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8.引きこもり勇者と戦う理由

「勇者どのが部屋からでてこない?」

 廊下を歩いていたミリィは、困り顔のティアから相談を受けていた。

 手元にはまったく手つかずの食器が見て取れる。

 

「はい。ご飯もここ数日召し上がってなくって」

 さすがにお水だけは飲んでるみたいですけど、とティアは可愛い顔を手つかずの料理に向けて、不安そうな声を漏らす。

 ここのところ誠二のお世話をしているのはもっぱらティアだ。

 あの、呪い体験会をやったあとはなおさら、彼が適任だというのは城にいるものすべての共通認識になっていた。


 とはいえ、優しいこの子が、無理矢理誠二に何かをすることなどできるはずもない。

 さすがにもう少し憔悴していけば考えるのだろうが、いまはまだ、というところだろうか。

 あれで誠二は健康だ。二、三日食べなくても十分なんとかなるくらいの体力はある。

 それに、たとえ弱っても彼は病気にならない。


 なぜって? 必勝の加護があるからだ。体に不調を来す原因でさえも彼に勝つことはできない。

 けれども、それを放置しておいていいか、と言われればそんなことはない。


「あくまで、暗黙の了解、というところでござるからな。拙者がいって強引に話を聞き出すでござるよ」

 誠二のお世話はティアにお任せ、というのが城の女性陣の総意だ。

 けれども、それは別に話し合って決めたわけではない。ただなんとなく、みんな近寄らなくなった。

 彼女達としては、自分の姿を見て恐れおののく誠二を見ていられないというのもあるのだろうが。

 ならば、それは破ってしまってもいいはずだ。


「えっ。ミリィさま!? ちょっと」

 ティアが可愛らしく困った顔をしているのだが、まあそれは無視してずんずん進んでいくことにする。

 彼には食器の片付けもあるだろうし、追ってくる様子はなかった。


「おや。姫どの。どうなされましたかな?」

 そして誠二の部屋の前までくると、すでにそこには先客がいた。

 こそこそと部屋を伺おうとしている姫様だった。

 あの御仁は、おっさんの呪いを見たあとでも、誠二さまなら受け止めてくれると無邪気な顔をしていたなぁとミリィは思い出し、ふむと腕を組んで少し考える。

 さて。どう声をかけるべきだろうか。


「えと……ね。誠二様をそっとしておこうっていうみんなの考えはわかるのよ。でも、本当にそれでいいの? 心配でしかたなくて……ご飯もろくに食べないって話じゃない」

「ですな。なので姫どの。これから一緒に誠二に話を聞きましょう。場合によっては骨の数本は覚悟してもらうということで」

「……ミリィ。さすがにそこまでやらなくてもいいのですよ。がちむちのおっさんに骨を折られるって、トラウマになりますもの……」

「なに、どうせ痛いのは最初だけでござるよ。だんだん快感に……」

「なりませんっ。もう、ミリィったらこんなときにそんな冗談っ、てこんな時だからか……」

 あ、っと自分が、気遣われるのを感じて姫様はうつむいた。

 そんな気づきに、ミリィはにかりと豪快な笑顔を浮かべる。

 

「それに、マレイがいれば多少の怪我もすぐに回復にござる。いやぁ賢者どのの回復魔法というのはすごいもので」

「折らないでくださいよ?」

「もちろんでござるよ」

 さて。そんな会話をしながら、意を決して誠二の部屋の扉をノックする。

 もちろん返事はない。やれやれ、これがあちらの世界のにーとというものでござるか。


「勇者どの。ここのところ食事に手をつけていないと聞きましたぞ」

 なので、ずかずかと強引に侵入することにした。

 ちらりと誠二がこちらに視線を向けてきたので、そのままどかりと座りこんだ。

 わざと男っぽく、あぐらをかく姿勢だ。

 まあ、下はハーフパンツなのだが、ミニスカ姿で男になるよりは多少は補正はかかっていることだろう。


「……ミリィか?」

「拙者にござる。まあ、他のものならなかなか男のような振る舞いなどできなかろうが、拙者これでももともとは各国を渡る旅人でござったからな。男らしく振舞うこともそう難しくはないでござる」

 女の一人旅とわかれば、襲われる可能性は多いでござるから、とミリィは豪快に笑う。

  

「もとから、おまえはそんなんだろ」

「こ、これでも乙女でござるのにっ。誠二どのはひどいでござるな」

「で? そっちは服からして、姫さんだろ。二人してどうしたんだ? ティアとマレイしかこないって話じゃなかったか?」

「マレイは今必死に、解呪の方法を探してるところでござる。そしてティアは勇者どのがなにも食べないとしょんぼりしてござってな。あんな可愛い子に心配をかけるとは男としてどうか、と苦言を投げつけにきたでござるよ」

「……飯は、いいだろ別に」

 その話題をだしたら、誠二はぷぃっとそっぽを向きながら嫌そうに顔をゆがめた。

 入り口からして、ふれて欲しくないらしい。


「魔王城でなにかあったのでござる?」

 あの日から、部屋に籠っているのは知っている。

 それを問いかけると、誠二はさらに嫌そうに布団をかぶった。

 

「俺のことなんて別にどうでもいいだろ」

「よくはないでござる! 拙者は一緒に戦った仲間! そんな仲間なのに、どうして腹を割って話してくれんでござるか」

「おまえの腹筋はえっらい感じで割れてるけどな」

「ちゃかさないでいただきたい。へそ出しは拙者のスタイルであるからして」

 確かに、あの呪いを受けて見た姿は、かなりガチムチ体系だった。

 ヘソ出しのところはそれこそ八つに割れていて、拙者かっけーとか思ったものだ。

 それから、少し沈黙が部屋を支配した。

 姫様は一人おろおろとミリィと誠二の布団を見比べている。


 そんな中、誠二は布団を被ったまま、語りかけた。

「なあミリィ。お前、魔王と戦うって話になったときなんて言われた? 隣にある魔王は仇敵で、人間に仇なすとかいわれたか?」

「そうでござるなぁ。助っ人として戦ってくれと言われた時はそう言われたでござる。魔物は悪、かどうかは別として、拙者らの敵であることは明確。拙者は傭兵としてそれに手を貸すことに戸惑いなどないでござるな」

 いままでも、各地をまわる冒険者として、それなりに依頼をこなしてきたミリィだ。

 その内容の好き嫌いはもちろんあるにしても、今回の魔王討伐に関しては特別深い思い入れもない。


「姫さんはどうだ? 魔王は悪いやつって思ってるか?」

「それはもちろんです! 魔王はこの国を狙っている悪しき者。魔物を従えて我々はそれに怯えていました」

 姫様は体の前で両の拳をグーに握って、前のめりに、当たり前な答えを述べる。

 この国の人間であれば、誰しもそう言うだろう。

 古から魔物の国と隣接するこの国は、魔物というものに脅かされてきている。

 それに対応するための騎士団もあり、魔道の研究とて抗うために錬磨してきたものだ。

 この国の人間は、未だ魔王の国からの侵攻の記憶をなくしてはいない。


 だから、誠二はそこで布団から上半身を起こして、二人に不審そうな視線を向ける。

「前に魔物が出たのはいつだ? 誰か殺されたか?」

「それは……」

 姫さまは、口ごもって目をふせた。

 実際それは、そう(、、)だから、だ。

 悪しきものだと教えられ、実際に恨みを持つ年寄りも多い。


 けれど、ここの国でここ数年、魔物の被害はほぼゼロだ。

 文献をたどれば過去に魔物の国から攻められたことはあったのは史実だ。

 でも、それは今ではない。

 むろんそれは、騎士団からしてみれば、ただの準備期間。新たな魔王が国を掌握すればきっとこちらに攻めてくるという意見しかそこにはなかった。

 以前も、代替わりをしたあとの魔王の国は、自分の国をまとめるための時間を要したものだった。


「でも、勇者どの。我らが戦った相手はこちらに刀を向けてきたでござる」

「そりゃそうだろう。お前、自分に刃物を向けられて反撃しないでいられるか? そりゃ抵抗するよな。ぐるぁああ、とか言いながら戦うだろ」

 誰も、死にたくなどはないのだから。

 攻められたらやり返す。そうして戦いは続いていくものなのだ。


「違うものは排斥される。ははっ、わかっちゃいたさ。俺の国もそんなところだ。ちょっと違うだけで周りは俺を認識しなかった(、、、、、、、)。レッテルを貼って、変人様ご一行の十把一絡げだ」

 誠二は元の世界では少し浮いた存在だった。

 残念ながら、同じクラスにいるのは元気なリア充ばかりだ。あまり考えずに体が動くタイプばかりがそろっていた。そんな彼らは誠二のことを少し鈍くさいヤツと思って、相手にしなかった。

 環境さえ違ければ馴染めたかもしれない。けれどそれこそ学生期の出会いなんて、運のようなものだろう。


 でも、ここの国の人は違うって思った。勇者だって肩書きに捕らわれないで、力を見せろと言ってきたサーシャ。

 よく考えることができる貴方は、賢明だといってくれたマレイ。そして、性別とか関係なくお仕えすることが好きなんですと、はにかみながら言ってくれるティア。

 みんな期待をかけてくれた。そして気がつけばそれにのって。


 苦い水がのど元にかけあがった。

 けれども、ここのところろくに食事をしていない誠二からでるのは、はき出すほどでは無い量の、それでいて罪を実感させる苦みだ。


 人は、厳密に言えば、違う存在は認識できない、のだ。

 故郷の人達は、多かれ少なかれ、価値観が近い人間で集まってコロニーをつくって、違う価値観の人間を野蛮と謗った。

 解らないから、怖い。怖いから排斥する。

 人は臆病な動物(、、)だと言っていたのは、誰だったか。

 結局、知恵をつけても臆病さは消えず、賢しい傲慢で隣人をつぶす。

 それはこの世界であっても変わらない。

 

「役に立ってる、必要にされてるって、すっごい気持ちいいよな。ああ、あいつらもそういう気持ちだったのかって思ったよ。敵を倒して味方に評価してもらって。それで言われるままにここまできた」

「なら、いいではないですか。勇者さまはみなさんの期待通り、いえ、それ以上の働きをしてくださいました。誰しもが貴方に感謝をしています。だから」

 姫様は一人、よくわかっていない様子で懸命に誠二に声をかける。

 その手を取っているのは、きっと逆効果なのだろうなと思いつつ、ミリィは敢えてそれを止めなかった。


「あいつらは無害だった。少なくともあと百年はあのまま、あの領地の中で引っ込んでたよ。こっちを侵略する意志なんてなかったんだ」

「……なんでそう言い切れるのでござる?」

 誠二があまりにも断言するので、ミリィは不思議そうに首を傾げた。

 相手は魔物たちだ。はっきりいって生活習慣も、考え方も全然違う相手だ。

 それを信じることなど誰ができるだろうか。


 実際、ミリィだって今まで旅をしてきて、魔物に襲われたことも数多くある。

 もちろん別の地に住む魔物だったが。


「これだ。読んでみろ」

 読めないだろうがな。と言われ差し出された本には、訳の分からない文字が並んでいた。

「これはなんでござる?」

「俺の故郷の文字だ。あの魔王、どうやら同郷のやつみたいでな。そこにはこれから幸せな国をつくるぞーって話が書いてあったよ」

 普通の幸せを。ただ願って、作り上げようとしていた。

 誰もそれを侵害していい権利なんてない。


「だから俺なんてもうどうなったっていいんだ」

 呪いも、このままでいいよ、という誠二はすべてをあきらめたような、遠い目をしていた。


「命じたのは我々王族です! 貴方が一人で罪の意識をもつことなどないのです」

「一緒に私も罪を背負い生きていきますってか? さすがに美女に言われたら悪い気はしないだろうが、おっさんにいわれてもな」

 ははっ、と乾いた笑いを浮かべる誠二に、姫さまは言葉を失った。

 ようやく、自分がどういう姿をしているかに思い至ったのだろう。

 はぁ。これだからお城育ちは優しくていけない。


「誠二どの。何があったのかは理解しました。ご自分を責めてることも含めて」

「ミリィはなにか感じないのか?」

「それは、異世界の価値観でござろう? 拙者は旅の傭兵。時に手を汚すこともあるでござるよ」

 甘い、と言われればそれは間違いないのだろう。

 ミリィの反応こそがこちらでは普通なのだろう。


 でも、罪は罪だ。


「ま、呪いを解かなくて良いというなら拙者は別にそれでも構わないでござるが……せめてご飯だけでも食べてはいただけないか? ティアが悲しそうな顔をするのは拙者とてあまり見たいものではないゆえ」

「う……それを言われると辛いな」

「それに、罪を被りたいというなら、生きてこそにござる。くたばってしまったらせっかくのチーレムターも効果がなくなるでござるからして」

 罪を償うということであれば、それは生きていてこそだとミリィは思う。

 ずっと重圧にさらされ続けるからこそ、それは罰となるのだ。


 安易な死など、あってたまるものか。


「そう、だな。にしてもチーレムターって。お前らどこでその呪文を区切ってるんだよ。正解なのはチーレムだ」

「ふむ。チーレム、楽しみでござるか?」

 染みじゃないんでござるか、と笑いかけると、少しだけ誠二の表情が和らいだように見えた。

 

 そんなとき、廊下に騒がしい足音が聞こえたのだった。


我らのティアを泣かせるだなんて、なんて勇者様はひどいのだ!

というわけで。魔王討伐の真実がここに!

しょせん、この世の戦いは利害関係と、信念と信仰の違いから起きるものです。

そして、誠二さん、さんざん「俺はモテない」といってたけど、学校ではわりと陰キャよりでございます。


さぁ、彼は立ち直ることができるのかっ! というわけで。次話は明日の更新です。


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