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3.大賢者の診察

今回診察のために、ちょっと主人公さん不埒なお触りをします。

でも、診察のためです。


「ほっほっほ。勇者どのはどうやら呪いを受けてしまわれたようじゃて」

 ショックを受けてベッドにへたり込んでいると、年老いた男の声が聞こえた。

 他のみんなからは大賢者とか言われているじいちゃんだ。名前もオジというので、マレイからはおじぃと呼ばれているし、宮廷魔術師団からもオジ殿と呼ばれている。


 マレイの育ての親でもある彼は、白いあごひげを撫でながらニヤニヤした視線を誠二に向けていた。

 どことなく研究者然としたその視線は、研究対象を見つけたときの理系の従兄弟にどことなく似ていて、ぞくりとした感触が身体を這った。

 その背後からはマレイが隠れるようにこそっとこちらに視線を送っていた。

 他の女性がみなおっさんになっている中で、彼女だけは以前のままだ。魔法使い用の三角帽の下には整った顔が覗いている。


「世の中の女性がみんな、いかついおっさんに見える呪い、というやつですかのう。マレイから聞いてたとおり、致死性というわけではないようですが、解くのはなかなかに骨が折れそうですじゃ」

「おじぃ。誠二はショックを受けてる。笑い事じゃないから真面目にして」

「しかし、マレイ。くくっ。魔王の最後の悪あがきがそれじゃぞ? わしらが対策をしていた大規模破壊魔法なんてのもなかったし、被害もなかった。失礼じゃが勇者どのだけにかかった呪いだけなら、安いもんじゃと思っているんじゃ」

 のう、マレイと愛弟子の横顔をにこやかに見ているじいさんに、真面目にしなさいっ! とマレイはぺしりと肩を叩いた。

 ちょっと一撃が強かったらしく、じいさまは、おうふと言いながらベッドにへたりこんだ。

 じいさんの言いぐさはあんまりだったので、よくやったマレイと頭をなでなでしたいくらいだった。他人事だと思ってずいぶんな話だ。

 オジからしてみれば、被害は軽微なのだろうが、誠二からすれば由々しき事態なのだ。


「ちょ。ちょっとまて! お前らからすればそうだろうけど、俺としては迷惑だっての! 普通にこんな奇妙な光景はなしだろ。それにその……戦いが終わったら、サーシャもミリィも、その……いろいろさぁ」

 後半がごにょごにょしてしまうのは、年頃の男子としては当然のことだろう。

 ここで、当然の権利だ! と開き直れる精神など誠二にはない。


「はて……別に……幻覚を見せられてるだけですからのう。別にいちゃいちゃしようと思えばできると思いますぞ」

 たとえば、目をつむってというのはどうですかのう? とじいさんはイタタと腰をさすりながら提案してきた。さすがに男同士ということもあって、そこらへんの遠慮はない。というよりは単なる実験と検証をしたいだけなのかもしれないが。


 そのオジの声に、誠二はふむと少し考える。

 幻覚。

 マレイやティアから見た彼女たちは全くもって普通だったという。

 つまりは見た目が変わっているように見えるのは誠二だけなのだ。


 だとしたら、サーシャ達には悪いことをしてしまったのかもしれない。

 つい、拒絶反応をしてしまったものの、心のどこかであれがサーシャやティナだとは思えなかったのである。

 ……周りからは、いきなり誠二がおかしいことを言い始めて、自分達に冷たくあたるようになった、と感じるだろう。


「どうですかな。その呪いの詳細を調べるためにも、試してみては」

 さぁ、実験とまいりましょうぞ、とオジは満面の笑みで誠二に手を伸ばしてくる。

 楽しい玩具が手に入ったというような感じの彼の顔は、まるで小さな子供のような無邪気さであふれていた。


「ちょ。おじぃ。さすがに実験材料にするのは……」

「お主はだまっとれ。それが切っ掛けで呪いが解けるかも知れぬのだぞ? やれることはやる。しかも死なない保証があるならなおさらよい」

 見たくないなら、マレイは外にでていっててもかまわんぞ、と言われてマレイは、じぃっとこちらに視線をむけつつ、うぅ、と可愛くうめいた後にしぶしぶ退席していった。


 そんな姿を見てちょっとだけ気持ちがざわついた。

 マレイに嫌われてるというつもりはまったくないのだが、好意を寄せられているかといえば、実感できるようなことは今までほとんどなかったのだ。

 サーシャやミリィは感情を表に出して触れあってくれるけど、大賢者の後継たるマレイだけはそれを避けているようだったのだ。本人は無表情に見えたならすまないと謝っていたのだが、ティアによれば大賢者の後継としての教育で、今のようになっているだけだということらしい。


 ああ見えて、マレイさまも可愛いところがあるのですよ? とティアに昔言われたこともある。


 そんなマレイが、実験を眼の前に見ることなく席を外す。

 その意味は、一体どういうことなのだろうか。 

 誠二のことをただの戦友としか思っていないのであれば、むしろ友情のために実験に立ち会って、対処法を練ってくれるものだろう。


「そこで席を外すって、見たくないってことだもんな」

 マレイからすれば、これから行うことは誠二がティナの身体に触れるというように映るのだろう。

 そこから目をそらすことにどういう意味があるのか。 


 チーレムという単語に、そこまで深い思い入れはない。

 魔王が言っていたから、反射的に呟いたそれこそ戯れ言だ。

 けれど、ここまで二年がんばった最後にちょっとくらいみんなとゆっくり楽しい時間を過ごしたいと思ってもいいじゃないかとは思ってる。

 思い出作り、と言いたければ言えば良い。

 その中で、マレイが好意を寄せてくれるのなら、純粋に嬉しいことだと思う。  

 

「では、ティア。おまえさんの姉君を呼び出すといい」

「……勇者さまのためですものね」

 そんなマレイの姿に感動している誠二の脇で、大賢者のじいさまはティアに指示を出していた。

 彼は不承不承といった感じで、その指示に従うことにしたようだ。

 つい先ほど拒絶してしまった手前すぐにというのもばつが悪いのだが。

 こちらは、誠二が元に戻ることを願っての行動なのだろうか。

 それとも、不憫過ぎる姉のためなのだろうか。


 どのみち大賢者のオジに「大丈夫かな、おじいちゃん」という思いはあるようだった。

 もともと、無茶なことを言ってくるじいさまではあるので、ティアも少し苦手としているらしい。

 前に、女の子になる薬、という触れ込みで怪しい薬を飲まされたこともあるのだそうだ。もちろん失敗した上にお腹を下して大変な目にあったというのは、一年前に聞いた話だった。


「では、ちょっと目をつむっていて、待っていてくださいね」

 すぐに呼び出しますから、と扉の外にでてから少しして。

 はいりますね、とほとんど間もなく彼女は戻ってきた。


 少しばたばたと足音がするのだけど。はて。ティナならいつでも足音などほとんどならさないのがいつものことなのだが。

 本当にティナなのか? と疑問に思いながらも誠二は我慢してぎゅっと目を閉じ続けた。

 ここで開いてしまったら、なにもかもご破算になってしまうかもしれないからだ。


 ほっほと、じいさんは壁際に移動しながら、こちらの様子を観察するのが気配でわかった。

 紙がこすれる音が聞こえるから、もしかしたら実験記録のようなものをつけているのかもしれない。


「やだっ、ちょ、そんなことを私がやるだなんてっ」

「姉様っ。勇者さまのためです。ほら、恥ずかしがってないで行きますよ」

 最初のちょっと野太い声は、ティナだろうか。その後の声は高めの可愛い声。

 男の娘以外はみんなおっさんって、どういうチーレムだこれ……

 ひどい呪いもあったものである。

 

「勇者さま。お待たせいたしました。さぁ誘導はティアがいたしましょう。ほれ」

「失礼いたしますね、勇者さま」

 じいさまの指示にしたがってティアの細い指の感触が、腕に軽くふれた。

 目を閉じていると、変な気分になってくる。ダメだろう。男の娘相手にそんな邪な気持ちになど。

 それに、今は確認作業中だ。おちつけ。

 

 ティナの体に触れる。

 よし。呪いは感覚操作なんだ。幻覚が見えてるだけで本当はあの可愛らしいティナが実際はそこにいるは……


 ぶにゅ。うん。ぶにゅってした。

「やだ、勇者さまったら、そんなところをいきなり……」

 つやっぽいおっさんの声。でもこの感触は……

 顔を青ざめさせながら硬直していると、やれやれとおじぃは肩をすくめながら言った。


「どうやら感触の方も呪われておいでのようじゃの。見た目だけならまだ救いはあったのですが」

 日頃トイレでようを足すときのなじみの感触が、思い切り感じられた。これ、別に弟の方を触ったわけじゃないんだよな。もう片方の手を伸ばすとそちらもぷにりと柔らかい感触があった。そちらは小ぶりで柔らかい感触だ。おっと。


「ちょっ、勇者さまっ。だめぇ」

「ごめん、それティアのか?」

「うぅ……おムコにいけなくなっちゃう……」

「す、すまん。わざとじゃ無いんだ」

 くすんと可愛く嘆くティアの頭を薄目を開けてぽふぽふ撫でてやった。

 っていうか、確認するなら目を開けば良かったんだよな。


「じゃ、じゃあ、こっちはどうですか?」

「もうちょっと優しくお願いします」

 そして再び目を閉じて確認作業を続ける。

 視覚がないというのは変に感覚が鋭敏になるような気がした。

 誘導されながら今度は別の場所へと手を誘導される。


 そして。おっさんがつやっぽい声を上げていた。

 でも、誘導された先の感触は、まるで絶壁をさわってるようだった。強靱な胸板という感じだ。

 それを伝えると、おっさんは上気した顔を真っ青にしながら、とぼとぼ部屋の外に出ていった。よしよしとティアが甲斐甲斐しく肩を抱き寄せているのは、違和感しかない光景だった。

 というか、なんか申し訳ないという感じだ。


「さて、勇者どの。どういたしますかな? たしかお望みは元の世界への送還でしたが……このままお送りしてもよいですかな?」

 宮廷魔術師のおじぃと二人きりになったところで、彼はそう切り出してきた。

 さきほどまでの出来事にそこまで衝撃を受けていないらしい。

 この年になりますともう、男も女も変わらないもんですじゃ、とか言いそうだけど、それは視力が落ちてるだけだと思う。


「こ、このままって、そもそも送還できるようになったのかよ」

 送還方法は書物にあると彼は言っており、勇者パーティーが魔王討伐に行っている間には完成させておくと城の人達は請け負ってくれていた。

 それがどうなったのかは、誠二はまだ聞いていない。


「ほっほ。わしらもただ座して待っていたわけではないですからのう。なんならパーティーが終わった日にでも、お送りできますぞ」

 ちょうど蒼き満月ですからのと、愉快そうに言うじいさまの頭をはたいてやろうかと思ってやめた。

 マレイがどついてよたよたする人だ。誠二がはたいたらどうなるかわからない。


「ちなみにこの呪いは送還されたらどうなると思う?」

「勇者どのにべったりついてますからなぁ。あちらの世界でもそれは機能する可能性が高いと思いますぞ」

「ひっ」

 息が詰まったような声が出た。ちょっとは想像していたのだ。剣も魔法も無い世界なら、呪いも消えるのではないか、なんていう甘い想像を。


「ちなみにこの呪いはこちらの世界でしか解けませぬ。そのままお戻りになったら……そちらの世界は、多いとよろしいですな、男の娘」

「うぐっ。おじぃ。そりゃ日本は男の娘は多いけどな……電車の中に一人いればいい程度なんだ」

 そんな、道を歩いていれば男の娘に当たるだなんて、ありえるはずがない。


 そして……日本に帰ってからの事を想像して卒倒しそうになった。

 誠二は高校二年の時にこちらに喚ばれた。あちらとは時間の流れが違うので送還もほぼ同じ時間帯に戻せるという話だったものの……この呪いが付いたままだとこれからの高校生活がやばいことになってしまう。

 女子制服姿のおっさんがわらわらとひしめきあう授業風景。

 教師がおっさんはまあいいとしても女性用のスーツなんかを着込んでいたらどうだろうか?


 女装を否定はしない。

 男の娘はわりと好きだ。でもいかついおっさんが技術もなにもなく、女性用衣類を着ただけというのは、どうしようもなく無理である。違和感しかそこにはない。

 おまけに、普通の女装の人ならその違和感を消す努力はしても、一般女性がそれ(、、)をする理由も根拠もありえない。だってこの幻は誠二にだけ見えるもので、周りの人はそれが似合う服装だと思っているのだから。

 気が狂ってるのはお前だ、と言われておしまいである。


「なら、我らはその呪いを調査いたしましょうかの。なに、長くても数年といったところでしょう。その間はゆるりとこの国に滞在していただければよろしい」

 オジのどこか愉快そうな宣告に、誠二はがっくりとベッドに倒れ込んだのだった。

だめだ! 視覚だけじゃねぇ! 感触まで呪われてやがった!

ということで、チーレムは楽しめないようです!

長く連れ添った相手が、いきなりおっさーん! ならまだアレでしょうけどねぇ……

高校生にゃちとハードモードにござる。


次話は夜更新予定です。



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