作戦指令書
リヴォーフ公爵が帰ったあとアルバラード少将と話をした。
元帥の使いで来たはずの公爵が、なぜ僕を戦争に行かせないよう言うのか。
「上層部も一枚岩ではない」と彼は言った。
敵対する勢力を野放しにしておくより、あえて近くに置くことで監視しているとのことだ。
元帥が心変わりして派兵を取りやめる可能性について聞くと、アルバラード少将は「百パーセントありえない」と断言した。
「それに、リヴォーフのヤツもどこまで本気かわかったものじゃない。ほら、これを見給え」
そう言って少将は封筒を取り出した。
中には図形や文字が書かれているが、リッベントロップ語なので読めない。
「ああ、そうだ読めないんだったな。私が説明しよう」
どうやら紙は指令書らしく、僕が配属される部隊とその役割が書かれていた。
僕が配属されたのは軽騎兵連隊で、最前線に投入されるとあった。
リッベントロップ語で恩智英大尉と書かれた身分証明書みたいなものも一緒に入っていた。
出発は五日後だ。
「あいつがこの書状を持ってきたんだ。中になにが入っているか知っていて、君にああいうことを言ったんだよ」
意図が読めない。
要注意人物だ。
「シルヴィエにもこの書状を見せてやってくれるか」
「え、僕がですか?」
「他に誰がいるのだ」
シルヴィも一緒に行くんだよな……。
魔力供給役がいなければロボットは動かない。
彼女の役目はいわばロボットの心臓だ。
古代ロボットしか動かせない僕とは違い、彼女は好きな機体を好きなように動かせる。
もし僕の機体が故障したときにはシルヴィに守ってもらうことになるだろう。
いつも文句一つ言わず隣に乗っているシルヴィだが、実際のところを聞いてみたいと思った。
戦争に行くことについて、戦うことについて、軍隊について。
「シルヴィ、いる?」
部屋の扉をノックすると、中から「どうぞ」と声がした。
そういえば彼女の部屋に入るのははじめての経験だ。
内装は僕の使っている部屋と変わらない。
華美なとろとがなくシンプルな感じだ。
広さは僕の部屋よりも若干手狭といった具合。
もっと女の子らしい部屋を想像していた僕は、その差に驚いた。
「作戦指令書が届いたよ」
「みせて」
「ここにはない」
冗談だ。
指令書を手渡すと、彼女は難しい顔をしてそれを読み、読み終わったあともしばらくのあいだ黙っていた。
考え込むようなことが書いてあっただろうか?
あるいはアルバラード少将が意図的に読まなかった部分があったのかもしれない。
「書いてはいないんだけど」
彼女は言いにくそうに切り出した。
「たぶん奇襲作戦ね。私たちは斥候部隊に入ると思う」
「斥候?」
ゴブリン斥候部隊の斥候か。
軍隊用語はいまいちよくわからない。
連隊だったり、斥候だったり、大尉という階級だったり、どんな役目でどんな仕事をすればいいのか。
「敵の情報を部隊に送るの」
「戦うんじゃないのか?」
「戦うのはそのあと。まずは敵の動向を探らないと」
「でもそんな訓練してないのに」
これからやるのかもしれないが、頭を使う仕事を任されるとは思わなかった。
僕は天才とはいえ、いきなりは困る。
「機体性能の報告が上にいったんでしょうね。あのロボット、模倣機体の数倍は機動性があるもの」
「君は斥候部隊に配属されると予想してたの?」
「いいえ、そんなことない。でもあの機体ならどこに配属されたとしても最大の効果があがるはず」
士官学校の教師が新しく訓練方法を考えなければならないほど、性能のいい機体。
実戦投入されればたった一機で戦局を左右する存在になりうる。
だからこそエリク元帥は早期投入を望んだのだ。
それはつまり期待されているのはロボットの性能であって僕の操縦ではないということを意味している。
動かせるなら誰でもいい、と言われているような……。
しかし撃ち合いをしなくて済むというのは安心だ。
ノルマンディ上陸作戦をやらされるのだと勝手にイメージしていた。
最初の突撃で一番前を走らされると思っていた。
斥候部隊も結局は一番前に配置されたということではあるが、銃弾飛び交う中を縦横無尽に走り回らなくていいならそれに越したことはない。
「そのわりには浮かない顔だね?」
「危険だからね、斥候は」
「えっ? でもコックピットは安全だって……」
「撃たれて死ぬことはないでしょうね。でも死にかたは他にもあるのよ。メルランとの国境は荒野に囲まれてる。突発的な戦闘でロボットが故障して、歩いて帰らなきゃならなくなったらどう? 最悪餓死する。捕虜になった場合は? 斥候への尋問はきついわ。最悪溺死する」
僕は生きる。
僕はいつまでも生きる。
最悪永遠に生きる。
生きていたいが、ロボットが壊れることを想定していなかった。
今まで僕が壊してきたロボットを想像する。
銃弾で足がもげ、腕がちぎれ、ケツがへこんだ機体。
それが自分の機体だったらと考えてみる。
動けなくなったらロボットを降りるしかない。
降りた人間は国際法で保護されると聞いていた。
てっきり降りた瞬間からターゲットから外されてそのまま帰れるのだと思っていた。
しかしシルヴィの話では捕虜にされるという。
国際法というのは、ハーグ陸戦条約的な意味合いしか持たないのかもしれない。
建前上、民間人を攻撃してはならない。
建前上、非人道兵器を使用してはならない。
だが実戦になればうやむや、仕方なかったで子供が乗ったバンを攻撃したりする。
戦死者はゼロだとアルバラード少将は言った。
たしかに「戦死」はゼロなのだろう。
でもそれ以外は?
たとえばロボットを降りた場所が戦場のど真ん中で流れ弾にあたって死ぬかもしれない。
その場合、戦死者にカウントすれば撃った側は国際法に違反しているということになる。
そのようなリスクまみれの戦場で撃ち合いが成立するとは思えない。
暗黙のルールで、実際は人死が出ているとしか……。
シルヴィの部屋を出て、自室に戻る。
真っ白なシーツがかかったベッドに寝転がって、高い天井を見る。
ふと、実家にある自分の部屋を思い出す。
お世辞にも綺麗とはいえない部屋。
この部屋の三分の一以下の広さしかない。
悪くはなかった、と今なら思う。
シーツを洗うのは一月に一回だったし、壁紙は変色していた。
破けた障子紙の穴を猫が出入りして、ムカデやら蛾やら気色悪い虫がしょっちゅう現れた。
――だけど戦争はなかった。
ここから逃げよう、とは思わない。
やっぱり帰りたいと言えば、アルバラード少将やシルヴィも了解してくれるだろう。
しかしそのときどんな顔をするのか。
想像もしたくない。
翌日、シルヴィと一緒に登校すると校庭に人だかりができていた。
人だかりの中心にあるのは、やたらと金属光沢のあるロボット。
青と白で塗られている派手な機体で、明らかに他のものより優れているというふうだ。
「おっ、来たわね。さっそく準備して!」
人だかりの中からシェイラ先生が現れて言った。
なんのことだかさっぱり分からないけれど、僕たちはひとまず昨日ロボットを停めたところまで行き、乗り込んで校庭に戻った。
すると先程までの人だかりは消え、かわりにRobot guy=G先生とA.I.guy=G先生がいた。
その横にも見知らぬ男が数名立っている。
「あれは誰?」
とシルヴィに尋ねる。
「知らない。この学校の人じゃないみたい」
「部外者はまずくないか?」
「たしかに……どういうつもりかしら」
「はいストップ!」
シェイラ先生が手を交差させて合図を送っている。
「この機体は試作段階の無人機です。今から試作品のテストを兼ねて戦闘テストをしてもらいます。こちらの方々は開発に携わったB社のエンジニア。恩智英くん、シルヴィエさん、昨日と同じで実戦だと思って戦いなさい」
「思いきりかましてやれい! ハッハッハ!」
A.I.guy=G先生が騒いでいる。
観覧者が十分に離れたところで、無人機が動き出す。
「そういえばさ、無人機ってなにを動力にしてるの?」
「もちろん魔力よ。バッテリーに溜めたやつを使ってるの」
バッテリー。
なるほどそういうのもあるのか。
起動した無人機は右手を上げ、銃弾を撃ってきた。
機体に衝撃を受ける。
「散弾よ、気をつけて! 密着されるとまずいわ」
散弾、そういうのもあるのか。
続いて、姿勢を低くして猛ダッシュで距離を詰めてくる無人機。
あんな挙動、guy=Gコンビすらやらなかった。
「避けて、撃たれる!」
ハンドルを切って左に跳ねる。
すると無人機もそれに合わせて機体を傾け、あっという間に目の前に――ダン。
右腕が根本からちぎれ、吹き飛ぶ。
飛んだ腕が地面につくより先に、無人機の胴回し回転蹴りが炸裂。
一瞬タッチパネルの画面が砂嵐に変わる。
これは非常にまずい。
体勢を立て直さなければ。
「撃って! 恩智英くん急いで」
無人機が追撃を加えんと跳躍、体重でコックピットごと潰す勢いで落ちてくる。
ハンドル左のレバーを下げる。
無人機が空中でバラバラにはじけ飛ぶ!
これが魔散弾の威力だ。
「ヤッタ! やったね!」
数センチ動けば肩が触れ合う距離にいるシルヴィが、大喜びで揺れている。
本当だったら歓喜のあまり抱きついてくるイベントのはずが、機内があまりに狭いので喜びを表現する方法が「少し揺れる」くらいしかないのだ。
「かはっ……息できてなかった。今まで息できてなかったわ僕……」
死ぬかと思った。
シェイラ先生の気持ちが今わかった。
「魔力供給を止めて降りてきてください。一旦休憩です」
シェイラ先生がメガホンを片手に叫んでいる。
「よくやった新人ンンンンンン!」
A.I.guy=G先生に褒められた。
む、麦らぁ……。
B社のエンジニアたちが壊れた機体を回収している。
その様子が甲子園の土を拾う高校球児に酷似していて、なんだか申し訳なく思う。
「あれ、本当に壊しちゃってよかったんですか?」
シェイラ先生にこっそり尋ねる。
「それは無人機の話? それともあなたの機体の話?」
「あ……」
改めて被害状況を確認する。
右腕が完全にちぎれている。
内部の部品が飛び出して、見るも無残な有様だ。
「あの、これってやっぱり」
「はい、廃棄ですね。修理方法はわかっていません」
あの技術書は主に操作方法について書かれた本である。
修理に関する情報はなかった。
「倉庫に別の機体があるから、好きなのを選んで来なさい。戻ってきたら訓練を再開します。あとがつかえてるから早く選んできてね。はい! 次の方どうぞ!」
シェイラ先生が体育館のほうに向かって叫ぶ。
すると今度は赤と黒のロボットが歩いてきた。
「B社の方、回収早めでお願いします!」
「参考までに、今日は何社呼んでるんですか?」
シェイラ先生はにっこりと笑う。
「二十社ほど。さあ早く選んできて!」
倉庫には様々なタイプのロボットが陳列されていた。
先程の無人機に似た格好いいデザインのものもいくつかある。
紫色の機体などエヴァンゲリオン初号機にそっくりだ。
スラッとした長い体躯が芸術的ではないか。
「よし、この紫のやつに乗ろう」
「そっちのは乗れないよ。恩智英くんが乗るのはこっちに並んでるやつ」
シルヴィが離れた場所から言う。
僕が見ていたのは古代ロボットを模倣して作られた機体が並んでいる場所だったらしい。
「なんかこっちは全体的に暗い色が多いな」
「“古代”ロボットだからね」
女子のほうが色にこだわりそうなものだが、シルヴィはドライだった。
「これなんかどうだ?」
アップルシードに出てきたロボットの大きい版みたいなやつだ。
「もっと大きいのにしましょう。前のは狭かったから」
「そうか」
新車を選びに来たカップルのような会話だと思った。
最終的に選んだのは、人型だが頭がない、ジャミラみたいな形のロボットだ。
腕の可動域が減るぶん、火力が底上げされているというモデルだ(起動せずともスペックは見れる)
「おっ、なかなか広いな」
「やっぱりこのくらいがちょうどいいね。起動させてみよう」
『下句を入力してください』
『ならひそふちきりもうしのひとつきや たれをねたみのつのならなくに』※9
ロボットが起動する。
「ねえ、いつもそれなにが書いてあるの?」
「言ってわかるかな。歌だよ。詩みたいなものだ」
「へえ、素敵ね。さっきのはどんな意味だったの?」
「うーん、昔の言葉だからよくわからないんだ」
牛のセックスはすごく早く済むという意味の歌である。
まさか本当のことを言うわけにもいかないのでごまかした。
さあ、校庭に戻って第二回戦といこう。
※9 沢田名垂著 阿奈遠加志 上巻 より引用