不穏な鬼熊
ショウタロウとリョートが鬼ごっこで屋敷の敷地を駆け回っていた頃。
「スティーリア様、例の魔獣の件ですが、ギルドが一応目を通しておいて欲しいと」
「うむ……見せてくれ」
フォルの言葉にスティーリアは神妙な顔で頷く。
受け取った書類に目を通し始める。
「オーガベアか……通常個体よりも遥かに大きいようだが」
「はい、優に三倍程」
オーガベアとは、階級鉄の冒険者複数人で討伐可能な魔獣だ。
通常、オーガベアの体調は普通の熊と余り変わらない二メートル前後の筈なのだ。
そして、更にスティーリアは驚愕する。
「何、竜を捕食していただと?!」
「捕食された竜は上級竜だったようで……」
「上級だろうと異常だ!!……すまん、取り乱した」
竜の中でも強さによって呼び名が変わる。
上級竜は竜の中では下から三番目程度だが、そこは竜。階級銀でやっと討伐出来るようになる程の強さ。
それを、通常よりも巨大な個体であろうともオーガベアが捕食するなど異常としか言いようが無い。
(何が起こっていると言うのだ……?新種の魔物か、それとも何者かが糸を引いているのか)
この時、《氷原の鬼》と呼ばれた元軍人の彼の勘が無視してはいけないと告げた。
「フォル、直ぐに馬の手配を。多分冒険者が討伐に向かっている頃合だろう。嫌な予感がする」
「直ちに」
言葉短に告げるとフォルは速やかに部屋を出る。
スティーリアは領主であるから調査の情報が回って来たのだ。
討伐の依頼は、相応の対価があれば誰でも出す事が出来る。
そして、今回のような場合、出すかどうかは国やギルドの判断によって決まる。
もし、オーガベアだからと言って説明を聞かずに新人冒険者達が向かったりなんてすれば、確実に全滅するだろう。
そして、スティーリアの予感は的中していた。
***
冒険者のパーティーが茂る草を掻き分け森の中を進んでいた。
その中に一際若い首まである栗色の毛を後ろで束ねた少女がいた。名はマイヤ。階級青銅の新人だ。
歳は、ショウタロウやリョートと同じく十五だ。
「私なんかを誘って貰ってありがとうございます」
「気にする事はねえよ。所詮はオーガベアだ!」
「俺達も丁度中衛が欠けてて困ってたんだ」
「怪我したらあたしが治してあげるから安心してね」
マイヤ以外のメンバーは階級鉄で冒険者になって一年経つか経たないか程度の者達だ。
マイヤの扱う武器はロングソードだ。そして、ある程度水系統の魔術を扱う事が出来る。
彼女は、魔術で遠距離、ロングソードで近距離と両方を相手取れる所謂魔術剣士と呼ばれる戦闘方法を用いる。
そのため、駆け出しではあるもののこれまでに何度か声を掛けられる程度には冒険者の間では重宝されているのだ。
今回のパーティーは前衛に大剣使い、後衛に弓使いと僧侶、中衛に魔術剣士のマイヤと役割的にも男女比的にもバランスが良い。
***
冒険者を始める理由は元罪人や亡命者で経歴、戸籍不問の冒険者しか働き口が無かったとか、大きな依頼で一獲千金を狙うとか、伝説の英雄に憧れてとか人それぞれだ。
マイヤの場合は、とある人物の背中を追って冒険者になったのだ。
苗字が無い通り、彼女は村出身の平民なのだが、約二年前にその村を独特な印を刺繍したローブを纏う男達が襲撃しに来たのだ。
村は貧しく護衛を雇う事など出来ず、辺境でもあったため騎士団を直ぐに呼ぶことも叶わなかったのだ。
大人達も抵抗したが、敵うはずも無く敗北してしまったのだった。
「女子供は縛ってその辺に転がしとけ!男共は金目の物運ばせたら皆殺しだ!」
男達がそう叫んだ時、マイヤは震え上がった。
(私……これからどうなるんだろう)
そう絶望していた彼女に残酷な事に神は更に酷な運命を差し向けようとしたのだろう。
「お嬢ちゃん、中々俺好みの表情してるじゃねえか」
男達の一人が下劣な笑みを浮かべ近づいてくる。
「おい、そいつらは大事な商品なんだぞ?」
「良いじゃねえか、味見だよ味見」
作業をしていた内の一人が咎めるが、男は聞く耳を持たず、マイヤに手を伸ばそうとした時―、
「へー楽しそうですねー」
「当たり前だ……ッ!?誰だテメェ?!」
肩まである黒髪を後ろで束ねた人物がニコニコと口角を上げこの状況に似つかわしく無い表情で男の肩から覗き込んでいた。
(お、女の子?私と同じくらいの)
中性的な顔立ちに細い四肢、色白な肌が彼女をそう判断させた。しかし、その人物は男。お察しの通りショウタロウだ。
「ガキ?!こんな奴さっきまで居たか?」
「んな事どうでもいい!!早く始末するぞ!」
男の驚愕した声が聞こえたのか仲間が次々と集まりらショウタロウを取り囲んでいく。
「おやおや、物騒ですね……安心してください」
男達に取り囲まれたというのに彼は動揺する事無く至って冷静だった。
「慌てなくても……皆殺しですから。けど、ただ殺すだけでは面白くないですから力一杯抵抗して下さいね」
その後、彼は返り血を一切浴びる事無く男達を斬殺したのだった。狂気的な笑みを浮かべて。
あの時、マイヤはただ黙って震える事しか出来なかったが、女でもショウタロウのように強くなれると勘違いし冒険者になったのだった。
「おっと、あいつが多分そうだ」
リーダーの戦士に静止されパーティーに緊張が走る。そして、速やかに背を低くし茂みに身を隠した。
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タイトルがかなり変わりますが、お許し下さい。