魔法のランプ(マングローブの住人短編集)
仕事終わり、やっと北中野の駅に辿り着いたあなたが時計を見ると22時を少し回っている。
「今日は遅くなったな」
声にならない声で息をつく。足は商店街に向く。
北中野には10年前から妻と住んでいる。都心から約1時間の郊外の庶民的な街で、駅前から南北に100mほど商店街が連なっている。
商店街はくの字に少し曲がって伸びていて、商店街の裏通りはスナックなどの呑み屋があり、ぽつぽつとくの字の真ん中の曲がり角まで夕方から灯りをともしていて、地元の人や仕事帰りの会社員が通う。
あなたも2件ほど馴染みにしている店がある。
エズマクの第2の胃袋・・・マケドニアの城下に
「お疲れ様、今まで仕事? 遅いんじゃない?」
マスターが気付いて、声をかけた。
うす暗い照明の中で、横長の水槽が青く光っている。カウンターだけのBARには真ん中に客が2人座っている。あなたは入り口に近い端の席につく。
「最近 疲れることが多くてね」
「いつものでいい?」
あなたは頷きながら、スマホを取り出してメールチェックをしている。
「はい、どうぞ」
ハイボールがそっと置かれる。あなたはグラスを少し見つめている。
2cm角くらいの破片を張り合わせた、握りしめるとパッと砕け散るような薄いグラスを、いつも眺めてはジグソーパズルの完成に酔うような満足感を味わっている。
「洗う時、割らないのが不思議だなあ」
「そりゃ割れるよ、割れるときは。」
マスターが目の前で肘をつきながらのぞきこんいる。黒シャツに真っ赤な花柄のプリントが散りばめられ、少しエスニックな骨格の端正な顔がニヤついている。
「なんかお疲れさまだねえ、久しぶりに来てくれたのに」
男前ではあるが、ときどきソッチの気があるような表情をみせて、ドキッとひいてしまうこともあるし、なんか癖になってしまうところもあるのが事実だ。
男友達