第十五章:真の黒幕2
「ヴァルターさん!?」
私は目の前で仰向けに倒れ掛かったヴァルターさんに駆け寄ろうと足を踏み出しました。
ですが・・・・その瞬間・・・・肩に鋭い痛みを覚えました。
そして肩に視線を向けて・・・・自分の肩から出血している事に気付きます。
「動くんじゃない」
支部長が冷たい声でフレッシュ・ガントレットを向けながら命じてきて、私は足を踏み出せなくなりました。
「まったく・・・・君には驚かされたよ。アンナ」
自分の立場が絶対と信じているように支部長は残酷な笑みを浮かべながら私に語り掛けてきました。
「初めて見た時は気弱そうな小娘だったのに蠱毒蜂を倒したんだろ?いやはや・・・・化けたね」
私を褒めるように支部長は語り掛けてきますが、その眼は何処までも冷たかったです。
でも私は負けませんでした。
「よくもヴァルターさんを!!」
肩が痛いにも係わらず私は錫杖を握り締め今度は詠唱しようとしました。
でもアンジュさんの喉に当てられた短剣がチラつかされ私は口を噤みます。
「フフフフ・・・・良い娘だ。しかし・・・・闇の世界を生きる男に恋する辺り初心だね」
支部長は倒れて動かないヴァルターさんを一瞥してから馬鹿にするような笑みを私に見せてきましたが私は怒りを込めて言い返しました。
「貴方みたいな男よりヴァルターさんは立派です!そして本当の騎士にして冒険者です!!」
ヴァルターさんは真の主人を探す為に今も旅をしていると私に言いました。
その旅は苦難の連続と容易に今の私には想像できます。
それでも・・・・・・・・
「必ず会えると信じてヴァルターさんは旅を続けています。それはフリードリヒ陛下が言った、諦めず進む事こそ冒険者を体現しています!そして貴方みたいな人間を倒そうとしたのも騎士に恥じぬ行動です!!」
「ハハハハハハッ!勇ましい台詞だな。しかし・・・・そういう台詞が私は嫌いでね」
支部長はケタケタと笑いましたが直ぐ冷たい視線で私を見てきました。
「そんなにアルセーヌの後を追いたいなら直ぐに追わせて上げるよ」
「・・・・・・・・」
私は支部長を睨み返す事で最後まで負けないと訴えました。
それをアンリ監察官局長を始めとした皆は何とか打開しようとしていますが人質を取られている為・・・・何も出来ません。
ですが・・・・いえ、だからこそ私は支部長を睨みながら言いました。
「例え、ここから逃げる事が出来ても必ず貴方は報いを受けます」
「あぁ、受けるだろうね?それ位の覚悟はあるさ。しかし・・・・それが一日でも延びるなら構わない」
そう言って支部長はフレッシュ・ガントレットで私を射殺そうとしましたが・・・・・・・・
バシューン・・・・・・・・
聞いた事も無い独特の音が私の直ぐ近くで聞こえました。
何の音かは判りません。
それは他の皆も同じです。
しかし・・・・私の眼は、目の前の光景をシッカリ見ていました。
目の前の光景とは・・・・支部長の右手から血が噴き出しているという事です。
ただ支部長は自分の右手から血が噴き出している事に気付いていませんでした。
ですが暫くすると自分の右手を見て・・・・大きな悲鳴を上げました。
「ぎ、ぎぃ・・・・ぎゃあああああああああああああ!?」
支部長は甲高い悲鳴を上げて血走った眼で音がした方向を睨みますが、それから直ぐ瞠目します。
その視線の先には先程まで倒れていたヴァルターさんが「居た」場所でした。
そう・・・・先程まで居たんです。
ところが今は影も形も見えません。
どうして、と思いましたが私の体は違います。
思い切り地を蹴り私は支部長に駆け寄り、錫杖を振い上げました。
それによってアンジュさんの喉を突き刺そうとした短剣を支部長の左手から叩き落としたのです。
ですが支部長は血走った眼で私を睨むと無事な左手で私の首を絞めてきました。
「グッ・・・・ガッ・・・・ハッ・・・・!?」
物凄い力で首を絞められ、そのまま地面に押し倒された私は支部長の左手を引き離そうとしましたが支部長は体を私の腹に乗せて拘束して更に力を込めてきました。
「こ、殺してやるっ!殺し・・・・・・・・!?」
バシューン・・・・・・・・
また先程の音が鳴り、支部長の左肩から今度は血が噴き出しました。
支部長は悲鳴を上げ私の体から転がり落ちましたが、それでも逃げようと走りますが・・・・・・・・
「えいっ!!」
私は転がっていた錫杖を持って支部長の足を叩いて転倒させました。
それでも支部長は立ち上がろうとしますが・・・・・・・・
「この野郎!!」
「こいつ!!」
ボリスとモニカが支部長を2人掛かりで取り押さえました。
ここで監察官達も加わり支部長に縄が打たれました。
「ゲホッ・・・・ゲホッ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
私は喉を抑えながら息を整えますが、その背中をマリさんが優しく擦ってきました。
「本当なら案内人が言うべき台詞だけど・・・・頑張ったわね。アンナ」
ポンポンとマリさんは私の肩を叩いて労いの言葉を掛けてきましたが私は首を横に振ります。
「私も・・・・冒険者です」
「えぇ、そうね。貴女も冒険者だもの。だけど・・・・本当に頑張ったわ」
マリさんは私の肩を再び叩きながら労いの言葉を掛けましたが、そこへアンリ監察官局長が来たので支えるようにして私を立たせました。
「・・・・・・・・私の娘を罪人の手から護ってくれて感謝するよ。冒険者達」
アンリ監察官局長は深々と私達に頭を下げ、礼を述べてきました。
ですが監察官達に拘束された支部長には冷たい視線を向け、そして怒りを含んだ声で言葉を放ちました。
「貴様は、ギルドの面汚しだ。これより貴様を本部へ連行し審問および裁判に掛ける。しかし・・・・貴様が言ったように死刑は免れんと覚悟しろ」
今までの罪状を尽く暴いてやるとアンリ監察官局長は宣言すると部下の監察官に命じて支部長を馬車に押し込めました。
支部長は最後まで抵抗しましたが馬車の扉は閉じられ、その上で外から鍵が厳重に掛けられました。
それをアンリ監察官局長は自ら確認すると御者に顎で命じ馬車を発進させました。
「・・・・これで彼の仕事も完了だな」
アンリ監察官局長は静かに独特の音がした方角を見て呟きましたが、その言葉から私はヴァルターさんに依頼した人物が誰なのか察する事が出来ました。
ですが、それを私は口にしませんでした。
何せ陰の者は依頼人が誰なのか死んでも割らないと言われていますが、逆に依頼人も陰の者を雇ったとは言わないのが「暗黙の了解」となっているのです。
だから私が問い掛けてもアンリ監察官局長は言わないと思ったんです。
ただ・・・・そんな事は私には、どうでも良い事です。
私は冒険者なんですから。
でも・・・・・・・・
『ヴァルターさん・・・・・・・・』
何処かに居るだろうヴァルターさんに私は思いを馳せるように心中で名を呼びました。
ですがヴァルターさんの返事はありません。
それでも呼んでしまったのは私の心が弱いからでしょう。
ただ、小さな風が吹いて私を優しく撫でました。
その時です。
『“À très bientôt(ア トレ ビヤント)”・・・・・・・・』
風に乗ってヴァルターさんの声が聞こえてきました。
À très bientôt・・・・・・・・
「また何時か会おう」という別れの言葉で使われています。
それは、つまり・・・・・・・・




