8.『僕が死んだら』
今のジャンプ連載陣は、『火ノ丸相撲』『Dr.stone』『僕たちは勉強ができない』の三強体制だと思うんですよね。
この三つのジャンルが被ってない(しかもスポーツ、サバイバル、ラブコメということでバトルものがない)というのがポイントで、新人も結構入り込める余地があると思うんです。
『呪術廻戦』『ジガ-ZIGA-』『ノアズノーツ』あたりの新連載陣が、もう一皮むけてくれることに期待したい。
堀慎也の死がマイトに伝えられたのはそれから数時間が経過して、警視庁での庁舎内のことだった。
死因はシアン化カリウムによる中毒死。
いわゆる青酸カリ、だ。
「……どうして堀は死んだんだ。一緒にいてわからないなんてことはないだろう? ああ!」
それを知ったのは、マイトに尋問を続ける警察官の言葉からだった。
マイトに教えるというよりも、単に尋問する上でのテクニックなのだろう。
二人の刑事が、代わる代わるにマイトを問いただしてくる。
「わからないよ」
疲労のこもった声でマイトは言う。
「何度言われても、答えは変わらない。二人で話していたところ、堀は突然倒れたんだ」
「ふぅむ」
さっきとは別のほうの刑事が鼻を鳴らした。先ほどの刑事は筋肉質だったのに対し、今度の刑事は枯れ木のように細い。
「言っていることはわかったよ。しかし、普通に考えてそれがあり得ないってことはわかるだろう? もう少し詳しく、教えてくれないか」
北風と太陽。
筋肉質の刑事が高圧的に問いつめてくるのに対して、細身の刑事が懐柔にかかる。
中々の連携プレイだった。
仮にマイト自身が犯人だったとしたら、自白してしまいそうなほどに。
「詳しくと言われましても……」
既に一時間は同じ話を繰り返している。
これ以上、伝えることはなかった。
「特に、おかしな点はありませんでしたよ、第三者が毒を盛るタイミングはなかった」
「つまり」
筋肉質の刑事のほうが、被せるようにして言った。
「お前ならば、毒を盛るチャンスがあったということになるな」
心の中で舌打ちをした。
これを詰めるのが本筋か。
考えてみれば、わかりそうなことではあった。
既にこはくが教えてくれていたことだ。
マイトが犯人という説があった、という話は以前からでていたのだ。
今回の堀慎也の死に関しても、同じ発想がでてくるのはおかしな話ではない。
むしろ、自然な発想とすら言える。
二人の、近しい関係であった男が相次いで不審な死を遂げて、その両方の第一発見者である男を重要視しないほうがおかしい。
自分が捜査する立場であったとしても、念入りに尋問するのは間違いない。
よしんば真犯人でないにせよ、重要な情報を握っている可能性は高い。
「可能か不可能か、でいうのならばあっただろうな」
マイトは暗い目でじっと視線を返した。
「ただし、それは僕に限った話じゃない。可能性だけで言うのならば店員だって毒を盛るのは可能だろう」
この一日、目の前で人が死んだ上に警察に長時間尋問を受けて、マイトの神経はすっかり参っていた。
これが名探偵だったのならば、こんなことにはならないのかもしれない。
ワイヤーのごとき図太い神経でもって、平然と、それこそ食後のコーヒータイムのように凪いだ心でいられるのかもしれない。
しかし、マイトは名探偵ではない。
「落ち着いてよ、徳川さん」
マイトがすっかり弱っていることを察してか、細身のほうの刑事が猫なで声で言う。
「俺らだってあんたをいじめたいわけじゃない。話を聞かせて欲しいんだ」
彼の言葉は嘘というわけでもないだろう。
マイトに冤罪を被せるのが彼らの仕事というわけではない。
彼らとしては、手がかりが得られればどちらでもいいのだ。
だからといって、尋問に耐えられるというわけでもないが。
泣きつくようで気が進まないが、板坂遠子に繋いでもらおうか?
彼女の影響力があれば、多少は尋問も和らぐかもしれない。
「さあ、もう一度初めから話してみて?」
うんざりするほど聞いた言葉を受けて、マイトがゆっくりと口を開こうとした。
その時、部屋をノックする音が聞こえた。
「はい」
刑事の一方が返事をすると、
「入るよ」
と別の刑事が入ってきた。
「お疲れ、マイト。生きてるか」
「……こはくか」
マイトは澱んだ視線を上げた。
そこにあったのは、大久保こはくの姿だった。
垢抜けたスーツ姿で、呆れたように徳川マイトを見下ろしている。
「何をしに来た?」
「ご挨拶だね」
けらけらとこはくは笑い声を上げるが、その顔には疲れの色が見える。
「石川、松田、ちょっと休憩していていいよ」
こはくは二人の尋問をしていた刑事に言った。
「しかし……」
「上から許可はとってる。私もこの参考人に聞きたい事があるんだ」
「……わかりました」
二人はそさくさと事情聴取を中断して部屋を後にした。
「ふー。いやー、絞られてたね、マイト」
対面に腰を下ろしてこはくはネクタイを緩めた。
「確かにこってり絞られたが、立場を考えればわからない話じゃない」
マイトも脱力して言う。
「仕事熱心な二人だな。後で褒めてやって欲しい」
「事情聴取を受けてそんなことを言う人、初めて見た」
にこにこ笑いながら、こはくはポケットから取り出した缶コーヒーを差し出した。
「まあ、一息つきなよ。差し入れ」
「こういう時に出すのはカツ丼じゃないのか?」
「あれは取り調べだね……これは聞き取りだから。どっちにしろ、実際にああいうのはないんだけど」
マイトには説明するまでもないか、とこはくは言葉を切った。
「……こはくは、偉いんだな」
「え?」
「やりとりを見るに、さっきの、取り調べした刑事二人よりも立場が上なんだろう?」
「ああ、そういうこと」
得心がいった、という風にこはくは頷く。
「立場は私のほうが上だけど、偉いとは思ってないな。単に適材適所というものだよ」
「適材適所?」
「つまり、私は司令塔向きで彼らは現場向きということだよ」
なるほど。
遠子が安楽椅子探偵で僕が助手向きみたいなものか、とマイトは一人納得する。
「それで? 大久保こはく。僕に何の用があるんだ?」
マイトはぷしっと音を立てて缶コーヒーのプルタブを捻った。
「何か用があるから、わざわざ二人になれるように取りはからったわけだろう。どういうつもりなんだ?」
「そうそう、それそれ」
思い出したようにこはくは言った。
もっとも、それはただのポーズだろう。マイトのほうから切り出さなければ適当にタイミングを図って彼女のほうから切り出していたことだろう。
「話があったんだった。単刀直入に聞くよ、マイト」
こはくは椅子に座り直して、正面からマイトの顔を覗き込んだ。
刑事・大久保こはくの切れ長の瞳が、じっとマイトを見つめている。
まるで、そこに何かの答えが書いてあるかのように。
「堀慎也と話していたのは、先日の探偵ごっこの続きだよね?」
「うん。そうだよ」
「つまり、板坂遠子の差し金ね?」
「そう思ってくれていい」
あっさりと、マイトは認めた。
これに関しては、隠すつもりはなかったし、既に先ほどに刑事たちにも話していたことだ。
「あの二人も話したから、詳しくはそっちに聞いて欲しいな。同じ話を何度もするのは疲れる」
「もちろん、それもあたるけれど」
とこはく。
「私からも質問をさせて頂戴」
「いいとも」
コーヒーを飲みながらマイトは答えた。
「なんだ?」
マイトも、探るようにこはくを観察する。
「堀慎也とは何を話したのか? だよ」
あまりにも真剣な剣幕とそれに相反したシンプルな質問に、マイトは少々面食らう。
「どうしたんだ? こはく、急に」
「悪いけど、マイト。これは真面目な質問なんだ」
こはくの瞳には、剣のような輝きが宿っている。
「言ったろう? それならば、さっきの二人の刑事に散々話したよ」
「それもわかっている」
こはくは言う。
「悪いとは覆っている。もう一度、私に対してその話をしてくれるかな」
「……わかったよ、こはく」
何度も何度も語った話だけに気が進まないが、仕方なくマイトは話し始めた。
「最初は……ええと何の話だったかな。そうだ、安達原との関係を聞いたんだった」
思い出しながら、マイトは語り始めた。
「安達原との関係……仕事だけじゃなく、趣味もあるとか。それに、仕事の話だよ」
ゆっくりと、できるだけ詳細にマイトは堀とのやりとりを説明した。
途中、何度もこはくが口をさしはさんでディテイルを問いかけてきたために、思った以上に時間がかかり骨が折れる作業だった。
「……で、これがなんなんだよ?」
と、マイトは問いかけた。
「こはく、あんたのことだから、何か意味があっての問いかけなんだろう?」
「それは……まあね」
こはくは頷く。
「もちろん、狙いはあった。ただ、それが活きているのかはわからない」
「?」
マイトはもどかしい思いで質問を重ねる。
「意味がわからないな。どういう意図でのクエスチョンだ?」
こはくはため息をついて、それからまあいいか、と小さく呟いた。
「もしかしたら、あなたから意外な発想がでてくる可能性もあるしね……私が考えたのは、つまり、堀慎也が自覚なしに事件の鍵を握っているんじゃないか? ということだよ」
「うん……?」
こはくが言っているのは、つまり安達原要の事件の証拠を掴んだ堀慎也がマイトに情報を伝えようとしたために犯人が先手を打って消した、ということか。
「自覚なしに、というのは?」
「自覚があったら、とっくに警察に話しているはずだから」
「理屈に合うか?」
マイトはあごに手を当てて考え込む。
「しかし、堀慎也からも警察は話を聞いているんだろう? 警察から話をとうに聞いているのに、俺が改めて聞き込みをする段階で動き出すのは理に合わないんじゃないか?」
「ええ。その通り」
こはくは答えた。
「もちろん、警察も堀慎也から話は聞いている。だから、私は今まで、その資料を洗っていたんだ」
「それで? 収穫はあったのか?」
「ない」
短く言ってこはくはうつむいた。
「故に、『警察が事情聴取をする』のと、『徳川マイトが聞き込みをする』の間に、重要な情報を手にした可能性が高い」
「だから、僕が堀からどんなことを聞いたかを確認したというわけか」
「そうそう、そういうわけ」
こはくは言う。
「マイトが聞き出した中に重要な情報がある確率は高いと思うんだけどな……」
「しかし、なかった」
ということは考えられる可能性は二つ。
一つには、既に情報を手にしているが、その意味に気づいていない可能性。
もう一つは、堀慎也が情報を口に出す前に、犯人は殺害に成功したという可能性。
「犯人はどう動くかな」
マイトは背もたれに身体を委ねた。
「仮に、僕たちが既に情報を手にしている……と考えるのならば、犯人はどう動くと思う」
「わからない……けど」
こはくは頭を抱える。
「犯人の視点で考えるならば……どちらにせよ、私達が真相に迫っていると考えるだろうね」
「じゃあ、次に殺されるのは僕か?」
マイトは思わず笑い声をもらしてしまった。
「だとしたら、面白いな」
「面白い?」
軽口に対して、こはくは目をむいた。
「殺人事件が起きるのが面白いですって」
「怒らないで、こはく」
マイトはぽりぽりと頭をかいた。
「実際には僕が殺される可能性はほぼないと思う」
「理由は」
「既に、僕が警察に対して事情を話したから、だ」
どうしても警察に、あるいは探偵に伝えたくない情報があったというのならば、マイト自身もあの場で堀と一緒に殺すのが正解だ。堀を殺した人物がそれに思い至らなかったはずがない。
仮に飲み物に毒を盛ったと過程するのならば、同じテーブルにいたテーブルにいたマイトも同様に殺害するのが自然とすら言える。
もっとも、誰がどうやって毒を盛ったのか、という問題に関しては解決していないが。
「推理小説的に言うのならば、ホワイはともかく、ハウもフーも謎のままだな」
空になった缶コーヒーを弄びながらマイトは言った。
「それは何?」
「こはくは推理小説は読まないんだったな。推理小説ではそういう分類があるんだよ。犯人が誰か、を当てる以外にどうやってというアプローチと何故殺したか、というアプローチ」
ふうん、と興味なさそうにこはくは鼻を鳴らした。
「推理小説と現実の殺人事件を混ぜこぜにするのは気が進まないけれど、そうね、マイト。その通りだと思う。犯人が誰なのか、という考え方はもちろん、どうやって、という意味でも謎」
理論だけで述べるのならば、殺す方法はいくらでもある。
極端な話をすれば、店員が犯人ならば飲み物に毒を盛るのは簡単だ。
だが、そもそも喫茶店を選んだのはマイトなのでそれに先回りする形で犯人が店員である、というのは無理筋であろう。
それならば、マイト自身が犯人という説のほうがまだ説得力がある。
「それに、この事件が安達原の事件とは独立した、別の事件という可能性もなくはないしね……その場合は、調べていけば判明することだろうが」
「うん。そっちはよろしく頼む」
マイトはようやく笑みを浮かべるだけの余裕ができた。
「あとは、今後僕が殺されたとしたら、その時はちゃんと犯人を捕まえてくれよな、こはく」
「ああ」
こはくの双眸がすうっと細められる。
「ああ。確かに、私が犯人を捕まえるとも」
「そうか。なら、後を託せる」
「言っておくけれど、自分を囮に犯人を捕まえようだなんてしないことね。一般人にそんな無茶はさせない」
「僕も死ぬつもりはないけれど」
マイトは笑って言う。
「僕が死んだら、こはく、僕の代わりに遠子のワトソン役になってくれないか?」
「嫌だよ」
こはくは細い眉をひそめて言った。
「そんなのは御免だ。自分でやりなさい」
「これ、引き受けてくれる流れじゃないの?」
「ちゃんと生き延びて、自分でやること。私は板坂遠子のサポートなんてしてあげない。自分がしたいことは、自分でしなさい」
ふふん、と笑っていると、とんとん、と部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
「大久保さん。客人です」
「ありがとう。通して」
ノックをした刑事にそう受け答えをして、こはくは立ち上がった。
「迎えが来たよ、マイト」
「迎え?」
疑問に思っていると、再び扉が開いて遠子が顔を出した。
「よっす、マイト。ご苦労だったね」
「迎えって誰かと思ったら遠子か」
「遠子かって何よ」
部屋に入ってきた遠子は頬を膨らませた。
実際に会わないでいたのは数日なのに、遠子と顔を合わせるのも随分と久しぶりなように思える。
そのぐらい、今日という一日は長かった。
「こはくが遠子に連絡をいれてくれたのか?」
「そ。こはくから私に連絡があったの」
遠子はこはくに目配せをした。
「ありがとうね、こはく」
「別に。探偵を優遇した、みたいに言われても困ります。事情聴取をした関係者の体調が悪いようだったので、身内に連絡をいれただけです」
こはくは視線をそらして言った。
「僕からも感謝する。ありがとう、こはく」
「私のことを、普段は探偵に協力しないくせに心の中では信頼している、みたいな雰囲気にしないでくれる?」
「もう、こはくはツンデレなんだから」
遠子は笑いながらこはくの背中を叩いた。
「それにしても、マイト。今回は災難だったね」
「遠子ほどじゃないよ」
殺人事件に巻き込まれた回数ならば、遠子のほうがよっぽど多い。
「疲れたのは確かだけどね」
「そう、殺人事件に巻き込まれると結構疲れるのよねえ」
もふもふとしたコート姿の遠子は頻りに頷いた。
「こはくも、お疲れさま」
「いや、私はまだこれからが本番だよ。しばらくは家に帰れそうにないな」
「早く解決してあげてね、堀さんの事件に関しては」
「努力する」
こはくは皮肉げに口元を浮かべた。
「そっちはどうなの? 名探偵。真犯人は見つかりそう?」
「意地悪ね、こはくは」
遠子は微笑む。
「まだ、私には手札が足りないわ。せめて、今日の話だけでもマイトから聞いておきたいかな」
「マジかよ」
マイトは思わず天を仰いだ。
「どうしたの? マイト」
遠子は不審げに言った。
「どちらにせよ、私には報告してもらう手はずだったけれど、それが嫌?」
「そうじゃないけど……」
「遠子。な、遠子」
こはくが笑いをこらえながら言った。
「笑ってしまって済まない、遠子。これには事情があるんだ」
「事情って」
「遠子、実はね、僕は既に今日、五回は同じ話をしているんだ」
「ああ……」
状況を察した様子で、遠子は言った。
「事情聴取で、同じことを何度も聞かれた。そういうことね?」
「加えて、それとは別に私も聞いたからな。マイトが参るのも、わかりそうな話だ」
「そか」
遠子はため息をついた。
「じゃあ、悪いけど、私は仕事に戻らせてもらうよ」
こはくは今まで自身が座っていた椅子に遠子を勧めた。
「話が終わったら勝手に帰ってくれていい」
「良いの?」
と遠子が問いかけたのは、この部屋を使っていいのか? というクエスチョンだ。
基本的には探偵に協力的とは言えないこはくが、今日はいやに親切なのが気にかかる。
「さっきも言ったろう。私を『実は探偵のことを信頼している』みたいな扱いをしてくれないで」
こはくは眉をひそめた。
「ただ、まあね……どうやらこの事件は普通の事件ではなさそうだ」
「普通の事件ではない? こはく、どういうこと?」
「名探偵みたいな理論だった説明は私には無理だよ」
とこはくは手を振った。
「ただ、刑事としての勘……みたいなものだ。匂いみたいなものがある。これはただの事件じゃないという警告を発している。だから、あなたたちみたいな探偵が協力する形であっても、なんでもいいから事件を早く解決したい。そう考えただけ」
「おっけー」
遠子はにやりと口元を歪めて、ぐっと親指を突き出して見せた。
「名刑事にそこまで言わせて解決しなかったら、名探偵としての名前が廃るというものよ。任せて、大久保こはく」
「だから、任せるわけじゃないと言っている……」
こはくは半目になって、遠子を睨んだ。
「任せるとか、そういうのじゃない。警察としては無数の手を打っていて、その中の一つが探偵というだけ」
「それでも、私にとってはこはくがそう言ってくれるのは嬉しいかな」
遠子の言葉を受けて、こはくは動揺して目線をそらした。
「あまりからかわないでよ、遠子。こっちはまだまだ仕事があるの」
じゃあ、頑張ってね、と言い残してこはくは部屋を後にした。
「素直じゃないなあ、こはくは」
楽しそうに言って、遠子は椅子に腰を下ろした。
「それにしても大変な目にあったものね、マイト」
遠子はテーブル越しに、マイトの瞳を覗き込む。
「疲れているところ悪いんだけど、今日あったことを教えてもらえる?」
その言葉を受けて、マイトは今日あったことを、感じたままに話した。
今日、事情聴取の中で幾度となく問いつめられた内容だったが、それでもうまく説明することができなかった。
どうしたって、子供みたいなたどたどしい喋り方になってしまう。
それでも板坂遠子は辛抱強く、時にはしきりに頷くなどして、最後までマイトの話を聞いていた。
「……それっきりだ」
最後の言葉を、マイトは泥を吐き出すようにして言い放った。
「あとは、救急車が来て……堀慎也を搬送していった。後のことはわからない」
「わかったわ、ありがとう」
遠子は小さな掌でマイトの手をぎゅっと握って言った。
十二月の寒さの中で長い話を聞いていた遠子の手は、氷のように冷えきっていた。
「どうだ? 遠子。何かわかりそう?」
すっかり喉がからからに乾いたマイトは縋るようにして問いかけた。
「僕の一日は、そして堀の死には何か意味があったのか?」
「ん……ごめん。いくつかアイデアはあるんだけど、まだ断定的なことは言えない」
またそれか。
マイトは苦笑した。
昔は名探偵のこうした受け答えに対していちいち詳しく突っ込んで聞き出そうとしていたが、何年もするうちに自然とやめるようになってしまった。
理由にはいくつかあって、いくら聞き出そうとしても遠子が話そうとしない、というのも一つではあるが、なんと言っても彼女のことが信頼できるようになってしまったから、というのが大きい。
ちゃんと話さないのには理由がある、というのがわかったのだ。
彼女が話さないことには相応の理由がある。
もちろん、板坂遠子だって完璧ではない。
彼女がした発見を黙っていたばかりに事件の解決が遅れたこともある。場合によっては、被害が拡大したことだってないわけではない。
それでも、彼女の判断をなんの根拠もなしに責めるようなことをするつもりはなかった。
「じゃ、私たちも帰りましょうか? マイト」
ぱっと笑みを浮かべて遠子は言った。
「マイトも疲れたでしょ? どっかご飯食べに行く?」
「……気を使わせてすまん」
「良いの、良いの。気にしないでってば。私としては、全然構わないから」
遠子が笑みを浮かべれば浮かべるほど申し訳がなくて、マイトは顔をうつむかせた。
「一つだけ聞かせてくれ。遠子はどう思っている? 今のところ。この事件は、安達原の事件と繋がっているのか?」
「うん……」
遠子は少々言葉に詰まって、
「下手人が同じかは別にしても、根っこのところでは繋がっていると思っている」
やはりそうか。
直感的にはそうだと理解していても、遠子の口からそう述べられると改めて腑に落ちる。
「別の殺人事件だとしても、私が解決したほうが世のためになることは違いがないしね」
何が食べたい? と遠子は話題を変えた。
「和食? イタリアン? 中華? 何がいい」
「うん……和食がいいかな」
「マイト、和食好きだよねー」
「実家が和食文化が濃かったからな」
今、例えば遠子に披露する料理にしても和食の、特に煮物が多い。
歩き始めかけてから、ふと遠子は足を止めた。
「どうした?」
「電話」
待ってて、と仕草で示し、遠子はコートのポケットから電話を取り出して通話を始めた。
「はい。板坂です。どうも、お世話になっています。はい。はい。大丈夫です」
話し始めた遠子の表情が、少しずつ曇っていく。
喋り方から察するに、通話先は仕事相手らしい。
「えっ、小比類巻さんが!? はい。わかりました。はい。今後のこと、決まりましたら連絡お待ちしております」
と通話を切った。
短いやりとりだったが、その間に遠子の顔は真っ青に染まっていた。
「どうした? 遠子」
マイトは歩み寄って、遠子の肩をつかむ。
「何があったんだ?」
板坂遠子は、ふるふると子供のように頭を振る。
「小比類巻さんが、亡くなった」
と蒼白な顔で言った。