考汚染だ。冗談だけど。
『装備【メガロドン】は、スキル【メカシャーク】を獲得しました』
うんうん、優雅なSNS映えしそうな休暇に何を勝手に取得しているのかな、わたしのアーマーは。そのうち、わたしが寝ている間に、勝手に動き出して理科室の
人体模型のように動き始めるのではないかな。剣だって勝手に動くのだから、ましてサメが動かないとでも。
「シェーラちゃん、わたしにオレンジのカキ氷ちょうだい」
少しだけちょうだい。気になります。
シェーラちゃんが、赤いシロップと果肉がかかった氷をスプーンですくって、あーんと口に放り込んでくれる。
うん、これは、オレンジだ。シロップって共感覚性だっけ。クロスモダール効果だったかな。
まぁ、ゲーム内だし、味覚調整はいくらでもだけど。
「おいしいね」
「ここの木で採れたオレンジらしいよ」
うん、店で採れるオレンジだけでまかなえるものなのか。気にしちゃダメだ。きっと、大きな裏庭があるんだ。もしくはこの店が所有している土地で、という意味だろう。
植物が三日ごとに実を結ぶような世界観かもしれないけど。三圃式農法なんかで知識チートなんてありえなさそう。そういえば、火山にアザラシがいたけど、海の中はどうなってるんだろう。ちゃんとサメが頂点を形成しているんだよね。
あー、金策に成功したら、ここを拠点にしようかなー。
こういう毎日も悪くない。でも火山の爆発が怖いかー。
ズゥー、ストローでコーヒーを最後まで飲み干す。




