入学/実戦訓練
翌日、僕は初めて城の敷地から外に出た。
領主のアルバラード少将に連れられて、初めてここに来た時目にした大通りを歩く。
城の窓から見えた姿とはだいぶ印象が違う。
遠くからでは現代的に見えた建物も近くだと粗が目立つ。
中世というほど古くないにしても、近代の貧国といった様相だ。
見ようによっては大正ロマン風の町並みに見えなくもない。
さて、僕が向かっているのは隣町にあるという士官学校である。
アルバラード少将の話によれば、士官学校で育成されているのは指揮官クラスの軍人であり、彼らの乗っている国産ロボットは、指揮官のみ搭乗が許されているらしい。
一般の兵士はというと、安価な輸入ロボットを操縦している。
これは前に説明を受けた、リッベントロップ産のロボットを模倣して他国が生産したという代物だ。
僕が乗るのはオリジナルの古代ロボットだから、これから行く士官学校には操縦法を教えられる教師もいなければ、乗ったことのある人物すらいない。
目的は広い敷地でロボットの操縦に慣れること、それだけだ。
とはいえ、学校か……。
言わずもがな、僕は元々スクールカーストの最底辺だった。
いじめられてはいなかったものの、存在感皆無で友達はゼロ、部活にも入っておらず、学校が終わるとすぐ家に帰る毎日だった。
学校といえば嫌な想い出ばかりが浮かぶ。
そもそもこっちの世界に残った理由も、好きなだけ学校をサボれるからだったのだが……。
「恩智英どの、車を拾っていこう」
車というのは人力車のことだ。
路肩に停まっていた車から適当に選んで、それに乗り込む。
車夫は人形の青いロボットだ。
子供が絵に書くような四角張ったデザインで、胴体の部分だけが異様に膨れている。
なるほど、あの部分に人が乗るのか。
一度ロボットを操縦してみて、なぜこの世界で車が開発されなかったのかが分かったような気がする。
魔力依存の操作法が影響しているのだ。
ロボットに乗って走ると、魔力を提供している者は実際に走ったのと同等の体力を消耗する。
だから魔力を燃料に走る車を作っても、中にいる人間は時速数十キロで走るのと同じ疲労を感じるわけだ。
ここまで魔力のデメリットばかりを取り上げてきたが、良い点もある。
それは魔力の消耗は身体には影響しないということだ。
例えば今乗っている人力車の車夫が時速五十キロで走ったとする。
当然体力的には相当消耗するだろうが、身体にはなんの変化もない。
骨や筋肉は傷つかないのだ。
彼らはロボットをハイテクな機械とは見ていない。
中に入ると少しだけタフになって、仕事が楽になるものと考えているのだ。
おそらくこの世界における未来、車や飛行機が開発され、人型ロボットは廃れていく運命にあるのだろう。
人力車は街を離れ、雑木林の中を進んでいく。
林を抜けると、丘の上に建物が見えた。
「これは……東京駅!」
東京駅によく似た建物が、どうやら士官学校らしかった。
これはいよいよ大正風ではないか。
だだっ広いグラウンドのところどころに大穴が開いている。
爆発物の訓練の跡だろうか。
障害物が置かれた区域や、アスレチックまで設置されている。
外国のドキュメンタリーで見たやつだ。
ネイビー・シールズ 地獄の訓練的なやつ。
正面玄関で下車し、いざ校舎に入る。
緊張して汗ばんできた。
鼓動が早くなる。
少し腹も痛いみたいだ。
お母さん、今日はお腹が痛いから学校を休むよ、とは言えない。
しっかりしろ高校一年生! と頬をつねり気合を入れる。
いやでもやっぱり腹が痛いと考えている間に、教室の前まで来てしまった。
「一時間だけ座学を受けてくれ。私は校長室に行ってくる。今朝の時点で担当教師には大まかの事情を伝えてあるはずだが、生徒たちは君の素性を知らない。混乱を避けるためにもなるべく喋らないようにしてくれ。まあ、今日一日我慢してくれればいい」
「わかりました」
教室の前でアルバラード少将と別れる。
勢い良く引き戸を開け放ち入室! 臆する理由などない。
Yo dude. What’s up? というテンションで教室内を見渡す。
気分はAmericaからの転校生。しかもNorth Carolinaから来た男。
「Holy shit!」僕は叫ぶ。
教室に入ったら席に座って存在感を消すつもりが、どこに座ればいいのかわからない。
僕はどこに座ればいいのか。
僕の英語は彼らにはなんと聞こえているのだろう。
多くの生徒たちは僕と同い年か、年下くらいに見える。
数名明らかに年上のオジサンもいる。
入学に年齢制限はないのかもしれない。
先程から距離を感じる。
誰も近づいてこない。
タイミングよく中年の男教師がやってきた。
「恩智英さんですね。こちらへどうぞ。みんなに紹介します」
セオリー通りの説明。
出身地などは省きながら、教師が一通り素性を説明してくれたのはありがたかった。
この手の挨拶というのはどうも苦手で、ともすればトンチンカンなことを口走ってしまいそうだ。
席が決まりいそいそと着席する。
隣の席は女の子。
というよりこのクラスでは必ず男女で隣になるらしい。
僕が椅子に座るとすぐ、机が二センチ離された。
「Are you kidding me!?」
「キモッ死ね」
女の子は呟くように言う。
僕は美しい。僕は生きる。
転校生といえば無条件に歓迎されるものだとばかり思っていたけれど、そうでもないようだ。
出席を取り終わり、授業がはじまる。
ロボットについての基本的な仕組みを勉強しているらしい。
数学の授業でないことがわかり、僕はホッと胸をなでおろす。
教師は語った、魔力で動くロボットについて(倒置法)
魔力を燃料にロボットが動き、供給者に負担がかかるのは既に見知ったとおりである。
魔力の容量は個々人の実力により様々であるが、肉体的な体力より若干多いのが通例である。
魔弾の射出や人間離れした動きをする際、ロボットが消費する魔力は大きくなる。
どれくらいの消費量かというと、歩行で消費する魔力が1として、三メートルのジャンプにかかる魔力が200、魔弾使用時に至っては2000の魔力が消費される。
一般的な人間の魔力保有量が約10000だから、訓練なしにロボットを使った戦闘行為に及ぶのは無謀といえる。
訓練により魔力保有量を増やし、また魔弾射出時における魔力消費を抑えることで、長時間の戦闘に耐える士官を育てるのがこの学校の役割である。
卒業時、士官候補生の魔力保有量は平均して10万、歴代卒業生の最高記録が50万。
平均に満たない場合でも、魔弾ではなく実弾を使用することで魔力消費を抑えられるので、魔力不足だからといって不適合とされることはないので安心してよい。
「それでは魔力測定を始めます」
身体測定のようなノリで、魔力測定が始まった。
こちらの世界に来てから一ヶ月、意識したことはなかったが、今何月なのだろう?
普通身体測定は四月頃やるものだ。
もしかすると僕以外の人たちも、学校に通いはじめて日が経っていないのかもしれない。
名前を呼ばれると、立って教壇に行く。
「はい、じゃあここに息を吹きかけて。もっと強く、ハーッと。はいご苦労さま」
まるで飲酒検問だ。
「はい出ました。ルペルト、13200」
「ウッシャー!」
いかにも不良といった感じのルペルトがガッツポーズする。
確か一般人の平均が10000と言っていたから、13200は多いほうなのだろう。
他の人の測定結果を見ても、数値は10000前後にまとまっていた。
とびきり突き抜けている人も、少ない人もいない。
女子のほうが若干少ない数値が出るあたり、体力や筋力と似ている。
シルヴィはどのくらいだろうか。
昨日僕は魔力保有量など考えもせず魔弾を乱射したけれど、最後の一発まで威力は保たれていた。
五十発撃ったとしても消費魔力は100000だ。
「次、恩智英。ここに息を吹きかけて」
アルコール検知器のような棒に息を吹きかける。
教師の表情が変わった。
「もう一回やってみてくれる?」
言われた通りもう一度息を吹きかける。
「おかしいな……こんなはずは……」
教室内でヒソヒソ声がする。
皆驚いているようだ。
こんな瞬間を待っていた!
おそらく僕の魔力保有量が桁違いに多いので、機械の故障だと思っているのだ。
よくあるパターンじゃないか。
驚嘆し恐れおののく教師、天才の出現にどよめく教室、僕を崇めるクラスメイトたち。
「うーん、何度やってもゼロ。恩智英、ゼロ」
「Oh my fucking god! C'mon dude」
ヒソヒソ声が笑い声に変わり、大爆笑となる。
ゼロとは……ゼロとは。
頭の中が東浩紀になる。
非常にシンプルに、ゼロとは何かってことですよね。
ゼロとはってところから始める必要があると思いますよ我々は。
非常にシンプル。
その後も測定は続けられたが、ゼロという数字を叩き出したのは僕だけだった。
ゼロとはつまり無だ。魔力なし。Goddamn.
チャイムが鳴り、授業が終わる。
くそったれ、これでもうこの教室ともオサラバだ。
座学は一時間だけの約束だった。
教室から出ると、外でアルバラード少将が待っていた。
校庭で訓練の準備がしてあるという。
「君が時折喋る変な口調、あれはなんだ?」とアルバラード少将は言った。
「変とは?」
「君のところではどんな意味があるのかは知らないが、あれはやめたほうがいいな」
「なぜです?」
「我々にとっては敵国の発音で聞こえる」
これで合点がいった。
なぜ僕が教室で浮いていたのか。
事あるごとに敵国語を喋っている男に見えていたからだ。
しかも敵と戦う専門家を育成する学校でだ。
校庭には数体のロボットが用意されていた。
僕が昨日乗ったものもある。
一番大きいものは校舎の四階部分にまで達している。
そのロボットの横に女の人が立っていた。
「彼が例の青年ですか、アルバラード少将」
「そうだ。恩智英どの、こちらシェイラ先生だ。この中で好きな機体を選ぶといい。選んでいるあいだに……おっと、もう来たようだ」
シルヴィが校舎の中から駆けてくる。
彼女もここの生徒だったのか!
生徒たちが着ていたのと同じ服を着ている。
緑色の軍服のような格好だ。
「恩智英さん、私はこのロボットについて何も知りません。たぶんあなたのほうがよくわかっているでしょう。だから今回は操作確認などの訓練は飛ばして、挙動確認からスタートします。ロボットに乗り込んで、私のあとについてきてください」
そう言うと先生は自分の機体に乗り込んだ。
僕もシルヴィと一緒に昨日使った機体に乗り込む。
『下句を入力してください』
毎回入れるのかよ!
『みづはさす八十あまりの老いの浪 くらげの骨にあひにけるかな』※5
『下句が違います。もう一度入力してください』
『みづはさす八十あまりの老いの浪 くらげの骨に逢ふぞうれしき』※6
『認証しました』
面倒くせえよ!
このロボット、日本人なら誰でも乗せるというわけではなく、学のある人間しか受け付けないらしい。
技術書の小難しさといい、なんたる選民思想だ。
もし僕が古典の問題集をバッグに入れていなかったら、一生起動できなかっただろう。
ちなみにクラゲの骨は、珍しいもの=幸運を意味すると問題集には書いてある。
本当に幸運のアイテムだよ、この問題集は。
魔力供給を開始し、ギアをパーキングからドライブに入れ、サイドブレーキを下ろす。
昨晩技術書を読んで新しく覚えたボタンを押し、アダプティブ・クルーズ・コントロールシステムをオンにする。
これによりシステムが目標捕捉を補助してくれる。
「ところでシルヴィ、さっき魔力測定をやったんだけど、君はどのくらいあるんだ?」
「一番最近の測定で23万だったかしら」
「はえ~すっごい」
僕はゼロだ、とは言えなかった。
障害物コースまで移動して、準備完了の合図を送る。
コースには凹凸のある地面、そり立つ壁、ターザンロープ&ロープラダー、クリフハンガーなどが設置されている。
ミスターSASUKEもびっくりの充実ぶりだ。
しかし僕があの一番大きいロボットに乗っていたら、どうやって訓練したのだろうか?
「さあ、ついてきて!」
先生が叫ぶ。
ハンドルを握り、アクセルペダルを踏む。
魔力測定は散々だったが、操縦なら自信がある。
僕は天才だ。僕は真面目だ。
僕は素晴らしい人間だ。
開始早々凹凸に足を取られて転倒、衝撃がコックピットまで伝わり、頭をタッチパネルにぶつける。
その弾みで変なスイッチが入ったのか、なぜかロボットは片足立ちになりぴょんぴょんと跳ね出した。
「恩智英くん、しっかり!」
隣でシルヴィが応援してくれている。
急いでギアをニュートラルにし、座席下部の扉をあけ手回しハンドルをグルグル回す。
曲がった足が伸び切った所でサイドブレーキを上げ、ギアをパーキングにし魔力供給をストップ。
再起動させる。
前を進む先生とはかなり距離が離れている。
「急ぐぞ、シルヴィ!」
アクセルを思い切り踏み込むと同時に、ジャンプ。
立ち幅跳びのような格好で凹凸のある地面を飛び越え、そのままそり立つ壁の上に着地。
更にジャンプ!
壁の上から一気にターザンロープを越え、ロープラダーの上に着地する。
先生はクリフハンガーを進んでいる最中だ。
追いつける!
壁から出っ張った部分を掴み、握力のみで移動しなければならない。
「邪魔だ!」
前方を行くロボットのケツに蹴りを浴びせる。
金属がぶつかる甲高い音が鳴り響く。
先生の機体の下半身が大きく揺れ動く。
人間であれば、指先にかかる負荷が大きくなって耐えきれず落ちるところが、ロボットの場合は魔力消費量が増すだけで痛みも苦痛も感じない。
「落ちろ!」
もう一度蹴りを食らわす。
痛みも苦痛もないロボットを落とすには、極端にバランスを崩させるしかない。
「シルヴィ、魔力全開だ!」
蹴りに威力を込めるべく身体を振った、そのとき。
バランスを崩した僕らの機体は地面に叩きつけられた。
※5 鴨長明著 発心集 多武峯僧賀上人、遁世往生の事 より引用
※6 今昔物語集 多武峰増賀聖人の語 より引用