そしてまた、君に出会う
《××研究所、爆発事故!?》
《裏ではよくない話も……》
《所長は行方が知れず!》
《人間関係のいざこざか!?ただの事故か!?》
――随分物騒な話だなぁ。
携帯片手に学校の廊下を歩き、くすりと息を漏れてしまう。ニュースだけでなくネットの掲示板も覗いて見てみた。そこまでする理由はなんてことはない、ただその研究所が割と近隣にあるがために、少し確認してみようという気になっただけだった。
けれどやはり書かれてあることはだいたい大したことではなくて、変な憶測や言ってもどうしようもないものばかり。中でも「《白衣の装飾》が関与してる」なんて文字には流石に吹き出した。その俗にいう中二病めいた言葉はくだらなさの骨頂で、ツボを的確に抉る。どうでもいいことだが、以前この《白衣の装飾》が《ホワイト・アンバラー》などという読み方をされていた時には、笑いを通り越して引いてしまったことも記憶に新しい。
アンバラーという読み方は、あまり好きではなかったから。
裏社会で暗躍する組織だとか、通り名だとか、正義の味方だとか。そういったものは漫画の世界だけだと言いたいところだが、生憎今の世の中はそういったものが無いとは言い切れない。
特殊能力なんてものが実在するということが認められたことも懐かしい記憶ではない。希少過ぎて研究は進んでいないようだが、確かに偽りなく、不思議な力を持つ人間はいる。超人的な人間だって、多く。
だけど、だからといって存在が曖昧なものに勝手に名前をつけ、知った気になる連中をよくは思えなかった。それがネットのやつらの中二病の延長線からつけられた名前だと思うと、尚更ばかにでもしたくなった。
と、まぁ。少し損ねた機嫌は知らないふりをして。
よくないものなど見なくていいのだ。何せ、今日はすこぶる嬉しいことがあるのだから。
にまにまと抑えることの出来ない緩みはそのままに、誰もいない廊下を進んでいく。
廊下を歩いていたのはそのためで、もっというならクラスメイトの声援を受け流して教室から抜け出したのもそのためだ。
――【向陽プラチナトップスプロジェクト】
タクトが今年入学した、向陽中学校における特殊制度。
文と武。二つの成績を算出して学校のトップ六人を決め、その六人を絶対とする馬鹿げた制度。
しかし全員強制で、逃れることは出来ないばかりか、生徒全体が関心を向け従うその制度。
多分、というか絶対、恐らく。自分がその内一人に選ばれている、と周りの反応を見て思っていたが。
タクトは、そのどうしても避けたい事実を確かめるため、プラチナ六人の名前が書かれた掲示板――職員室近くの広場へと、足を進めていった。
……のだが。
(……あれ?)
前方から歩いてくる生徒。自分と同じ、真新しい男子の制服。
(他にサボってる生徒なんて、珍しい)
自分を棚にあげて何を言ってるんだ、という話ではあるのだが。
入学してから早二ヶ月という五月の終わり。気が抜けるにしちゃ少し早くないか、とタクトはその珍しさから目をぱちくりさせて、こちらに向かって歩いてくる生徒を見つめる。
自分より背は高い。といっても160あるかないかくらいか。雰囲気は大人しそう……というか、大人びてる。
そんで、心なしか目付きが少しきつ――
「あっ…の、さ!」
がしり。
すれ違ってすぐのところで、タクトはその生徒の腕を掴んだ。
相手はタクトの行動に、言葉は出さず怪訝な顔をしてくるが、タクトもタクトで自分の行動に驚いていた。
――目が、合ったんだ。
タクトは整理する。今の一瞬のことを。
目が合って、あぁやっぱりなんとなく目付き悪いと思って、でも綺麗な黒目だと思って……。
「……えっと」
そこから何で、腕を掴む。
これが女の子相手なら、一目惚れとかいう少女漫画みたいな理由に持ち込めたかもしれないが、相手は男子でタクトにその趣味はない。
衝動にしちゃあわけがわからない。そう自分でも思い頭を抱えたくなりながらも、タクトのその謎の衝動は収まってはいなかったらしく。
どくどくと、心臓が忙しなく鼓動を打ち、タクトの頭の中には1つの言葉が浮かんできた。その言葉を言いたいと、何かが迫ってきているかのような。そんな不思議な状態。
けれど、いくらなんでもそれは言えない。と、タクトは一度下唇をぎゅっと噛みしめ、代わりに別の言葉を吐き出した。
「……どこかで会った?」
それが精一杯だった。
もちろんこれはタクト自身の自分の行動の疑問ではあるし、相手に問いたいものでもあるし、先ほどタクトが言いたくなった言葉に近しいものでもあった。
これもまた漫画みたいで、タクトとしてはむず痒くなるかのような言葉だったのだが、他に浮かばなかったしもう言ってしまったものは仕方ない、と内心苦笑いだ。
じっと、怪訝そうな顔に更に眉間に皺を寄せた少年に――と同い年に使っていいかは疑問だが――もう早々に話を終らせて去ってくれないか、なんて自分勝手なことを思う。今の自分がちょっとおかしい奴なのは、タクトが一番よくわかっていた。
タクトにとっては長く、実際には十秒ほど見つめてきた少年は、少しだけ目を細めると僅かに口を開いた。
「……そう思うか?」
意外と、あどけない声だ。
なんて、的外れなことを思いつつ。
「いや……覚えがないなら、いいんだ。ごめんね」
「……あぁ、うん」
そう言われたところで、少年がちらりと掴んだままだった腕を見たので、タクトは慌てて手を離した。
そしてそのまま困ったように笑って見せれば、相手も別にタクトに興味はないのだろう。頭を下げる代わりかのように目を伏せ、振り向くことなく歩き始めた。
タクトは、ほっとして息を吐き出した。
(……完全に、あやしいやつだ)
自分にそんなステータスはいらない。
そこまで気にすることではないのかもしれないが、割と外面や体裁を気にするタクトとしては、この件は大分落ち込んでしまいそうだった。
(……でも)
――あの目は、違うなぁ。
はたと。またよくわからない感想を抱いた自分に気付き、タクトはあぁ、もう! と言葉には出さずに内心に留める。そしてそのむしゃくしゃした気持ちをぶつけるように、タクトは目的地へと再び足を向けた。
これも全部、プラチナ制度が悪いんだ。
そんな理不尽なことを、思いながら。
向陽プラチナトップスプロジェクトという制度は、とてもめんどくさい。
というのが、タクトの印象だ。
文と武で成績をつける。まずはクラス内で。そしてクラスの総合成績1位だった生徒を選出。8クラスの代表8人を前半クラスと後半クラスに分け、また文と武の試験。
そして前後半それぞれで1位だった生徒2名をプラチナの学年代表とし、晴れて【プラチナ】メンバー入りが確定するわけだ。
長く続いてる制度なだけに、このプラチナ入りというのが中々難しいらしい。みんな入学前からプラチナ入りを目指してるだとか、そのために日々切磋琢磨だとか。おまけにこの文と武の試験、文に関しては学年関係なく全員同じ問題が出されるし、その内容は中学生が習う内容とは言えないし、そもそも学校じゃ習わないような教養から雑学、文化などなど、幅広いにも程がある。こんなの大学でやるんじゃないの、とか、はたまた医学だとか、法律だとかもぶっこんでいるのだから、もはや大学でもやらないかもしれないとさえ思う。
そして武の方は本気勝負だ。酷いことにこれといったルールがない。「戦闘が困難とされる場合」もしくは「相手が敗けを認めた場合」のみ勝敗が決まる。ケンカのように対戦する者もいれば、きっちり武術で戦おうとする者もいる。全くもって危険なことだ。
どちらの試験もタクトからしたら「頭おかしい」と思う試験なのだが、それを当然とするような人間しかこの学校にはいないようだ。おかげで、無駄に知識がある人間と、無駄に強い人間がいっぱいいるなぁと、タクトは思っていた。
事実、向陽中学校、そして理事が同じ向陽高等学校出身の生徒は、至るところで名を馳せているだとか。その辺はタクトは興味の範囲ではなかったため、詳しくはない。
とはいえ、かくいうタクトも、無駄に知識があり、無駄に強かったわけだが。
他の生徒がプラチナになるために知識を詰め、鍛えていたのだとしたら、タクトはただの趣味に近いかもしれない。それが逆に功となってしまったのでは、とも思ったが、今さら何を言っても仕方ない。
そうしてタクトは、でかでかと、どーんとでも効果音がつきそうなくらいに主張する掲示板の貼り紙を前に頭を抱えるのだった。
「ですよね……」
はは、と渇いた笑い声を吐き出しながら、忌々しげに貼り紙を見つめる。
「プラチナ選出者」だとか書いてあるその紙の、下から二番目。一学年の箇所。
《1-2 西浦タクト》
と書かれたその文字は、どう考えても自分のことだった。
「いや、まぁ……そりゃそうだよね。確かにクラス1位だったし前半クラス1位だったからね……確かめるまでもなくそうだよな……」
ついでに言うと今日学校についてからずっと「凄いな西浦!!」「おめでとう!」「クラスにプラチナがいるだなんて素敵!」だとかエトセトラ。な、賞賛を受けていたので、まず間違いないはずだったのだが。
タクトは別に、プラチナに興味があるわけではなかったのだ。ついうっかり加減が出来なかったことと、クラスを前後半分けしないで二人選ぶもんだと思っていたために後で負けよう、とか思って勝っちゃってただけで。本人に強い意思はない。
しかし心の底から感激し喜ぶクラスメイトに、まさかプラチナになる気なんてなかったと言えるはずもなく。
ただ逃げるように笑って、教室を飛び出したわけだ。
そうしてここまできてようやく現実を認めたタクトは、また仕方なしに貼り紙を見た。今度は自分の欄ではなく、他の五人を、上から順に。
すると予想通りといえば予想通りに、三年と二年は全員昨年もプラチナを務めた生徒だった。いくらプラチナに興味がなくても、名前や噂くらいなら知ってる。四人、もっというならそのうち三人は、よく聞く名前だ。
特に三年の白野涼しろのりょうは天才だと聞いたけど、実際はどうなんだろう。とささやかな感想を抱きつつ。
つい、と。二年の下、一年の欄を見る。そこには先ほどと同様にタクトの名があり、それには渋い顔をしながらも視線を更に下げると、
《1-5 朝暖漣》
その名前に、どくりと、鼓動が跳ねた。
(これもまぁ……有名な名前だな)
は~、なんて気の抜けた声を出しながら、瞬きを数回。
――学校内の噂なんてレベルじゃない、普通に有名人だ。
子供ながらに様々な分野で活躍する天才。おそらく世界でも知られている名前だろう。
そんな有名人の名前をまさかこんなところで見るとは思わず、しかも同じ学校だったんだ、とも思い。素直に感動した。
ましてやこれから一年間は付き合っていく同じプラチナの同学年とは、人生なかなか侮れないな。
と、またぱちくりと瞬きを繰り返してから、タクトは考えた。
――これ、たたかったらどうなるんだろう。
それはただの、純粋な興味だった。
プラチナは各学年二人の計六人。しかしそれは選出の段階に過ぎず、プラチナの正式決定にはまだ段階を踏む。
クラス、学年ときたら、今度は全体。
つまり、プラチナ六人で文武の試験を行うのだ。
内容は今までと変わらず、およそ中学生レベルでない文の試験と、総当たり戦による武の試験。
そうして総合判断で順位がつけられ、一番の者が1stプラチナ。2nd、3rd、4th、5thと続いて最後の6thプラチナまでが決定する。
そこまで決まって、やっとその年の【プラチナ】として正式決定されるのだ。
そして。
このプラチナ選出者が張り出されたのは今日の朝の話である。
おそらくこれからHRか何かで担任に呼び出され、試験の話をされるだろう。
その詳細を聞いて、その試験を受ける時には……
この五人と、かちあう。
「……はは…」
ぞくりと。
タクトの中で、一気に気分が入れ替えられた。
心臓がまたうるさく鳴ってる。ぞくぞくと、何かがタクトにはいよってきては、高揚させる。
(たたかって、みたい)
天才と言われる三年とも。
噂の絶えない二年とも。
世界に名を馳せる、本物の天才とも。
その戦い方はなんだっていいのだ。タクトにとって文も武も好ましいもので、どちらも喜びがある。それを競いあうことだって、タクトにとっては楽しめるものだった。
タクト本人は全く気づいていないのか、もしくは気づかないふりをしているのか。
結局タクトがここまでのぼってきてしまったのも、こういった好奇心のせいなのである。
(プラチナに、興味はないんだけど、)
プラチナに選ばれた他の彼らには、存外興味がわいてしまった。
気まぐれのような自分の気持ちに呆れながらも、
タクトは確かな足取りで、迷いなくHRが行われているであろう教室へ戻っていった。
――タクトがそうする、一方で。
一人は優雅に紅茶を飲み、
一人は穏やかに友人と語り、
一人はライバルに宣戦布告をかまし、
一人はひたすらに勝つことを考え、
一人は、過去の記憶に苦しんでいたことなど、
タクトにはまぁ、知る術もない。