第十四章:真の黒幕
蠱毒師を始めとした山賊一味を辛くも倒した私達は翌日に山を下り、昼前には町へ帰る事が出来ました。
もっとも私自身は羞恥心で一杯でした。
何故なら洞窟の入り口までとヴァルターさんは言ったのに・・・・・・・・
『まだ薬の効果が出ないようだから・・・・もう暫くこのままで居よう』
そう言って下山する一歩手前まで私を抱いていたんです!!
御姫様抱っこと、おんぶが基本でしたが・・・・どちらも私にとっては非常に大変でした。
だってヴァルターさんの背中も胸板も厚い上に硬くて、それでいて温かいんです。
しかも御姫様抱っこの状態だと顔が近く、吐息すら・・・・・・・・!!
ただ・・・・こういう形でヴァルターさんと距離を縮められる事は・・・・まぁ・・・・正直に言ってしまうと・・・・嬉しかったです。
アンジュさんも口説いているとヴァルターさんは言いましたが、私が知る限りアンジュさんは身持ちが非常に堅い女性です。
ですから見知らぬ男性と・・・・こんな風になる事は先ず在り得ない筈です。
ここを私はこう解釈しました。
『私の方がアンジュさんよりヴァルターさんと接している』
自分勝手な解釈というのは承知しています。
そして自分の非力さが招いたとも自覚しているから改めて修行をやり直そうと思いました。
もっともヴァルターさんの逞しい肉体に身を委ねてしまいたい気持ちは否定できません。
ただ、もう自分の足で立っているからヴァルターさんの温もりを味わう事は叶いません。
ですが今もヴァルターさんの温もりは私の体に残っているから・・・・・・・・
『“特別報酬”を貰った感じ・・・・・・・・』
そう思わずにはいられません。
ですが・・・・ギルド支部所に着いて私達は顔を強張らせました。
何故ならギルド支部所に1台の馬車が停まっていたからです。
その馬車は私達が載る帆馬車ではなく、板の屋根とドアが設けられた立派な馬車でした。
そんな馬車のドアには身分証明書の意味も兼ねた紋章が描かれています。
黒地にオークの木と、ロングソードが描かれた紋章はギルドを表す紋章です。
そこに「梟」が入るとギルドの不正等を監視するギルド監察官の紋章となります。
『・・・・・・・・』
私達はギルド監察官が来たんだと察しましたが、今さら逃げる訳にはいきません。
それを覚悟するように拳を握り締めた所で馬車のドアが開いて一人の男の人が降りて来ました。
その方は身嗜みには気を遣っているのか、淡い香りを放ち黒い上下の服には皺などは一つもありませんでした。
ただ厳格な性格を思わせる顔立ちに私達はグッとします。
そんな方は私達を濃い緑の眼で見てから名乗りました。
「ギルド”監察官局長”のアンリ・ファン・ルーホンです。失礼ですが・・・・冒険者の身分証明書を拝見したい」
監察官局長という肩書きに私達は驚きましたが、逆らう訳にもいかず身分証明書のペンダントを見せました。
「やはり・・・・3級でしたか」
アンリ監察官局長は私達のペンダントを見て静かに呟きました。
「・・・・山賊討伐等の仕事を請け負えるのは2級になってからが原則。それを破るのは規則違反で処罰対象なのは・・・・御存知ですね?」
アンリ監察官局長の冷たく、そして厳格な口調に私達は覚悟して頷きました。
「君達は規則違反を知りながら仕事をした罪があります。本来なら審問会において罰を与える所ですが・・・・それ以上に厳罰を下さなければならないのは他でもない。ギルド支部長です」
確かに私達が3級冒険者と知りながら依頼した支部長にも罰が与えられるのは仕方ないと私は思いました。
ですがアンリ監察官局長の眼は、それ以上の罪を犯した支部長を許さない感じでした。
「とはいえ・・・・君達は依頼を完遂して無事に帰って来た事には、ギルドの一員として“元”同業者として嬉しく思っているよ」
アンリ監察官局長は私達が無事に帰って来た姿から山賊討伐は完遂と察したのか、小さく笑いました。
「まったく・・・・彼も存外に親切だな」
彼という言葉に私はヴァルターさんかと思いました。
それは・・・・・・・・
『きゃあああああ!?』
支部所の中から女性の悲鳴が聞こえてきて私達は支部所を見ました。
『この悲鳴は・・・・アンジュさん!?』
私達は直ぐ支部所へ行こうとしましたが、それより早く人が出て来ました。
その人物はアンジュさんの喉に短剣を押し当てた支部長でした。
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アンジュさんを拘束して支部所から出て来た支部長を取り抑えようとしていたのか、追い掛ける形で監察官が数名ほど出て来ました。
ただ監察官達は手傷を負っています。
ですが前に私達が居るのを支部長は見るとアンリ監察官局長を睨みました。
その凶悪な眼は追い詰められた獣の眼で、アンジュさんの身が危険であると私達に教えました。
「ギルド支部長プィチ。貴殿は山賊達と結託し、不正を行った罪に問われている。更に罪を重ねるのは寄せ」
アンリ監察官局長が私達より前に出て支部長の罪を言いましたが、その罪を聞いて私達は耳を疑いました。
山賊達と結託・・・・それは、つまり・・・・・・・・
「ふんっ。捕まって裁判に掛けられても死刑は免れないんだ。今さら罪の一つや二つ犯しても気にしないさ」
支部長は悪びれもせずアンリ監察官局長の呼び掛けを鼻で笑いました。
「しかし・・・・そいつだけは・・・・ここで殺す」
支部長はヴァルターさんを殺気立った眼で睨みました。
「”闇の隼”アルセーヌ!貴様だけは許さん!!」
闇の隼・・・・アルセーヌ・・・・・・・・
私達は聞き慣れない言葉に首を傾げますが、ヴァルターさんは平然としていました。
「貴様だけは許さん!私の出世を台無しにしたんだからな!!」
「それはお気の毒な事をしたな。しかし、男なら”袖の下”を使わず実力で出世しろ。何より往生際が悪い野郎はみっともないんだ。早くアンジュ嬢を放せよ」
ヴァルターさんの歯に衣を着せぬ物言いに支部長は怒りの表情を浮かべますが直ぐニヤリと笑い返しました。
「噂通り女に甘いな?闇の世界で超一流と評される実力を持ちながら騎士に憧れているんだからな」
「少なくとも山賊を使って資金を稼ぐ野郎に笑われる筋合いは無いさ」
ヴァルターさんの言葉で私達は支部長を見ました。
あれだけ私達に優しく接して世話をしてくれたのは私達を山賊達の所へ行かせる為だったなんて・・・・・・・・
「マダム・アンナ。言っただろ?人を疑う気持ちは持った方が良い」
ヴァルターさんは愕然とする私に声を掛けますが支部長には冷たい口調で言いました。
「俺の事を調べたなら・・・・人質を取るのも無駄だという事も分かるだろ?」
「仕事の為ならさっきまでベッドに居た女すら平気な顔で殺す・・・・だったな」
「あぁ、そうだ。そして俺の依頼は・・・・お前を叩きのめして完了する」
ヴァルターさんの言葉にアンジュさんは顔面を蒼白させましたが、支部長は薄ら笑みを浮かべました。
「それなら私を殺したらどうだ?もっともアンジュ嬢も道連れになるがな」
支部長が短剣をアンジュさんの喉に押し当てながら言うとヴァルターさんは肩を落としました。
「はぁ・・・・分かったよ。殺るなら殺れ」
ヴァルターさんは武器を外して両手を広げました。
「やはり甘いな。しかし・・・・その甘さに感謝する」
支部長は右手をヴァルターさんに向けました。
その右手には小型の矢が何本も装着された特殊な小手が填められていました。
「”フレッシュ・ガントレット(矢籠手)”とは・・・・いやはや蠱毒師もそうだが陰険な野郎だな」
ヴァルターさんは支部長が右手に取り付けた「暗器」の名前を言い、支部長に冷笑を浮かべました。
「貴様のような超一流ではないからね。だが、そんな武器で死ぬんだ。では・・・・さらばだ。闇の隼!!」
支部長がフレッシュ・ガントレットを握ると小型の矢がヴァルターさんに向かっていき・・・・ヴァルターさんの心臓に深々と突き刺さりました。




