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1話『留学生と』

「ん?」

 今日は何時にも増して騒がしいと、断じることが出来る。一定数の郡体が一つの志向性を共感するような興奮状態、とでも言えばいいのか――恐らく、違いは少なくない筈だ。

「北大路くん、おはよう」

「ああ」

 限られた級友でありながら、素っ気ないものに過ぎると自覚してはいるが――……それも今更だな。

「みんなが騒がしいのはね、目時先輩が外国人さんと引き分けたからだよ」

「……そ、そうか」

 自虐的な思考が一瞬にて吹き飛ぶ内容だった。

 あぁ、それは騒がしくもなる筈だ。全国区三位の目時先輩と外人が引き分けたと、これだけの騒ぎということは無名である可能性が高い。俄かには信じられないが、昨日は地区交流戦があった筈で――見ている筈もないものだから、信憑性だけが浮上を続けていく始末である。

「えーと、私の話……知ってた?」

「いや、初耳だった」

 それでも、必要かと問われれば否――それはきっと彼女も分かっている筈だが、話題の衝撃度と彼女の趣向がそうせずにはいられなかったのだろう。

「やっぱり……興味ない?」

「まぁ、な」

 付き合いだけは長いから、その程度であれば察することが出来てしまう。

「そっか、そうだよね」

「悪い……」

 今日日ソレ等の情報は、眼を瞑っていたとしても自然と流れ込んでくる。俺はソレを望ましいこととは思っていない――ソレを是正したいと考えている筈の彼女と疎遠になるのは必然のこと。

「ううん、ごめんね」

「いや、構わない」

 面映い表情と会釈だけを残し、去るように仕向けているのは自分自身――彼女だけではないと、自業自得だと、誰に言われずと理解はしている。

 人々が描く潮流から外れるとはそういうこと。


「騒ぎたいのは分からないでもないが取り敢えず席に着けー」


 雑音の中に響いた楽音が思索を遮らせた。


「センセー、今日の授業は昨日の交流試合を見るんですよねっ!」


 それでも、雑音の中に埋もれてしまうよりはいい――実践に至らない自戒ほど無意味なものはないのだから。

「分かった、分かってる、昨日のな――ただ、オマエたちは大事なことを忘れているなっ!」


「またか……」

「話長いからなー」

「でもなんだろう?」

「どうせくだらないことでしょ」

「――先生っ、早く本題に入って下さい」


 騒がしいことこそを日常としながら、秩序ある日常を演出する手腕は一定以上の信頼を得ている筈だが今日に限っては不評らしい――仕方ないと理解は及ぶが、必要以上に極末戦の講義が増えるのもまた好ましいことではない。

「ノリの悪いヤツらだ、今日のこの騒ぎとさえ関係するってのに」


「勿体つけずに早く言って下さいー」

「そうだー」

「目時先輩と極末戦が出来るとかか?」

「いや、あの人は何時でも相手してくれるだろうよ」

「……留学生――」


 ここまでどう捉え聞いても、自分にとって好ましい潮流になる筈がなかった――そしてその潮流さえも裂き割った一言は、唐突にして緩やかな静寂をもたらしていた。

「はい、正解ー!」


「――すっかり忘れていたなー」

「昨日と関係って……」

「まさかっ!?」

「いや、うちの学園ならあり得るぞっ」

「留学生ってのが――」


 思い思いに発する言葉は既に聞き取れる容量を超えてしまっている――それでも理解だけには及んだ。

「はいっ、はいっ! オマエたちの想像通りだ。留学生を紹介する――入ってこい」


「アステリア・イン・バイエルンと申します。横に控える彼が、従者で私が所持する端末に相成ります――宜しくお願いします」


 先とは決定的に違う静寂――個々が描く混乱は皆違えど、彼女は決定的に違った。噛み合いの悪い自己紹介も、それでいて流暢な日本語も、外国人特有の端麗でしかない容姿も、二の次でしかない。

「――っと、いかんな。自己紹介、見事なものだった。そら、拍手ー」


「有難う御座います」


 圧倒的な気品とでも言えばいいのだろうか――一同して、ソレに当てられていた。

 疎らに起こった拍手も今では万来のもの相成ったが、それも尊き人物を仰ぐようなモノ。既に面識ある筈の担当教師がアレなのだ、仕方ないとしか言えないだろう。

 それらが彼女にとって好ましいものかどうかは――自ずと知れていくのだろう。

「後ろの席で悪いが急ぎ用意した――座ってくれ」

「はい」

 だろうと――俺にとっては確定事項に近い推定だ。その不確かさを、自身の行動を以て拭うこともない。


「じゃあホームルームを始める――ちなみにだが、特別授業は後日予定だ」


 彼女と俺とを結ぶ縁は、同じ教室で席を並べたというだけの過去にしかなり得ないと。

 平時との違いを敢えて挙げるのなら、彼女は彼岸に咲いたかつての友好国が誇る国花――誰で、どのような身分であろうと変わらない、それこそが俺が外界に示す変わり得ぬ姿勢だった。



 端的に言って感心している。

 自身が持ち得ぬモノに素直な尊敬を抱くことを、礼讃すべき事柄だと――……いや、抱くことで自身の葛藤への贖罪としている自分にとって、彼女は少しばかり眩い。

「北大路サン、挨拶が遅れて申し訳ありません。アステリア・イン・バイエルンです、宜しくお願いします」

「気にしていない――北大路だ、宜しく」

 俺までに辿り着くに三日――極末戦のランキング順に、極末戦を交えながら挨拶回りをしていればそうなる。むしろ早かったと、その勝敗をも加味し、称える偉業なのかもしれない。

「北大路サンは極末戦がお嫌いだと伺いましたが、本当でしょうか?」

「まぁな」

 なんにせよ、ランキングに名前すら無い俺が、彼女にどうこうと伝えるべき言葉はない。

「何故と、お伺いしてもいいのでしょうか?」

「遠慮してくれれば助かる――少なくとも、君の利益になるものじゃない」

 個人的に過ぎる事だ。

 これまでも、これからも、誰であろうと打ち明けることのない……つまらない話だ。

「――北大路サンは、何をもって私の利益というものを測られたのでしょう?」

「あ?」

「不躾な設問だったと、貴方の態度を見て反省しています。しかし、私にも譲れないモノはあると――そういうことです」

「知ったような口を利いたのはこちらの落ち度だと認める……同じく、反省もしよう。しかしだ、先の言葉を改めさせて貰う――答えるつもりは、今後も一切とない。正しく日本語が伝わっていることを祈るよ」

 この国特有の玉虫色の解答は、異文化交流の妨げにしかならないと聞く話だが、俺自身がそれを体験することになるとは思わなかった。

「そうですか、残念です。もう何点か質問してもいいでしょうか?」

「何点かって……アンタ」

 これもまた国民性の違いなのだろうか、それとも言葉が上手く伝わっていないのだろうか――大抵は今の態度で俺から離れていく。それでいいし、それが都合に良かった。

「他の質問ならいいでしょう? ね、この子、この端末はもしかして《TZ-802型》ですかっ?」

「あ、あぁ、……よく知ってるな」

 正直、毒気を抜かれたというか――これが、この女の素なのか?

「勿論ですっ、端末事業の先駆けの端末がっ、現行稼働しているとは思いもしませんでしたっ」

「お、おう、そうか」

 心底感動したと、体全体を使って表現する様を見るに、彼女は国花であっても日本の桜のようなソレなのだろう。事実、この三日間で彼女の悪い噂は聞かない――交えた極末戦において、全て勝利しているにも関わらずだ。

「この塗装は北大路サンが施されたのでしょうか?」

「いや、単なる経年劣化だ……特別手を加えた部分はない」

 彼女の人物像が不明瞭ながらも見えてきた――それでも、そんな人材が存在し得るのか?

 根付いた警鐘がこれでもかと鳴り響く。

「ほぁ……第一世代機で既にこれ程の完成度とは、」

「アンタ、何者だ?」

 その流暢な日本語も、

「何者であるか? とは……また、難しい設問ですね」

「御託はいい。その極末戦の異常な腕前と、不相応な知識――随分と面白い育ちらしい」

 信じ難い極末戦の腕前も、


「貴殿は、なんとっ――」


「良いのですよ、我が従者――私の家を生粋の貴族と呼ぶには些か油臭いのは事実です。然れど、今ではその油臭さこそが誇りなのです。是非と、求めていると言ってもいい」

「何を?」

 その明確な目的を持つゆえに、根差したモノ――思い出したくもないことを、思い出させる。

「それは、まだ秘密ということにしておきましょう。貴方が軽々と口に出来ないモノと私のソレは、一種の等価値ということです――……少なくとも貴方に、いえ、個人に敵意を向けられるモノではないと断言しておきます。そうでないと意味が無いモノです」

「何を以て信じろと?」

 差し出された手と声をもって瞬時に身を引いた端末、その扱いも既に熟練のソレ――おぼろげに理解した。あの時と同じでこの女に関わるということは、否が応でも自身のナニかを変えてしまうこと。

「もしも貴方が件の話を口にしたならば、私も口にしてもいいと――その程度の事柄ですよ。先にも言いましたが、貴方に害を与えることはありません。勿論、その子にも」

「そうかい、……――勝手にしろ」

 それでも前とは違う、今はその差異が分かってしまった。

 この女からは、稚拙でいて途方もない偉業に挑むような――それこそ、貴人のあるべき姿を彷彿させるような何かを感じ取ることが出来てしまった。

「ですからっ、そう邪険にしないで下さい、もっとお話をしましょう――そうすれば、私もいずれ口を滑らすやもしれません」

「それは俺も口を滑らす可能性があると、言っているのか?」

 変わり種だが、価値がある人物だと認めざるを得ないのかもしれない。

「言葉尻だけを捉えないで下さいな。私は貴方と、その子ともっとお話をしていたいと、言っているのです」

「俺も大概だが、アンタも少々変わってるらしい」

 多少であれば、この風変わりな貴人に付き合ってもいいと思えてしまったのだから。


「はぁー……――私、息が止まるかと思ったよ」


「貴方は、大星サン、大星サンですよね」

「大星……」

 まさかと、驚くのは彼女に失礼か――恐らく、冒頭部分から見守っていたんだろうよ。

「アステリアさん、北大路くんが失礼なことばかり言って申し訳ありませんっ――彼も、色々と」


「Was!?」


「ば、馬鹿っ、大星、お前、なんて真似――」

 彼女の意図は俺も分かる、それでも止めずにはいられない。

「北大路くん、こういうことはちゃんとしないと駄目だと思うよ」

「あのな……――ふぅ、確かに悪かった。家がどうのと、他諸々、失礼な態度だったと認める。申し訳なかった」

 そして結局根負けするのは俺と、これも分かっていたことだ。

「ふふっ、まるで母親のようですね――少しだけ安心しました」

「……何がだ?」

 此方は声の質を落とし睨め付けたつもりだったが、

「貴方は随分と誤解をされやすい性質のようですが、彼女がいれば問題ないと――そういうことです」

「わ、私は、そんなつもり、」

「大きなお世話だと言いたいんだが、腐れ縁だ、仕方ないと諦めている――俺としては誤解されたままでも構わん訳だが、今回ばかりは相手が悪かったらしい」

 かの貴人にとってなんの意味もなさないらしい。

 この際彼女の件はこれでいい、収まるべき所に収まったと納得するしかない。

「そ、それが駄目で、私が言わないと北大路くんはそのままにしようとするから」

「北大路サン、彼女は大切にすべきだと私は思いますよ」

「ア、アステリアさんっ!?」

「アストで構いませんよ、友情の印です――北大路サンも、」

「分かった、分かった。大星の件は否定はしないし、友情の印とやらも検討する――取り敢えず、今日は解散するか場所を移すかして貰いたい」

 それでも、この馬鹿みたいに目立って仕方ない状況をどうにかしたかった。



「改めて確認させて欲しいのですが、貴方の《TZ-802型》は六十年前に発売された当時の端末を保管していたものですか?」

「あぁ、血縁者から譲り受けた」

 正直に言えば、昼時にしていたい話ではない。

「維持と管理はどのような体制で臨まれているのですか?」

「そんな大層なものはない、俺が一人でやっている――とりあえずだが、俺の専攻は端末技術方面だ」

 だからと言って、初対面の異国人と共有する話題と話術を俺は持ち得ていないのだから諦めるしかないらしい。

「成程、素晴らしい技術をお持ちのようですね」

「……アンタ、極大端末の所持は初めてだよな?」

 どれ程の希望があるかは分からないが、会話の中で俺への興味を失わせてしまえれば幸いと割り切ろう。

「えぇ、私が所持するのは初めてになります。しかしながら、父と叔父が所有する極大端末と成長を供にしてきましたので、正確にそう言えるかは判断出来かねます」

「ほぅ、それもまた珍しい。何にせよ、アンタの家は技術屋の家系な訳だ?」

「それは間違いなく」

「だから維持やら管理やらといった言葉が出てくる。少なくとも、この日本においてそんな大層なモノを個人で行う奴は多くない。《モバソ》様に丸投げも丸投げ――八割以上は言いすぎかもしれんが、そんなもんだ」

「そう、ですか」

「雑な仕事はしてこなかったから、この今がある、まぁ信用してもい。だから、何が言いたかったかというと……あぁ、くだらんこと言った。質問を続けてくれ」

 自分は一体何を弁解しているのか、この調子でいれば関心を失うのも遠くないと――流石に、我ながら情けないな。

「それでも、そんな言葉が出てくる貴方はその維持や管理をおこなっているのでは?」

「世間の平均以上にはやってるだろうが、必要に迫られてというやつでそれもこちらで出来ることなんて限られたもんだ。モノの完成度が他と違いすぎる――逆にこちらが聞いてみたいね。ドイツの技術屋が、極大端末に何を見出したのかと」

 正味、こちらで出来ることなんてのは日々の簡単な整備だけ。充電を欠かさず日々の汚れを拭えば、六十年前の初期型でさえ不良知らずだ。

「家族です」

「は?」

 俺が投げやりに問いかけたソレに返ってきた声色に遊びはなく、

「家族と、ただ今はそれだけ」

「あ、あぁ、分かった」

 俺には阿呆のような返答を繰り返すしかなかった。

「……私は、極末戦が好きで好きで堪りません。北大路サンが言うように技術屋の家に生まれて、成長して尚変わることがなかった。それでも、バイエルンの家を誇りに思う気持ちに嘘偽りはありません――貴方が、父や祖父と少しだけ重なってしまったのでしょう」

「それが先の質問の本質で、俺に近づいた理由か?」

 明瞭な真実だけを語る独白に、釣られたように出た俺自身の言葉もまた真実に迫る言葉でしかなかった。

「バイエルンの家で修めるべき教養は残らず得たと、そう断言出来ますが貴方に惹かれたのは別問題だと答えましょう」

「あ? どういうこった?」

「貴方が目端に留まった――言ってしまえばそれだけのことです。自覚が無いとは言えないと思いますが?」

「積極的に話しかけてくるような奴もいなかったけどな」

「私は、……貴方にとって迷惑でしょうか?」

「今更と言えば今更だが――こいつを純粋な興味だけで語ったアンタの言葉が新鮮で、少しばかりか心地よかったとだけ言っておく」

 貴人の教養と自身の感情は別であると、それは既に証明されたことだったのだから。

「そうですか、少しだけ安心しました」

「それでも、俺にかまけている時間を他に使った方がいいとは思うがな」

 極末戦を好きだというのなら尚更だと言うのに、

「いえ、貴方との時間の価値はこれから証明されるでしょう」

「いや、意味が分からん」

 彼女は確信だけをもって言葉を決していた。

「未知の経験を得られることと、優秀な端末技師と繋がりを持っておくことは悪いことではないと思いますが?」

「前者は知らんが、後者は買い被り過ぎだ」

 俺にはそんな未来の話を想像できない。

「貴方の成績は既に伺っていますよ」

「なし崩しで目指した目標と、否応なくで身に付けた知識でしかない。現状アンタに利益をもたらす程の余裕はないと、先に伝えておくぞ」

 他者の評価でさえ、この恐怖を押し込めるには足りない。

「構いませんよ、私は私で目指すものがありますから」

「そうかい、ならもう何も言わないでおく」

 俺は、今この時に留まることに必死なだけなのだから。

「貴方はとても――そう、機械的な方ですね」

「褒められたようには感じないな」

「言葉の取捨に不自由なのは許して下さい」

「どの道、今更だわな――続けてくれて構わんぞ」

 未だ大星にも、家族にでさえ口にしなかった言葉の数々を零してしまった以上、その評価を聞いておきたいと思う程度の余裕はある。

「実と利に拘り過ぎているように感じます。将来的にはそちらの方が望ましいと、個人的な解は持ち得ていますが、学生の時分でそれを徹底してしまうのはどうかと思います」

「一理あるな」

 そして至極真っ当な理屈である。

「自覚があるようでなによりです。是正の意志が見当たらない――その因果は、今は聞かないでいましょう」

「あぁ、非常に好ましい距離感だ」

 故にこそ、予定調和以上の事柄には至らない。

「だと思いました」

「それがアレか? 修めるべき貴人の教養、帝王学みたいなモンか?」

「えぇ、人心掌握は基本ですね」

「いや、それは言ったら駄目なヤツだろうに」

 それでも、この機械屋貴族に一定以上の好感を持ててしまうのだから大したものだと言えよう。

「いいのですよ。現状、私達は学生の身分なのですから」

「上手くまるめ込まれたような気分だが、悪い気分じゃない。礼に一つだけ質問に答えよう――嘘は無し、程度は質問による」

 今日今までの問答を、幾らか続けて見定めていくのも悪くないと思えてしまったのだから。

「では――貴方の端末は言語機能を失っているか否か?」

「よく、見ているな」

 これはそのための試金石となる言葉。

「貴方と端末の関係は特殊に過ぎます。恒常的に使用する筈の機能を、用いている姿を見かけなかった。それどころか、」

「答えるのは一つと言った――不明だ。一度だけ《モバソ》に持って行かれたが、機能に問題はなかったそうだ」

 同じ轍を二度踏まない為の言葉。

「そうですか、残念です」

「あぁ、そうかもしれないな」

 この機会をもって再びこの問答に身を投じよう――胸をくすぐるだけくすぐって、燻って沈んでいくしかない問答に。



 今の自分を形成しているモノは何かと、そう問われたなら――答えだけは簡単だった。

「罪悪感と裏切りと、か」

「えっと、何かな?」

 俺の口も今日に限っては滑りが良いらしい。

「いや、こうして肩を並べるのは久しぶりだと感慨に耽っていた」

「嘘吐き、アストさんとのこと考えていたんでしょ」

「まぁな」

「あの、昼間はね、あんな風に言っちゃったけど北大路くんにとってホントに迷惑なら私が伝えるよ」

 珍しいと思えば、わざわざそれを伝える為に俺との帰路を選んだ訳か。

「とりあえずは必要ない。嫌悪する程の人格じゃなかったらしい」

「そ、そうなの?」

 言葉とその一瞬の挙動で心底意外だと表現された訳だが、大星の視点だとそれ以外の選択肢はないだろう。

「まぁ、な――そんな訳で心配はない、手間を掛けさせた」

「……ねぇ、何が違ったのか聞いてもいい?」

 その質問は至極当然で、彼女にはソレを聞かせるだけの義理もある。

「良くも悪くも偏見がなかった、今分かるのはそれだけだ」

「だったらあれは、……一緒に楽しくお昼ごはん食べてた」

 結局、覗き見ていた訳か――俺にはそんな価値なぞないと、いずれ離れていくものだと思っていた。

「別に楽しかったわけじゃない、あの女が動じないだけだ」

「知ってる、ずーっとぶすっとしてた」

「ずっとってお前、友達との約束がどーのと、」

「私にも少しばかりの意地があるのです」

 彼女の発する言葉のあれこれに悪意はなく、そのどれもに嫌悪までは感じない。

「なぁ、今更かもしれないが、俺は立ち直ったつもりで日々を送っている。今日あの女とそこそこに話せてたのは、その証左にならないか?」

「彼女はとてもいい人だと思うよ、それでも――……気付いてる? 彼女に心許した今が、あの時と恐ろしいほどに似通ってしまっているの」

 俺を慮る言葉がどこから生じるものなのか、時に想像を働かせて恐ろしくなることがある。

「自覚しているし、警告と警戒も怠っていないつもりだ」

「だったらいいかな、明日からアストさんがどうするか分からないもんね――ハッ、もう約束をお済ませで?」

「ない、あの女も忙しいだろうから散々と付きまとうことはないだろうよ」

「そんなこと分からないと思うけどなぁ」

 俺にとって彼女は幼馴染というよりは兄妹で、輝かしかった筈の全ての日々に彼女がいたせいで今に少しだけ黄昏を感じてしまう。

「――お前には迷惑をかけている、何時見限ってくれても構わない」

「そうだね、でもまだしばらくは傍で見てる――おばさんにも頼まれてるから」

 このやり取りも幾度目か、彼女の返答に差異はなくその真意を測ることは未だ出来ない。

「そうかい、お前に任せる」

「うん」

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