↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

崖の上で

作者: 林駿
掲載日:2018/02/20

 身を激しく叩く風雨の崖上で、男と女がしきりに叫び合っていた。

「やめろ!死ぬなんてことは本当に生きる価値がないやつのすることだ!」

「ならいいじゃない!私は生きてく価値なんてないし!これから生きてく勇気もない!」

「あー、違う!そういう意味じゃなくて!俺みたいなクズが死ぬべき、って意味で!だから、違うんだって!」

「わけわからんこと言わないで!」


○ ○ ○


 死にたいと思うことは異常なことではない。大小の差はあれ、一度も死にたいと思ったことがない奴なんているわけがない。これは当たり前のことだ。

 だが、死にたいという意思を行動に移そうとするのは異常なことだ。パッと思いつくのは紐状のものに関心を示してみたり、刃物を肌にあててみたり、遺書の内容を考えてみたり。

 この状態ならまだ大丈夫、と考える奴もいるかも知れない。しかし、ここまで来た時点で正常に戻ることは非常に困難だ。なぜなら、思考が死という選択肢に蝕まれていくから。


 口で説明するのは難しいので、簡単な例を挙げよう。

 ある人が学校のテストでいつもより悪い点数を取った。受験を目前にしてだ。そいつの家族は温厚だがエリート家族で、兄貴もいい大学に進学していた。

 ……まともな精神状態なら、もっと勉強を頑張ろうとか、こんな結果になるなんて……嘘だろ、とかポジティブにせよネガティブにせよ結果を受け止めるだろう。

 けれど、「死ねば全部なかったことになるし、これからの苦痛もなくなる」と考えたのがそいつだ。「死」と「勉強」を秤にかけたら、どっちがこなすのが大変かなんて、俺みたいなのでもわかったのにな。

 いや、俺みたいな適当な奴だからこそわからなかったんだろう。そいつがその思考に至るまでの苦悩を、そいつがテストで悪い点を取るという意味をわからなかった。

 その後のそいつは日に日にやつれて、勉強もしなくなったし、普段から多かったため息の数がますます増えていった。代わりに、諦めたような笑いをするようになった。曰く、楽な選択肢を思いついてしまったかららしい。

 

 今ならわかるよ、その気持ち。目の前の壁にぶつかった時、死ねばその壁もなくなるかもって考えが浮かぶんだ。その考えに釣られて乗り越えるのをやめたら、今度はさっきより小さな壁も乗り越えられなくなった。最後には、段差くらいの小さな壁ですら、乗り越えようとしなくなった。


 最初は本気じゃなかったんだよ……けれど、今の俺は本当に死ぬしかないんだ……こんな社会不適合者は死以外の道を選ぶしかないんだ。もうこの死に至る病から逃げられない、それが楽だと思うようになってしまったから。


 俺は身辺整理を整えた後、傘、言い訳用のカメラ、カロリーメイトと旅支度をした。そして、新幹線とサンダーバード、加えて人生で初めてのローカル鉄道に乗り、この自殺の名所へとやってきた。外出するのは久々だったので、三国港駅に到着した後、死への使命感を頼りに這う這うの体でここまでたどり着いた。しかし、肉体的な疲労もそうだが、大きな誤算であったのは、先客がいる可能性を考慮していなかったことだ。


○ ○ ○


 若い女性が、傘も持たずにスマホを手に持ち、奥へ奥へと崖を進んでいく。その意図するところがわかった俺は、やたら大きな声を耳にし、反射的に驚いた。しかし、それは、自分の声だった。


「だめだーー!」 


 女性は驚いてこちらを振り向く、風になびく長髪が邪魔そうに揺れているが、振り向いた後は震えるばかりで何も言わない。

 何をやっているんだ、俺は。そう思いつつも、女性を刺激しないようにゆっくりと歩み寄った。女性との距離があと7歩、というところで向こうが後ずさった。そして、女性はスマホを胸元で握りしめ、震える声で言った。


「わ、私は、ポケモンG○をしに来ただけです!」


 ?!


「え?あ、じゃあすみません。えっと、濡れるんで、傘使います?ポケモンG○ってまだ流行ってたんですね。俺はてっきり……」


 雨風の中で傘も持たずに立つ女性がポケモントレーナーであるはずがない。彼女は言ったきり、俯いて嗚咽を漏らして泣いてしまっている。

「ホ、ホウエン地方のポケモンを……ヒッ、捕まえに……」

「………」

「………」

 気まずい沈黙が流れる。そして、数秒の後にその沈黙を破ったのは女性の方だった

「う、ズズッ……嘘なんです!私、死にます!」

 女性は振り返って再び崖の奥へ進もうとする。自分も自殺しようとしているのに、俺はこれを見逃すことができなかった。


「やめろ!死ぬなんてことは本当に生きる価値がないやつのすることだ!」

「ならいいじゃない!私は生きてく価値なんてないし!これから生きてく勇気もない!」

「あー、違う!そういう意味じゃなくて!俺みたいなクズが死ぬべき、って意味で!だから、違うんだって!」

「わけわからんこと、言わないで!」


お互いにむき出しの感情をぶつけ合う。俺は、この時点になっても何故彼女の自殺を止めたいのか、思考の整理がつかなかった。

 

「俺も、死ぬためにここに来たんだ!」

 女性は一瞬たじろいだ後、語気を強めて反論する。

「じゃあ止める理由なんてないでしょ!?」

 その通りだ。

「俺は、大学中退して、バイトもクビになって、友達とも疎遠になって……先が真っ暗だけど、あなたはどうなんだ?!」

「私は、その……彼氏が浮気して、その浮気相手が親友で……」

「リア充予備軍め!」

「なにそれ?!私、他の友達から励まされたけど、全部、ほっといて!って辛く当たって、それで皆から連絡も来なくなっちゃって、だから……私、最低で……」

「謝ればいいだろ!?傷心のやつが迷惑かけんのなんて当たり前だ、まだ元の関係に戻れる可能性はある」

「なら……貴方もそうじゃないの?」

「いや……自分が使ってた中退ジョークを同級生に使われたら、その……なんか」

「どうしたの?」

「カチンときちゃって……顔面に1発入れちゃって」

「そう……」

再び沈黙が流れる。そして、それを破ったのはまたしても女性の方だった。

「貴方にはわからないだろうけど、貴方にはくだらない理由でも、私には死ぬ理由として十分なの」

「それは知ってる」

女性は意外でもなさそうにして、次の句をついだ。

「……じゃあ、何で止めるの?」


 どう答えたものか自分でも分からず、疲れた頭を何とかして働かせる……すると、自殺した彼の辛そうな顔が頭に浮かんだ。そして、自分が死のうとしているということを改めて思いだした。

そして、やっと分かった。俺が自殺を止めようとした理由を。


「何やっとんが!!」

「「!」」


 俺たちは自殺防止のNPOの人達に見つかり、なし崩し的に当日の自殺計画は破綻することになった。というのも、有無を言わさず「落ち着いた場所へ行こう」と連行されて、経緯なり何なりを話すうちに、本当に落ち着く頃にはお互いクタクタになっていたからだ。

 ちなみに、俺は風雨の東尋坊を撮りに来た趣味人であるという嘘は通じたが、女性がポケモンG○をしに来たという嘘はもちろん通じる訳がなかった。


 ○ ○ ○


「さっきの理由、聞いてないんですけど、結局何でだったんですか?」 

 服を着替えた女性が、不機嫌そうな、けれど疲れたような敬語で尋ねてきた。

「俺は死ぬ気でいたつもりだけど、生きたいって気持ちもあった」

「それは……私もそうかもですけど」

「だからさ」

「へ?」

「困ってる俺は、誰かに助けてもらいたかった。だから、困ってる誰かを、誰かとして助けたかったからかな」

「なんですか、それ?」

ずっと暗い顔をしていた彼女は、困ったようにクスリと笑った。俺も恥ずかしいのを隠すために、控えめに笑った。


サンキューポケモンG○、フォーエバーポケモンG○


ポケモンGOはやったことないです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭から可笑しくて、楽しかったです。 [気になる点] 特にないです。 [一言] セリフが面白いです。福井弁の響きで脳内再生すると、ウッチャンとココリコの田中さん(女)のコントになりました…
2018/08/07 23:15 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。