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第三章:山賊の巣穴へ

 「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・おい、まだかよ?」


 「これで何度目の問いだった憶えているかい?マドモアゼル・アンリ」


 「・・・・聞かないで下さい」


 私はヴァルターさんの意地の悪い問いに小さな声で答えました。


 「優しいね・・・・・・・・」


 私を見ながらヴァルターさんは褒めるように言いましたが、直ぐボリス達に声を投げました。


 「早く来いよ。特に坊や。男のくせに女子より体力が無いのか?」


 「はぁ・・・・はぁ・・・・うるせぇ!このクソ親父!!」


 「君より年上なのは認めるが妻子は居ないから親父じゃないぜ」


 ボリスの怒声が山に響き渡るのに対しヴァルターさんはボリス達にしか聞こえない程度の声でした。


 ですがモニカとマリさんは無言で私とヴァルターさんが登った道を着実に登ってきました。


 「流石は魔術師。観察力は“それなり”にあるね」


 ヴァルターさんは私にしか聞こえない大きさの声で呟きました。


 ですが直ぐ山国の生まれなのに山歩きの基本も知らないのかと呆れました。


 「3人とも盆地の生まれで、低山しか歩いた事がないんです」


 私の説明にヴァルターさんは「なるほど」と相槌を打ってくれましたが・・・・・・・・


 「そんな身で山賊の巣穴を目指すとは・・・・ね」


 ヴァルターさんの言いたい事が解った私は居たたまれない気持ちになりました。


 山には森林より危険な動植物および魔物が居ます。


 天候だって地上より変わり易いです。


 それなのに碌な知識はおろか装備も無しに当てもなく巣穴を探すなんて無謀です。


 ただ・・・・これで別れるとはいえ・・・・3人が私をどう思っていたにせよ・・・・私にとっては仲間です。


 「ヴァルターさん、3人を余り悪く言わないで下さい」


 精一杯の力を込めて私が言うとヴァルターさんは話題を変えてきました。


 「君は何処の”寺院”で育ったんだい?」


 「どうして私が修道院ではないと判ったんですか?」


 唐突の質問にも驚きですが、私が寺院の出と当てた事が私には驚きだったので思わず問い直しました。


 「君の山歩きを見て分かったんだよ」


 山に籠り修行するのは聖教以外の宗教でもよくあるとヴァルターさんは言いました。


 「だけど“山岳信仰”が盛んな場所では修道院より寺院が多く、そこで生まれ育てば必然的に山歩きを身に着ける」


 その証拠に私が持つ「カッカラ(梵語で錫杖)」をヴァルターさんは言いました。

 

 「山岳信仰者の多くは山の遊行の際に音を慣らす事で猛禽類や毒蛇等から身を護るからね」


 だから私は寺院で育ったとヴァルターさんは言い、それは正解でした。


 ですが・・・・いえ、だからこそ・・・・・・・・


 「貴方は・・・・何者なんですか?」


 錫杖を梵語で言う辺り山岳信仰にも多少の知識がある事を私は察しましたが・・・・・・・・


 それ以上の事も色々と知っている気が・・・・いえ、それ以前に・・・・・・・・


 「本当の目的は何ですか?アンジュさんの気を引きたいと言いましたが、それだけで山賊の巣穴まで道案内するという危険な仕事を受けるなんて有り得ません」


 「いいや、本当だよ。俺にとって可愛い女性を口説いて物にするのは大金に値するんだ」


 「・・・・・・・・」


 煙に巻くような言い方をヴァルターさんはしましたが、それで私は疑惑を強めました。


 「俺を疑っているね?実に良い事だ」

  

 他人を疑うのは冒険者にとって大事とヴァルターさんは言いました。

  

 「聖職者は疑う事を恥じる面があるから尚更だよ」

 

 「・・・・・・・・」


 私はヴァルターさんが解らなくなりました。


 自分を疑う私を褒め、そして教師みたいに教えを説くのですからね。


 ただ結局の所・・・・・・・・


 『私ではヴァルターさんの真意を計り知るなんて出来ない』


 これが漸く登ってきたマリさんなら出来たでしょう。


 モニカならボリスと協力して出来たでしょう。


 ですが私は一人の上に何もかも足りない身・・・・・・・・


 こんな私では・・・・・・・・


 「・・・・道は常に開かれているよ」


 「え・・・・・・・・?」


 私はヴァルターさんが呟くように言った台詞に沈めていた顔を上げました。


 「どの道も常に開かれている。その道を仲間と進むか、一人で進むかは人それぞれ。進む速さも人それぞれであり、それを他者が嘲るのは愚かな行為である。ただ、どの道を進むのかは一人で決めるべきだ。何故なら・・・・・・・・」

  

 流れるようにヴァルターさんは語りましたが、その語る内容は私の耳に入りました。


 そして・・・・私はヴァルターさんが物語のように語った言葉が何処から出て来たのか分かりました。


 「フリードリッヒ陛下の回顧録に出て来る一節・・・・ですね?」   


 「君は本好きだね?」


 ヴァルターさんはクスリと笑いながら私に問いを投げてきました。


 「本好きな君に質問だ。何故ならの続きは・・・・分かるかい?」


 「・・・・どの道を進むか一人で決める理由。それは道を歩むのは他でもない自分自身。仲間は同じ道を歩むが、自分を背負う訳ではない。皆が独立した身になってこそ・・・・本当の冒険者となるからだ」


 何度も読んだ本だったので私はすんなりと口にしましたが、マリさんとモニカは饒舌で、しかも視線を逸らさずヴァルターさんを見ている私に驚いていました。


 実際・・・・私も驚いています。


 ヴァルターさんの真意はおろか何者かすら分からないのに・・・・こうも真っ直ぐ見て、怖気づく訳でもなく喋るのですから。


 ですがヴァルターさんは更に問いを投げてきました。


 「じゃあ・・・・この言葉は誰の言葉か分かるかな?」


 『全ての生物には皆、誇りがある。そして得意な術がある。だから憧憬や畏敬の念を抱くのは良いが自分を卑下したり恥じる必要性は無い』

 

 「山岳信仰の開祖の一人に数えられている”ディアマント(ダイアモンド)・シャーストリ(大師)様です」


 私が生まれ育った寺院を築いた人と私が言うとマリさんは驚いた表情を浮かべました。


 「貴女、山奥の寺院で育ったと言っていたけど・・・・“虚空教”の寺院だったの?」


 「・・・・はい」


 私は静かに頷きましたがモニカは分からないので戸惑いを隠せない様子でした。


 「虚空教というのは山奥に寺院を築き、そこで自分を修行する宗教の事だ。深山幽谷しんざんゆうこくを移動する“修験者”と同じく山岳信仰の両雄さ」


 ヴァルターさんがモニカにも分かり易く説明をしてくれましたが、直ぐ私に別の問題を投げてきました。


 「さてマドモアゼル・アンナ。君が生まれ育った寺院を築いた虚空僧の開祖たるディアマント・シャーストリは数多の山を遊行した」 


 だが、とヴァルターさんは区切りました。


 「6000足の靴を履き潰しても登頂できなかった山が在るんだけど・・・・何処か分かるかい?」

 

 「一日に200kmを歩いた事から”百足僧侶”とも言われたディアマント・シャーストリ様が登頂できなかった山・・・・・・・・」


 「あぁ。恥ずかしながら・・・・そこが俺の育った場所なんだよ」


 ヴァルターさんの言葉に私達は驚きましたが・・・・私は必死に考えました。


 百足僧侶と渾名されたディアマント・シャーストリ様はヴァルターさんが言った通り山岳信仰の両雄の一人に今も数えられています。


 だからサルバーナ王国以外の隣国にも足を運んだとされているので登った山は星の数とも言われているのです。


 そんな方が6000足も靴を履き潰したのに登頂できなかった山があるなんて・・・・・・・・


 「その様子では分からないようだね?」


 私の表情などからヴァルターさんは苦笑を浮かべながら指摘してきました。


 ですが私はキィッとヴァルターさんを睨みながら言い返しました。


 「・・・・考えているだけです」


 「それは失礼したね。しかし・・・・それだけの眼を宿せるなら答えを見つけられるさ」


 そう言ってヴァルターさんは今も合流できないボリスに「早く登って来いよ。坊や」と挑発する台詞を発しました。


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