花
リョートは穴の中へ飛び込むべきか迷った。しかし、それを止め先に進む事を決めた。オーガベアとの一件以降、彼はショウタロウの事を信頼しているからこそ下した判断だった。
「伯父上。先に進みましょう」
リョートは立ち上がり未だに呆然と穴を覗くジーヴルに声を掛けた。彼はそれに反応し顔を上げるがその表情は不安で染まっていた。
「先生ならあの程度の連中ささっと片付けて合流してくるでしょう。俺達が今やるべき事は先生が気にしていたこの先の何かを連中より先に見つける事です」
リョートは努めて明るく言った。彼も不安なのだ。
「そうだな……。すまなかったリョート」
リョートの不安を察したのかジーヴルは気持ちを切り替え立ち上がった。そして、彼らは再び先へと足を進めた。
***
「……さん!……タロウさん!ショウタロウさん!起きてください!」
泣きそうになりながら必死に自分を呼ぶ声が聞こえショウタロウは意識を取り戻した。
「姉……さん……」
ショウタロウは霞む視界に映る存在の呼び名を口にした。
「え?姉さん?私です、シオンです」
しかし、ショウタロウの目の前にいるのは彼の思い浮かべている人物ではなくシオンだった。彼女がそう言い彼を揺すると完全に意識を取り戻したようだ。
「……こ、こは?」
ショウタロウは周囲を見回した。彼はどこかの空間におり壁に背を預けた状態だった。その空間は青い光によって照らされていた。
「あの時にできた穴の中だと思います」
自分の正面に座るシオンを見るとショウタロウは彼女が濡れている事に気付いた。そして、直ぐに彼も同様に濡れていると気付いた。
「シオン様怪我はありませんか?それと何故僕達は濡れているんです?」
ショウタロウは目に見える範囲でシオンの外傷の有無を確認した後彼女に尋ねた。
「は、はい、ショウタロウさんが庇ってくれたから……私は無傷です。ここに落ちてきた時にあの地下湖に落ちたおかげでその後も無事でした。けど、ショウタロウさんは……」
シオンの視線の先、そう遠くない所に湖が広がっていた。そこから彼らまでの地面が微かに湿っており、ショウタロウは彼女が自分をここまで運んでくれたのだと察した。
「それなら良かったです。どうやらここまで運んでくれたみたいですし……ッ!?」
そう言いながら立ち上がろうとした時、ショウタロウに激痛が走った。いくら気で強化していたとは言え爆発を至近距離で食らったため相当なダメージを受けたらしい。
「う、動かないでください。背中に酷い火傷が……」
シオンはそっとショウタロウを壁へと戻した。
「大丈夫です。少しすれば慣れるので……その間休憩しましょうか」
ショウタロウの中では先に進む事は決定事項らしくシオンはそれを止める事を躊躇った。その間に彼は目を閉じてしまい手持ち無沙汰となった彼女は彼の横へと移動し座った。
地下の空間であるとためか気が狂いそうになる程の静寂が訪れた。
「少し話しましょうか……。シオン様のお名前は誰が考えられたのですか?」
突然、ショウタロウが口を開いた。それにシオンの小さな体が跳ねた後、彼女は口を開く。
「お、お母様です……お父様がそう言っていました」
「どんな方ですか?」
シオンが躊躇いながら答え、ショウタロウは更に尋ねた。
「皆に優しくて強く美しい方だったそうです。け、けど、私を産み、名前を付けたと同時に亡くなられて……きっと私の事を恨んでると思います。……今回だって私のせいでショウタロウさんが……皆が危険な目に……」
ショウタロウの質問に答える途中、嫌な事を思い出したのかシオンの体が小さく震え始めた。それを見て彼は小さく溜め息を吐くと彼女の額に軽くデコピンした。
「痛ッ」
「シオン様、今回いや今までに起こった不幸は全てあなたのせいではありません。どうせ周囲が忌み子を理由にありもしない事を言ってきて気にしてるんでしょ?寧ろあなたは被害者です」
ショウタロウはシオンの考えは間違っていると指摘した。
「で、でも……」
しかし、シオンはまだ煮え切らない様子だ。それを見てショウタロウは更に言葉を続ける。
「ジーヴル様達なら大丈夫です。リョート様は常日頃から厳しく鍛えてますから」
それはもう毎日汗だくになり倒れ込むまでリョートはショウタロウの元で戦闘訓練に励んでいる。
「それに、お母様はシオン様の事を恨んではいないですよ」
ショウタロウの言葉を聞きシオンは目を見開き彼の方を勢いよく見た。前髪が長くとも彼女の表情からはそんな筈ないと伝わってきた。
「シオン様と同じ名の花があるんです。そして、僕が住んでいた辺りでの花言葉は''君を忘れない''この辺りでは''愛の象徴''です。憎い相手に死に際、わざわざこんな名前は付けませんよ」
ショウタロウはシオンに優しく笑いかけた。
「……どんな花なんですか?」
自分と同じ名の花だからか気になったらしくシオンはショウタロウに尋ねた。
「シオン様のちらほらある薄紫色の髪と同じ色の花弁で小さくとても可愛らしい花ですよ」
シオンはショウタロウに指された薄紫色の髪を軽く摘み自虐的な笑みを浮かべた。
「わ、私には勿体ないです。……私は醜い忌み子だから……」
シオンがそう小さく呟いた瞬間、彼女の視界が広がりショウタロウの顔がはっきりと見える様になった。
一瞬何が起こったか分からなかったが宙を舞う自分と同じ色の毛を見てシオンは前髪が切られたのだと理解した。
「……へ?」
シオンの思考は停止した。しかし、直ぐに正気を取り戻すと彼女は両手で精一杯顔を隠した。
「何故隠すんです?」
その行動を見てショウタロウは首を傾げた。
「こ、こんな……醜い眼だから……見せられません!」
シオンは涙を流しながら今までにない程の大きな声で途切れ途切れに言った。それを聞きショウタロウは彼女の腕を掴み顔が見える様に動かした。
「シオン様は先程自分を醜いと仰いますがそれは間違いです。花というのは例え花弁がどんなに醜い色、模様で、どれだけ醜悪な匂いを放ち、危険な場所に咲いていたとしても上を向いて立派に咲いているからこそ美しく人の心を奪うのです」
ショウタロウの言葉を聞いているうちにシオンが腕に込める力は段々と弱まっていった。
「誰が何と言おうと少なくとも僕にはその眼は美しく感じます。……今あなたに必要なのはあなた自信を、花弁を隠す雑草じゃない。雑草を払い除け上を向いて咲く勇気です」
「上を向いて咲く……勇気?」
シオンはショウタロウの言葉を復唱した。それを聞き彼は力強く頷いた。それと同時に彼女は立ち込めていた暗雲が一気に晴れた気分になった。
「そうです。これからは堂々としてください。枯らそうとしてくる害虫は僕が退治するので安心しください」
「……はい!」
今まで溜め込んでいたものを吐き出すかの様にシオンの瞳から大粒の涙が次々と零れ落ちる。
どれだけ我慢強いとしてもシオンは十五歳の少女なのだ。血の繋がりのない他人に忌み子なんて関係ない、ありのまま生きればいいと言って貰える事を彼女は心のどこかで望んでいたのだろう。
「《バン》ッ!!」
そう声が聞こえると何かが高速でシオンに向かって飛んで来た。それに瞬時に反応し、ショウタロウはそれを刀で斬った。
「おい、トイン。忌み子が傷の舐め合いしてるぜ!」
ショウタロウが声の方を見るとバンダナと眼帯の二人組が立っていた。バンダナを巻いた方は人差し指をこちらに向け下品に笑っていた。
「ああ、傑作だなルドム」
トインはそれに答え笑を零した。
「さっきの攻撃は防がれたがこのガキ手負いみたいだな。トイン、こいつらは俺だけで十分そうだからお前は先へ進め」
ルドムは一歩ショウタロウ達に近付きトインに言った。トインはそれを聞くと素早く走り出した。
「さて、どれだけ楽しませてくれるかな……そっちの虹彩異色症の嬢ちゃんはかなり可愛い顔してるな……」
ルドムは舌なめずりをしながらショウタロウへと人差し指を向けた。




