4.『名探偵というのはどれだけ殺人事件を起こしたら気が済むというの?』
ジャンプの連載陣で安定度が高いのは、『僕たちは勉強ができない』。
ラブコメらしいおバカなところがありつつも、主要メンバーはいずれも好感度が高い。
何より、主人公である唯我くんが好青年というのがポイントが高い。
ハーレムラブコメのコツは、主人公の好感度を上げることだなあ、と改めて感じている。
あと、先生。
スーツ萌えなんですよ、スーツ萌え。
ずっと先生だけ出して。
「またあなたたちなの? 板坂遠子、徳川マイト」
その女刑事は、わざとらしくため息をつき、やれやれ、と言わんばかりに大げさに肩をすくめるポーズをとってみせた。
「名探偵というのは、どれだけ殺人事件を起こしたら気が済むというの? 私たちの気持にもなって欲しいものだよ」
「今回は、私たちのせいじゃないわ」
あんまりな言い方に、遠子は反論した。
「たまたま、第一発見者なだけよ。別に私達が行った先の絶海の孤島や雪山の山荘で殺人事件が発生したというわけじゃないわ」
「どうかしらね」
女刑事の名前は大久保こはく。
知的な切れ長の瞳、目線の高さがマイトと同じくらいという長身。
ドラマにでもでてきそうな、『女刑事』を絵に描いたような容姿をしている。
その風貌に違わず、若くして捜査一課で辣腕を振るう一流の刑事にして、名探偵である板坂遠子とは何かと遭遇する、腐れ縁のような関係を築いている。
こうして殺人事件の現場で顔を合わせるのは何度目になるのかわからない。
「ねえ、こはく。花恵さんは? 大丈夫そう?」
あっさりと遠子は話題を変えて言った。
こはくの皮肉はいつものことなので、いちいち取り合いはしない。
「一番心配なのは、花恵さんの容態なんだけど、そこについて教えてもらえる? こはく」
「ショックが大きいね……遺体が夫の、つまり安達原要さんであるという事実の確認だけはしてもらったけど、それ以上の話を伺うのは、まだ」
「別に聴取の進捗状況とかは聞いてないわ、こはく。体調の具合を聞いているの」
「だから、話を聞ける体調じゃないっていう話をしているんだよ」
煽るでもなくこはくは言った。
「探偵ならば言外に理解してよ、遠子」
探偵と刑事。
同じく犯罪を扱う立場でありながら、遠子とこはくの人格はまるで誂えたように正反対だ。
低身長でドレッシーな遠子と、高身長でシンプルなこはく。
見た目まで対照的である。
「こっちの事情はだいたい耳に入ってるでしょ? こはく」
「ええ。話は聞いてる」
既に、捜査員からの聞き取りは受けていた。
今回の事件に関しては特に隠すところもないので、マイトも遠子も正直に答えていた。
それこそ、事件の舞台が孤島の館や雪山の山荘ならば警察を呼ぶだけでも一苦労だが、場所が都内なので警察があっという間に駆けつけてくれるのは助かるところだ。
「その上で、聞きたいことがあるんだよ、遠子。私から、直々にね」
じっと、こはくは切れ長の瞳で遠子を見つめた。
身長差があるので、見下ろすような格好になる。
「なあに? こはく」
負けじと、というわけでもないのだろうが、遠子も真っ向から視線を受け止める。
「名探偵である私が、なんでも教えてあげるわ。せっかくの機会だし、真相でも教えてあげようかしら?」
「それは要らない」
遠子の言葉を、ざっくりとこはくは切り捨てる。
「この一件の解決は、私たち警察が解決するので、探偵の助力は結構。我々が聞きたいのは」
と、こはく。
「この部屋に鍵はかかっていたの? ということ」
「……?」
マイトは首を傾げた。
「それがどうしたんだ?」
「わからない? マイト」
わざとらしくこはくはかぶりをふってみせた。
「この部屋に鍵がかかっていたのならば、この部屋は……」
「……密室だった、ということになるわね」
こはくの言葉を、途中から遠子がひきとった。
「結論から言うわ、こはく。私は、安達原花恵が鍵を開けるのを確認している。だから、この部屋は密室だったわ。ついでに言うとこのマンションはオートロックだから、鍵は開いていたのに花恵さんが開けたふりをした、という可能性もないわ」
「流石は名探偵」
皮肉めいた口調で、こはくは応じる。
「そもそも、マンションのコンシェルジュにとっくに確認していることだと思うけどね?」
「そうね。既にそっちにも当たっている」
こはくは顔色一つ変えずに遠子の指摘を認めた。
「あなたたちに聞いたのは、確認の意味合いが強い」
「でしょうね」
遠子とこはくは、勝手に打々発止のやりとりを繰り広げている。
「意外ね、こはく。あなたは、密室殺人なんて気に留めないのかと思っていたわ」
「別段、密室殺人だから気に留めているというわけではないんだけどね、遠子」
最初からその言葉を用意していたかのように、こはくは言った。
「密室殺人に心をときめかせるのは、あなたがた名探偵だけです。密室殺人のトリックは、あなたがたがロジックを弄べばいい。でも」
びしり、とこはくは白い指を二本立てた。
「でも、このマンションはオートロックでもある。安達原要の自宅に侵入できたという時点で、人間関係は極めて限られるの」
「そりゃ、まあ、そうでしょうね。縁もゆかりもない人間を自宅に招き入れる人はいない」
遠子は肩をすくめてみせた。
「つまり、安達原要の人間関係を洗えば、遠からず犯人は見つかるってことでしょ? こはくが言いたいのは」
「イエス。それに、得物が拳銃ということもあるしね。拳銃の入手経路から洗い出すこともできるでしょう」
すぐにこはくは応じた。
「そういうわけですから、名探偵・板坂遠子。あなたに助力を乞うのは、またの機会に」
「そうなりそうね……安達原さんには、お気の毒だけど」
「遠子。あなたが関わった割には、普通の事件……というか、突発的な殺人事件であるかのように見えますね」
こはくが皮肉を吐くのも無理はない。
今まで板坂遠子が名探偵として解決してきた事件は、もっとビビッドなものが多かった。
それこそ、警察がすぐに向かえない孤島の連続殺人だとか、あるいは正体のつかめない謎の連続殺人だとかだ。
そういった事件に比べれば、安達原要の死は普通の……と言ってはなんだが、年に数百件は発生する殺人事件の一つとして埋没しても仕方ないかもしれない。
「ねえ、こはく、あなた、私のことを密室殺人を誘発する存在みたいに思ってない?」
「思っているけど?」
言っていることの辛辣さとは裏腹に、親しげにこはくは微笑んだ。
「密室殺人を誘発する……というか、ルナティックな犯罪を誘発すると思っている。しかし、たまには例外もあるのでしょう」
「頑張ってね、こはく」
もう帰っていいんでしょ? と遠子は立ち上がった。
「ええ。また話があれば連絡させてもらうかもしれません」
「その時はよろしく。仕事が一段落したら、またご飯でも食べにいきましょう、こはく」
「ええ。名探偵、さらばです」
そう言葉を交わして、名探偵と女刑事のやりとりは終わった。
終わったはずだったのだ。