幻影の狂剣士
ショウタロウはリョートを背負っていても人間離れした跳躍と疾走で弓使いを置き去りにした。
「ち、ち、ちょっと待て。酔い止めが効いてな……うっぷ」
「喋ると舌噛みますよ」
リョートの顔がだんだん青白くなり、片手で口元を覆い始めた。
しかし、リョートがそんな状態であろうとお構い無しにショウタロウは速度を更に上げていく。
余りにの速さにリョートの悲鳴だけがその場を木霊した。
「リョート様、今回、獣は後回しで皆を救出する事を最優先にします。回収したら直ぐに撤退するつもりでいてください」
ショウタロウに舌を噛むと脅されそれを素直に聞いたリョートは無言でこくこくと頷いた。
それをショウタロウは肯定と捉える。
自分の背で騒ぐリョートを完全に無視しショウタロウは前方の気を読む。
近付いてくるにつれ鮮明にスティーリアや他の者達の様子が感じ取れるようになる。
その気の中に、五つ知っている全く同じ気があるのに彼は気がつく。そして、やっと見つけたと内心ほくそ笑んだ。
あと少しの所に差し掛かった瞬間、マイヤの絶叫がショウタロウとリョートの耳に届いた。
「し、ショウタロウ」
リョートがその先言おうとした事を分かっていると言わんばかりにショウタロウは軽く頷いた。
「嫌あああ!!」
オーガベアの牙とマイヤの腕が接触した瞬間、ショウタロウは木から飛び降り、彼女らの間へと降り立った。
「相変わらず趣味の悪い獣ですね……」
彼はまるで知人であるかの様にオーガベアに告げる。あるいは、独り言だったのかもしれない。
それと同時にオーガベアの腕と共にマイヤは地へと落ちた。
「久しぶりですね。この前は一体だけに逃げられた筈なんですが、何故増えてるんです?害獣共。次は逃がしませんよ」
ショウタロウを目視したオーガベア達は彼に対し、明らかに畏怖の感情が混じった威嚇をする。
***
「???グアアアア!?!?」
腕が斬り落とされ暫く経ってからオーガベアの切り口から鮮血が吹き出す。それと同時にオーガベアも斬られた事に気付き痛みで絶叫を上げる。
まるで、骨、血管、細胞に至るまで斬られた事に気付くのが遅れたようだった。
(見えなかった……)
ショウタロウの背におぶさっているリョートもショウタロウが何をもってしていつオーガベアの腕を斬ったのか理解出来ていなかった。
「やっと追い付いた……え?どういう状況?」
到着した弓使いはその場の状況に困惑した。
「私もよく分からん」
ショウタロウの背におぶられたままリョートが弓使いの質問に意味のない回答をする。
「リョート様、話されるのは良いのですが、まず降りてください」
「あ、ああ分かった」
ショウタロウに言われ、動揺しながらもリョートは彼の背から降り、周囲を見回した。
一体のオーガベアの氷像に、氷狼と噛みつき噛みつかれしている二体のオーガベア、地に落ちている何か蠢く物が生えている一本の腕。
その後ろにリョートはボロボロの父の姿を捉えた。
「父上!」
「リョート……何故来た?ここは、危険……」
氷狼とオーガベア二体ずつを挟んで言葉を交わすが、スティーリアは最後まで言い切る事なく、ショウタロウの登場に安心したのか気絶した。
「父上!?」
「安心してください。生きています」
ショウタロウの言葉にリョートは冷静さを取り戻す。
「それで、リョート様。回収優先と言いましたが撤回します。その前にこいつらを殺します」
「は?何を言って……」
視線をスティーリアからショウタロウに移してリョートは恐怖で震え上がった。
ショウタロウは棒に手をかけながら、目を見開き、口角を釣り上げ、悪魔と呼ぶに相応しい表情をしていたのだ。
そんな話をしている内にオーガベアの腕が再生した。そして、同時にスティーリアの氷柱により弾き飛ばされた腕とショウタロウに斬り落とされた腕もオーガベアへと再生した。
氷狼と戦っていたオーガベアも標的を何故かショウタロウに変え、これで六体のオーガベアが彼に威嚇する。
「グアアアア!!」
一体が飛び掛ったのを合図に全個体がショウタロウに襲い掛かる。今まで、一部個体が観察や他の標的を襲っていたのが嘘のようだ。
「フフフ」
何が面白いのかショウタロウが小さく笑った声をリョートとマイヤは聞き逃さなかった。
ショウタロウの帯に差してあった棒はいつの間にか彼の右手に握られ振り下ろした様な位置にあった。
(あの時と一緒?)
リョートの脳に盗賊達との一悶着の時の記憶が蘇る。そして、同時にその場に居た全員がその視界の映像に違和感を感じた。
一いつ棒を抜いて振り下ろしたのか?
次の瞬間、噛み付く為に口を開く個体、腕を振り上げる個体、飛び掛ってきている個体と様々な体勢をとっていたオーガベアの全固体は上半身と下半身を境に真っ二つになった。
「は?」
「何が起こった?」
「防御魔術ごと斬ったのか?」
この光景にその場に居た全員が絶句し、自分の疑問を口にせずには居られなかった。
「あの人……来てくれたんだ」
しかし、マイヤだけは疑問を持つ事など無く、ただただ安堵の表情を浮かべた。
「チッ」
ショウタロウは舌打ちをした。
確かにショウタロウはオーガベア全固体を真っ二つに斬った。
しかし、上半身は下半身を、下半身は上半身を瞬時に再生させ数を二倍に増やしたのだ。
それだけではない。
「グルルル」
「中々間が悪いですね……」
スティーリアに氷漬けにされていたオーガベアの氷が砕け、中に居たオーガベアが出てきたのだ。
「まさか壊死した細胞を再生させて強引に出てきたのか?!」
「そんな滅茶苦茶な……」
リョートの仮説は的を得ていた。ここまでになると魔獣ではなく、魔神と呼ばれる。
氷漬けになっていたオーガベアは余程腹に据えかねていたのか、他のオーガベアのようにショウタロウに攻撃を仕掛けず、スティーリアへと一直線に走って行く。
「父上!!」
「おい、待て!」
リョートがスティーリアへと駆け寄ろうとするのを弓使いが静止する。
「《離せ》!!」
だが、リョートの発した言葉に強い意思があったのか詠唱となり彼と弓使いの間に氷柱を発生させ静止を振り切り走り出す。
オーガベアよりも速くスティーリアの元へ行くと彼の前に立ち塞がる。
理性を失った獣はそんな事等気にせず、リョートごと叩き潰そうと腕を振り下ろした。
「何をやってるんですか?!」
そこへショウタロウが人間とは思えない速度で飛び出していくと棒を振り上げる。
その一撃がオーガベアの攻撃の威力を上回り吹き飛ばす。
しかし、安定した体勢で無くただの棒であったため、簡単にそれはへし折れてしまう。
「あちゃーやっぱり棒ですね……」
折れた棒を地面へ捨てるとショウタロウは笑顔を崩さずに言う。
「まあ、君達を殺す為にはどの道こいつを抜くつもりでしたからね」
ショウタロウが帯に差してある鎖が巻かれた刀の柄に手を掛けると刀は赤黒く発光する。
その光を見た瞬間、オーガベア達は今までに増してショウタロウへと攻撃を仕掛ける。どうしても彼に刀を抜かせたくないらしい。
「邪魔しないでくださいよ」
十三体ともなればいくらショウタロウでも武器がないと避ける事に精一杯で刀を抜く事が出来ない。
(私のせいだ)
危機的な状況に陥った事によりリョートは焦る。
(時間さえ稼げれば)
リョートの頭にふとその言葉が浮かび上がる。それは、無意識の内に彼がショウタロウを信頼している証拠だった。
彼は自分自身を急かしながらも冷静さを忘れず周囲を見回す。
オーガベア達の複数同時攻撃を軽々と躱し続けるショウタロウ。
応急処置が終わり気絶したままの大剣使い。
その傍で魔力を使い果たし座り込んでいる僧侶。
ショウタロウの動きに唖然とし、口を開いたままの弓使い。
アワアワと忙しなく事の顛末を見守るマイヤ。
彼女を見た時、リョートの頭にある策が浮かび上がった。
「そこの剣を持った女!」
「へ?私?」
「お前以外居ないだろ!」
リョートの強い口調にマイヤは少しムッとするが無言で彼の目を見る。
「その波長からしてお前、魔力属性は水だな?今すぐ水を出せ!」
スティーリアと同様に先天的に魔術の才があるリョートはマイヤの魔力属性を軽々と読み取るとそう指示した。
「早くしろ!!」
「は、はひ。《水・放出》」
リョートに圧を掛けられたためか、マイヤは滅茶苦茶な場所向け大量の水を陣から発生させた。
その水の量を見て、リョートはニヤリと笑うと目を閉じ集中する。
(詠唱を唱える時間はない。この空間の魔素を感じ取れ……)
リョートは自分の周囲の空気に漂う魔素へと普段よりも意識を向ける。
(この空間を掌握しろ。父上をショウタロウを皆を守る為に!)
心で強く決意すると空気中の魔素を支配し始める。
経過した時間はほんの一瞬だった。
彼が目を開くと同時にマイヤが発生させた水がショウタロウを取り囲むと同時に凍りつく。
状況に理解出来なかったのかショウタロウがリョートへと視線を向ける。彼らの目が合った。
彼の視線に対し、リョートは力強く頷きながら叫ぶ。
「殺れ!ショウタロウ!」
「流石です、リョート様。貴方を連れて来て正解でした」
リョートの声が耳に届くと同時にショウタロウは再び刀に手を掛けると巻き付いていた鎖が刀へと吸い込まれていく。
それと同じ速さでショウタロウの瞳の中心から鮮やかな赤が広がり、染め上げていく。
オーガベア達はそれを見て焦りだし、氷壁に向け出鱈目な攻撃を行うがリョートは魔力を注ぎ続け破壊を許さない。
一体がそれに気付くとリョートに向かって走って行く。しかし、リョートは逃げる所かニヤリと嫌らしく笑う。
「グララララ!!!」
止めろ!と叫ぶかの様に咆哮を上げるとオーガベアはリョートへと腕を振り下ろす。だが、それは遅すぎた。
完全に鎖がなくなるとショウタロウは鍔を親指で押すと黒い刀身が少し露になる。次の瞬間、氷壁とリョートを殺そうとしたオーガベアが同時に左肩から右腰の軌道に斬り裂かれ、静かにずれ落ちた。
五メートル程度離れた物が同時に同じ軌道で斬り裂かれるという現象に一同は唖然とする。
二つに別れたオーガベアは今までの様に再生する事なく、その肉を灰へと変えていった。
「さてと、これで皆殺しに出来ますね」
彼を見た瞬間、今までの攻撃が嘘の様にオーガベア達は蜘蛛の子散らすように四方八方へと逃げ出す。
「だから言ったでしょ?」
そう言葉を発した時には既にショウタロウの姿は今まで立っていた場所にはなかった。その変わり、
「逃がさないと」
タンッという刀を鞘に収める音と共に一体のオーガベアの前に現れる。
そして、その周囲のオーガベア数体は細切れとなりバラバラと崩れ灰となる。
「幻影の……狂剣士……」
ショウタロウが再び同じ様にオーガベアの目の前に立ち塞がり、刀身の姿を見せる事なく、細切れにする。その時、ふと弓使いが呟いた。
「幻影の狂剣士ですか?」
「それってギルド内で噂になってた?」
「あ、ああ……」
ギルド内で語り継がれている噂。それが幻影の狂剣士だ。
その髪は忌み子の証たる黒であり、その瞳は血の様な赤。
妙に細い剣の刀身と斬撃はどんな手段を用いても捉えることが出来ない。
その者の浮かべる狂気に満ちた笑顔と狂った様な強さに因んでそう名付けられたのだ。
「君だけは生かしてあげますね」
冒険者達が噂話をしている間に十三体居たオーガベアは一体を残しそれ以外は灰となっていた。
残ったオーガベアの四肢は根元から綺麗に切断されていた。




