ギルドにて
ショウタロウは刀の鎖を解くと、瞬く間に十数体居たオーガベアを一体だけ残し殺した。
「グルルル……」
残った一体は四肢を付け根から切断され、地面に横たわっている。
せめてもの抵抗として頭を上げ、ショウタロウに向かって唸り声を上げていた。
そんなオーガベアに見向きもせず、ショウタロウが刀から手を離すと再び鎖が生え、意思があるかの様にそれに巻き付いた。それと同時に、ショウタロウの赤い瞳が黒に戻る。
「終わったのか?」
「皆、助かった……」
ショウタロウの刀と瞳が元に戻った事により、戦いが終わったと察したのか弓使いと僧侶が安堵する。しかし、彼はそれに待ったをかけた。
「安心するのは早いですよ。弓の人、ギルドとグラキエース家の屋敷、どっちが近いですか?」
ショウタロウは弓使いに声を掛ける。そして、スティーリアと大剣使いに近づき、各々を左右の小脇に抱えた。
自分を遥かに凌ぐ巨男二人を軽々と持ち上げる光景に一同のショウタロウは人間離れしているという認識は更に強くなった。
「あんたの移動手段ならギルドの方が近い筈。あっちの方角に森を抜けて直ぐの所にある」
「そうですか。この二人を今からギルドに運びます。誰か一人僕と来てください」
ショウタロウは途中から参戦したため、最初から最後まで見届けた人間を連れて行く必要があると彼は考えたのだ。
「なら、私が」
その意図を汲み取り、マイヤが小さく手を挙げた。
「分かりました」
ショウタロウは小さく頷くとマイヤの前に背を向けしゃがむ。リョートは彼の行動と先程した体験が重なり、吐き気を催し口元を抑えた。
「え?」
リョートとは違い、どういう状況なのか分からずマイヤは首を傾げる。
「乗ってください」
「は、はい!……失礼します」
未だにショウタロウを少女と勘違いしているマイヤは乗っていいのか一瞬戸惑うが、時間が無いと分かり直ぐに彼の指示に従った。
「リョート様と他の方はそこに転がってるのを運びながら後を追ってください。四肢がない分軽くなってる筈です」
ショウタロウが明らかに弓使いの向けて言う。その言葉を聞き、彼はオーガベアに視線を向けるとオーガベアは未だにこちらに威嚇していた。彼の顔がサッと青ざめる。
「おい女」
「何ですか?」
弓使いとは別の理由で青ざめた顔をしているリョートがマイヤに声を掛けると、彼女はあからさまに不機嫌そうにムッとする。そんな彼女の表情にいつもなら文句を言うのだが、彼は彼女の肩に手を優しく置き、微笑みながら呟いた。
「覚悟しといた方が良い」
「それってどういう……」
「出発します」
マイヤが疑問を口にする前にショウタロウは飛び出した。
「え、キャアアアア」
下手をすれば、オーガベアに腕を食われかけた時よりも大きなマイヤの絶叫が森の中を木霊する。
瞬く間に彼らの姿は見えなくなる。
「え?来る時よりも速くない?」
弓使いがリョートに向けて言った。
「そう言えばあの女酔い止め飲んでないな」
「酔い止めって……まじ?」
ふと思い出し呟いたリョートの言葉に僧侶は苦笑いする。
「酔い止めがあってもかなり酔うがな。気になるなら今度乗ってみればいい」
「「いえ、結構です」」
弓使いと僧侶の言葉が絶妙なタイミングでハモった。
***
「うっぷ……」
リョートの予想通り、たった一二分でマイヤは酔い、口を抑えていた。
「手が塞がっているので開けてもらっていいですか?」
「わ……分かりました」
今にも吐き出しそうな吐瀉物をぐっと胸の辺りで抑え込み、マイヤはショウタロウから降り、ギルドの扉を開けた。
その瞬間、宴の様に賑やかだったギルドが静寂に支配された。
中には屈強な男や三角帽子を被った女、獣人や尖り耳の青年等いかにも冒険者という風貌の者達が居た。
そして、彼らの汚物を見る様な視線がショウタロウに一斉に注がれる。それも当然だ。彼の髪は忌み子として忌み嫌われる黒なのだから。
「何だ?あの忌み子は?」
「おい、あれって大剣使いのラルトじゃねえか!?マイヤちゃんも一緒だ」
「他のパーティーの連中はどうしたんだ」
「あの白髪は……間違いねえ、スティーリア・グラキエース様だ」
静寂が終わり、初めとは別の意味のざわめきがギルド内に広がっていく。ショウタロウが細い腕で自分を遥かに凌ぐ巨体を両脇に抱えているのに気付いたからだ。
ショウタロウはそれを無視し、広間に二人を寝かせる。
「二人を見ていてください」
「分かりました」
マイヤにそう告げるとショウタロウはギルドのカウンターへと近づいて行った。
「すみません、中級と上級のポーションを二つずつ頂けますか?」
彼の言葉に対し、困り苦笑いを浮かべたのは黄金色の髪を肩まで伸ばした大剣使いや弓使いと同年代程の受付嬢だった。彼女は当たり障りのないようにショウタロウに現実を教えようと口を開く。
「ごめんね、お嬢ちゃん。ここは冒険者しか物を売ってないの。それに、君そんなにお金持ってないでしょ?あと、直ぐここから出ないと酷い目に合っちゃうよ?」
「ああ、そうでしたね」
これで諦めくれたかと安堵した受付嬢の目の前に親指サイズの銀製のメダルを差し出した。これが、ギルドでの階級を証明する物になっている。
その次に、やけに大きい麻袋を懐から出し、カウンターに置く。置くと、金属が擦れ合った時に生じるガチャりという音が上がった。
「へ?銀階級!?」
「これで用意してくれますか?あと、僕は男です」
「も、も、申し訳ありませんでした!只今用意致します!」
何の悪意も無く浮かべたショウタロウの微笑みに逆に恐怖を感じた受付嬢は深々と頭を下げ奥へと引っ込んだ。
「おい聞いたか?銀階級だって」
「は?あの忌み子が?」
また、ざわめきが広がる。その中で一人、ラルトよりも巨大な男が立ち上がり、ショウタロウに歩み寄る。
「おいお嬢ちゃん。痛い目にあいたくなかったらその金寄越しな。忌み子が生意気にそんなに金を持って、勿体ないだろ?」
下劣な笑みを浮かべる男を一瞥し、ショウタロウが刀に手を掛けた瞬間、ギルドの扉が開いた。そこには、口を凍らされたオーガベアを背負った弓使いと僧侶、リョートが居た。
「ショウタロウさん、言われた通り……運んで来ました」
ショウタロウの姿を見つけると弓使いはオーガベアを地面に降ろし肩で息をする。
急に敬語になった弓使いに対しショウタロウが首を傾げていると、冒険者達が弓使い達の元へと集まって行く。
「おい、これお前達がやったのか?凄いじゃねえか」
「通常の個体の三倍はあるぜ?」
冒険者達が各々、弓使い達に賞賛の声を掛けると、彼らは首を横に振った。
「そんな訳ねえだろ?あの人がたった一人でやったんだ。しかもよ、この熊切っても切っても再生するわ分裂するわで、最終的に十数体になったんだよ」
「ショウタロウさんが来てなかったらあたし達全滅してたよ」
「「「え?」」」
弓使いと僧侶の言葉に冒険者達がショウタロウの方へ振り向くと彼は鞘をつけたままの刀で男の装備を切り刻んでおり、男は全裸になっていた。
「あの人間離れした動きに風貌……噂に聞く《幻影の狂剣士》」
ポツリと誰かが呟いた言葉が辺りに響き渡る。それと同時に、冒険者達の顔から血の気が引いた。
誰もが、自分の先程の行動に後悔した瞬間だった。
「あの、これで間違いないでしょうか?ヒッ」
受付嬢が慌ただしく戻って来ると、全裸の男を見て硬直する。そんな彼女に何も説明する事なくショウタロウはポーションだけを受け取る。
「お金は勝手に取っておいてください。あと、僕の金庫から使った分だけ引き出してください」
ギルドには、ギルドマスターのラオム・ディメンションが自身の魔術を元に開発した金庫が一人一つ与えられている。階級メダルさえあれば、どのギルドからでも引き出せるというシステムだ。
銀製のメダルを受付嬢に手渡すとショウタロウはそのままスティーリア達の元へと戻る。
「このポーションを傷口に掛けて消毒してください」
ショウタロウはそう言って中級ポーションをマイヤに手渡し、スティーリアの傷口にそれを掛け始めた。
「ショウタロウさん、そんな高価な物……」
「あたし達、まだ駆け出しで」
いつの間にか近くに居た弓使いと僧侶が申し訳なさそうに言う。
「お金は大量にあるのでご心配なく……あ、終わったら上級ポーションをゆっくり飲ませてください。はい、リョート様」
「へ?私?」
突然、自然な動きでポーションを手渡され、リョートは困惑する。その姿を見て、ショウタロウは呆れた。
「リョート様が丁度近いんだから当然でしょ?」
「分かった」
ショウタロウの言葉に頷きリョートは渋々スティーリアの口に上級ポーションの瓶を当て、ゆっくりと飲ませていく。
飲んだ瞬間、スティーリアの患部が淡く光り、回復していく。
ラルトも同様に患部が淡く光り傷口が瞬く間に塞がっていく。
「相変わらず、ラオムは良い物を揃えてますね……」
ショウタロウはしみじみ思い、呟いた。




