第十三章:帰路へ
私は鼻を突くような辛めの香りで目を覚ましました。
目を開けるとボリス達と目が合い、私は体を起こそうとしましたが、体に力が入らない事に驚きました。
「・・・・あれだけの魔力を消費したんだもの。それ位じゃ回復しないわ」
マリさんが私の額に手を当てながら体に力が入らない理由を教えてくれました。
「まったく・・・・モニカも言っていたけど積極的になったわね?」
「ヴァルターさんのお陰です」
「フフフフ・・・・そう言ってくれると照れるよ」
私はヴァルターさんの声がした方を見ました。
ヴァルターさんは葉巻を吹かしながら絵を描いていて、私が何を描いているのか問うと・・・・・・・・
「出来上がったら見せるよ」
そう言ってヴァルターさんは葉巻を吹かし続けますが私は蠱毒師はどうしたのか尋ねました。
何せ私が倒すと言ったのに私は力尽きてしまったのですから。
「俺が倒したよ」
ヴァルターさんは何でもないような口調で答えました。
ただ、モニカ達の様子を見て察するものがあり・・・・・・・・
それ以上は尋ねませんでした。
ですが自分で倒せなかった事には強い落胆と悔しさを抱きました。
そんな気持ちを抱きながら周りを見て「土饅頭」が幾つもあるので山賊達が埋葬されたと知りました。
「君の性格からして埋葬するだろうと思ってね。埋葬しておいたよ」
「やっぱり賭け事は私には出来ませんね」
私は自分の心中を容易く読み取ったヴァルターさんの言葉に肩を落としました。
「なぁに賭け事は早々にやるもんじゃないよ、ただ敵であろうと慈悲の心を持つ君の性格は立派だよ」
そう言ってヴァルターさんは葉巻を吹かし、私は体力が回復するのを待ちながら今後の事を考えました。
これで帰れば仕事は遂行した事になるから私とボリス達はパーティーを解消になります。
その後は私の自由です。
ただ私は直ぐ決めました。
『・・・・修行しよう』
今の私では心体ともに冒険者としては未熟だと今回の仕事で痛感させられました。
ならば旅をしながら自分を磨くのが良いです。
幸い虚空教は王国だけでなく隣国の2ヶ国にも寺院はありますし、分派も在ります。
ギルドも同じく在り、冒険者はどの国に行っても仕事は出来ます。
それなら自分を磨くべきです。
そして・・・・・・・・
『今度は自分で見つけよう』
新しい「仲間」を・・・・・・・・
「・・・・・・・・」
マリさんは私の様子から察するものがあったのか、私を暫し見ていました。
ですが私が見つめ返すと小さく息を吐き、私の髪を撫でてきました。
何も言いませんが、それでも私には良かったです。
それはマリさんの眼が寂しそうだったからです。
これは仲間として漸く認められたんだと私は勝手に解釈しました。
それが果たして正解かは分かりません。
ですが、それでも良いんです。
これで帰って報酬を得たら私達は別れるのですから。
ただ私は、まだヴァルターさんの故郷が何処なのか見つけられない点は個人的に心残りでした。
『本当に何処なんだろう・・・・・・・・?』
ディアマント・シャーストリ様が登頂できなかった山。
そこがヴァルターさんの故郷・・・・・・・・
ここが果たして何処なのか?
場所が解れば私は自分の中に在るモヤモヤを解消できます。
そして場所を見つければ・・・・・・・・
いえ、待って下さい。
ヴァルターさんの苗字にはヴァンが入っている事を私は思い出しました。
ヴァンを入れるのは南部から南西部の出身者です。
つまり・・・・・・・・
「俺の苗字からヒントを見つけたのかな?」
私の様子を見てヴァルターさんは鋭い指摘をしてきました。
「はい。ですが、まだ何処なのかは判りません」
「それでもヒントを見つける辺り凄いよ。マダム・アンジュにも同じ問題を投げたけど果たして彼女はどうかな?」
アンジュさんの名前をヴァルターさんが言った途端・・・・私の胸にピリッとした感情が芽生えました。
それは嫉妬でした。
同時にアンジュさんより早く答えを見つけようという対抗心も抱きました。
ただヴァルターさんは更に私を煽るような台詞を発しました。
「“探検者”を目指している彼女も詳しいからね」
「おい、おっさん。アンジュさんは探検者を目指しているのかよ」
ボリスは身を乗り出すようにヴァルターさんに尋ねましたが今もアンジュさんに恋心を抱いているからでしょうか?
ヴァルターさんに嫉妬していました。
「坊やと違って恋の経験値も俺は高いんだよ」
ヴァルターさんは勝ち誇ったようにボリスに言いましたが、ここには居ないアンジュさんに私は嫉妬しました。
ただアンジュさんなら探検者になれるとは・・・・素直に思いました。
この探検者とは冒険者と同じくフリードリヒ陛下と関係が大きく係わっています。
もっとも冒険者がフリードリヒ陛下がギルドに申請したのに対し、探検者はフリードリヒ陛下の第一歩従者だった「カッテ・ド・ホフマン」子爵です。
カッテ子爵はフリードリヒ陛下と幼少期から付き合いがあり、子爵家の次男だった事からフリードリヒ陛下の従者となった経緯がありました。
そして歴史に造詣が深く、フリードリヒ陛下以上に歴史においては活躍したとされています。
そのためフリードリヒ陛下は冒険者という職業をギルドに申請する際に歴史研究などをメインにした探検者は別としたのです。
これをカッテ子爵は「私に対する陛下の最大限の賛美と称賛」と称したとされています。
話を戻しましょう。
このような経緯から危険な仕事も行う冒険者とは別に歴史研究などをメインとするのが探検者と棲み分けがされた経緯があります。
だから試験内容を始め探検者には冒険者とは違う意味でなるには知識などが求められます。
ただし危険が伴うのはどちらも変わらないのも事実なので最低限の体術などは必須条件とされています。
ですが・・・・・・・・
「・・・・アンジュさんなら探検者になれますね」
私は誰に言う訳でもなく呟きました。
アンジュさんが努力家なのはギルド支部所の宿舎で生活した中で何度も垣間見てきました。
そこには苦手と称しながらも体術を習得しようと努力している姿もありました。
「自分が苦手と思うものこそ勉強すれば為になる」という言葉を古代の偉人は言いましたが、アンジュさんを見ていると正解だと思えます。
だから私も・・・・・・・・
「あぁ、彼女なら探検者になれるさ。しかし・・・・君だって立派な冒険者なんだ」
そんなに落ち込む事はないとヴァルターさんは言いながら短くなった葉巻を地面に押し付けて揉み消しました。
そして一気に羽ペンを走らせるのを見て私も体を何とか起こします。
もっとも本回復した訳ではないので錫杖で体を支えながら土饅頭の所へ行きました。
土饅頭からは憎悪と怨念などの「負の気」が出ており、それがハッキリ見えましたが私は近くまで行き膝をついて祈りました。
「・・・・母なる大地。貴女の御力で、どうか彼等の魂を天上へ導いて下さい」
この者達は現世において罪を犯しましたが・・・・・・・・
「それでも死すれば・・・・彼等の魂は永遠に地上を浮遊します。ですから、どうか貴女様の大慈悲を持って彼等の魂を天上の世界へ誘って下さい」
そして・・・・・・・・
「どうか、私達の罪も御許し下さい・・・・・・・・」
心から祈った私に大地は応えたのでしょうか?
幾つもの魂が天上へと浮遊していくのが見えました。
「・・・・やっぱり君は浄化の能力があるね」
ヴァルターさんは羽ペンを動かすのを止めて私に語り掛けてきましたが私は首を横に振ります。
「浄化の力は光の魔法が使える者が持つ力です。私は土の魔法ですから違いますよ」
「いいや、属性は関係ないよ。心から祈る者にこそ真の浄化は出来るのさ」
属性で判断するのはいけないとヴァルターさんは言い、再び膝を折りそうになった私を抱き留めてくれました。
「さて・・・・そろそろ帰るかい?もっとも今のままじゃ難しいから・・・・これを飲みな」
ヴァルターさんは土牢で私に飲ませた特性の薬を私に渡してきましたが・・・・・・・・
「少し時間を要するから入り口まで俺が抱いて行くよ」
「え!?い、いえ、それ・・・・きゃあ!?」
私は断ろうとしましたがヴァルターさんは構わず私を横抱きにしました。
俗に言う「御姫様抱っこ」です。
「ヴ、ヴァルターさん!!」
「さぁ帰ろうぜ。仕事は終わったんだ」
私が叫ぶのに対しヴァルターさんは気にせずボリス達に声を掛け、ボリス達も腰を上げて歩き始めました。
ただボリス達は私を見ないようにする辺り・・・・よっぽど私は恥ずかしい顔をしているのでしょう。
それに対して私は「下ろしてください!!」と叫びつつ・・・・ヴァルターさんの首に両手を巻き付けて離さなかったから・・・・誠に矛盾した言動と言う他ないです。




