1.チーレムキラーの呪い
「これで、終わりだ!」
聖剣カラドボルグが魔王の腹部に深々と突き刺さった。
ごぶっと、血塊をはき出しながらも、魔王は憎々しげな視線をこちらに向ける。
誠二は、その戦いの中で、魔王の血も赤いんだな、と場違いなことを考えていた。
それほど魔王との戦いは、一方的なものだったのだ。
召還された勇者は、たいていなにかしらの能力を付与されるものだ。
たとえば、かなり昔に召喚されたものは、力が異常にあがったり、思考能力があがったり、中には時間の流れを調節して、超高速で動けるものなどもいたらしい。
昔話でよく語られる、解呪の姫も召喚された勇者だ、という説もあるという話だ。
さて。では誠二に付与された能力はなにかといえば。
『必勝』である。
すべての能力を横に比べて、たとえ相手のパラメーターのすべてがこちらの三倍だろうと、それでも最終的には勝つ。
競争事において、誰にも負けないというのがこの能力だった。
ほんとうにいんちきである。
とはいえ、もちろん誠二もそれにおんぶに抱っこという状態だったわけでもない。きちんと剣の修行はしてきたし、実力で女騎士であるサーシャを倒した時は本当に嬉しかった。
ようやく、自力で私に勝てるようになりましたね、と感慨深そうに言った彼女の声を誠二はいまでも覚えている。
最初にサーシャと会った時の印象はお互いに最悪だった。
無理矢理勇者として召喚されて混乱していた誠二に、サーシャは魔王の討伐なら、我ら騎士団で十分と言い張ったのだ。召喚派である王族からは、では一騎打ちにてその力を測れと言われ。誠二は無理矢理に木刀を持つはめになったのだった。
そして、思い切り木刀でぼこぼこにされつつ……最終的に、彼女は足をもつれさせて転倒。そしてふにゅうと言いながら気絶。
明らかに負けていたというのに、最終的に立っていたこちらの勝ちとなった。
その後もなんども挑まれて、そしてなんども不思議に勝った。
『必勝』の力だというのはもう知っていたし、なんど挑まれてもこちらが勝つのはわかっていた。
でも、私は負けてない! とにらみ付けてくるサーシャの顔がかわいくて、何度も相手をした。
そして、こちらもボコられて痛いのは嫌なので、必死に訓練をするようになり。
最終的には、互角に打ち合えるようになって、彼女はこれならばと、勇者を、誠二という一個人を受け入れてくれたのだった。
それに近いやりとりが魔術師のマレイと盗賊ミリィとも交わされ、四人のパーティーの結束は固くなっていった。
まあ、盗賊のジョブを持っているミリィは最初から「お主が勇者でござるかっ」と馴れ馴れしかったものだが。
あれは国に属さない傭兵だからこその緩さなのだろう。
「ああ。これでお前は世界とハーレムを手に入れるのか……」
魔王が突き刺された剣をなんとかずりずりと引き抜きながら、怨みがましい声音を上げる。
じゅぱりと、鮮血が魔王の間を汚していく。
カランと聖剣が地面にうち捨てられても、誠二は特に警戒するようすもなく、魔王の様子をうかがった。
きっとここにサーシャがいたら、油断をしてはいけませんっとか可愛らしく言うのだろうが。
一対一の戦いでは、誠二は誰にも負けない加護があるのだ。
そう。今ここにいるのは、自分と魔王だけ。
側近はここに来るまでに倒したり、他の仲間が対応をしている。
仲間と一緒に魔王と当たるのは危険だと、魔術師であるマレイから指摘をうけて、今そのようにしているわけだが。
やはり、まったくもって負ける気はしない。
むしろ味方が多い方がこの『必勝』の加護は、扱いが難しい。
なぜならば、誠二を「勝たせる」ためなら、味方の犠牲も起こりうるからだ。
サーシャがいたら、普段の倍の力をだして魔王を羽交い締めにして、私ごとひと思いに! なんて展開だって起こりえた。だから、今ここにいるのは自分一人なのだ。
マレイにそう言われて、一同みんなでなるほど、と納得した戦い方だった。
「口惜しい。口惜しい。口惜しい。チーレムなど口惜しい。そんなもののタメに、我が家族達は滅ぼされ、我が眷属たちは永劫の闇に閉ざされるというのか」
つぅと、口角から赤い血液が垂れる。ぽたりとそれは地面にこぼれ落ち、新しい染みをつくった。
「貴様さえ、来なければ……」
ぎろりと、鋭い視線で睨まれたところで、動じるほど弱い精神はしていない。
この手のものは定番台詞というものだ。サーシャの睨み顔を見慣れてしまったので耐性もある。
「呪われてあれ。呪われてあれ、転移者。ああ、サリー、メイガン……我が愛しき眷属達よ……いままで、幸……」
魔王は体の色を灰に変色させながら、その活動を完全に停止させた。
地面にこびりついた赤はすべてが黒く染まり、地面になにかの模様を描いているようにも見えた。
「終わった……」
長い戦いだった。
召還されてから二年。
旅立ってから半年といったところか。
その間も鍛錬をつづけ、サーシャはもちろん他の二人との仲も順調に発展していった。
戦いが終わったら……なんていう死亡フラグもでたものの、そんなものにへし折られる誠二たちではない。
「あとは……ああ。チーレムか。俺、ここまで頑張ったもんな……ちょっとくらいお楽しみがあってもいいよな」
少し疲れているのかもしれない。魔王がチーレムなんて言葉を言ったのでちょっとそれに引きずられてしまったらしい。
普段ならそんなことを考えるはずもないのだが、二年間頑張ったご褒美に、サーシャたちと一緒の時間を過ごせればいいな、と少し思っただけのことだ。
けれど、その瞬間、地面に描かれていた文様がカチリと、薄暗い光を放った。
「あれ……魔王は倒したんだよな……気のせいか」
今、地面が少しだけ光ったように思った。
けれどだからといって何かの仕掛けが発動することもない。
「ホントつかれてるのかもな。サーシャたちは大丈夫かな」
ほっとすると、別の場所で戦っているであろう仲間達のことに意識が向かう。
誠二が元の世界に戻るまでの間、送還術式が完成するまでの間は、彼女達との日常生活が待っている。
そのためにも、みんなそろって城に戻らなければならない。
仲間の誰かが欠けてしまったのなら、きっとそのことで胸がいっぱいになって、ただ早く送還されるのを待つだけになってしまうに違いない。
特別、彼女達の悲鳴もあがっていないので問題はないのだろうが、早めに合流したいところだ。
聖剣を拾い上げてべっとりついた血糊を振り払ってから鞘にしまう。落ちた血液は地面に染みこむようにして消えていった。
いままで一緒に戦ってくれたこれにも感謝だ。
きっと将来的には、勇者の聖剣ということで丁重に扱われることだろう。いつか教科書にのったりする日もくるかもしれない。
そんな風に表情を緩ませながら、仲間に合流しようと魔王の玉座の間から出ようとしたその時だった。
「きゃー、さすがはあたしの勇者さまっ!」
「へ?」
部屋の入り口あたりから、やたらハイテンションな野太い声が聞こえた。
口調はどこかサーシャを思わせるものの、もちろん彼女の声がこんなに太いわけはない。
恐る恐る魔王の間の入り口を見たら。
「ごぶっ」
精神的なダメージが一気に来た。
なんだこれ。なんだよこれ。
どうして、俺のサーシャが着ていたビキニアーマーを、いかついおっさんが着てるんだ!
身長は180を遥かに超えるだろうか。誠二がそこまで大柄ではないとしても、それよりもかなり高い身長で、横幅はサーシャの二倍はあるんじゃないだろうか。がっちりした肩幅とむちむちの二の腕。
股間のあたりは暴力的な光景とだけ言っておく。この世には表現してはいけない事柄もあるのだ。
精神的ブラクラといわれるものである。
脳みそのメモリーがぶっ壊れてしまう。
「おま……貴様! サーシャをどこにやった!」
魔王と戦っている間に何があったのだろうか。
誠二はその、いかついビキニのおっさんをにらみ付けると、詰問口調で問いかける。
はっ、まさかこのいかついおっさんは、魔王軍の新手か!? サーシャを倒したあとにそのビキニアーマーを戦利品として奪い取って装備したというのかっ。くそう。俺だってまだサーシャのアーマーを脱がしたことなんてないのにっ。
「へ、何を言っているの? あたしよっ。あたしがサーシャよ」
「何を言ってやがんだ。お前みたいなのが、サーシャなわけないだろう?」
目の前のおっさんが一瞬驚いたような、そして寂しそうな表情を浮かべた。
ビキニアーマー姿のおっさんの寂しげな顔というのは、はっきりきもい。勘弁してほしい。
「勇者は魔王の呪いにやられているようだ。錯乱でもしているのだろう。城に帰って休ませればきっと」
気落ちしたようなおっさんの肩をぽふぽふと宥めるように叩いているのは魔術師のマレイだった。いつの間に合流していたのだろう。
彼女は魔法の三角帽子を目深にかぶりながらも、知性の感じられる瞳をこちらと、ビキニアーマーのおっさんと交互に向けていた。
彼女の視線はどう見ても誠二がおかしくなってしまったのではないか、という戸惑いで満ちていた。
サーシャの姿を特に疑問視する様子はない。
「マレイ! サーシャがどこかに行ってしまったんだ」
「おや、僕の事はわかるのかい? ふむ……ならば、サーシャの事だけがおかしく見えてるのかな」
ふむ、と学者のような理知的な瞳を光らせて、彼女は魔王の間をつぶさに観察した。そして床にしゃがみ込んで何かをチェックしているようだった。
「魔法陣かなにかかな。わずかに魔力の残滓を感じる。たしかに『必勝』の加護は必ず勝ちを得るけど……なるほど、負けたあとに呪いを残されたら君でも防げないか」
これはまいったねと、三角帽子のつばを掴みながら、空いた手でサーシャの頭をぽふぽふなでている。
ビジュアル的には今にも泣き出しそうなおっさんの頭をぽふぽふと撫でている美少女の姿、なわけだが。
「これは、サーシャだよ。間違いなくね。危険はないから安心するといい」
あのマレイが言っていることだ、間違いはないのだろうが……本当に危険はないのだろうか。
誠二は、未だに怪訝な顔で、サーシャの姿をじっと見つめていた。
「しかし……となると、ミリィはどうなるのかな」
ふむ、とマレイは空いた手をあごに当てて、興味深いと考え事を始める。
果たしてサーシャだけがそう見えているのか、というのが気になるらしい。
「なぁ。ミリィのヤツはどうしてんだ?」
その名前を聞いて、誠二は残りのパーティーメンバーの姿を確認していないことを思い出す。
さすがにマレイ達に慌てた様子がないことから、きっと無事には違いないのだろうが。
それを誠二が問いかけると、マレイは、あー、と呆れたような声を漏らしていた。
「拙者は盗賊であるからなぁ。魔王城でつかえそうなもんは、ぶんどってくつもりにござるーって。物色してるんじゃないかな」
「相変わらずひでぇな。まあ、そんな貪欲さに救われた旅でもあるけどな」
今までの旅の中で、彼女が持ってきてくれたものは数え切れない。
水がなくてひからびそうな時は、人知れず用意をしてくれていたし、毒に効く薬草なんてのも採ってきてくれた。
しまいには、いま誠二の腰にある聖剣カラドボルグだって、遺跡の情報を調べて取りに行こうと言ったのは彼女だ。
これがなかったら、全員で一緒に生き延びるなんてことはできなかっただろう。
「ああ。だから、もう少しキミはミリィにも優しくしてやるといい」
サーシャがこの状態なら、多少は……いや……と、なぜかマレイは三角帽子を目深に被って顔を背けた。
何を言いたいのかいまいちよくわからない。
三人の中ではサーシャとの仲が一番良いのは確かだ。
けれども、ミリィを無碍に扱ったことはないつもりだ。それはマレイも同じ。
それともあれだろうか。ミリィもマレイも、ちょっとした嫉妬みたいなものをしていたのだというのだろうか……
いけない。さすがにそれは都合の良い妄想のような気がする。先ほど言われたチーレムという言葉に引きずられすぎだ。
サーシャはもとより、マレイもミリィもタイプは違っても美少女といって差し支えないほどの相手だ。
誠二が元の世界にいたのなら、まずお友達になれなさそうな高嶺の花だった。
今一緒にいられるのは、魔王討伐のため。
勇者という肩書きがあるからだという思いを新たにしようと誠二は思った。
そもそも、魔王との戦いが終われば、誠二は元の世界に戻るのである。
送還のための術式は王国を上げて研究してくれている。マレイの師匠である宮廷魔術師の長である大賢者も、時間さえあれば送還も問題ないと太鼓判を押してくれていた。
送還術識がない状態で呼びつけるとかどうなのかとは思うけどそれはこの国にその余裕がなかったということなのだろう。
ともかく帰ることが決まっているのなら、恋愛関係になどなっても寂しいだけだ。
もちろんちょっとみんなと触れあう時間くらいは欲しいところだが。
「お。話をしていたら、反応ありなようだ」
「そうねっ。あのバタバタした感じはミリィね」
「……サーシャ? 少し黙っていてくれないか」
筋骨隆々のおっさんが、若い娘さんのような口調なら誰だって違和感を覚えるものだろう。
それを止めたところで、誰も文句は言わないと思うのだが……うぅ、となぜか恨めしそうなおっさんの視線を向けられてしまった。
その仕草も含めて、えすぴーがごりごり削れていくところだ。
「さて。彼女が合流したら城に戻ろう。目的は果たしたのだからね」
誠二もきっと、一晩ぐっすり寝れば呪いも解けるさ、と軽く肩をすくめる仕草をしているのだが。
知ってる。マレイがそういう仕草をするときは、たいてい誠二にとって悲惨な未来が待っていると言うことを。
「せーいじーぃーどのー! 魔王討伐おっめでとーでござるー!」
魔王の間入り口に現れた影は、ずんずんと勢いを止めずに誠二に向かってきた。
「ちょ、ま、まて! おおおぃ!」
その、いかついおっさんその2のボディプレスを受けて、誠二は今度こそ自分の意識を手放したのだった。
長いこと温めていた企画をついにアップでございます。
13話完結予定。さぁ、みなさま。
女性がおっさんに見える呪いを食らったら、どうしますか?