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悲しくも美しいこの世界で  作者: 静観 啓
第1章 『一人と一人の出会い』
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第4話 「水晶、そして七つの光」

3500字です。

「初めまして。わたくしはこの登録所で所長をやらせてもらっています、ヒカリと申します」


 入ってきた女性は、俺たちの前でそう言ってペコリと一礼した。艶のある長い黒髪に、グラマラスな体と整った顔立ち。年齢は二十代中盤ほどだが、黒を基調とした綺麗なドレスの効果もあってか、彼女の雰囲気はこの場にいる誰よりも凛としている。

 まさに登録所を預かる所長といった感じだ。


僭越せんえつながら、ここからはゴウ様に代わり、わたくしヒカリが皆様に等級の説明をさせていただきます」


 彼女はそう言うと、俺たちの顔を見回して優しく微笑み、静かに話し始めた。


「等級とは、言わばその人の強さです。なので、個人の成長に伴って自然と等級も上がっていきます。しかし一方で等級が上がったからといって、腕力や脚力といった基礎能力が上がるわけではございません。この点は注意してください。等級とはあくまで、どの程度強い聖遺物レリックが扱えるのかという指標にしかなりません」


 彼女はそこまでを一気に話すと、再度俺たちの顔を見渡す。


「ここまでで質問はありませんか?」


 今度は誰も手を挙げなかった。


「理解していただけたようで何よりです。――それではさっそく本題に入りましょう。等級の測定についてです」


 そう言って、彼女は二度高々に手を叩いた。すると、一人の職員が部屋に入ってきて彼女にある物を渡す。

 子どもの頭ほどある大きな水晶。

 彼女はそれを受け取ると、俺たちに見えるように胸の高さに掲げる。


「これは遺産レガシーとはまた別の物、創造物サムレシオンと呼ばれるものです」


創造物サムレシオン?」


 誰かのその呟きに、彼女はゆっくりと頷く。


遺物レガシーとは、この街に唯一存在する巨大なダンジョン『シュベルツガルム』より発見することが出来ます。それらはすでに武器や防具、アクセサリーの形をしており、人間われわれが手を加えることはほとんど出来ません。せいぜいが欠けた刃を打ち直したり、へこんだ鎧を修繕することぐらいです。しかし、この創作物サムレシオンは違います。これは、冒険者様がダンジョンで取ってきてくださった特別な鉱石を使用して、人間われわれが一から作った物なのです」


 彼女は手に持っている大きな水晶に目を落とす。


創作物サムレシオンは、ダンジョンで取れる様々な鉱石を使って作られます。水晶これもそう。シュベルツガルム三七階層でのみ取れる虹色水晶と呼ばれる特別な鉱石を使って、この『鑑定水晶』は作られました。――これを使って、皆様には自分の等級を調べてもらいます」


 彼女がそこまで話したところで、一人の男が突然手も挙げずに口を開いた。


「調べるったって、どうやるんだよ? まさかその水晶が話し出したりするわけじゃないんだろ?」


 一八五センチはくだらない細身の長身に、短く切りそろえられた髪は綺麗な銀色。ハーフのような目鼻立ちのくっきりした顔と、心の奥深くに響くような低く男性的なその声。まるでどこかのモデルのような彼は、さっきのコウジとはまた違った意味で容姿端麗だった。

 しかし俺はどうやっても彼を好きにはなれないだろう。

 明らかに自分たちよりも格上の冒険者ゴウ、そしてこの登録所所長のヒカリさんを前にしても彼はその長い腕を組み、仁王立ちを崩さない。よく言えば自信家、悪く言えば生意気だった。

 しかし俺がそいつを好きになれないのは、そんな理由からではない。


 瞳。


 彼の瞳からは、尊敬や敬意といったものが一切感じられなかった。

 それどころか、ヒカリさんに対しては性の対象を見る目だ。確かにヒカリさんは女性として魅力的だ。それは俺を含めた男性陣はもちろん、女性たちですら感じている。だが彼はそんな次元ではない。まるで奴隷でも見るかのような、自分に服従するのが当たり前だとでも思っているかのような、そんな瞳。


――どうして俺は、こいつにそんな印象を抱くのだろう?


 言葉では説明できないが、俺は何故かそう感じてしまう。


「どうやって調べるんだ? なぁ、教えろよ、()()()


 不遜な態度で醜悪に顔を歪めるそいつ。しかしそんな彼にも、彼女は動じることなく、優しい微笑みを浮かべた。


「このまま口頭で説明してもよろしいのですが、百聞は一見に如かずと申します。――まずは実例をお見せしましょう」


 彼女はそいつから視線を外すと、

「この中で、今鑑定してもよいという方はいらっしゃいませんか?」

 俺たち一人ひとりの顔を見渡し、そう言った。


 しかしそんな問いに、俺を含めたほとんどの人間が目線を合わせないことで拒否の意を表す。

 当然だ。これからこのクトーリアで生活していく際、最も重要となるのが個人の等級だ。故に、俺たち新人の中で等級を基準とした階級社会が作られることは想像に難くない。等級が低ければ階級も低く、等級が高ければ階級も高い。あからさまな迫害などは無いにしても、ある程度の侮辱や嫌がらせはあるだろう。

 そうと分かっていて、こんな大勢の前で等級を鑑定したい人間はいない。

 だがその一方で、誰かがやらないといけないのもまた事実だった。


――どうする……。どうしたらいい? 確かに、必ず階級意識が生まれるとは限らない。でも、もしそうなったとき、そして自分の等級が低かったときのことを考えると、リスクが大きすぎる。どうしたら…………。


 等級が低かったときは冒険者以外をやればいい。ただそれだけだ。そしたら階級などは関係ない。分かっている。それでも、俺はどうしても踏ん切りがつかなかった。

 下げたままの拳を固く握りしめ、俺が目を瞑ろうとしたその時だった。


「誰もやらないんだったら、俺がやりましょうか?」


 そこには、まるで何でもないことのように、そう手を挙げる一人の青年がいた。

 中世的で整った顔に、少し長い黒髪を後ろで一本に縛った彼。

 先ほど自分のことをコウジと名乗った好青年だった。


「みんなやりたくないようですし、俺なんかでよければ立候補しますよ?」


 コウジのそれに、ヒカリさんが笑みを浮かべる。


「もちろんです。とても助かります。――それでは前へ」


 彼女に促され、コウジは俺たちの前へと歩み出る。


「それでは今から、この鑑定水晶の説明をしますね。――使い方は簡単です。この水晶に手を添えて、我の強さを示せ、と唱えるだけです。するとこの水晶が光りだします。その光の色で使用者の等級が、光の強さで現在の等級の熟練度が分かります。光の色は七つ。強い順に、赤、だいだい、黄、緑、青、あい、紫となっています。つまり、もし水晶が青色の光を発した場合、その人は五等級ということになりますね」


 その説明にコウジが納得したのを見て、彼女は彼の前に水晶を突き出す。


「それでは大体伝えることは終わったので、早速やってみましょう。手を添えて」


 コウジは一度深呼吸をすると、彼女に言われた通り、水晶に手のひらを置く。

 この場にいる全員が息を呑み、うるさいほどの静寂が訪れる。


 そして緊張が最高潮に達したとき、

「我の強さを示せ」

 彼はその言葉を口にした。


 水晶の中央で輝く七色の光。その光の一つが徐々に強さを増していく。


 そして、

「「「……!?」」」

 一つの色がこの会場を明るく照らした。


 黄色。

 いや、それは黄色と言うにはあまりにも綺麗な、元いた世界の満月を彷彿とさせる、金色こんじきの輝きだ。

 しかし不思議なもので、光は俺たちの姿をかき消すほどに明るかったにも関わらず、コウジがそこから手を離すと最初からそんなものはなかったかのように、金色こんじき の光は水晶に吸い込まれ消えていった。


「これは……」


 会場が先ほど以上の静寂に包まれ、ゴウの唖然としたような声が響く。


「これは、第三等級の光……。しかも…………」


「ええ。しかも、かなりの熟練度です。これなら一年……いや、半年以内には第二等級に…………」


 今の現象にしばらく呆然としていた約千人の召喚されし者。

 しかし次の瞬間には、割れんばかりの歓声が上がった。


「すげぇー!」

「あんなに光るもんなのかよ!?」

「マジか!!」

「羨ましいぜ!」

「俺も早く自分の等級を知りてぇよ!」

「私も!」

「俺も!!」


 驚嘆、羨望、歓喜、希望、そして嫉妬。

 それらぐちゃぐちゃの感情が、この建物全体を揺らす。


「皆様、落ち着いてください!」


 ヒカリさんの澄んだ声が、皆の間を駆け抜ける。


「皆様の鑑定もしっかりとやらせていただきますので、ご安心ください。ですが、周りの目が気になる方もいるでしょう。なので他の方々の鑑定は別室にてやらせていただきますので、そちらまでお願いします」


 彼女のそのアナウンスに、会場は更なる熱気に包まれる。しかしそんな中、会場でただ一人、コウジだけが自分の手を見つめ唖然と立ち尽くしていた。


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