ストーカーだけど、アイリスたんは俺が護る!
魔王の放った巨大な黒炎により、勇者が倒れた。
障壁を燃やし尽され、自身も重傷を負わされはしたが、さすがは勇者だ。自らの背後にいた仲間や多くの人々を完全に守ってみせたのだから。
「ほう、我が究極の魔法を受けて尚、生きているとは驚いた。だが、それまでのようだな」
高笑いと共に歩き出す魔王。
「や、めろ……」
必死に手を伸ばす勇者だが、もう立ち上がる事も出来そうにない。
魔王はまるで品定めでもするように、立ち尽くす人々を見渡し、その背後では四天王がニヤニヤと笑っている。
「残念だったな、勇者。お前の前で一人ずつ苦しめながら殺してやる。無力な自分を呪うが良い。さて、誰からにしようか」
わざと緩慢な動作で一人一人の顔を確認していく魔王。人々は魔王の威圧で碌に動けない中でも、必死になって目を合わさないようにしているようだった。
さて、どうしようか。
そう思った時だった。魔王の顔が俺の方を向いたまま止まったのだ。いや、正確に言うなら、俺の後ろにいるアイリスたんを見つめていた。
おい、やめろ。
その目……。
何勝手に透視魔法使ってるんじゃい!
このド変態が!
「気に入った。その女を貰うとするか」
魔王の顔が厭らしく歪み、指向性を持った魔力がこちらに向かって放たれた。
「――ひっ!」
後ろから聞こえるアイリスたんの小さな悲鳴。魔力に関しては全て防いだが、おぞましい視線は遮る事が出来なかったようだ。
「これは驚いた。勇者以外にも少しは骨のある奴がいるようだ。見た所、その女の護衛のようだな。ふむ…… よし! 良い事を思い付いた。お前の手でその女を差し出せば、他の奴らは助けてやっても良い。もちろん勇者は殺すけどな。さぁ、どうする?」
真っ直ぐに俺へと視線を向ける魔王。すぐ後ろでは、俺の手を強く握り締めるアイリスたん。そして魔王が意図的に威圧を緩めた事で、中途半端に動けるようになった民衆からの視線が集中する。
「おい、あんた! アイリス様を差し出すんだ」
知らない誰かが声を上げた。それを皮切りに同じような言葉が次々と聞こえてくる。
まるで、あの時と同じだ。
アイリスたんは誰からも好かれていたはずなのに、ちょっとした事で一瞬にして手の平を返されてしまう。今は思考誘導はされていない。これはこいつらの本心なのだ。
「実に醜いな。わが身可愛さに、簡単に人を売るのか」
楽しそうに魔王が嗤う。
「ジーク様……」
後ろから聞こえた、か細い声。
不安に満ちたその声は、僅かに震えていた。
それも当然なのかもしれない。
勇者を倒した魔王を前にし、これだけの人に囲まれた状況の中で、目に映る全てが敵なのだ。頼れるのは目の前にいる俺だけで、その俺さえも信じて良いのか分からくなってしまっているのかもしれない。
だけど……。
「大丈夫ですよ」
「あっ」
振り返った俺は、アイリスたんを力強く抱き締めた。
うは。たまんねぇなぁ。
クンカクンカ。
「ご安心ください。どんな状況に陥っても、私は、私だけはアイリス様の味方です」
サラサラの髪をそっと撫で、ゆっくりと身体を離す。血の気が引いて淡雪のように白くなった頬に、流れた涙。それを指で優しく拭い、微笑んで見せた。
そして魔王へと振り返る。振り向き様に指に付着した涙を舐め取る事は忘れない。
実に美味。
ゆっくりと腰の剣を引き抜いた俺に、罵声が飛んでくる。
「おい! 何やってるんだ! ふざけた事するんじゃねぇ!」
「私達を見捨てる気なの!?」
「勇者様でも無理だったんだから、無理に決まってるだろ!? 諦めてアイリス様を差し出すんだ!」
ゴミ共の声に気を良くした魔王が俺に嗤いかける。
「こう言ってるがどうするんだ?」
そんな魔王に俺は問い返す。
「彼女をどうするつもりだ?」
「安心しろ。殺しはしない。この場で凌辱するだけだ」
一瞬にして、体中の熱が奪われていくような感覚がした。
イマナンテイッタ?
凌辱する、だと?
「そうか……」
「どうだ? 渡す気になったか?」
「――断る!」
「ほう、なるほど。万の民より一人の主を選ぶか。実に見上げた忠誠心。殺すのが惜しいな」
嬉しそうに嗤う魔王。
そして悲鳴を上げたり、暴言を吐くゴミ共。
「――黙れ」
アイリスたんを除く全てに向け、ほんの僅かな時間、魔力による威圧を行った。抵抗力の弱い者は呼吸する事もままならない威力で。
一瞬にして静まり返ったその場所で、魔王が嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「面白い。想像以上のようだ。望み通り殺してやろう」
ゆっくりと歩み寄って来る魔王。その手には勇者との戦いでも使われていた凶悪な魔剣が握られている。
「待ってください!」
突然の声に魔王が足を止めた。
辺り一帯に響き渡ったそれは、紛れもなく天使の美声。
俺の横へと並んだアイリスたんが、決意に満ちた表情を浮かべていた。
「アイリス様、何をするつもりですか?」
うすうす感付きながらも、俺は彼女に問いかける。
「申し訳ありません。ジーク様のお気持ちはとても嬉しいのです。でも…… 民を見捨てる訳にはいきません。私一人の犠牲で皆が助かるのなら、私は……」
「泣けるねぇ」
魔王が茶化すように嗤う。
絶望に染まっていたゴミ共が期待を浮かべ、アイリスたんと魔王へと交互に視線を送っている。
「いけません! アイリス様が犠牲になる必要などないのです」
「ありがとうございます。でも…… 良いのです」
毅然とした態度を装っているが、その足は震えている。
「アイリス様……」
「ジーク様。最後まで私の味方でいてくれてありがとうございました。婚約を破棄されたあの時も、魔王を前にした今も。全てをかけて私を護ろうとしてくれて、本当にありがとうございました。あなたに会えて私は幸せでした」
「そんな事言わないでください。俺に最後まであなたを護らせてください」
彼女が小さく笑った。
「ご自分の事を『俺』と言われるんですね。そっちの方がカッコ良くてお似合いですよ」
「今はそん……」
俺の言葉を途中で遮るように、彼女が抱き付いてきた。
「ごめんなさい。私は、民を見捨てる事ができません。私の身を捧げます。でも、その前に…… 最後くらい我がままを言わせてください。私は、ジーク様の事をお慕いしています。身分違いの恋だという事は分かっているつもりです。でも、今だけは…… 今だけは許してください」
俺の胸に顔を埋めていた彼女が、ゆっくりと俺の方を見上げた。そして小さく微笑み、涙で濡れたその目を閉じた。
これって……。
え?
いいの?
ちゅーしちゃって、いいの?
予想外の展開に慌てつつ、恐る恐るアイリスたんの肩に手を伸ばす。俺の手が触れ、華奢な肩が小さく震えた。それでも尚、そのままの姿勢で彼女は待っていた。それに応えるように、ゆっくりと唇を重ねた。
瞬間、時間が止まった。
いや、止めた。
五年かけて貯め続けた魔力を一気に解放して、時間停止魔法を発動させたのだ。全ての時間が止まったこの空間で、今は俺だけが動く事が出来る。時間が止まる系のセクシー動画を参考にして、考案した超が付くほど複雑な魔法だ。
故に、今の俺に止められる時間は僅か五秒だけ。
されど。
今、この瞬間程、貴重な時間があるだろうか。
いや、ない!
ある訳がない!
今ここで使わずして、いつ使うというのだろうか!?
この貴重な五秒間は、アイリスたんの唇を存分に堪能する為にこそ相応しい!
魔法が解け、動き出した世界で尚、数秒間ゆっくりとその感触を楽しんでから、唇を離した。
「――嬉しい」
頬を染めたアイリスたんが小さい声で呟いた。
それは本来なら聞こえない程の声量だった。しかしアイリスたんを存分に感じる為に、全ての感覚を強化している今の俺には、まる聞こえだ。
ビバ最高!
マジ最高!
「最後の挨拶は終わったか?」
不意に聞こえた魔王の声に、一気に気持ちが冷めていく。
「ジーク様…… ありがとうございました」
そう言って名残惜しそうに、俺の元から離れていくアイリスたん……。
魔王……。
なんてことを……。
貴様は許さない!
絶対にだ!
アイリスたんと俺を引き離した罪は重い。
アイリスたんはお前にはやらない。
俺は、一瞬にして魔王とアイリスたんの間へと割って入り、剣を構えた。
「アイリスたんは俺が護る!」
魔王が目を見開いた。
「お前…… どうやって移動した?」
耳障りだ。自身にかけた感覚の強化を全て外して魔王と対峙する。クソみたいな情報でこれ以上、素晴らしい余韻を穢したくはない。
「黙れ! 絶対に貴様を許しはしない」
「ほう、だったらどうする?」
「死ね!」
一閃。
「それがどうし……」
半ばで折れた魔剣。そして胸が斬り裂かれ、血を噴出した魔王の姿。
「――浅かったか」
さすがに嘗め過ぎたようだ。強化魔法なしでは、一撃で倒す事は出来なかったようだ。これではまだ、鍛錬が足りない。
「その剣、もしや聖剣か?」
驚愕の表情を浮かべる魔王。
「いや、ただの量産品だ」
手に持っていた剣を、魔王に向けて投げて渡した。
俺って親切。
「ごふっ……」
剣は胸へと深々と突き刺さり、魔王は口から大量の血を吐き出した。
「な? ただの量産品だろ? 冥土の土産にくれてやるよ」
「本当に、聖剣ではない、のか。その上まさか、勇者でもない、ただの人間に、やられるとは、な……。だが、ただでは、済まさん。全員道連れに、して、やる」
そう言って先程勇者を倒したのと同様の黒炎を創り出す魔王。僅か数秒で、魔王の頭上に巨大なそれが創り上げられた。
絶望的な状況の中で、それまで沈黙していたゴミ共が一斉に騒ぎ出した。
うるさいな。
小さくため息を吐き出して、落ちていた石を一つ拾い上げた。そして魔力を込めると、頭上にある巨大な黒炎に向けて放り投げた。
一直線に向かっていった石は、黒炎へと突っ込んだ。
そして。
黒炎諸共、大破した。
吹き荒れる爆風、逃げ惑う人々。
されどその衝撃は地上へと届く事はない。
なぜなら、俺の障壁魔法が全てを防いでいるからだ。アイリスたんにかすり傷一つ、負わせはしない。
因みに魔王と四天王は、石を投げるのと同時に黒炎の中に転移させた。
断末魔すら上げる事無く消え去った彼らに黙祷。
南無。
振り返り、アイリスたんの元へと移動する。
「お怪我はありませんか?」
「はい……」
「良かった」
状況を理解出来ていないらしく、唖然としているアイリスたんを、混乱に乗じて抱きしめた。
ぐふふふふ。
一年後。
雲一つない青空の下。
真っ白な教会で、俺はアイリスたんと結ばれた。
魔王を倒した英雄として。
勇者でさえ倒せなかった魔王を倒した事で、いろいろと周りがウザかったが、それぞれに何枚かの写真を渡したら、王様を含めたお偉方全員が黙って協力してくれた。
因みに俺が魔王を倒せたのも、勇者がギリギリまで追い込んでいたから。という理由付けもしっかりされている。無事解決だ。
そして今は、新婚初夜。
待ちに待ったこの時間。
ベッドの上に二人並んで座っていると、悪戯っぽくアイリスたんが笑った。
「そういえばあの時、私の事をアイリスたんって呼ばれませんでしたか?」
おう!
ばれてーらー。
魔王に剣を向けたあの時、気持ちが高ぶった俺は、確かにそう口にした。
「気付いていたんですね。あんな良い場面でかんでしまうとは情けないです」
「かんでしまっただなんて、ジーク様も可愛い所があるんですね」
可愛いのはアイリスたん、あなたです!
「可愛いですか? 恥ずかしいですね」
照れたように視線を逸らせて見せる。
「ジーク様が照れた所初めて見ました。もっと見せてください。そうだ! これから二人きりの時には『アイリスたん』って呼んで貰えませんか?」
え?
いーんですか?
「分かりました。ちょっと恥ずかしいですけど……頑張って呼ばせて貰いますね、アイリスたん」
「――はい」
わざと照れたように言った俺に、嬉しそうに抱き付いて来たアイリスたん。軽い身体をそっと受け止めて、柔らかなベッドの上へとダイブした。
ぐふふふふ。
アイリスたん、いただきます!
俺、ストーカーだけど……。
バレなきゃいいよね?
以上で本編は完結になります。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
※2017.08.27おまけのアイリスたん視点を追加しました。
改めて書かせて頂きますが、ストーカーは犯罪です。