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4.マレイさんのアトリエ

「ひぃ……ひどい」

 ぜぇはぁと、誠二は城の中を走り回って、その部屋に逃げ込んだ。

 優美な城の中を駆け回るというのはいささかどうかとも思うのだが、相手もどたどたと足音を立てて迫ってくるのだから、こればかりは仕方がない。


 追ってくるのは、ピンクのドレス姿のおっさんと、ビキニアーマー改め騎士服姿のおっさんだ。

 ちなみに騎士服は女性用のそれなので、スカートの裾から雄々しい太ももがばーんと世間に開示されている。

 これにメイド服なガイが追加されてないのだけが、幸いだった。

 今のところ、ティナはこの前の実験にショックを受けて、部屋にこもりきっている状態だ。


 それを知っているのにサーシャはいったいどうなっているのだと誠二に詰め寄ってくるし、あまりよくわかってない姫様も誠二さまーと、あとを追いかけてくる。


「なんとか行ってくれたかな……」

 はぁー、と思いきり扉の前で盛大にため息をつく。

 いままで入ったことのないその部屋は、少しだけ埃っぽいにおいがした。


「あれ。せーじ?」

 ん? とその声に顔を上げると、マレイの驚いたような顔と鉢合わせになった。

 どうやら彼女の私室に飛び込んでしまったらしい。

 さすがに部屋の中では帽子はかぶっていないので、珍しく三つ編みツインテール姿があらわになっていた。

 髪の色は栗色でつやつやなのだが、本人はいつだって目深な三角帽子をかぶってしまって、あまりこれを見る機会はないのだった。


「他のやつらから逃げてる最中でな。迷惑だったらすぐに出ていくが」

 なにかの書物に目を向けている最中だったマレイに申し訳なさそうに声をかける。


「いいよ。君の呪いのことで調べ物をしてただけだからね」

 あ、でもあまり散らかさないでくれよ、と言われて誠二は、えぇーと周りの惨状に声を漏らした。

 マレイの私室は正直かなり散らかっていたのだ。

 本棚にはかなりの数の本がぎっしりつまっているというのに、それに加えて床にも本が無造作に置かれている。

 

「呪いの解明のほうはどんな調子だ?」

 けれどもそれに触れはせず、誠二はこほんと咳ばらいをしてから話を変えた。


「ああ、まだ研究を始めたばかりだからね。残念ながらとっかかりくらいしか。でもおじぃが言ってたよりは早く解決できると思う」

 さすがに今のままじゃつらいだろうからね、とマレイは苦笑まじりにかわいい顔をこちらに見せてくれた。

 彼女が言うことはいちいちもっともだ。

 今の誠二の状態は正直かなりひどい。

 これであちらの世界に帰されるなんてなった日には、もうお先真っ暗である。


「おじぃは数年は見てくれとか言ってたけど、どうなんだ?」

「いちおう僕が魔法陣を見ているからね。なんとなくの概要はわかるから、遅くても一年以内にはなんとかできると思う」

 もちろんもっと早く解決できるように頑張るけれど、と彼女は旅路の途中には見せなかった柔らかな顔をのぞかせた。

 誠二が最近見ているのがおっさんばかりなので、こういうのを見てしまうとちょっとほっこりしてしまう。


「一年、か。それならまぁ……待っていられるレベルか」

 おじぃの話よりぐっと時間が短縮して、ほっと一息だ。


「いちおう、こちらにも責任はあるからね。おじぃはあんなんだけど、宮廷魔術師団の総力を結集してしっかり対応するから」

 魔王の一件も片付いたし、研究がんばるよ、と元気に言い切る姿は本当に可憐としか言いようがなかった。

 旅をしている間は、マレイはいつも地味なローブ姿だったし、なんせサーシャがアレなのでマレイの美貌というものにそこまで意識は行っていなかったのだけど、こうしてみると本当に大人しめな秀才という感じだ。安心するタイプの美人さんでる。


「そういや、呪いの調査でティアといろいろしただろ? その話ってお前は聞いてるか?」

 おじぃの養い子である彼女は、あのとき席を外したのだった。

 なので、呪いの情報を少しでも伝えようと、誠二は話を切り出したのだ。


「ティナだけじゃなく、あのかわいいティアまで手にかけた、と聞いているよ?」

 いやぁ、君までその色香に落としてしまうだなんて、さすがはティアだね、と彼女は面白そうにいった。

 まて。さすがにあの姿を見せられればころりといきそうではあるけれど、触って感じたのはどうしようもない申し訳なさだけだ。


「目隠ししてたから手が届いただけだし。それにティナのほうの感触が残ってて、なーんも感じなかったし」

 ていうか、ティアはいちいちかわいいけど、俺はノーマルだ、と誠二がいうと、マレイは一瞬むっとしながら、そしてちょっとあきらめたような顔を切り替えて、まあ、そうだよね、と言った。

 その代わり彼女は、何かを思い出したかのように、おうといいつつ、誠二に悪い顔をしながら話しかける。


「ちなみに、誠二は呪いにかかる前だったら、ティナとかの体触りたいとかはあったのかな?」

 さぁどうなんだい? と詰め寄られて誠二は、うぐっと声を濁らせた。

 男の子のデリケートな部分である。

 開き直れるのは、誠二の年代では、勇者とか猛者とかよばれるものだ。

 いちおう誠二も勇者とはよばれているが……それとは別である。


「そりゃ、俺だってそういうのはあるって。ただ普段は押さえないとだけどな」

 つーか、サーシャのビキニアーマー前にして、まともな男子が普通に戦えるのか? というと、あーー、とマレイはとても複雑そうな声音を挙げた。


「君も知ってるだろうけど、あれは神器だからね? 守備力抜群だし動きやすいし、っていうのでサーシャの家に伝わるものだから」

「そりゃわかってるけど、サーシャのあれは嫌でも目につくっていうか」

 柔らかそうだなぁとか思っちゃうのは、男としては当然なんだってば、と彼女の胸元を思い出して少し表情が緩む。

 いまでは、鋼の大草原という感じの胸にしか見えないわけだが。


「ちなみにせーじには、あのビキニアーマー姿どう映るの? 今の感想をどうぞ」

「破滅的な、トラウマ製造機です、はい」

 さあ。想像してみていただきたい。

 筋骨隆々のどこに出してもはずかしくない、筋肉の持ち主たる男子が、ビキニアーマーを着ていたら、どうだろうか。

 ……あれ。そういう大会だと下はビキニか。なら、胸に布がくっついてるだけか、と思いつつ、誠二は首を横にふった。


「ダメだ……慣れるな、俺。どんなショックも徐々に慣れるっていうけど、これは慣れちゃダメな奴だ」

「苦悩してるね、せーじ。でも、いまいち君が見えてる世界っていうのがわからない、というのが今の城の中の話だからなぁ……」

 勇者どのは気がおかしくなったなんて話もちらちら聞こえるよね、とマレイは軽くため息をついた。


「ったく、おじぃもそれくらいどーってことないとかいうけど、実際この呪いにかかってみろって感じだよ」

「あの歳になっちゃうともう、どっちだろうとどうでもいい、みたいなのあるみたいだけどね」

 誠二の話を聞く限りだと、恋愛対象にならない年代の人だと変わらないみたいだから、おじぃの場合は呪いにかかっても大半が影響受けないかも、とマレイは言う。

 つまり、誠二にとっての子供たちと同じように、おじぃにとってはマルクス騎士団長くらいのおっさんでも、子供のようなものだ、ということなわけだ。


「ってことは、僕だけ変わらないっていうのは、君が僕を恋愛対象として見ていない、ということになるのかな?」

 あれ? とそこで気づいたマレイは、自分の見た目が変わらない理由に首を傾げた。


「それはないだろ。つーか、町のある程度の年齢層の人たちがみんなおっさんになってるんだし。さすがに俺は女だったらなんでもいいぜーみたいな感じじゃないぞ」

 恋愛対象が町の対象年齢全部だ、というほど誠二は豪胆な男ではないのだ。

 となると、恋愛対象にあるかないかで、呪いが発動するわけではないのだと思う。


「それはないって……せーじは僕のこと、恋愛対象なんだ?」

「ちょ、ちょいまて、それは言葉の綾っていうか……その……かわいいなぁとは、思うよ?」

 特に、この状況だし、と誠二は頬を掻きながら、少し照れたように視線をそらした。


「かわ……まあ、この状況だしね。きっと君も、サーシャやティナが万全な状態なら、僕のことなんて見向きもしなかったんじゃないかな?」

 かわいいと言われてマレイはあわあわしながら、誠二がそう言う理由にあたりをつける。

 今、この世界で誠二の目にまともに見えているのは、自分くらいなものだ、だったらそれが理由だろうとどうしても思ってしまう。


「僕なんか、はないだろ。実際、おまえはそうやってローブとか帽子とかでいろいろ隠さなきゃ、すげぇかわいいと思うぜ」

 魔術師の基本装備ってのをつけると、とたんにもさくなるけどな、と軽口をいうと、そ、そうなんだとマレイはちょっと顔を赤らめながら、口をつぐむ。

 話をしているとぽろっと何かを言ってしまいそうになるからだ。


「なので、そんなかわいいマレイたんにお願いがあります」

「……いきなりなんなのさ。そんな改まって」

 誠二も少し変な空気になったので、ちょっと口調を軽くしながらそう切り出した。

 半分以上、冗談交じり問いかけである。


「考えてみれば、俺、実際ちゃんと女の子の体って触ったことないんだよ。姫の突進とかって誰かが防いでくれてたし、あとはせいぜい手を取ってひっぱりあげるとかそれくらいしかなくてさ」

「って、せーじはあちらの世界ではモテたんじゃないのかい?」

 触ったことがないって、とマレイはいぶかしげな視線を向けた。

 こちらの世界の勇者である誠二は、多くの女性に人気がある。

 少なくとも勇者パーティーはみんな彼を憎からず思っているし、姫様もそうとうだ。

 そんな誠二が女の子に触れたことがない、というのが信じられない。


「全然だって。こっちにきて勇者なんてものになったから、それなりに見られてるだけで。俺なんてそう大したもんでもないよ」

「……そう、かな? 勇者じゃなくても僕は君のこと、嫌いじゃないけど」

 あっ、だからって、その好きとかそういうのというわけでも……とマレイは口を濁す。

 自分が言ったセリフに顔を赤くするなんて、大賢者の後継失格だとあたふたした。


「嫌いじゃないなら、ぜひ、触らせてもらえないかな?」

 実際、ティアの体の感触はとてもいかつい鋼のようなものだったけど、そもそも女の子の感触ってどういうものなのかなと思って、と誠二も少し恥ずかしそうにお願いをする。

 ほぼダメ元で、だ。


「いや、別にその、変なところを触りたいわけじゃなくてだな。その……ほっぺたとか、頭とか……」

「腕なら、いいよ」

 ぽそっと、マレイからの許可が下りた。

 腕くらいならば、という思いが確かにあるのだろう。


「っていうか、ほっぺたはヤだし、頭じゃ柔らかさわからないし」

 触って無難なところっていったら、これくらいでしょ? とそっぽを向きながらいう姿がちょっとかわいくて、誠二はぽふっと頭に手をのせた。

 思わずというのが正しいのだろう。さわさわと柔らかい感触を堪能する。

 頭で男女差はでない、なんてマレイはいうけれど、髪質の柔らかさを見てもまったくもって違うと誠二は思ってしまう。

 そもそも、男女で頭の大きさは違うんじゃなかったかな? 目の前のコレはちんまりして可愛いと思うのだが。


「やっ。ちょ。突然何をするのさ。腕だって言ってるだろうに!」

 抗議の声を上げるマレイは、それでも魔法で誠二を吹っ飛ばすというようなことはせずに、手をぱたぱたさせながら恨みがましい眼を誠二に向けるだけだった。

 そんなことをしたらこの部屋の資料が吹っ飛ぶので、もちろんやりたくてもやれないのだが。

 いちおうそういうストッパーはかけられるマレイなのである。


「悪い。じゃ、次、腕な」

 失礼します、といいながら誠二はマレイの手を取った。

 まずは、手のひらをぷにりと触りながら、小さい手だよなぁと感心する。

 ここらへんは、前にサーシャ達と握手を交わしたりなどもあるので、ある程度は納得なのだが。


「なんつーか。めっちゃくちゃ細くね?」

 そして手首から体幹のほうへと手を動かしていく。

 気分としてはマッサージをしているような感じだろうか。

 マレイも知識の教授のためだと割り切って、誠二に触られて、声が出そうになるのをなんとかこらえる。


「魔術師の細腕ってやつだよ。別に女だからってわけじゃないし」

「でも、おまえ……柔らかいし……」

「んっ……ちょ、二の腕ぷにぷにするのはやめてもらえないかな」

 くすぐったい、と黄色い声が漏れても誠二はちょっとそのまま、二の腕をふにふにした。

 腕までは耐えられたけれど、二の腕はさすがのマレイでも耐えきれなかったのだ。


 ……ちょっとやめるタイミングを逃しただけでふにふにしていたのだけど、そのままさわさわは続いた。


「やっ、もう、せーじっ! くすぐったいってば」

「でも、このもちもちの感触とか、気持ちいいし」

「し、失礼だよ! ってか二の腕は女子ならみんな、すごい気にするデリケートなところなの! そこをこんな……」

「耳たぶさわってるみたいな感じかな? っていうか、こんなに細いのに、ちゃんと膨らみがあるってのが不思議だな」

 男なら、こんな感触はしないんだろうなぁと、誠二は自分の二の腕を触りながら、ううむ、とうなる。

 これが女子というものか、といわんばかりである。


「それ、男とか女とか関係なく、鍛えたからじゃないの?」

 こっちにきてから二年、誠二はそれはそれは普通の一般市民から、一気に王国の騎士団に匹敵するほどの力をつけた。

 おおむね、サーシャがその底上げをしたわけだけど。

 その間にできた筋肉は今でもしっかりと誠二の腕に存在するのだ。


「そうかな。そりゃティアのほっそい二の腕とかも、いいなって思うけどな。でもやっぱし女子の二の腕は柔らかさが違うと思うんだよ」

「それは、僕が太りすぎてる、とかいうところを絶妙についているのかい?」

 まったく失礼な人だね、とマレイはぷぃと、顔をそむける。

 先ほどのもみもみを思い出してちょっとドキドキしているのを隠す意味合いでも必要なことだ。


「ま、マレイにはちょっと、申し訳ない思いをさせたけど、いろいろ研究させてもらってよかったよ。呪いで変質しちまった感覚っていうけど俺はやっぱり女の子のほうが好きみたいだ」

 かわいい声も聞けたしな、というと、マレイは、一気に顔を赤くする。

 ここがあまり明るくない部屋でよかったと思うくらいに。


「も、もう、馬鹿なこと言ってないで、さっさと部屋に帰りなよ。ぼ、僕だって呪いの研究するの忙しいんだからさ」

 さらに遅くなっても知らないよ? とまくし立てるようにマレイが言うと、そりゃ勘弁だと、誠二はマレイのその部屋から退散するように飛び出したのだった。

魔法使いさんは三つ編みツインテールでございます! 栗毛でふわっふわだったら、そりゃあなでたくもなりますよねぇ。って、せーじどの!

セクハラはよくないよ! いくら周りおっさんだからって!

ちなみに、ナデポチートはございません。


次は明日の朝でございますー。


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