鬼熊
マイヤ達は標的のオーガベアを発見すると速やかに茂みに身を隠した。
「作戦に変更は無い。俺があいつを正面から叩くから皆は各々で援護してくれ」
「了解」
「任せて」
パーティーのリーダーで大剣使いが声を潜め指示を出してくる。
それに了解の意を示そうと頷こうとした時、マイヤの視界の端にある物が映った。
二年前、彼女の村を襲った男達のローブに刺繍されていた鍵に蛇が巻き付いた印。
それが、これから狩ろうとしているオーガベアの腹にでかでかと刻まれていたのだ。
通常個体の三倍はあろう巨体に良い思い出のない印。
その時、彼女は妙な悪寒に襲われた。
「……した。どうした、マイヤ?」
「へ?」
いつの間にか呆けていたらしくパーティーメンバーが心配そうに顔を覗き込む。
「そこまで緊張しなくていいさ。でかいとは言えただのオーガベアだ」
「そうよ。チャチャッと片付けて帰りましょ」
弓使いと僧侶が軽い口振りで言う。しかし、それでもマイヤの不安は拭いきれなかった。
しかし、いくら不安でも中止する訳にはいかず、作戦は決行される。
大剣使いが背中から大剣を抜くと目を閉じ意識を集中させる。
「《身体能力・強化》」
そう彼が呟くと赤いオーラに包まれる。
魔力がある人間なら誰でも扱える基礎魔術の一つ、《身体強化》。
彼は、大剣の見た目に見合わない程軽々とそれを持ち上げると同時に茂みから飛び出しオーガベアへと斬り掛かる。
不意の攻撃にオーガベアは反応しきれず間抜けに声を上げる。
その後、鈍い音が辺りに反響する。
パーティー全員がその音を聞き、依頼は完了されたと思った。しかし一、
「……は?」
大剣使いの間の抜けた声によりその考えは否定された。
そして、時間を置いて折れた大剣の中程から先が地面に刺さる。
「グルアアアアアアアアア!!!!」
大剣使いの思考が停止しかけるが、オーガベアの怒りの咆哮に反応し直ぐ後方へと跳び退く。
彼の行動でパーティーメンバーも臨戦態勢に入り、茂みから跳び出る。
「防御魔術だと?!」
「ただのオーガベアじゃなかったの?」
「そのはずだぞ!!」
マイヤは自分の嫌な予感に確信を持つ。
そう思うと彼女の足腰が震え腰が引ける。次第にロングソードを握る手の力も抜けていく。
「何をしている避けろ!!」
大剣使いの叫びが耳に入り、彼女が顔を上げるとオーガベアが直ぐ目の前に迫っていた。
オーガベアは胴体を起こし腕を振り上げ、彼女に攻撃を仕掛けようとしていた。その巨体から繰り出される一撃をたかが十五の娘が耐えられるわけが無い。
彼女が諦め目を閉じた瞬間、身体にオーガベアの攻撃とは違う衝撃が走り、横へ吹き飛ばされる。
大剣使いがマイヤを退かしたのだ。そして、彼は折れた大剣で攻撃を防ごうとするが容易く破られもろに攻撃を受けてしまった。
「ガバッ」
大剣使いの体型は筋骨隆々と言ってもいいほどだが、それでも威力に耐えきれず背後の木へと吹き飛ばされる。
オーガベアの攻撃は凄まじく大剣使いの左肩から右腰にかけて深々と四つの爪痕が刻まれ血液が傷口から吹き出る。
「《浄化・返還・……》ええと……」
僧侶が近寄り大剣使いに回復魔術を掛けようとするが、ただでさえ難易度の高い魔術。突然の状況に戸惑い長い詠唱を忘れてしまったらしく、途切れ途切れに呟く。
「《修復……回復魔術 精霊の鱗粉》!!!」
彼女が詠唱を唱え終わると地面に広がる大剣使いの血液が傷口へと逆再生の如く戻って行き傷口が小さくなっていく。
しかし、オーガベアはそれを許さなかった。
本能で魔術の内容を理解したのだろう。僧侶と大剣使いの方へと突撃して行く。
「させるか!!《炎魔術 火炎付与》」
弓使いが魔術を発動し火の灯った矢をオーガベアに向かって放つが、奴を覆う防御魔術がそれを阻む。
(まずい……止めないと)
震える足腰に喝を入れマイヤは立ち上がりロングソードを握り直す。
カチカチと五月蝿い口を歯茎から血が出る程力強く食い縛り剣先と共にオーガベアを見据える。
すると、オーガベアの左肩にまだ新しい塞がりきっていない切傷の跡を見つけた。
「一か八か……《水・固定・放出》!!」
基礎魔術、《水弾》。水属性の魔力を持つマイヤが唱えれば、基礎とは言え馬鹿に出来ない威力を持つ。
水の球体がオーガベアの左肩へと飛んで行く。
マイヤの読みは正しかったらしく、傷の付近の防御魔術を貫通し新たな傷を付ける。
「グルルル」
オーガベアが悲痛の声を上げる。だが、瞬時にマイヤが付けた傷は塞がり毛並みさえも元通りとなる。
そして、オーガベアは攻撃の対象を彼女へと変えるとまた接近する。
致命傷で無くとも左腕の機能を奪う位の威力はあると彼女には自信があった。しかし、実際は傷跡一つ残らず再生された。
(こんなの勝てる筈が無い……)
一撃で致命傷な攻撃。
殆どの攻撃を通さない全身に張られた防御魔術。
瞬時に再生される肉体。
彼女は絶望し、死を覚悟した。
オーガベアが右腕を振り上げ、大剣使いに繰り出したのと同じ攻撃を行おうとする。
その攻撃が鼻先に迫った所で、
「ガァァァァ!!!」
オーガベアは突然、地より生えた巨大で鋭利な氷柱に防御魔術どころかその巨体さえも貫かれ天高く持ち上げられた。
マイヤが恐る恐る氷柱を辿っていくとそこにはフロックコートに霜が降り、白い吐息を吐くスティーリア・グラキエースが居た。
「全く……私のいや、正確には私のでは無いが領地で好き勝手していたようだね」
そう彼が呟くと詠唱も魔術名も唱えていないのに空中で展開された陣より氷柱が生えオーガベアを更に串刺しにする。
「珍しい生き物は出来るだけ綺麗に届ける様にラオムに言われているが、どうやら難しいらしいな」




