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異世界ロボット大戦争 ~やや高尚、巨乳ヒロイン、大物のラスボスを添えて~  作者: ロボットガイジ
一章はファンタジーな異世界に転移した主人公が戦争に参加することになる
2/8

研究会、あるいは起動実験

僕は素晴らしい人間だ。

僕は美しい。

だからこの技術書も一週間あれば読み解ける……はずだった。


一週間経ち、二週間が経過、三週間目になってもなお、分厚い技術書の半分あたりまでしか読み進められていない。

まるで暗号解読だ。

一ページ進んでは二ページ戻るを繰り返す。

今や技術書よりも厚いメモの束が部屋中に散乱している。


なにせ四六時中、シルヴィエや領主の老人が進捗状況を確かめに来るのだ。

「どう、何か分かった?」「ある程度理解できたかね」

「なにか手伝おうか?」「必要な物があればすぐに取り寄せよう」

耳にタコができるくらい聞かされた。


進捗は芳しくなかったけれど、この世界については徐々に分かってきた。

とはいっても僕は二十畳ほどの部屋に軟禁されているから、窓から見る景色から憶測したにすぎない。


文明の程度は現代とさほど変わりはない。

違いがあるとすればやはり大量のロボットたちだが、彼らの役割は一般的に想像されるサイエンス・フィクションのものとは異なっている。

ロボットは車や冷蔵庫、作業車両の代用品だ。

その証拠に僕がこの世界にきてから三週間経っても、一台の車も見かけていない。


皆ロボットが押す人力車のようなものに乗って移動している。

ロボットがあって車がない理由は、やはりこの技術書にあるのだろう。

昼食の時間、部屋で芋らしきものを揚げた食べ物を食べていると、シルヴィエがやってきた。


「ロボットは操縦できそう?」

「いや、まだだ」

「どこまで読んだ?」

「家具や仕掛けが大工によって作られるってところまでだ」

「そう……」


気まずい沈黙。

シルヴィエも領主も、決して急かしたりはしない。

だからこそ期待をかけられていることがひしひしと伝わってくる。

彼らにしてみれば、これは一世一代の賭けなのだ。


以前、僕以外の人間を連れてきたらどうかと尋ねたことがある。

そのときシルヴィエはとても悲しそうな顔をしていた。

どうやら世界間移動は頻繁にできるものではないらしく、できるのはあと一回、つまり僕が帰るときのみだという。


「あなたは元の居場所に帰るだけだから、そんなに難しくないの。でも私はダメ。最初の一回が最後のチャンスだった」

「僕が帰る場合、出発した時間に帰れるんだよね?」

「ええ、それは保証する」


これだ。

これが僕がこの世界に残ることを決意した理由だ。

この世界で何年過ごそうとも、戻ったときには高校一年生の恩智英くんだ。

要するに無人島で十年間過ごしたのび太くんと同じことができるのだ。


技術書を読み解く片手間に十年間受験勉強をすれば、僕の頭でも上智大学くらいは入れるかもしれない。

それが無理なら中央大学。

それもダメなら金沢大学で手を打とう。


「お願い、あなただけが頼りなの」とシルヴィエは言う。

「わかってる」


そういえば、と思った。

彼らに文字は読めなくとも、僕が読み上げることで意味が伝わるのではないだろうか。

なぜいままで気づかなかったのだろう。

それなら一人で解読するよりも時間短縮できる。


提案すると、シルヴィエもハッとした表情をしていた。

急遽街中の学者が集められ、講堂のような場所で研究会が開かれることとなった。


当日の朝、いつもより二時間早く起床して準備にとりかかる。

ただ読み上げるだけでは意味が伝わらないかもしれないので、事前にわかりやすくまとめたメモも持参する。

前の日にも準備しておいたはずが、思ったよりも手こずり時間を食ってしまった。


とくにこの国の正装だという衣装に着替えるのに手間取った。

着物の帯に似たもので腰をとめ、更にネクタイのようなものも決められた手順で巻かなくてはならない。

いつまで経っても僕が出ていかないので、しびれを切らしたシルヴィエが手伝いにきてくれた。


「なァに、その結び方」


ギャグシーンのように見事な絡まり方をした帯紐、ネクタイを見て、シルヴィエはくすくすと笑う。

彼女の着付けは立派そのもので、貴族が着るようなドレスを身にまとっていた。

最初に出会った時に着ていたワンピースと同じ純白色のドレス。


「さすが貴族って感じだ」

「いいからこっちきて。結んであげる」


男なら誰もが憧れる光景!

奥さんや彼女にネクタイを結んでもらう。

これほど胸が熱くなる光景はない。


「今日の研究会、うまくいきそう?」

結びながら、シルヴィエは言う。


研究会だと彼女は言うけれど、僕にとっては朗読会の印象が強い。

僕がこれを読んで言えることはなにもない。

ただ学者たちの前で、何が書いてあるかを読み上げるだけだ。

むしろこちらのほうが「うまくいきそうか」を聞きたい。


「たぶんね。どうだろう、結構込み入った内容だから」

「そんなに難しいの?」

「難しいというより、なんだろう、込み入ってるんだ」


朝九時半、講堂に入ると、既に集まっていた学者の視線が僕に集中した。

ハリウッド映画に出てきそうな中世風の大講堂。

魔術結社の本拠地といった調度品が揃った荘厳な空間だ。

学者の数は全部で二十六人。

シルヴィエ、領主、僕をあわせて二十九人。

高い天井、長方形の大テーブルが二つ。

厳かな雰囲気の中、朗読会が始まった。


『純粋意識にとって本質的なことは、感性と意識の関係であり、両者の絶対的統一である。この統一は、両者が〔同じ〕一つの個体のうちに在るという、本源的な統一ではなく、両者の意識された対立から出てきた統一である』※3


講堂がざわつく。

学者たちはこの文章から何かしらの意味を汲み取ったらしい。

一方僕はというと、この文章を読んで何かを思うどころか、「本源的」という部分を間違えて「根源的」と読んでしまう程に何も分かっていなかった。

アホである。


年配の、背が極端に小さな男が手をあげた。

領主が目配せをすると、その男は立ち上がり、僕の方を向いて言った。


「感性とは精神のことなのでしょうか?」

「はい、そうです」


適当に答えた。

いや、この質問に適当でなく答えられる人物がいたらそいつは狂っている。

今までの人生の中で、「感性とは精神か」なんてことを聞かれたことがあるだろうか?

「精神科はどこか?」と聞かれたことならあるが……。


またしても講堂がざわつく。

学者たちは互いに意見を交換し合いながら、手元の紙に計算式やら図形を書き込んでいる。

意見交換が済み講堂が静まり返ると、再び学者たちは一斉に僕のほうを見る。


「続きをお願いします」とシルヴィエが言う。


これは長くなりそうだ。

僕の読みは当たり、朗読会は12時間ぶっ続けで行われた。


「お疲れ様」

「本当に、疲れた」

「部屋に食事が用意してあるから。それじゃ、おやすみなさい」


第一回、第二回と朗読会を繰り返していくうち、だんだんと僕の存在感も薄くなっていった。

過度に期待されるより、文字を読み上げるだけの音声ソフトのような立ち位置のほうが居心地がいいとは、我ながらたいした陰キャラぶりである。


話し合いで導き出された結果は、その都度僕のもとにも届けられた。

リッベントロップ語で書かれた報告書をシルヴィエが読んで聞かせてくれる。


「古代ロボットを操縦するには、最低ニ人の搭乗者がいるみたいね。魔力供給と操縦役で二人。あなたが読んでくれた技術書の通りだと、誰でもいいってわけじゃないみたい。限りなく同質でありながら、反発しあう者同士でないと動かせないとあるわ」


「同質で反発するって? なんだか正反対のもののような気がするけど」

「そうね。でも珍しいことじゃないでしょ?」

「というと?」


「喧嘩するほど仲がいい。嫌よ嫌よも好きのうち」

「まさか」

「そう、最適な搭乗者は、夫婦、恋人同士、親友同士、兄弟などだって」


なんだかパシフィック・リムみたいだ、と僕は思った。

パシフィック・リムのロボットは、操縦者の意識を同調させることで動く。

ロボットを心で動かす的な発想で、はじめ見た時はエヴァンゲリオンのパクリやん、と思ったものだ。

あの哲学書じみた内容が書いてある技術書には、そんなことが書いてあったのか。


「でも、これで動かし方が分かったわけだ。ってことは、僕はもうお役御免かな」

「そうね……今日まで本当にありがとう。明日起動テストをする予定になってるけど、よかったら帰る前に見ていかない? あなたの協力なしには実現しなかったんだから」

「ぜひ見学させてもらうよ」


夏休みの自由研究にしてはいささか大仕事だったけれども、人の役に立つのはなかなか気分がいい。

普段人との関わりをもたない僕だから、ここ一ヶ月ほどは毎日新鮮な気持ちで目覚め、眠ることができた。

それも今日で終わりである。

当初は一年ほど過ごしてもいいくらいの気構えだったが、家から離れて一ヶ月が経ちすっかりホームシックになってしまった。


起動テスト当日。

「恩智英どの、ここはこのボタンでよろしいでしょうか」

「ああそうだ。次はそっちで……」


僕はロボットエンジニアたちと一緒に起動テストをさせられていた。

古代ロボットの内部は日本語で埋め尽くされていて、エンジニアだけでは到底動かせそうになかったからだ。

狭いコックピットにエンジニアと二人で入り、ボタンひとつひとつに書かれた文字を説明していく。

それを外から覗き込んでいる学者がメモするという寸法だ。


早朝から始めた起動テストだったが、昼過ぎになってようやく実際に動かすこととなった。


「いやぁ、もう疲れたよ。へとへとだ」

「恩智英どのには世話になりっぱなしで本当に申し訳ない」


観覧席に戻ると、領主に深々と頭を下げられた。

操縦役のエンジニアと、魔力供給役の男がロボットに乗り込む。

彼はエンジニアの親友だという。


「発進!」

領主が起動を宣言する。


動かないロボット。


「なにをしておる! 発進!」


依然動かないロボット。

後部ハッチが開き、中からエンジニアが顔をだす。

トラブルがあったようだ。


ロボットに駆け寄って中を覗くと、操縦席にあるタッチパネルの画面に『あなたがロボットではないことを証明してください』とあり、その横に『下句パスワードを入力してください』とある。

つくづくセオリー通りにいかないロボットである。

パスワードがどうして短歌なのか。


『かくなからきえはや露のおきかへり きみかひかりにあふもまはゆし』※4


「よし、これで入力できた。ハッチを閉めてもう一度やってみてくれ」


ハッチが閉まると同時に電子音が鳴り響き、再度ハッチが開かれる。


「何度もすみません。今度はこれが……」

画面に記されていたのは、『搭乗人種エラー 日本人を搭乗させてください』というメッセージだった。


この人種差別主義者レイシストめが!

※3 G.W.F.Hegel著 精神現象学 樫山欽四郎訳 より引用

※4 沢田名垂著 阿奈遠加志 下巻 より引

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