幕間:蠱毒師の死2
誰もが息を飲んだ。
地面を泳ぐ黒い影は魚の姿をしているのだから無理もない。
しかし、見えるのは黒い影で、その姿はハッキリしない。
ただ案内人の所へ甘えるように黒い影は肌を押し付けるのを見て蠱毒師は然る噂が頭に浮かんだ。
「紹介が遅れたな?俺の使い魔の“影鰐”だ」
影鰐と聞いて蠱毒師はハッとする。
影鰐とは文字通り影の鰐で、水面や光で映る影を食べる鰐の事だ。
詳しい生態は殆ど解明されていないが、影鰐に影を食われると、その部分は傷つくとされている。
ここから影鰐は闇の属性の魔法が使える者の使い魔とされるらしいが・・・・影鰐ほどの強大な使い魔を使役していると言われている陰の者は極僅かだ。
しかも、その男は・・・・・・・・
「ま、まさか・・・・て、てめぇ等!急いで明かりを消せ!明かりを消せば影鰐に食われないぞ!!」
蠱毒師は金切り声で手下に命令しつつ自身は影の中へ逃げた。
手下達は急いで明かりを消そうと躍起になったが、それを見計らったように影鰐は高速で泳ぎ山賊達を食った。
ある者は下半身を食い千切られ、ある者は棘のある尻尾で薙ぎ倒されたりした。
その光景を3人の冒険者は唖然として見ているが案内人は蠱毒師を見て言葉を投げた。
「そう言えば・・・・俺が言った宣言を聞いてなかったよな?」
案内人はニヤリと笑いながら睨んできた蠱毒師に改めて宣言した。
「てめぇは、手下達を殺した後・・・・最後に殺してやるって宣言したんだよ」
「てっ、めぇ・・・・・・・・!!」
人を食った口調の案内人に蠱毒師は歯軋りしながらも影鰐の動向を探るように視線を向ける。
しかし影鰐は暗闇に隠れたのか、姿は見えない。
ただ自分の手下達は既に数人にまで減っており、影鰐にビクビクしているのは見えた。
『糞ったれ・・・・何とかしねぇと死んじまうぞ』
蠱毒師は心中で毒づきながら打開策を考えたが、有効な策は浮かばなかった。
だが、一人だけ意識を手放している虚空教の冒険者を見て蠱毒師は良い手を浮かんだのか・・・・・・・・
自分と同じく暗闇に隠れた蠱毒に命じた。
「あの小娘を襲え」
蠱毒師の命令に直ぐ蠱毒は動いた。
出来るだけ暗闇の中を移動している辺り蠱毒師の言う通り苦心したのを想像させた。
もっとも冒険者も蠱毒師の狙いに気付いたのか、仲間を護ろうと動いたが・・・・・・・・
「遅いぜ!!」
蠱毒師は蠱毒の方が一足早い事で勝利を確信した。
『小娘を襲って人質に取れば!!』
蠱毒師は事態を打開できると思ったが、蠱毒が悲鳴を上げて暗闇から明かりのある場所に飛び出したので目を見開く。
しかし蠱毒の体に槍が深く突き刺さっているのを見て歯軋りした。
ただ直ぐ蠱毒に暗闇の中に戻れと命じようとしたが・・・・・・・・
蠱毒は目の前で一瞬にして消えた。
刹那・・・・・・・・
蠱毒師は暗闇から切っ先が鋭利な山刀が突き出たので慌てて飛び退く。
「さっき言っただろ?マダム・アンナには・・・・もう指一本も触れさせないぜ」
山刀を片手に立つ案内人に蠱毒師は怒りの殺気を剥き出しにして構えを取る。
「てめぇ・・・・殺してやる!!」
構えを取った蠱毒師だが、直ぐ正拳を案内人に放った。
「野郎と同じ気持ちなんて嫌いだが、それに関しては同意見だ」
蠱毒師の放った正拳を案内人はラウンドシールドで受け止めながら人を食った口調で相槌を打った。
だが、それとは別に山刀は素早く蠱毒師の頭を割るように動く。
「ちぃっ・・・・せいやっ!!」
山刀を躱しながら蠱毒師は拳を連続で繰り出した。
蹴り技はリーチが長く、威力もある反面でバランスをし易い短所がある。
しかも案内人はラウンドシールドで拳を捌くのに長けている。
ここを蠱毒師は考えたがハッとする。
『そうだ!何も蹴り技じゃなくても良いじゃねぇか!!』
「足技」もあるんだと蠱毒師は思った。
足技なら蹴り技よりもバランスが取り易いし、相手を倒す事も出来る。
『よし、足技で・・・・・・・・!?』
蠱毒師は足技を仕掛けようとした。
しかし次の瞬間・・・・自分が地面に吸い込まれるように倒れ込む形になった事に驚愕する。
だが何をされたか理解した。
自分の前足が地面に着地する瞬間を狙い案内人は足技の一種「出足払」を仕掛けたのだ。
「体術はお前の専売特許じゃないぜ?」
ニヤリと案内人は笑いながら山刀を閃かせてきた。
「く・・・・糞ったれが!!」
蠱毒師は地面に倒れる瞬間に蹴り技を案内人に放った。
その蹴りを案内人はラウンドシールドで受け止めたが、それによって距離を開ける形になった。
それによって蠱毒師は直ぐ立ち上がれたが・・・・案内人が居ない事に驚愕した。
「ど、何処だ?野郎、何処へ・・・・・・・・ハッ!?」
蠱毒師は空中から殺気を感じて顔を上げた。
空中には案内人が居り・・・・・・・・
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
蠱毒師は頭部に力強く、そして鈍い痛みを覚えた。
そして温かい赤い液体が額から流れ落ちる感触を覚えた。
痛い・・・・・・・・
体が重い。
何故だ?
体に力が入らない。
自分の体が言う事を聞かない事に蠱毒師は苛立ちを覚えた。
しかし眼が液体を捕らえると漸く体が言う事を聞かない訳を理解した。
液体の正体は血だ。
自分の血だ。
そして頭部がやたら重いのは・・・・・・・・
「ごっ・・・・あっ・・・・」
蠱毒師は静かに自分の目の前に姿を見せた案内人を睨み据えた。
しかし、構えが取れない。
こんなに近くに居るのに・・・・・・・・!!
「頭を叩き割られたんだ。力は入らないぞ」
案内人は氷のように冷たい眼を見せながら蠱毒師に言った。
それを聞いても蠱毒師は構えを取ろうとした。
『こんな場所で死んで堪るか!!』
蠱毒師の眼は血走っていたが、その眼から徐々に生気が抜けていくのを冒険者達は見た。
案内人も同じく見ているが・・・・何処までも冷たい。
「お前等はやり過ぎたんだよ」
案内人は血脂で汚れた山刀を右手に持ちながら今も戦おうとする蠱毒師に告げた。
「しかし、それ以上にいけない事をした」
だから俺に殺されると言って案内人は山刀を閃かせるように掲げた。
対して蠱毒師は案内人を睨みながら尋ねた。
それは残された、なけなしの気力で尋ねたので後もう少しで死ぬと冒険者と案内人に教えた。
「俺は、騎士になる夢がある」
案内人は蠱毒師を冷たい眼で見ながら言った。
「騎士は婦女子に優しく接する。その俺の前で・・・・てめぇ等はマダム・アンナを傷つけた」
これは俺の掲げる騎士道に大きく反すると案内人は言いながら山刀を振り下ろした。
「!?!?!?!?」
蠱毒師の体がビクリと震えた。
山刀を振り下ろされた頭部は大きく割られ、頭蓋骨は陥没し脳味噌などが飛び散る。
しかし案内人は蠱毒師の頭部から山刀を抜くと心臓に今度は突き立てた。
蠱毒師は甘んじて山刀を受け入れたが、未だに案内人も睨んでいる。
それは自分の野望を打ち砕いた案内人に対する憎悪だったが・・・・・・・・
「地獄に行ったら手下達と一緒に教えてもらえ」
俺が今まで殺した連中から・・・・・・・・
「如何に婦女子には優しく接するか・・・・な」
グリッ・・・・・・・・
案内人が山刀で蠱毒師の心臓を抉ると蠱毒師の眼が音も無く閉じられた。
それを見て案内人は山刀を引き抜いた。
すると蠱毒師はガクリと膝をついて地面に倒れた。
「これで山賊達は倒したから君等の仕事は終わったね」
案内人は山刀の血脂を布切れで拭きながら冒険者達に告げた。
しかし、冒険者の一人にして魔術師のマリは案内人に尋ねた。
「私達の仕事は終わったけど貴方の仕事は終わっていない顔ね?」
「まぁね。しかし、これで片付いたんだ。少し休みな」
マダム・アンナは起きたら死体を埋葬するだろうと案内人は言いながら懐から葉巻を取り出した。




