終章2:陰の騎士
アンリ監察官局長は馬車から降りて一人、別方角へと歩いて行く3級冒険者アンナ・ヴァン・カノンの背中を見つめ続けていた。
一人立ちする娘を見る父親の心境とは、こういうものかとアンリは思った。
自分の娘であるアンジュも何れは一人立ちするが・・・・・・・・
『こういう心境か・・・・・・・・』
アンリは一足早く体験した事に内心で苦笑しつつアンナに続いて馬車を降りた3人の冒険者たちを見た。
剣士であるボリス、短槍使いのモニカ、魔術師のマリ。
一足早く自分の道を進んだアンナと先日までパーティーを組んでいた冒険者である。
「・・・・君達は何処へ行くんだい?」
3人のリーダーであるボリスにアンリは問いを投げた。
「一からやり直す気持ちで王国内を旅します」
ボリスは真剣な表情でアンリの質問に答えた。
「そうか・・・・それが良い。君等は若いんだ。まだ先がある」
変に背伸びしなくても少しずつ経験を積めば良いとアンリは若かりし頃の自分と3人を比べつつ助言した。
「私も君等と同い年の頃は・・・・ひたすら高みを目指した。しかし、先輩冒険者から言われたよ」
『”急いては事を仕損じる”と言う諺より”急がば回れ”って諺の方を取れ。そして高みへ行く事だけが冒険者や探検者じゃない』
「この言葉を言われて私は高みを望む事から・・・・ギルド内を改善する方へ舵を切った」
当時の冒険者および探検者は今以上に不正や汚職が蔓延っていたとアンリは語った。
「だから・・・・私は冒険者からギルドの内部で働く人間になった。しかし、それも先輩冒険者の言葉があったからだ。ここを君等に当て嵌めるなら・・・・いや、君等は既に答えを見つけている」
私ごときが偉そうに言う事ではないとアンリは自嘲し、その侘びとばかりに書類をボリスに渡した。
「そこには私が嘗て旅した道場などが載ってある。今も在る筈だ。一からやり直すなら・・・・行ってみなさい」
「・・・・ありがとうございます」
ボリスはアンリに礼を言いながら地図を受け取った。
そして3人で地図を見るのをアンリは見て若かりし頃を思い出した。
自分は途中で冒険者の道を外れたが、そこに後悔はない。
今の仕事もやり甲斐がある。
何より今の妻と出会ったのも仕事を変えたからだ。
そしてファティマが生まれた。
しかし、彼等のように冒険者の道を歩み続けていれば・・・・・・・・
『彼女と結婚していたかも・・・・しれんな』
自分とパーティーを組み、一緒に旅をした虚空教の女冒険者。
彼女は故人となっており会う事は叶わない。
ただ、あのアンナという娘と似ているなとアンリは思った。
セミロングの黒髪に薄い紫色の瞳は・・・・あの女冒険者と瓜二つだ。
いや、待て・・・・・・・・
『まさか・・・・・・・・』
アンリの頭に一つの過程が頭を過ぎった。
あの女冒険者は自分がギルド監察官になる事を伝えた日の内にパーティーを解消しようと言ってきた。
そしてパーティーを解消した途端・・・・姿を消してしまった。
それから自分がギルド監察官になって出張へ行った先で偶然にも再会し・・・・昔の事を語った末に一夜を共にした。
しかし、翌日には女冒険者は居なくなっており、その後は会っていない。
ただ一夜を過ごしてから1年経つか、経たないか位の時に風の噂で死去したと耳にしたが・・・・・・・・
亡くなる少し前まで冒険者として活動した話は殆ど聞かなかった。
『彼女の性格からして依頼があればやる筈なのに』
その理由が長らくアンリには分からなかった。
しかし、もしや・・・・・・・・
「・・・・アンリ監察官局長」
名前を呼ばれてアンリは思考を中断してボリス達を見た。
「色々と迷惑を掛け、すいませんでした。そして地図を下さり感謝します」
ボリス達は謝罪と礼をアンリに述べて自分達の進む道を見た。
「いいや、気にしなくて良い。道中、気を付けてね」
アンリはボリス達に旅の無事を祈る台詞を投げた。
それにボリス達は目礼すると自分達が歩む道を進んだ。
その様子を暫し見てからアンリは視線を暗い森林に視線を向けて馬車から降りた。
「用を足して来る」
「私も同行します」
御者はアンリの言葉に腰に吊した剣を取り出した。
それを見てアンリはこう言った。
「彼なら心配いらん。私達が余計な真似をしない限り、な」
「お言葉ですが奴も所詮・・・・闇の世界を生きる人間です。信用できませんよ」
この言葉にアンリは戒めの言葉を言おうとした。
その直後・・・・そよ風が吹いた。
それにアンリは手で顔を覆ったが・・・・そよ風が止むと音も無く一人の男が現れていた事を見る。
現れたのはヴァルターこと闇の隼アルセーヌだった。
「・・・・愛娘を“傷物”にしないでくれて助かったよ」
アンリはアルセーヌに礼を述べた。
「婦女子を助けるのは騎士の役目だ。それで・・・・何か用か?」
依頼人と2度も会うのは好まないとアルセーヌは言いながら近くの木に背を預けながら葉巻を銜えた。
ただ、右手が空いているのを御者は見たのだろう。
何時でも応戦できるようにアンリの側についた。
しかし、それをアンリは手で制し、葉巻に火を点けたアルセーヌに理由を説明した。
「君の信条に反するが改めて礼を言いたかったんだよ。アンジュは大事な娘だからね」
「それだけか?」
フゥーと紫煙を吐きながらアルセーヌは問いを投げたが、アンリは首を横に振った。
「まだある。ただ・・・・粋な真似をするなと先ほど見て思ったよ」
ボリス達に絵をプレゼントした点をアンリが言うとアルセーヌはこう返した。
「描き終えたら渡すと約束したからな」
「なるほど。それから・・・・これは私からのプレゼントだ」
アンリは懐に手を入れて、ゆっくり何かを取り出した。
それをアルセーヌは警戒するように見たが投げられたのを左手で受け止めて確認すると眼を細めた。
「“特級冒険者”のペンダントじゃねぇか」
「あぁ、そうだ。君も知っているだろ?特級冒険者になれるのは全体で僅か数人しか居ない」
「それはそうだろう。何せ特級ともなれば1人でも魔物を退治できる実力などが求められるからな。しかし冒険者ではない俺に・・・・プレゼントする理由は何だ?」
裏があると見たのかアルセーヌは警戒するようにアンリを見たが、それに対してアンリは首を横に振った。
「今回の件はギルド内でも極めて悪質な事件だ。そして君の実力をギルド内でも高く評価する動きがあってね・・・・狡賢い真似と見られるが・・・・君に冒険者としての”肩書き”を与えようとなったのさ」
「・・・・・・・・」
アルセーヌは無言だったが、それこそ彼の出した答えとアンリには解ったのだろう。
苦笑を浮かべた。
「やはりね。騎士を目指す君なら・・・・そんな”石ころ”で恩を売ったなんて考えるなと言いたいんだろ?」
「あぁ、正解だ。第一俺が雇われたのは・・・・あんただ。ギルドに雇われたんじゃない」
「あぁ、その通りだ。それを私も上層部には何度も言った。しかし、上層部はこう言ったよ」
『闇の世界に生きている者は金で動く。特級冒険者の肩書きを与えれば我々の”飼い犬”になるなど容易だ!!』
「まだ・・・・あんたの”冒険”は続きそうだな」
皮肉とも取れる台詞をアルセーヌは言ったが、それに対してアンリはこう返した。
「あぁ、続く。私が死ぬまでに辿り着けるかは判らないが・・・・君の方は、辿り着けるだろうね?」
「さぁ・・・・どうだかな?案外・・・・俺よりも先にアンナとアンジュが辿り着くかもしれないぜ」
それだけ言うとアルセーヌは音も無く姿を消した。
しかし、彼が立っていた場所を見ながらアンリはこう呟いた。
「・・・・ありがとう。陰の騎士」
陰の騎士 完
これにて今作品は終わりとなりますが、続編を書く構想はあるのでまた書き上げたら投稿したいと思います。
最後まで読んで下さった方々に、この場を借りて深くお礼を申し上げます。
ありがとうございました!!




