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5.戦勝パレードとティアの憂鬱

前半は勇者さんの後ろ、そして後半はマレイさんの後ろにカメラがございます。

「うわぁ……」

 いま、誠二はパレードの馬車の中にいる。旅に使うような幌付きのものではなくて、周りから思い切り見えるオープン馬車である。

 向かい側には国王様。

 そしてその左側には……おっさんが。

 薄いピンク色のドレス姿のおっさんがいた。


 呪いのせいだとは言っても、やはりこの女性がおっさんに見えるという症状は、勘弁してほしかった。

 先日行われた城でのパーティーも、挨拶に来る人のことごとくがおっさんに見えた。

 うちの娘です、なんて紹介されても、がちむちのおっさんがドレスをはち切れんばかりに着こなしているのを見てしまえば、むしろびくりと体を震わせるしかできなかった。

 その度に、まぁ誠二さまったらお可愛らしいなんて、初な女性に免疫がない男だと思われるのにも、内心でげっそりしたものだった。

 実際、免疫はあまりあるほうでもないが。


 ちなみに、小さな子供や高齢に見える女性はそのままなのが、これの嫌らしいところだ。

 誠二をロリコンやおば専に誘導するための呪いなのだろうか。

 ついつい、ちゃんと話ができるのがおばちゃんだったりして、まさか勇者さまは……なんて目で見られたりもした。

 まだ試していないけれど、あれかな。今女子の姿に見えてる子が数年後にはがちむちのおっさんに見えるようになるのだろうか。

 

 でも、仕方ないと誠二は思う。

 この呪いは、誠二にとってのターゲットになる年代の女性が全部おっさんに見えるのだ。

 唯一その例外はマレイだけだろうか。

 その理由について大賢者のオジにも聞いては見たものの、マレイの姿だけおっさんに変わらない理由は、わからないという答えだった。

 それがわかれば呪いの解明にも近づくのにのう、とオジはまるで残念がってない様子で言い切った。

 

 なんにせよ、今身近できちんとそのままの見た目な女性はマレイだけだ。

 とはいっても、それに依存するのもどうかと思うし、今の所マレイとの距離が急接近なんてことはない。あちらも研究で忙しくてあまりあう時間もないし。

 も、もちろん急接近に関してはティアともだ。見た目パーフェクトだとしても、そのけはない。めちゃくちゃ可愛いけど男の娘だし。

 でもこれでマレイまでがちむちおっさんだったら、ティアにどっぷりはまっていたかもしれないなぁという思いにもなったかな、とも誠二は思っている。


 そう。眼の前の光景を見ていれば少しばかり精神が弱ってそちらに行ってしまいそうになるのも仕方ないことだろうと思う。 

 たとえば現在斜め向かいにいる、ドレス姿のがちむちおっさんは、この国の姫さまだ。

 国王陛下は「一番この国で美しい姫」などと二年前に紹介していたけど。


 当時は、この世界はちょっと美の基準が違うのかなぁ、身びいきってやつかなぁなんて思いつつ、さようですかと大人な対応をしたものだった。

 別に、おっさんに基準を置いてるわけではなくて、もともとの姿でそこまで美人さんって感じじゃなかったのだ。クラスで五番目くらいという感じといえば伝わるだろうか。どちらかというまでもなく、サーシャの方が美人さんだと誠二は思う。

 ただ家柄だけは申し分なく、召喚されたすぐ後から勇者さま勇者さまと、誠二への興味を隠そうともせずにアタックしてくる人なのだった。

 ギャルゲとかだと、残念ながらサブキャラ扱いである。


 さて。そんな相手が見た目おっさんになったわけだが。本人にその自覚はないので今まで通りだ。呪いのことは話してあっても、いまいち理解してくれてないらしい。

 サーシャやミリィは自制してくれた。

 ティナも灰色になりながら、しばらくティア(おとうと)に仕事は任せますといって、引きこもっている。

 おっさんに見えるという事実にみんなはショックを受けて、しばらく考えたいと誠二に会わないようにしているのだった。

 

 けれども、それが世間慣れしてない高貴な御方だとどうなるだろうか。

 そのお姫様はというと、事情を説明しても、別に見た目などどう見られてもわたくしと貴方は変わりませんわと、照れ顔で言いだす始末だった。

 これは見た目にあまり自信がないから、どう見えててもいいやとかいう開き直りなのだろうか。

 いいや。相手がいかついおっさんに見える、というこの状態を適切に把握できてないだけなのだと思う。


「はぁ……」

 パレードの間、適当に手を振りながら、そんなおっさんからの熱烈な視線を浴び続ける。

 これが、魔王を倒した勇者に与えられる仕打ちだとしたら、誰も、こんな仕事は受けないのではないだろうか。

 誠二とてチーレムを楽しむために魔王討伐をしたわけではない。話を聞いて自分で決めて魔王を討伐した。けれども、こんなこと(、、、、、)になるだなんて思いもしなかった。


 もちろん、かつての勇者は時々「終わった後」にちょーっとお楽しみが過ぎたこともあったというし、それに対する安全弁だ、というのならば納得してしまいそうにはなるが。

 今回を機にこれが定着したらと思うと……さすがにやるせない。今回は魔王発だけれど、この世界の呪いなら、というか、おじぃ達が解析しているのなら、自身でつかえるようになる可能性もある。


 協力だけさせて、あとは無害でほっぽりだす。

 さすがにサーシャたちがそう考えているとは思わないが、為政者がそんな安全弁をつけておこうと考えるのは、あり得ることかなとも思う。


 ……どこかに、書き置きをしておこうと誠二は思った。

 トイレの壁的なところに。辞世の句みたいで嫌だが、次に喚ばれる勇者のために。


 チーレムのない異世界……はまあ、いいさ。そりゃいいさ。許そう。

 でも、女子全部がおっさんって、さすがにひどすぎませんかね。おまけに呪いが解けないで帰ればあちらでもそのまんまという話までついてくる。ひどすぎる話だ。


「ずいぶんと暗い顔をしておるのう。勇者どの」

「王様はおじぃから報告は受けているのでしょう? 俺の呪いのこと」

 戦勝ムードまっしぐらのパレードの中、一人うつむいている誠二に王様が声をかける。


「そりゃあ、知っとるよ……でも、なんというか、いまいちしっくりこないのだ」

「世の中の女性が、全部中身だけ騎士団長さんみたいになるんですよ!」

 ほら、想像して見てください、と言ってもイマイチ彼はその姿が描けないようだ。


「ほう、マルクスは確かに鋼の肉体をしておるが。サーシャが柳だとすれば、あれは巨木よな」

「その巨木が、柳の装いをして世界の半分を占めてるんですよ。この光景はぜひとも王様にも見ていただきたい」

「べ、別にかまわんよ、身なりなど関係無く、我は国民を慈しんでおるしのう」

 王様。思いきり視線をそらしながら言っても説得力はないです。


「そ、それはともかくじゃな。勇者どの。お主はこれからどうするつもりだ?」

 現状はおじぃたちの研究待ち。送還方法のではなく、呪いを解く方の研究、なわけだが。

 送還方法はこの一年で古文書を探したりと、彼らが動いてくれてめどはもうついている。

 三月に一回ある、蒼の月の日。転送陣に魔力を流すと異界への扉が開かれる。

 つい一昨日が蒼の月だった。なのでとりあえずの転送は三ヶ月後だ。


「お主は英雄だ。その、なんだ……異世界では高貴な存在のみが成れるという、にーと(、、、)、とやらになっても誰も文句はいわんよ」

「……チーレムがダメならスローライフ路線か……」

 それも悪くはないか、と思いつつも、ニートに必須なアイテムがこちらにはない。

 そう。インターネット環境である。おまけに。


「周りがおっさんだらけじゃ……なぁ」

 スローライフだろうが、そこにはやはり可愛い女の子が必須である。三次であれ二次であれだ。

 ヒキコモリといっても、しっかり周りの文化は吸収するものだし、本当に完全に外界から遮断されてただ、ご飯を食べて寝るというだけの生活の人はそうはいないだろう。


「とりあえずは俺も、呪いの解明の手伝いをしたいかな。魔王城の書庫とかにもなにかあるかもしれないんで」

「それはかまわんよ。調査隊を出している所だが、君なら転移で一度いった所には直行できるだろうし」

 なんなら、マレイも連れて行くといい、と言われて、それはさすがに辞去させていただいた。

 ちなみに転移とは自分のテリトリー内であれば一瞬で移動できるというスキルだ。

 魔王の支配下にあったあの地域は、今や誠二のテリトリーと化しているので、今なら自由に行き来ができるのである。

 半年の長い旅を思うと、驚くほどの移動速度である。まあ魔物さえいなければ半日もあれば魔王の城にはつけるのだが。


「まぁ、お父様っ。どうしてそこで私の名前を出してくださらないの? 誠二さまと一緒にいるのはこのわたくしがふさわしいのに」

 んふっ、と野太い声での申し出に背筋に冷たい汗が流れた。

 やっぱりこの呪いを解かないことにはどうしようもない。


「なら、パレードが終わったらいってくるといい。しばらくは戦勝ムードだが、まぁ君がいなくてもなんとかなるからな」

 魔王の城の再探索をしているとでも言っておく、と言う王様は群衆に手を振りながら、うちの世界一美しい娘がおっさんに見えるだなんて可哀相だからな、とマジ顔で言ったのだった。


 



「おや、君が僕の部屋に来るとは珍しいね、ティア」

 部屋で魔法陣の研究をしてると、ティアが茶器をもって入ってきた。

 お盆に置かれている茶器は、カップが二つ。すでに時間を計算しているようで、ふわりとした香りを放っている。


「失礼いたしますマレイさま。お茶をお持ちしました」

「散らかっているけど、そことそことーあーそっちも。そこだけ触らなきゃどけていいから」

 ん、と、まとめられた書類に目を通しながら、ティアに指示を出す。

 部屋の中はごちゃごちゃといろいろなモノが置かれているので、勝手に掃除をされては困るのである。


「相変わらずですね、マレイさまは」

「片付ける労力と、取り出す時間がもったいないんだ。一度昔ティナに根こそぎきれいにされたときの事は覚えているだろう?」

「ええ、覚えています。普段仲良しなのに、一月は口を聞いてませんでしたから。あのときのマレイさまのぷぃってした顔が可愛くて、姉様には悪いですが、ちょっと微笑ましかったです」

 ティアはマレイに言われた通りに、動かしていいところだけを開けてテーブルの上に茶器を乗せる。

 

 こぽぽとカップにお茶を注ぐと、ほこり臭い部屋にさわやかな香りが広がった。

「僕の世話はティナが最近はしてくれてたと思うけど、今日は君なんだね」

 せーじのそばを離れてていいのかい? と尋ねると、はい、と彼は華が咲いたような笑顔を漏らした。

  

 おっさん化の呪いにかかってからというもの、誠二の周りに居れるものは、元から男だったものに限定された。

 この城には執事と言われるものだっている。そしてティアだ。

 彼女、いいや、彼ならばあの呪いの効果は適用されない。

 それこそ、誠二を一人独占できる位置に彼はいるのだ。


「本日、勇者さまは魔王の城に探索に出ています。なので手持ちぶさたでして。姉はサーシャさまがたとやけ酒してくる、だなんて出掛けるようだったので、本日は私が」

 気持ちはわからないでもないですが、と苦笑を浮かべながら優雅にカップを指にからめる。

 ふーふーと軽く冷ましている姿がどうしようもなく可愛らしい。


 こんなに可愛い子が男なわけはないと誰しもいうところだけど、マレイはすでに一緒に風呂に入ったこともあるので、その事実は受け止めている。マレイさまっ、そんなところまじまじと見ないでくださいっ、とか言いながらお風呂に顔を鼻くらいまでつけて恥ずかしがっている姿も、ぞくぞくするほどだった。


「それで、改めて聞くけどわざわざ僕のところに来るなんてどうしたんだい?」

 君のことだ。なにか相談事でもあるんだろう、と声をかけると、さすがはマレイさまですと、カップを持ったまま、真剣な顔で彼はマレイに視線を向ける。


「勇者さまの呪いのことをどう考えているのかを知りたくて」

 ティアの視線が、じぃとマレイに注がれた。

 にこやかに話してはいるものの、その問いかけはかなり真剣なものだ。 

 よほどせーじのことが心配なのだろう。


「解析自体はかなり進んでいるよ。数年かかるとおじぃは言ってたけど僕が魔法陣の形を覚えていたからね。ぐっと短縮して、たぶん次の蒼き月が満ちるまでにはなんとかなると思う」

 カップのお茶を少しすすって、ふぅと息をもらしながらここのところの成果を彼に教える。

 すでに城のものの一部は知っていることなので、あえて隠す必要もない事実だ。


「マレイさまは、解析が進まなければ良いと思ったことはありませんか?」

「……まさかっ。せーじにあんな悲惨な状態を続けさせろだなんて、さすがに可哀相だよ」

「ですが、呪いが解けなければ勇者さまはずっとここに居てくださいます」

 呪いが解けないことには帰れないと仰ってるのですから、とティアはすがるような視線をマレイに向ける。

 マレイもその提案に、ごくりと喉をならした。


「たしかに君の意見は魅力的だ。あの呪いが効かないのは、君と僕だけ。せーじに近しい人間ではこれだけしかいない。呪いが解けなければきっと。そのままなし崩し的に彼は僕らに甘えると思う……」

 ああ。その未来は、なんと魅力的なことか。

 しかも、元の世界に帰らず、彼はずっとここにいるのだ。そしてサーシャやミリィよりも自分達の事をきっと愛してくれる。貴重で希少な、呪いの影響を受けない相手なのだから。


「でも、それはやってはならないこと、だよ。いいかい、ティア。君もせーじがどんな世界を視てるのかわかれば、たぶんその誘惑は断ち切れると思う」

 マレイは声を硬くしながら、そう告げた。

 すでに呪いの概要を知っているからこその決断。 


「明日、あの呪いの説明会を行う予定なんだ。解呪は無理でも再現だけはできるようになったからね」

 みんなあの呪いを体感して、せーじがどんな状態にあるのか、身をもって理解してもらった方がいろいろいいのだと、諭すようにティアに伝える。


「マレイさまはそれでいいのですか?」

「……よくないよ。わかってるさ。僕はサーシャのように綺麗でもないし、ミリィのように屈託無くぐいぐいいけるわけじゃない。こうやって術理を操って、ひっそり役に立つことしかできないんだから」

「未来の大賢者さまが何を仰ってるのですか。マレイさまだって身なりを整えて迫れば、勇者さまだって答えてくださいます」

 ティアの申し出に、こくこくとマレイは紅茶を飲み干した。

 どうしたって喉が渇く話題なのだ。これは。

 せーじのことは、好ましい男性だとマレイも思っている。けれどもだからといって他の女性(ゆうじん)と違ってアピールするのはどうにも苦手だった。

 そもそも魔術師たるもの、感情をあらわにすることはいけないことだと言われて育ったマレイだ。そんなことができるはずもなかった。


「せーじはもう帰るんだ。そんな相手とどうすればいいっていうのさ。サーシャ達と違って僕は彼の遺産を受け取る権利がないし」

「それを言えば僕だってそうです。なら、このまま呪いは解かずに勇者さまに居ていただけばいいではないですか」

「話が堂々巡りしはじめたね。今日はここまでにしよう。明日になれば君の意見もきっとかわるさ」

 はぁ、とマレイはため息をもらしながら、残っていたお茶を飲み干して資料に視線を戻した。

 もう会話をする気は無いというポーズだ。


 ティアは静かに立ち上がると食器を片づけて一礼した。

 ああなってしまったマレイには何をいってももう無駄なのは知っている。

「まったく。マレイさまったら。もう少し素直になってもいいでしょうに」

 マレイの部屋を出たティアは、はぁと深いため息をついていた。

パレードの馬車の上から見た景色は、きっと誠二にとってはひどい光景なのだろうなと、しみじみ。

そしてティアさんったらマレイさんに、呪い解かないでのお願いです。

くっ、男の娘はピュアでいて欲しい!

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