幕間:蠱毒師の死
蠱毒師はロング・スピアーを縦横無尽に振るう案内人の突きを寸での所で躱した。
「ていっ!!」
寸での所で突きを躱した蠱毒師は一気に距離を縮めて案内人に正拳を繰り出した。
しかし案内人は左手に取り付けたラウンドシールドで正拳を捌いた。
そして反撃とばかりにロング・スピアーを掌で回転させ石突で薙いできた。
「ちぃっ!?」
蠱毒師は舌打ちしながら後退して躱すが、それを狙って案内人は頭上から拝み打ちをしてきた。
「グッ・・・・・・・・」
拝み打ちを蠱毒師は両手をクロスさせて受け止めるが、その重さに呻いた。
「野郎が悲鳴なんて上げるなよ。色気の欠片も無いぜ」
拝み打ちを放った案内人はニヤリと笑いながらロング・スピアーを引いた。
それを見て蠱毒師は半身になろうとした。
きっと突きを放つと考えたからだが・・・・・・・・
繰り出されたのが石突で、しかも臑を狙ってきたから姑息だが冷徹である。
「ッ・・・・・・・・野郎!!」
蠱毒師はギリッと歯軋りしながら跳躍して石突を躱したが、そこへ突きを出されたので堪らなかった。
「クッ・・・・ギィッ・・・・!?」
突き出されたロング・スピアーの穂先を蠱毒師はギリギリの所で再び躱そうとしたが、ロング・スピアーは意思の有る生き物みたいに動いて蠱毒師の左頬を深く切った。
「陰気臭かったが”男前”になっただろ?」
ニヤリと案内人は笑うが、その冷たさに蠱毒師は背筋に冷たいものを感じた。
そして今更になって思った。
『こいつ・・・・最初から狙っていやがった!!』
そう・・・・この蠱毒や殺人劇を行う為に自分が作った「毒壷」は広くしてある。
おまけに天井も高く設けているから・・・・槍やロングソードも容易に振える。
現に冒険者の餓鬼は棍棒を落とすと今度は背中に背負っていたロングソードを抜いて子分達と戦っているではないか。
「漸く気付いたか?まぁ、俺の言葉を無視する形で動いたからな。自業自得だ」
案内人は冷たい口調で言ってきたが、その口調に蠱毒師は再び冷たい悪寒を背中に覚えた。
「てめぇ・・・・中々の実力があるじゃねぇか」
蠱毒師は悪寒を隠しながら案内人の実力を高評した。
「まぁな。しかし・・・・”奥の手”があるんなら出せよ」
「・・・・・・・・」
案内人の言葉に蠱毒師は怒りを覚えたが、やはり何でも知っていると言わんばかりな言動を取る案内人の底が知れない所に悪寒を覚えた。
だが案内人の言葉は間違いではないと蠱毒師は敵同士ながらも思った。
何せ子分達は高が餓鬼と侮っていた冒険者達にやられていて、最初は30人も居たのに今では半分の15人に減っている。
そして蠱毒兵に関しては虚空教の小娘が作った獅子の姿をしたゴーレムに一方的にやられていた。
蠱毒は壷に毒を持つ生物を入れて土に埋めるのが習わしだから土とは切っても切れない関係だ。
常人が聞けばどうしたという話になるが・・・・実は、ここが「ミソ」だ。
土と切っても切れない関係にある蠱毒は土属性と非常に相性が悪い。
それは壷の中にあるとはいえ・・・・土の中に埋められた経緯から土を一種の「母体」のように捉える思考があるからだ。
このため蠱毒で生み出された使い魔は総じて土で出来た使い魔の攻撃を一方的に受けるか等が多い。
もっとも例外もある。
特に人間で出来た蠱毒は元々が人間であるから土の使い魔だろうと何の感情も持たない。
その証拠に蠱毒兵達は獅子の姿をしたゴーレムと普通に戦っている。
だが、蠱毒師自身が認めたようにコストパフォーマンス的に見れば最悪だ。
質に関してもそうだ。
元が山賊であるため動きこそ俊敏だが、動物や虫とは違い空を飛んだり土を掘る事も出来ない事から蠱毒兵達には剣などを持たせた。
しかし虚空教の小娘が作ったゴーレムは思いの外に硬かったのか・・・・蠱毒兵達の刀剣は尽く折れるか、刃毀れしている。
逆にゴーレムは無傷で、蠱毒兵達を叩き潰さんとしていた。
いや・・・・もう駄目だと蠱毒師は悟った。
グアアアアアアウ!!
ゴーレムが本当の獅子のような雄叫びを上げて蠱毒兵の頭部を爪で叩き落とした。
首を落とされた蠱毒兵はバタリと倒れ、そこへゴーレムが踏み付けて噛み付くと・・・・見る見る内に御レームの体に吸収されていった。
他の蠱毒兵達も似たような形で倒され・・・・残りは僅か2名だけとなった。
『糞ったれ・・・・こんな所で死んで堪るか!!』
蠱毒師は心中で自分を叱咤しロング・スピアーを構えた案内人を睨み据える。
「どうやら決意したようだな?」
挑発するような台詞を発した案内人を睨みながら蠱毒師は鼻を鳴らした。
「後悔するなよ・・・・この俺を、さっさと殺さなかった事を!!」
言うが早いか蠱毒師は両手を宙に掲げた。
「来い!!」
蠱毒師が声を荒げて叫ぶと地面が大きく揺れた。
その揺れは、まるで地震のように大地を震わせたが、やがて蠱毒師の真下において揺れ始めた。
刹那・・・・地面から得体の知れない巨大な生き物が顔を出した。
その顔は熊だったが、肩まで出ると皆はギョッとした、
何故なら熊の顔なのに頭部には鹿の角が生え、口元には猪の牙、そして背中には蜂の羽がついていたのだ。
毛の色は黒だが、爪は紫で、眼は血のように真っ赤で見る者を威圧するように爛々と輝く。
その生物は地面から出ると大きな雄叫びを上げ、蠱毒師を護るように立った。
「俺が苦心の末に生んだ蠱毒だ。しかし、他の蠱毒と一緒にするなよ?」
蠱毒師は勝ち誇ったように笑うと蠱毒に顎で何かを命じた。
すると蠱毒はゴーレムに倒された蠱毒兵を睨むように見ると勢いよく駆け出した。
そして蠱毒兵を吸収しようとしたゴーレムに爪を振り下ろした。
「ああっ!?」
虚空教の冒険者が悲鳴を上げたが蠱毒師はニヤリと笑いながら自身の最高傑作たる蠱毒を見る。
ゴーレムは蠱毒の爪に何ら抵抗も出来ず倒されたが、その倒れたゴーレムを蠱毒は・・・・吸収した。
すると体の一部が固くなったとばかりに怪しい光を放った。
しかし蠱毒兵も吸収したからか、毒々しい気は更に強まった。
「こいつは土だろうと吸収する。そればかりか、吸収すると固くなるようにしたんだ」
どうだと蠱毒師は案内人ではなく虚空教の冒険者に向かって叫んだ。
「まだ・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・勝負は判らないです!!」
虚空教の冒険者は満身創痍でありながらゴーレムに残る蠱毒兵を倒すよう命じた。
しかし、それより速く蠱毒は動きゴーレムを倒していく。
それに活気づいた山賊達は反撃に打って出たが、魔術師は火の玉を放ち山賊達を何人か焼き殺して牽制する。
もっとも蠱毒師は魔術師も精神的に追い詰められていると睨んだのだろう。
「てめぇ等、怯むな!数は俺達が多い!このまま押し潰せ!!」
この言葉に山賊達は勢いづいたのか、包囲網を築くと徐々に距離を縮めていった。
そんな中で虚空教の冒険者は必死に残るゴーレムに命令し山賊達を倒そうとしたが、蠱毒によって忽ち残るゴーレムをやられた。
「ハハハハハハッ!無駄だ!所詮お前の力なんてこんなのだ!!」
蠱毒師は高笑いしながら虚空教の冒険者を嘲笑した。
対して虚空教の冒険者は新たにゴーレムを作ろうとしたが、既に力を使い果たしたのか・・・・・・・・
ガクリと膝をつくと上半身を傾ける。
しかし、それを案内人は受け止めると優しく床に寝かせた。
「ハンッ!?優しいな?」
蠱毒師は案内人の行動を嘲笑したが、案内人はこう答えた。
「婦女子には優しくするもんだ。それに・・・・まだ勝負はついていない」
「何を言いやがる。この勝負は俺・・・・・・・・」
蠱毒師は案内人の言葉に対して高笑いしながら否定しようとした。
だが、まだ居た子分達の半分が一斉に消えたのを見て目を見開く。
何故だ?
疑問を蠱毒師は抱いたが、明かりの中で動く黒い影を見て息を飲んだ。
その黒い影は魚のような形をしており、悠々と地面を泳いでいるからだ。




