行軍日和 ニ
行軍の最中、シェイラ大佐から手紙を受け取った。
シルヴィが読んだところ、敵兵の前では日本語を喋らないようにと書いてあるらしい。
敵国に古代ロボットの操作方法が知れれば、僕の安全は保証できないからと。
揺れに慣れ、景色に目をやる余裕が出てきた僕は、頭部のカメラを動かして今いる位置を地図と照らし合わせてみた。
事前に機体にインプットした地図の上を、進んだ分だけ赤線がひかれていく。
これは地球における現代戦以上のテクノロジーなのでは?
以前見たイギリスの特殊部隊の入隊試験では、完全に地図のみで目的地までたどり着かなければならないというテストをしていた。
少し道を間違えるだけで、数日分の行程が無駄になるとか言って若い兵士が死にそうな顔をしていたのを覚えている。
実戦ではきちんとGPSなどを使って迷わないようにするのかもしれないけれど、自分がどこにいるのか、どれだけ進んだのか、目的地まであとどのくらいなのかがリアルタイムで分かるのは便利でいい。
行軍は順調以上のペースで進んでいる。
この調子だと早ければ明日の夜には野営予定地につくだろう。
僕たちが進んでいる場所は、見渡す限りの荒野だ。
国境線は荒野だと前にシルヴィから聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
例えるなら草一本生えていないモンゴルの平野だ。
どこまでもまっすぐな土地が広がっている。
「こんな平坦な土地で、僕たちが進んでいるのが敵から見えないのかな?」
「敵が駐留してるのはおそらくここ」
シルヴィが地図を指差す。
平野が終わり、敵国の領土に入ったところ。
山と山の間にわずかなスペースがある。
「山を抜けるとすぐリッベントロップ領だから、戦闘が始まるまでは出てこないでしょう。こちらにとっては好都合ね」
なんのために?
わざと攻撃を受けて国際社会に「反撃」の大義名分があると示すためだろうか。
しかしこの立地、スリーハンドレッドで見たスパルタ軍とペルシア軍の戦いにそっくりだ。
僕たちがペルシア軍のほうだから、必ずしも有利とは言えない。
その日は午後から雨になった。
大粒の雨が機体を叩く音がする。
なんだかもう奇襲など成功しそうもないという気になってきた。
ここはロード・オブ・ザ・リングの戦いのように太鼓でも叩きながら行進したほうがいいのでは?
「まぁ、そもそも地政学的に有利な位置にあったら、ここまで窮地に立たされてないから」
シルヴィも言い訳じみたことを言う。
その通りだ。
山の麓にいるという砲兵の視界がどの程度なのか分からないからなんとも言えないが、自分より高い位置にいて、戦場全体を見渡せる相手を奇襲するというのは捨て身の作戦としか思えない。
シェイラ大佐から渡された地図によると、ルートは全部で三つ。
野営地点から左に大回りして敵砲兵部隊を叩くルート、右に大回りするルート、そして正面突破の三つだ。
正面突破の場合は民間人に偽装して国境を突破するとある。
これは成功しそうにない。
昼休憩時、後部ハッチを開けて外に足だけおろして待っていると、食料を持った二等兵だが一等兵だがが現れた。
こういうとき、自分が大尉でよかったなと思う。
雨の中ロボットの外に出て、ずぶ濡れになりながら配膳して回るなんて死んでもやりたくない。
「温め直したい場合はこれを使ってください」と言い、配膳係の兵隊が固形燃料をくれる。えらく現代的なミリメシだ。
「火、煙草などを使用する際は、機体の中でお願いします」
説明を終え去っていく兵隊。
「大変だなあ」
「そう?」
シルヴィはこれが当たり前だといったふうに配られた料理をぱくつく。
「君は貴族の娘だからなあ。ああいう人たちを気遣わないと、あとで痛い目をみるよ」
「でもさ、彼が持ってた袋、大きすぎると思わない? 私たちはほぼ先頭にいるから、後ろから順に配ってきてこの位置であの量が余ってるっておかしいわ」
「なに」
僕は龍が如くの桐生一馬のように驚く。
「配る量をちょろまかして自分たちで食べるつもりね」
したたかな野郎どもだ。
でもああいう小狡い人間のほうが、戦場では生き残る確率が高いのかもしれない。
くそ真面目な人間は損をするのが世の常だ。
しかし、僕は真面目だ。
僕は真面目な人間だ。
「ちょっと文句言ってくる」
「やめなさい」
「なんでだ。ズルはダメだよズルは。それに君もその量じゃ足らないよ。精をつけなきゃ」
「濡れるわよ!」
シルヴィは止めたが、僕は外に飛び出した。
走っていくと、ちょうど配膳を終えた兵士が先頭から引き返してきたところだった。
本当に量をちょろまかしていたのか確かめるため、声をかけずに後をつける。
たしかにシルヴィの言った通り、配り終えたはずの袋にはまだかなりの量の物が入っている。
配膳係の兵隊が自分の持ち場についた。
そこには幾人かの兵隊が集まっていて、ロボット数台の上に薄い板をかぶせて即席のテントをこしらえていた。
「どれ、余らしてきたか?」
「おうよ、こんなに余ったぜ。芋が二十とパンが十、干飯に干肉、チーズとそれから……ワインもだ」
「ワインもだぁ!?」
「士官様に配る分のやつよ。途中ガキンチョが乗ってたから渡さなかったが、バレなかった。ガキンチョにワインは早えわな。二本あるぜ」
「おう、早くやろうぜ」
テントの下に余った食料を並べ、食べだす兵士たち。
やはり彼らは食料をちょろまかしていた。
しかも僕たちにくれるはずのワインを盗んで飲んでいる。
別にワインを飲みたいわけではない。
盗まれたことに腹が立つ。
くれと言われれば素直に渡したのに。
「お前らなにやっとんねん」
威圧的な態度を努めて兵士たちに近づく。
「あ? 誰だおまえ」
兵士の一人が立ち上がり、やり返してくる。
「見ろやこれ」
この紋所が目に入らぬか、というポーズで階級章を見せる。
「あっ……大尉どの……」
効果てきめんだ。
兵士たちは静まり返り、ばつが悪そうにうつむく。
なかでもあの配膳係の男はガクガク震えて、今にも泣き出さんばかりの顔をしている。
「大尉がなんぼのもんじゃい!」
奥のほうで声がした。
一機のロボットから声の主が降りてきた。
「大尉だったら偉いんかい!」
「あっ……」
見覚えのある顔に、僕は言葉に詰まる。
A.I.guy=G先生だ。
「お、恩智英くんじゃないか! ハッハッハッハ! ご無沙汰」
「ご無沙汰じゃないですよ。なんでいるんですか」
「俺も従軍するって言ってなかったか? ハッハッハ!」
A.I.guy=G先生が出てきた機体から、Robot guy=G先生が顔を出す。
「恩智英くん!」
やはりセットで乗っていた。
「軍曹、こちらの大尉とお知り合いですか?」
配膳係の兵士が尋ねる。
「知り合いもなにも、俺の教え子さ!」
「ちぇっ、いいなぁ。軍曹はお偉いさんの知り合いがいっぱいいて」
「先生は軍曹だったんですか」
「まあね!」
すると一人の兵士が笑いながら言った。
「いや、この人は降格になったんだよ。前は准尉だったんだ」
「うるさい! 恩智英くん、まぁ飯のことは俺の顔に免じて許してやってくれ。芋を二個、いや三個あげよう。これで、ね。許してやってくれ」
ニヤニヤしやながら芋を一つ二つと持ってくるA.I.guy=G先生。
なぜこの人が降格されたのかわかった気がする。
それにしても降格処分になった人が士官学校の教師をしているとは、人手不足にしてももっといい人材がいなかったのだろうか。
「あの、シェイラ大佐が休憩中は静かにって言ってましたよ。このテントまずくないスか」
「あぁ、シェイラ先生が? あの人は融通がきかないからね。いいよいいよ、食べたらすぐ片付けるから」
「じゃあこれで失礼します」
「いつでも遊びにおいで!」
まったく、戦争だというのにたるんでいる。
自分の機体に戻ると、既に昼食を食べ終えたシルヴィがぼんやり座っていた。
その横に腰掛けて、芋を二つ渡す。
「本当にもらってきたの。殴られなかった?」
「まさか。Robot guy=G先生とA.I.guy=G先生に会ったよ。いるって知ってた?」
「知ってたけど、知りたかった?」
「いや別に……」
「でしょ」
冷えた料理は好かないので、機内で温め直して食べた。
シルヴィは冷えたままパクパク食べていた。
雨脚は弱まるどころか、降り始めたときよりも強くなっていた。
昼食を食べ終えてからしばらく経ってから、再び行軍が開始された。
長い休憩だった。
二時間半はあの場にいたと思う。
乗っているだけで進んでくれるというのはどうも退屈だ。
高速道路を運転しているドライバーはこういう気持ちが分かる。
自動運転が実用化されれば、まさしく今の僕と同じ状況になる。
アクセルは踏まれたまま固定され、悪路でもハンドルが自動で動くので手動で動かすより揺れが軽減される。
やることと言えばモニターで外の景色を見るくらいだが、どこまで行っても荒野荒野の連続なので大して面白くない。
シルヴィと会話を楽しむのもアリだが、二十四時間隣にいる相手と一体どんな会話をすればいいというのか。
僕が一流の漫談家だったとしても半日話題がもてばいいほうだ。
それに退屈な僕とは違い、彼女には魔力供給の仕事がある。
見たところとくに大変そうには思えないけれど、一歩一歩魔力を消費しているのは事実、僕が話しかけて余計に疲れさせてはいけない。
だがもっと仲良くなるべきだよな、と思う。
ロボットの操縦には搭乗する二人の精神的統一が影響すると学者たちは言っていた。
おそらく、親睦を深めることによって射撃や回避にかかる魔力も減らせる。
だから僕らはもっと仲良くなるべきなのだ。
いいや、それは言い訳にすぎない。
僕自身、もっと彼女と仲良くなりたいと思っている。
ロボットを操縦するパートナーとしてではなく、男女の間柄として。
会話の取っ掛かりが欲しい。
雑談は苦手だ。
しかしやるしかない。
「いい天気だね」
「雨だけどね」
王道のボケをかましてしまった。
というかシルヴィはもう僕に対する興味を失っている?
なんだかちょっと態度が冷たい。
「不思議な気分だよ。僕が戦争に参加してるなんて。最初君に連れられてきたときは、そんなこと考えもしなかった。戦争があるってことは知ってたけど、自分が参加するとは」
「怒ってる?」
彼女は身体を傾けて、僕の横顔をまじまじ見る。
顔の半分が猛烈に火照る。
僕は童貞で陰キャだから、女の子に見られることに慣れていない。
だから今までもなるべくシルヴィをまじまじ見ないようにしてロボットに乗っていた。
目を合わせないように。
「お、怒ってないよ」
「うそ。なんだか距離を感じるもの。ずっと謝ろうと思ってた。こんなことになってごめんなさい。恩智英くんが協力してくれるって言ったとき、本当に嬉しかった。でもそれは、私の、私たちのわがままだってこともわかってた。あなたが帰りたいって言ったときには、いつでも帰せるよう準備してた……」
帰りたいと思ったことは何度もあった。
However……。
「約束したじゃないか。僕は逃げない」
「ちゃんと顔を見て言って」
Really?
「愛している、この戦いが終わったら結婚しよう。間違えた。僕は逃げない、怒ってないよ」
「ありがとう」
「それは前半に対して? それとも後半?」
「後半」
ですよね。
わかっていたが少しさみしい。
「私と結婚したいの?」
「ある程度は」
僕はシルヴィから目をそらす。
恥ずかしかったのもあるが、彼女がいたずらめいた目をしているのに気づいたからでもある。
「私と結婚したいなら私じゃなくお父様に言わなきゃね。こう見えて私、いろいろな殿方に口説かれるのよ」
「僕、この戦いが終わったらお父さんに許可をとるよ……」
「頑張ってね」