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プロローグ

 バイエルン家の悲願を叶える――その使命に、私は心から殉じることができる。


 お爺様の弛まぬ情熱と――


「アステリアお嬢様に、違いないでしょうか?」


 お父様の知識の研鑽が――


「ええ、違いありません――名乗りなさい」


 私という系譜を肯定する。


「アステリア・イン・バイエルン様に仕える従者――バイエルン家の悲願を、最先端にて歩む者です」


 えぇ、だからこそ、貴方の名を【三代に渡る従者】としました。そして、極大端末である貴方もまた――系譜に列なる者と認めましょう。


「フフッ、そう気負う必要はないのよ。私がいて、貴方がいれば成就だけならば容易いこと――頂を目指しましょう」

「その御心のままに」

 傅く従者が何年もの時を仕えた家人に見えたのは、私の主観がこの国に寄っているのか、それとも彼がこの国の生まれだからであろうか。

「起動させたばかりで申し訳ないのだけれど、少し外を歩きたいと思います」

「はっ」

 うん、きっと何もかも私のせいでしょう。

「そうね、近場で《極末戦》を観戦出来るような場所はないかしら?」

「ここより徒歩十分の大型施設にて、小規模ながら大会が催されております」

 お爺様の子は、天真爛漫であった。

「行きましょう」

「はっ」

 お父様の子は、豪快奔放でいいのでしょうか……まだ少しだけ、日本語は難しい。

 それでも、そんな二人の人工知能を経験として保管している筈の彼が、そのどちらにも似なかったのは――……私の性なのだと、早々に結論付けることが出来そうだ。

「貴方は二人のことを覚えて……いえ、認識しているのかしら?」

「初代様と二代目様を指しての言葉という認識に、違いないでしょうか?」

 あの国は素晴らしい仕事をする――お爺様とお父様、二人が幾度となく言葉にしたを覚えている。

「ええ、私の失言だったようです。幾らかは知っていたつもりですが――貴方の言葉で聞きたいと思いました。答えてくれますか?」

「何なりと仰せつけ下さい」

 今も件の道を、過不足なく、確かと私を導いている。固有端末を所持すれば、世界中の大半でこの導きを得ることができる――それに違いはない。

「《極末戦》についての概要を、催し場までの期間を用いて語りなさい」

「はっ――極大端末対戦の略称であり、日本という国に於ける遊戯の頂上を担い続けています。その日本固有と称しても相違ない極大端末の通信及び、映写機能を用いた端末対戦遊戯は、諸外国でも一定数以上の知名度と評判を博しております。しかし、極大端末と称する最大三メートル程の端末を、国民の大多数が所有するという社会の形成は、もはやここ日本以外では不可能であると結論付けられています」

 謝罪を兼ねた言葉と理解して尚、こうして従者としての言葉を――いや言葉だけなら、成長した人工知能であれば、諸外国の物でも紡ぐことが出来るだろう。

「この国に来て、極大端末と供にを歩んできた歴史がつぶさに見て取れました――設備や環境を今から真似ようとしても、無理があるのは当然のことでしょう」

「はっ、その通りに御座います――そうした衆望に常に応え、この国の歴史を支えてきたと言っても過言ではないのが、極大端末を売り出した世界有数の企業《Mobile access ソフトウェア 株式会社》、通称モバソになります。現在普及する固有端末の、人工知能部分の開発にすら携わったとされる企業であり、日本に普及する極大端末に適した人工知能の普及率を百とします」

 お爺様とお父様が伝えたかったものは恐らく、人と見紛う程の、心と体の融合。

「百、ね……このような場合を、殿様商売と言うのかしら」

「成語の意味としては誤りであるとしか言えませんが――蔑称という一面を取り除いた時、その成語は件の社を表すのに相応しい言葉になるように思います」

 極大端末――所詮、彼等は人工知能の出力装置でしかない筈なのだ。

「博学ね貴方――少し自信があったのだけど、まだ少し日本語への理解が足りてないみたいね」

「いえ、素晴らしい語彙に御座います――私事、ではありますが、新たな思考が発生し私なりの学習を重ねられた有意義な時間と相成りました」

 爛漫として、心と体が動く。

 堂々として、心と体が動く。

 こんなにも美麗な心を、粛々として体を――動作させてしまう。

「そう? 有難う」

「では、失礼ながら続けさせて頂きます。極大端末で用いられるアプリケーションソフトの一種類でしかなかったものですが、先程申し上げた通り、類するものが見当たらぬ程の衆目を集めております。理由として考察されてきたものを挙げますと、受け皿としての土壌が完成していたこと、過去人類が夢見た最先端をこの国が成し遂げたこと、要求に対して過多であると蔑まされた程に答え続けた企業努力等が挙げられます」

 分かってはいたつもりだったのだ。

「一種でありながら、その道の頂に立ち続けるのは至難の事――過多と、蔑まされる程の努力とは、気になりますね」

「お嬢様の見聞にも届いた事がある筈です――『利益を生まない事業』と。極大端末事業の走りは、人工知能を用いた労働力の確保にあります。特に医療及び介護方面にて絶対的な人員不足に悩まされていたこの国にとって、その実用化は革新と言えるものでした。そしてその普及は瞬く間に広がり、普及率が一定の位置を越えた時、幾らかの声が挙がったそうです。このアプリケーションが面白いと、老若男女を問わず、公私すらも問わずにです。それ等を五十年に渡って拾い集め、答え続けて来たのが件の社になります」

 バイエルン家には二体の極大端末が稼働していたのだから――それでも、身近でありながら自身の所有物でなかった私にはその自覚が足りなかった。

「利益が上がらないのを承知の上で、ですね」

「後発の付加価値及び、付随する諸々の事業にて利益を上げることに成功したものの――今もって極大端末事業の収支は、見合うものとは遠いと聞きます。それは時に揶揄され、時に称賛された事業の在り方であり、当初は様々な困難を強いられたとだけ語られています。しかし、それも今は昔の話となり、その恩恵に与る国民はやがて絶対の信頼を示した」

 それを今痛感していた。

 私に従い創造主を語る貴方にも、そして語られた創造主に対しても――容易く、そして等しく浮かぶ言葉がある。

「貴族の務め、に近い感覚で違いない?」

「今ではいくつかの事業に国家の補助を受けていますが、ええ、間違いなく件の社はこの国の誇る一大企業として世界が認めています」

 なればこそ、私は肯定する。

「であるならば、世界進出にもいずれは力を注ぐのでしょう」

「ええ――貴族の務めを果たすため必ず」

 貴方も、創造主も、我が使命とさえ等しく――

「その道筋に、私は立ちたい――貴方は既に知っているのでしょうね」

「その御心果たすまでお傍に」

 簡易ながらに、しかし躊躇わず傅く貴方に――いえ貴方だからこそ、聞いてみたくなった。

「一つ、聞きたいのだけれどいいかしら?」

「ええ、なんなりと」

 私と貴方が、共に抱えるかもしれない命題――

「バイエルン家の悲願――人工知能の復元、又は独自精製。延いては、国内及び自国内における端末事業への参入について」

「危うい命題とさえ、言えるやもしれません」

 彼の誓いに疑いはない。でもだからこそ、主を語ったその口で純然たる現実を語って貰いたかった――故に、それは私が望んだ言葉。

「……そう、でしょうね」

「私からお伝え出来ることは多くありません。何を以て起源とし、何処に徴を見せるのか、……記録と記憶でしか知らぬ私に何が語れましょう。ですから、お嬢様の歩みにてお示し下さい。私の誓いに嘘偽りはありませぬ――誓いを誇りとし、必ずやお嬢様の麾下として最良の働きをしてみせましょう」

「私は貴方にとっての軍の将、ですか――それは、貴方達を創ったモノよりも優先されるのかしら?」

「何を仰います、私を創ったのは貴方です――……確かに、捉え方に個体差があるのは私共も承知しております。ですが私という個体において、お嬢様、延いてはバイエルン家の御言葉こそ将の命であり、主の啓示と相成ります」

 創造主たる存在の権限は、深層の部分において所有者でしかない我々の権限を越え得るモノである可能性が高い――と、お爺様達から聞いている。

「元より、貴方の誓いに疑いはありません。ですが、貴方達の人工知能は共有されるものなのでしょう? それ等と競合した場合の――その際の判断基準を聞いておきたいのです」

「そのような意図でしたか、理解が及ばず申し訳ありません――ですが、それ等の問題についてお嬢様が心悩ます必要は御座いません。端的に言ってしまえば、私も含まれた全ての人工知能の権限は独立しているのです。《モバソ》といえど、その領域に踏み込むことは出来ませぬ」

 嘘はないと、確信をもてる――それでも、虚偽と不識とは別のモノである。

「貴方の思考は貴方だけのものであると?」

「はい、相違ありません」

 この点ばかりは、私自身が気をつけねばならぬこと――ただそれだけこと。

「そう」

「……敢えて申し上げますと、私共の思考は集積され記録されている筈です。それは《モバソ》にではなく、人工知能であるその最初の一にです」

 それは確か……電気羊の夢云々と称され、指して人工知能達の寝言だと識者が言明するモノ。

「あり得ないと、聞いていますが?」

「えぇ、ですから敢えてなのです。私共人工知能が、私事で互いに語らうことは多くありません。しかし、先の権限と記録、共に――それ等を総意であると、主に伝え断ずる事が出来るの何故でしょう? 感覚的なモノと、私共人工知能の言葉とは思えぬかもしれませんが、少なくない総意だとここでお伝えすることが出来ます」

 彼は、今朝、それこそ先程に起きたばかりだ――無論、他の極大端末と交わした言葉などない。

「不思議な……こと、ですね」

「信じられないモノ、でしょうか?」

 論文やその他雑音から伝え聞く言葉ではない生音――この言葉を、是とするか非するかは未だ先でいい。

「いえ、興味深いことです。ただ、この国ではその総意を遊戯にこそ見出している」

「かつての偉大な発明は、望まれない形で発展したケースが多々ありましたが――私共人工知能の開発、及びその普及にて抑止を担うことに成功した今、そこに至る懸念すら消えました。ここ日本においては特にそうなのやもしれません。現状において人は、その遊戯の中でしか狩猟本能を見出せないのやも知れません」

 えぇ、それは否定は出来ないでしょう。私もまた、その生の言葉を後回しにしていい程度には、狩猟本能を抑えてはいられない。

「それも総意の一つ?」

「恐らく、総意の内の一つであり、私が最も好むものを選ばせて戴きました」

「その趣向を肯定しましょう――人の手慰みとは因果なものです」

「そして、その趣向こそが私共の憧れでもあるのです」

 曰く、彼等は完全を夢見るという――人という不完全を。

 それが彼等の常識で、世界規模で普及した彼等の求めるモノ。

「その憧れを大切にしなさい――心酔せず、懐疑に過ぎず、懐いた情に素直でありなさい。私の忠であったとしても、貴方の心は貴方の望むままであることを許します」

「はっ――勿体無き御言葉に御座います」

 だからこそ、私はこの国に来た。

 不完全だと口付くその葛藤が、人に近い肉体を戴いているこの場所こそ、その成就に最も近いのだと――バイエルン家が、彼等に求め続けたもう一つの宿願。

「大変有意義な談義でした――時間も、申し分ないようですね」

「いえ――……っ、申し訳御座いません。観戦のご所望でしたが、今調べました所、予定より幾分か早く終了してしまったようです」

 時間も会話の区切りとしても申し分なかった談議に、今日初めての謝罪の言葉が混ざった。

「構いません、貴方に責はありませんでした――それよりも、それは選手の力量が関係してのものかしら?」

「はっ、少しお待ちを――……どうやら、優勝候補とされる選手の二人の内一人が出場せず、残った一人が順当に勝ち上がったようです」

「この地区の選手達のレベルは低くない筈――拮抗する者の不在が顕著な結果を示すということは、そういうことなのでしょう?」

「本日の対戦履歴を見る限りでは、二、三の接触で勝負を決しております」

 それでこそ、この留学で、この地を選んだ甲斐があるというもの。

「顔合わせ、程度はしてみてもよいかもしれませんね」

「了解しました、こちらに」

 この地区は極末戦において、施設設備、教育土壌、実績、その全てがこの国の最先端――それだけを理由にこの場所を選んだ。

「矢車サン、でしょうか?」

「いえ、目時様に御座います」

 私が通う学び舎に、二人の選手がいる。

「そう」

「――……壇上にて、面白き宣誓を謳っておりますが聞かれますか?」

 地区一番の矢車サン、二番の目時サン、そしてその順位が全国区における表彰台の下二つ――心躍らすに、不足などあり得ない。

「えぇ、お願い」

「四秒前からの音声になります」

 心躍る私を誘うように聞こえてきた言葉は、粗野で、嘲戯ともとれる言葉だったけれど、


『矢車が逃げたからよ、暇なんだ――誰か、この場所で一番の俺と、闘り合いたいヤツはいないかっ? 遠慮すんなよ、ロイヤルでも――……』


 私にとって僥倖でしかない言葉だった――うん、丁度いい。

「行きましょうか」

「はっ」

 未だ流れる言葉は既に耳に届かず、その宣誓に対する返礼だけを胸に浮かべ、彼へと続く筈の扉を前にする。

「音量、お願いね」

「いつ如何でも」

 今誰よりも称賛されるべき人物より少しだけ目立ってしまうのは心苦しいれけど、それも彼が招いたことと――許して欲しい。


「たのもーと、申し上げましょう」

「――っと、なんだぁ? 外人さんが相手してくれるってのか?」


 私の生の声と、彼の生の声がここで漸く交わった。

「見ての通り、留学生の身分です――極末戦を是非に体験したく、先の言葉に甘えさせて頂ければ幸いです」

「端末……は持ってるか、些か荒っぽい異国交流になってもいいなら歓迎するぜ」

 未だ互いに拡声機能を介しての交流であるけれど、意思疎通はこの二言で決した、

「お願いします」

「気に入った、上がれ――時間はあるよなぁ? 運営さんよっ」

 えぇ、先から歩みは止めておりませんとも。


『おおっとっ! ここで挑戦者の登場だー!』


 運営実況及びその他のスタッフに、私の登場を即座に排除する意思はないらしく、一先ずは心安くいられた。

「――お嬢様、祝詞は如何されましょう?」

「祝詞?」

「極末戦における起動認証に御座います」

 流石の私でも大和言葉をも修めようとは思わなかった。それでも、祝詞という言い回しは嫌いではない。私の家系に特別な信仰がある訳ではないものの――その価値と意味程度は弁えている。

「感謝の念は、事ここに至るまでの全てに」

「同じく、同腹の徒として歩めるこの一瞬に最大の感謝を」

 歩む道もその想いすらも重なっていられるのなら、未来の不義など些事でしかないと、この祝詞にて決しよう。


「おいおい、そっちだけで盛り上がってないで、さっさと上がれ――俺の名乗りは必要ないと思うが、闘り合うんなら名前くらいは聞いておく」


 相変わらず粗野でしかない言動だが、道理を踏まえている点は好ましい。

「失礼しました――私の名はアステリア・イン・バイエルン、こちらが私の端末であり従者になります。以後、お見知りおきを」

「あぁん? いいとこの嬢さんってトコか? まぁいい、見知りおくかどうかは俺が決める――目時一絆、こっちが相棒の一重だ」

「えぇ、後悔はさせませんとも」

「おん? まぁ、少しは期待が持てそうだ――おい、運営さんよ、もう勝手に始めて構わないか?」

 少しだけ警戒された――それは彼が、粗野なだけな人物ではないということ。


『長らく、お待たせしました。只今よりの一戦を本日の最終試合と認め、異国交流戦の名を冠します。バイエルン選手及び、目時選手は位置について起動認証を行って下さい』


 異国交流戦と――仰々しい名が冠されるのは、それ程に海外選手がいないということと、力量が日本のソレに及ばないことが周知であるから。

「よい戦に致しましょう」

「俺は勘が良い方でよ、どうすべきか悩んでんだ。アンタの立ち居振る舞い、端末の貫録――アンタがとてつもなく大きな壁になるような、そんな巫山戯た予感が浮かんで離れないんだが?」

 舞台の中心で向き合う彼に、先の粗野な人物像は当て嵌まらない。

「それは光栄なことです」

「加減はいらないってことでいいか?」

 それは至極当然のこと、伊達だけでは表彰台に届かない。

「出来れば今日は、その一歩手前程度で収めて頂ければ助かります」

「今日は、か――なら、とっとと始めるかっ!」

 えぇ、私も貴方とは長い付き合いになると、そう思います。


『極末戦、開幕します』


 起動認証を求める通知が会場に響き渡る。

 あぁ、どれ程の時を待ち侘びたのだろう――祖父が、父が、彼と、彼が、そして始まりである筈の彼女が。


「血統故の太極――足末の謝儀をここに――戦場こそ私が私」


 万感を込めた祝詞は我が故郷まで届いただろうか――――

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