《氷原の鬼》vs鬼熊
「珍しい生き物は出来るだけ綺麗に届ける様にラオムに言われているが、どうやら難しいらしいな」
スティーリアはそう呟き、目を細める。
そう言うのも無理は無い。
彼の視線の先では、オーガベアが鋭利な氷柱に貫かれても尚、それをへし折ろうと腕を伸ばしているからだ。
「厄介だな」
彼の言葉に応じ、更に数倍の陣が空中で展開され氷柱がオーガベアの身体を肉塊へと変えていく。
赤黒い塊がボタボタと地面へと落ちていく光景は何とも悍ましい。
「や、殺ったのか……?」
「何て強さなの……?」
弓使いが呆然と立ち尽くし、マイヤはその場にへたり込む。そして、あからさまなフラグを見事に建築した。
僧侶は回復魔術の行使を続け、大剣使いはまだ傷の痛みに唸っていた。
しかし、スティーリアはまだ警戒を緩めていなかった。
「君達、直ぐに逃げたまえ!はや……『ガルル』」
彼の言葉を遮る様にオーガベアが唸り声を上げる。
彼がそちらに視線を向けると、オーガベアの肉塊各々が足りない身体の部位を再生させ、読んで字の如くオーガベアが増殖していた。
「どこの上位種だね?こんな獣にこんな厄介な異能など渡したのは」
本来魔術を使わない筈のオーガベアが全身を纏う程の強力な防御魔術を扱っている。
これだけならまだ珍しいで済ます事が出来る。稀に魔術を扱える魔力と知能を持つ変異種が産まれる事があるからだ。
だが、瞬時に傷を修復、各々の肉塊から増殖するまでに至る再生能力。そんな魔術がそもそも発見されていない。
明らかに異能だ。
現在、スティーリアの目の前にいるオーガベアは五体。
「「ガァァァ!!!」」
二体が同時に雄叫びをあげるとそのまま左右からスティーリアへと攻撃を仕掛ける。
残りの三体は直ぐに動けるようにと前脚に重心を掛け彼を見据えていた。
この五体のオーガベアは元が同一個体だからなのか、かなり高度な統率が取れている。
「なるほど……上級龍が捕食されるわけだ」
しかし、こんな状況に陥ってもスティーリアは至って冷静だった。
彼は、先に繰り出された左側のオーガベアの攻撃を横へ転身し避ける。そして、その直後に右側のオーガベアが振り下ろした腕を両腕で受け止め掴んだ。
「ふんぬ!」
そして、そのままオーガベアの攻撃の勢いと方向を殺さず活かし、左側のオーガベアへと投げ飛ばした。
約六メートルの巨体が宙を舞い、同じ大きさの巨体へと激突する。
左側に居たオーガベアは受け止めきれず、二体が重なる状態で地面へと倒れ込む。
「ま、魔術師が……」
「物理的に投げた……」
弓使いとマイヤはスティーリアの登場と戦いぶりに落ち着きを取り戻したのか、最もな指摘を呟いていた。
「《暫く眠れ》」
彼がただ発した言葉が詠唱となり魔術が発動し、オーガベア二体を氷漬けにする。
「残り三体か……」
彼が残りの個体の方へと身体を向け、足を一歩踏み出すと同時に氷柱がオーガベアを貫かんと突き出していく。
((あ……終わった))
氷柱の先端がオーガベアに迫った時、マイヤ、弓使いがそう思った。
しかし、彼らの予想に反し氷柱はオーガベアに接触する貫く事無く砕け散った。
「はあ……流石にここまでは予想していなかった」
スティーリアは焦りと呆れが混ざった表情をしガシガシと荒々しく後頭部を掻く。
「進化する防御魔術なんて聞いた事ないのだが……《貫け》」
彼は次に詠唱により魔術を発動し、再び氷柱がオーガベアへと迫る。
そして、氷柱が迫った時、オーガベア達は何かを感じたのか横へと跳び退くが、完全に躱しきる事が出来ず真ん中の一体の左腕を貫き弾き飛ばした。
たが、直ぐに消えた右腕は新しく生えてくる。何とも悍ましい光景だ。
「学習して回避を行い、防御魔術を突破しても瞬時に再生。肉塊にしてもその数増殖。そこの弓を持ってる冒険者君」
「は、はい」
スティーリアは何やら考えた後、突然弓使いへと声を掛ける。突然の事に彼は動揺した。
「その軽装備にその波長、魔力属性は火系統だね?」
「え?は、はい!」
魔力波長で属性を読み取るのは多くの知識とセンスが必要な魔力感知の最終形態だ。
「て事は、脚力強化の魔術を使えるね?今すぐグラキエース家の屋敷へと走って誰か呼んで来てくれないか?私一人では君達を庇いながらこの獣達を討伐しきれない」
「分かりました。《魔力・足 ・集中・加速》」
弓使いは魔術を発動し直ぐに屋敷の方向へと走って行った。
スティーリアはそれを見届けるとオーガベアの方向へと向き直る。
彼が、そちらを見た時にはオーガベア達は三方向から取り囲るように飛び掛っていた。
「《そう焦るな》」
彼がそう言うと、オーガベア二体から彼を守るように氷柱が地面から生える。
(まただ。一説詠唱だけでも難しいのに、あんなただの言葉で魔術を繰り出すなんて……しかも、無詠唱も扱えるなんて)
マイヤは、スティーリアの今までの規格外な戦い方に驚愕していた。
魔術を行使するには魔力と知識があるのは前提条件だ。
その上で高度で精密な自己暗示を行う必要があるのだ。そのため、大多数の魔術師は詠唱や魔術名を口にするのだ。
しかし、スティーリアは威力が落ちるがそれを必要としない。しかも、威力が落ちると言っても他の魔術師に比べれれば高威力と言っても過言では無いのだ。
これが、《氷原の鬼》の実力。
スティーリアは二体からの攻撃を氷柱で防ぐと残り一体の懐へ潜り込み、魔力で強化した拳を腹へと突きを叩き込む。
効いたのか、オーガベアが口から液体を吐き出し、足をふらつかせる。
「おっと」
その隙を見計らい、彼がその個体を触れると、触れた位置から次第に氷が広がっていきオーガベアは瞬く間に氷像になった。
一体を氷像に変えた頃には残り二体がスティーリアの方へと回り込み彼の背後を取っていた。
「ッ!?」
彼は、気付くと同時に氷柱を出現させる。
しかし、不意を突かれ自己暗示をする時間が無く魔術を発動したためか、一体目のオーガベアが腕で意図も容易く氷柱を薙ぎ払う。
そこをすかさず二体目がスティーリアの頭と二の腕をしっかりと掴み、右肩に牙を立てた。
傷口から勢い良く鮮血が吹き出る。どうやら、肩の動脈にまで牙が達したらしい。
スティーリアは表情が無い筈のオーガベアがニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた気がした。
「ぐうう……」
痛みに呻き声を上げるが、痛みを堪え掌で作り出した氷の針を肩に噛み付いているオーガベアの顎関節へと突きたてる。
上手く筋を貫いたらしく下顎がだらしなく垂れ下がった隙を見計らいスティーリアは後方へと跳び退いた。
今までの余裕が嘘のように状況が一変する。
また、マイヤ達の表情が絶望に染まっていく。
「う……《止血》」
オーガベアの力は凄まじく、彼の右の鎖骨から上腕骨に掛ける関節は噛み砕かれてしまい、右腕の使用は出来なくなった。
何とか、止血するので精一杯だ。
「やむを得ん。《吠えろ・氷狼》」
スティーリアが左手を前を突き出し、詠唱を唱えると彼の前に二つの陣が出現し、そこから二体の氷で出来た狼が現れた。
「《その冷たき牙で・敵を喰らえ》」
次の詠唱が唱えられると、氷の狼の目が黄色く光り魂が宿ったかのように各々オーガベアへと襲いかかる。
「これで……何とか……」
「きゃぁぁ!!」
魔術の行使を終わり、安心しきったスティーリアの耳にマイヤの悲鳴が入る。
彼女の方を見れば、最初に氷漬けにした二体がマイヤ、大剣使い、僧侶へと迫っている所だった。
(魔力を減らし過ぎたか……)
スティーリアはここまで早く解凍されると予想していなかった。直ぐに、いつものように氷柱を出現させようとする。
「血を……出し過ぎた」
彼の視界は霞み、上手く狙いが定まらない。
そんなスティーリアをオーガベアは物語のように都合良く待つ事などせず、マイヤの右腕を掴み軽々と持ち上げる。
「痛い!離して!!」
目を見開き、その瞳の端に涙を貯めマイヤが叫ぶ。
精一杯オーガベアの腕を片方の腕で叩いたり、腹を蹴ったりするが、ビクともしない。
「ガァァァ」
オーガベアは口を大きく開き、ゆっくりとマイヤを弄ぶように牙を近づけていく。
そして、その白い肌に牙が触れる。
「嫌あああ!!」
マイヤが精一杯の絶叫を上げた瞬間、
「相変わらず趣味の悪い獣ですね……」
聞き覚えのある声が耳に届いた時には既にマイヤは地面に落ちていた。オーガベアの腕と共に。
「久しぶりですね。この前は一体だけに逃げられた筈なんですが、何故増えてるんです?害獣共」
マイヤが顔を上げると、背にリョートおぶったショウタロウがオーガベアと彼女の間に立っていた。
「次は逃がしませんよ」
彼の表情は獲物を見つけた獣……いや、悪魔のように狂気的な笑みだった。




