幼馴染は未来予知能力者 ~俺と小さい頃に出会ってから俺に告白されるまでの彼女の未来予知人生~
「ねえ、りゅーくん。あのせんせー、このあとずぶぬれになるよ」
これは、俺――池本隆二が幼稚園の頃、幼馴染の村沢明日香に言われた一言である。
当時の幼稚園の先生は、幼稚園の花壇の花を水やりしていて、明日香が窓の向こう側にいる先生の方を指さしながら、俺に忠告したのだ。
――この数秒後、突然の豪雨の発生により、幼稚園の先生は文字通りずぶ濡れになった。
その時は、快晴だったにも関わらずである。
その数日後、明日香の母親に会う機会があった際に、その日のことを話した。
その時初めて、俺は明日香の母親から聞かされた。
明日香の家が、未来予知能力者の家系であることを。
そして、明日香もまた、未来予知能力者であることを。
◆
「高嶋、あんた今日の帰り道には周囲に気をつけなさい。本当に大怪我するよ?」
これは、俺が小学五年生の頃、当時のガキ大将で、とあるクラスメイトをいじめていた、高嶋という男子に対する、明日香の忠告である。
誰も高嶋に逆らえない中での、明日香の真顔の忠告だった。
この忠告に、高嶋は激昂したが、その時は俺がなんとかその場を取りなしていた。いくらなんでも、高嶋相手にそんなことを言い放つなんてと、俺を含めクラス中の誰もが思っていた。
――その日の夕方、高嶋が大型トラックに轢かれ、全治三ヶ月の大怪我を負うまでは。
それ以来、高嶋は学校に来なくなり、やがて他の学校に転校していった。
――それと同時に、明日香に声をかけるクラスメイトは、俺以外誰もいなくなった。
皆、あの日の出来事に恐れをなしたのだろう。次は自分があんな目に合うかもしれない、と。
◆
「――隆二っ! 今すぐその場から逃げてっ! 早くっ!!」
――そして、これは俺が中学二年生の時、とあるデパートにいた時にスマホからかかってきた、明日香からの通話内容である。
明日香にしては珍しく、焦った口調だった。
普通なら、突然こんなことを言い出して、一体何なんだと、疑問に思うところだろう。
でも、俺と明日香の関係は普通じゃない。俺はずっと見てきたのだ。明日香の予知能力のすごさを。誰もが彼女のことを避けようとも。
明日香の言葉を聞いた俺は、明日香の言うとおりに、すぐにその場から逃げ出した。エスカレーターを急いで下り、デパートの出口まで全力で駆け、外から出たその瞬間――。
――デパートの上階から爆発音が鳴り響き、煙が上がっているのが見えた。
この爆発事故で、多くの被害が出た。爆発場所は、まさにあの時、俺がいた階で起こったのだった。
デパートから外に出て、しばらくした後――俺の目の前に、明日香が、現れた。
「……隆二」
明日香はそうぽつりと言い、そして――。
「……隆二、隆二ぃ……!」
泣き崩れながら、俺にしがみついた。
当時のことは鮮明に覚えていた。
明日香は、泣かない子だった。幼稚園の頃も、小学校の頃も、全然泣かず、非常にクールで無表情な子だった。それで周囲から、よく不気味がられていた。
俺が、明日香が泣いたのを見たのは、この時が初めてだったのだ。
「隆二に何かあったら、私、私ぃ……!」
明日香は泣きながら、自分の感情を吐き出していた。こんな姿を見るのも、当然初めてだった。
それを見て、俺は気づいた。
村沢明日香という少女は、ずっと孤独だったということを。
そんな孤独の少女を、ずっと俺がそばにいて支えていたということを。
――そして、俺自身の中で、そんな彼女の存在が、あまりにも愛おしくなっていたということを。
◆
――そして、現在。俺はもう高校二年生だ。
そして、今日は明日香の誕生日である。
俺は、そんな彼女に対する想いを、今日というこの日に告げようと思う。
俺は、村沢明日香に、告白する。
もうすぐ、明日香との約束の時間だ。俺は、明日香に渡す予定の誕生日プレゼントを手に取り、待ち合わせの場所へと向う。
ついに、その時が来たのだ。
◆
「あ……りゅ、隆二……」
すっかり日が沈み、辺りが真っ暗で、街灯の灯りが目立つ、誰もいない夜の公園。
俺が到着してすぐに、明日香はやってきた。
明日香の服装は、少し長めのスカートに、明るい色の上着を羽織っていて、なんだかいつもより魅力的に見えた。
表情には、少し恥じらいが見える。
「わ、悪いな。こんな遅くに付き合わせちまって」
「う……ううん、気にしないで。こうなることは分かってたから」
明日香は赤面しながら、そう答えた。
分かってた、というのは、明日香もこれから起こることは未来予知していたのだろう。
……俺も明日香の予知能力のことは分かってたとはいえ、なんだかやりづらいなぁ……。
「そ、そうか……まあ、まずはこれを渡しておこうか」
俺はそう言うと、手元のプレゼントを明日香に差し出す。
「……誕生日おめでとう」
「……あ、ありがとう」
明日香が、恥ずかしそうにプレゼントを受け取る。というか、俺もちょっと恥ずかしい。
「……た、高かったんじゃない? これ?」
「え? ……あ、ああ、小遣い三ヶ月分飛んだ」
ああ、明日香は中身が何なのかは分かっていたか。
結構値段張ったなぁ、あのネックレス。
「バ……バカ。そこまでして買わなくたっていいのに」
「な、何を言う。お前だって分かってんだろ、だって今日は……あ」
そこまで言って、俺は黙る。
明日香の方は、恥ずかしさをこらえきれておらず、顔真っ赤だ。
そして、俺もめっちゃ恥ずかしくて、顔が熱い。
ど、どうしよう……と、思った時、明日香が口を開いた。
「りゅ、隆二……ごめん。私、あんたの気持ちに答えられそうにない……」
明日香はすごく申し訳なさそうな顔で言う。
「……理由聞いていいか?」
当然、いきなりそんなこと言われたって、俺は納得できない。
はやる気持ちを抑えつつ、俺は冷静に明日香に訪ねた。
「私といると、隆二は不幸になる……私に、幸せになる資格なんて、ない……」
明日香が、沈痛な面持ちで言葉を絞り出す。明日香はそのまま続けた。
「高嶋のこと……覚えてる? 私、頑張って助けようとしたよ? でも、止められなかった……。デパート火災のときだって、隆二だけ助けるのに精一杯で、多くの被害者が出た……。他にも、いくら予知できたって、結果を変えることなんかできなかった。それどころか、そんな未来予知する私を、段々みんな怖がって避けていった……。結局、未来予知なんて、誰も幸せにできないのよ……!」
「明日香……」
「……正直に言うね。怖いの。隆二のそばにいて、隆二が死ぬのを予知するのが。……分かってるよ? 隆二だって絶対いつか死ぬんだって。でも……嫌なの……! 隆二は私にとって大切な存在なの! 死ぬ時の未来予知を見るなんて絶対嫌! ましてや、それがひどい死に方だったりしたら……! そんな予知なんか絶対したくないの……だから……私っ……!」
明日香は体を震えさせ、涙を浮かべている。
正直、見ていて痛々しい。
でも、俺にはどうすることもできない。未来予知能力者の抱える悩みの重さは、きっと俺の想像に余りあるものだろう。
それでも、俺は――。
「――ったく、そういうことかよ」
「隆二……?」
「俺はお前みたいに未来予知能力者じゃないから、分かんねーけど……それでも、予知能力者としてのお前を、ガキの頃から近くでずっと見てきたから言えることがある。よく聞いとけよ?」
俺は一呼吸置き、明日香に向かって宣言した。
「俺はどんな死の運命だって、乗り越えてみせる」
それを聞いた明日香は、唖然としていた。しばらくして、我に返り反論する。
「い、言ったじゃない! 私といたって不幸になるだけだって――!」
「でも、こうも言ってたろ? デパート火災の時、『俺だけは助けられた』って」
「そ、それは……!」
「あの時、お前が電話してこなかったら、死んでたかもしれなかった。お前もそう思ったから、俺にかけたんだろ? だから、これからも、俺が危ない時は、すぐに連絡すればいい。そしたら、俺も全力でその場をしのいでみせるから、な?」
「りゅ、隆二……!」
明日香は、両手で口を抑えながら、感極まっていた。
涙の粒を流す明日香に、俺はさらに言った。
「それで、また俺のピンチを予知したとしても、すぐに俺に知らせて、俺が全力で逃げる。そういうことを何度も何度も繰り返していって、俺がジジイになってくたばるまで生き抜いてやるさ。だから、ずっと俺のそばにいてもいいんだ。絶対に不幸にはならないし、お前も不幸にはさせない。だから――」
俺は、万感の思いを込めて言った。
「ずっと、お前のことが好きだった。付き合ってくれ、明日香」
「っ! ――隆二っ!」
明日香が俺に抱きつく。その肩は震えていた。
「……こちらこそ、よろしくお願いします。だから、隆二……」
俺と明日香が、改めてお互い顔を向き合う。
そして、俺達は口づけを交わした。
俺達は今、最高に幸せだ。
◆
――あれから何分経ったんだろうか。
キスってこんなにいいものなんだ、と俺達はしばらくキスを続けていたのだが……。
「――っ!?」
明日香が急に、バッと俺を押し離して、手で自分の体を押さえつけつつ、赤面しながら言った。
「――え、ええええ、エッチ!! 変態!! 将来私に何変なことしようとしてるのよ!?」
「な……なな、何未来予知してんだよお前こそ!?」
「きき、聞いてんじゃないわよ、このスケベ!!」
明日香はもう顔中真っ赤だった。
……お、俺の方は何も考えないでおこう……。
明日香は困惑しながらも、言葉を続けた。
「さ……さっきから、未来予知が止まらないの。それも、私とあんたがずっと一緒にいるものばかりで……あ……」
「ど、どうした……?」
「わ……私とあんたと……二人の子供が見えて……」
……え? そ、それって……。
「……あ」
「こ、今度はどうした!?」
「見えちゃった……あんたが死ぬところ……」
「ええ!? お、お前大丈夫か!?」
「あ……心配しないで? あんたお爺ちゃんになって、幸せそうに笑って、私に見送られているから……」
「そ、そうか……」
ほっとしたような、なんか複雑なような……。
でも、よかった。明日香はもう安心した表情を見せている。
ただ、この先も未来予知能力は、明日香を苦しませていくはずだ。順風満帆な人生とはいかないだろう。
だからこそ、俺がこれからもあいつのそばにいて、しっかり支えていかないとな。
そう思っていると、突然、明日香が顔を俺の顔に近づけてきた。
「ねえ、隆二♪」
「うわっ!? ど、どうした明日香!?」
「もう、あんたとの未来ほとんど分かって安心しちゃった! ……まあ、分かっちゃって、将来の楽しみが減っちゃって残念なのもあるけど……でもまあ、ここまで来たら、ちゃんと私のそばにいなさいよね? だから――」
明日香は、恥ずかしがりながらも、微笑んでこう言った。
「最期までちゃんと、責任取りなさいよ、ね?」