少年vs執事
ブレード・オスカーの二つ名を変更しました。
魔術と言うのは体内で生成された魔力を糧とし使う人間の知識と想像力を元に自己暗示を施し事象に介入する術だ。
体外に排出された魔力は小さな粒子へと分解され魔素と呼ばれるようになる。この魔素をどれだけ体内に吸収できるかが魔力の大小に大きく影響する。
魔術はその原理を理解していなければ発動出来ない。
しかし、属性の適性が無くても扱える初級魔術以外、いくら知識があったとしても行使する人間の魔力属性と人間性によって使える種類も限られてくる。
また、事細かに解明され誰でも扱えるよう改良された魔術以外は似たような魔術は使えたとしても全く同じ魔術は血縁の間でしか使えないのだ。
***
この男、フォル・ボイドの駆使する魔術は力魔術。
力学を正確に理解した上で彼のこれまでの騎士としての経験により生み出された魔術だ。
瞬時にショウタロウの目の前に現れたのは魔術を発動し、魔術陣を蹴って蓄積した力を増幅し身体にダメージが入らない方向から最大限伝えたからだ。
知識がなければ全身の骨が折れてしまうフォルだからこそなせる魔術。
「《力魔術 騎士の追撃》」
フォルのレイピアによる攻撃は素の威力でも高い。それに彼の魔術が加わることにより高範囲かつ生身で受ければ瀕死になる程のダメージの攻撃が生まれるのだ。
そして、ショウタロウは名前の通りの追撃を予想しきれず正面から受けてしまったのだ。
ショウタロウはフォルの攻撃の速度とほぼ同じ速度で十数メートル離れた壁に激突した。
辺りに土埃が立つ。
「ふん、所詮はこんなものか」
リョートが満足気に鼻を鳴らす。しかし、それを否定する者が居た。無論、攻撃した本人のフォルだ。
「そんな貧相な棒であれをよく凌ぎましたね」
上品に笑いながらフォルはショウタロウへと再びレイピアの剣先を彼に向ける。
「貧相とは酷いですね。こいつは相棒ですよ?棒だけに」
軽く冗談を言っているが、ショウタロウは口から血を吐く。
しかし、吐血しているにも関わらずショウタロウは不敵な意味を浮かべていた。
「なるほど……先程の白い円形の模様が力を増幅しているわけですか。僕の目の前に跳んできた時も足元に似たような物がありましたし」
「ほお、あれが見えていたのですか。それに初見で見破るとは……ふふふふ」
上品に笑っていたフォルはまた一瞬でショウタロウの元へと移動する。
(また、同じ術か?)
フォルの魔術を警戒し、ショウタロウは今度は右へと跳び退いた。
しかし、飛んできた攻撃はフォルの表情とは対称的な凶悪なレイピアの連突き。
ショウタロウが右へ跳び退いた瞬間、フォルも身体の向きを変え空中の無防備な彼に連撃を繰り出したのだ。
「ック……」
上体を捻り何とか急所は避けたが、かなりのダメージらしくショウタロウは膝を着いた。
フォルの強さに驚くことなくスティーリアは独り言のように呟く。
「フォルは現役時代、王国騎士団の団長をしていた男だ。奴の恐ろしい所は剣術であろうと魔術であろうとその一つ一つが無視出来ない攻撃力がある事だ。更に言えば、ブレードとほぼ互角の戦闘能力を持っている」
「ブレードとはあの《隻眼の雷獣》ですか?!」
リョートは驚愕した。今まで自分に仕えてきた執事が強いこと何となく知っていた。
しかし、まさか魔王軍を殲滅した英雄と互角の実力である事は想定していなかったのだ。
「ああ、近接戦闘を行う者にとってフォルは正に天敵だ。ただ、彼は例外かもしれんが」
「それはどういう事ですか?」
リョートがそう聞いた時、彼の耳にくぐもった音が届いた。
その正体を確かめるためにそれが聞こえる方を見れば棒を帯に戻し手をかけているショウタロウが居た。
リョートには心做しかショウタロウを取り巻く空気が湯気のように白く濁っているように見える。
「ほお、あれが完成形か……。リョートよお前の疑念だが、見ていれば分かる」
父にそう言われリョートはじっとショウタロウを見つめる事しか出来なかった。
「僕の一族の戦闘技術の基礎中の基礎、気による身体強化の完全体です。今度は僕から行きます」
そう告げるとショウタロウは棒を握る力を更に強くし足を後ろに下げながら体勢を低くする。
そして、ショウタロウが地面を蹴るとフォルと同等かそれ以上の速度で彼にに迫る。
フォルが彼に気づいた時には既に彼は棒を振りかぶっていた。
「甘い!《騎士の盾【反射】》」
ショウタロウの攻撃を予め予想していたフォルは彼の攻撃に反応し魔術を発動させる。
しかし―、
「甘いのはあなたです」
そう言ってショウタロウはフォルの背後から彼の首筋に棒を軽く当てた。
「私の負けですね」
そう呟くと、あっさりとフォルはレイピアを鞘に収めた。
「一体何が?!」
リョートには理解出来なかった。
ショウタロウの目に見えない程の攻撃にフォルが反応し魔術を発動させた時、リョートは彼の勝利を確信した。
しかし、勝利したのはショウタロウで彼はいつの間にかフォルの背後に立っていた。
それはもう空間移動魔術の使用を疑う程一瞬の間だった。いや、あの速度は空間移動魔術でも再現する事は不可能だろう。
「リョート、この戦いで私が普段から言っている事の意味を理解したか?」
スティーリアは普段からリョートに魔術以外の戦闘技術の大切さをこんこんと説いてきた。
確かに、この世界で最も重視されるのは魔術だ。
だが、重視され過ぎるがためにこの世界の大多数の人々が見失っている事がある。
それは、魔力が枯渇した魔術師が戦場において最も足でまといだという事だ。
だからこそ、魔術がほとんど使えない者を貶しながらも王国の騎士団に剣術に特化した部隊を解散させないのだ。
「ショウタロウは特例中の特例かもしれん。だが、彼と互角までとは言わんが、少しは基礎体力を付けてみるのも良いかもしれんな」
スティーリアはそう言いながら、少し不貞腐れた顔をしている息子の自分と同じ雪のような白髪を微笑みながら撫でたのだった。
「最後のあの動き……私もまだまだのようですな」
「いやいや、フォルさんの反射神経の良さを利用しただけですよ。あなたが僕の姿を捉えた時、意識があの不思議な術に回されている間に移動しただけです」
「ははは、まんまと騙されたわけですか!!」
スティーリアが息子を諭している間、二人は止められるまで永遠に剣術や動きについて熱く語り合ったのだった。
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