ストーカーだけど、勇者と魔王の戦いに遭遇しました。
せっかく学園内での護衛になれたのに、しばらくお休みする事になってしまったアイリスたん。無実の罪を着せられそうになり、突然婚約破棄を突きつけられたのだから仕方ないのかもしれない。
それに加えて政治的な理由も多分に含まれていたりする。魔族が関わっていた事から、色々な調査をせざるを得ない状況になったのだ。すでに勇者も動き出したみたいだから、近いうちに魔族側との大きな衝突があるとみて間違いないだろう。
俺も気になっていろいろと調べてみたが、はっきり言ってかなりヤバイ状況だった。国の中枢こそまだ大丈夫だったが、王都内に大勢の魔族が潜伏していたのだ。本来なら王子を足掛かりにして中枢にまで手を伸ばす予定だったのだろう。それが失敗した今、果たして魔族はどう動くのだろうか。
うん……。
この国滅ぶんじゃないかな?
まぁ俺からしたら、そんな事はどうでもいいんだ。
問題なのは、アイリスたんと会えなくなってしまうという事。いくら二十四時間体制で見守っていたとしても、直接会えなくなってしまうのは本当に悲しい。せっかく仲良くなる機会を得ただけに余計に辛いのだ。
人生は、甘くはないらしい。
そう思っていたら、奇跡が起きた。
絶望感に苛まれていた俺に、天使が微笑んだのだ。
「私に魔法を教えてくれませんか?」
キタ―――――!!
アイリスたんの話によると、あの時の治癒魔法に感動したとの事。
さすがは才女。一瞬にしてあの魔法の価値を見抜くとは素晴らしいの一言だ。全力で治癒魔法をかけておいて、本当に良かった。
因みにあの時かけたのは、傷を治すだけでなく、お肌もスベスベにして、全身の汚れを落とし、髪をサラサラにして、気持ちを落ち着かせ、俺がカッコ良く見えるような効果を含んだ特製の治癒魔法だ。
という事で、現在マンツーマンで魔法教室の真っ最中だ。
ここ一ヶ月程は基礎を鍛える為に、魔力操作を中心に行っている。何事においても基礎は大切だと俺は思う。魔力操作を極めれば、全ての魔法のレベルアップに繋がるはずだ。俺の力説を聞いて納得してくれたアイリスたんはマジ素直。
セクハラ目的だなんて言えやしない。
魔力操作を教える為には、対象者に直接触れて外から魔力を送って操作するのが最も効率が良いのだ。
そう直接。これが大切。
肌と肌を合わせるのが最も効率が良いんですよ。ぐふふふふ。
とは言ってもさすがに無理はできない。
頭や首、手や足が限界だろう。他の部位に関しては服の上からソフトタッチで我慢する。もちろんそんな事しなくても、手を繋ぐだけで問題なく出来てしまうんだけど、それを言ったらお終いだと思う。俺の魔法は完全な独学で、オリジナル要素が多いから問題なく誤魔化せるのが素晴らしい所。
「準備は宜しいですか?」
「はい、お願いします」
本人の許可を貰い、今日も今日とてセクハ……魔力操作の練習を開始する。
アイリスたんに仰向けに寝転んで貰い、頭から足の先まで輪郭に沿って、手を這わせるようにしながら魔力を移動させる。効率の良い方法をしっかりと説明してある為、アイリスたんは、ノースリーブのシャツにショートパンツ、生足という素晴らしい格好をしている。
ハァハァ
たまんねぇです。
「どうですか? 動いているのが分かりますか?」
「――んっ。はい、感じ、ます。あ、温かくて、優しいのが、私の中で、動いて、ます」
頬を赤くして色っぽい声で答えてくれるアイリスたん。より効率的に学べるように、アイリスたんを一時的に、とっても敏感にして差し上げてます。
俺ってば、すっごく親切。
本来なら周りの目が気になる所だけど、いつも小言を言っていた専属護衛だった彼女は、王子側の関係者との接触があった為、現在は取り調べを受けている最中。事実だよ。繋がりがあるかどうかは別として……。
侍女の方々は魔法に詳しくないので、問題なし。えっろい声と表情は、俺の魔法で誤魔化して堂々とセク……。ゴホンッ!魔力操作の練習を行っている訳だ。
こうして振り返ると、随分酷い事しているように感じるけど、成果は上々だ。
「凄いです! こんなにスムーズに魔法が発動できるようになりました!」
子供のように、はしゃぐ姿に癒される。
「アイリス様が頑張ったからですよ」
「いえ、私は寝転んでいただけですので……あの、ジーク様」
「何でしょうか?」
「魔力操作の練習、明日もお願いできますか?」
頬を朱に染めて、僅かに視線を逸らすその姿が実にいじらしい。
「もちろん良いですよ。アイリス様が納得いくまで続けましょう」
「はい! ありがとうございます」
魔法の個人レッスンが終了したので、週末の日課になりつつあるデートに出かける。実際は買い物が目的で、俺は護衛、侍女も一緒ではあるのだけども……。
侍女と共にお忍びで買い物を楽しむアイリスたん。
町娘を装っても神々しい程のオーラは隠しきれていない。
マジカワユス。
天使の姿に癒されていると、巨大な魔力が出現した。どうやら隠す気がないらしく、辺り一帯を威圧するように魔力を漂わせている。
場所は王都の上空。
空間がひび割れ、出て来たのは……。
「なんだ、あれは!?」
「やばいぞ!」
「逃げろ!」
騒ぎ出す民衆の中へと、五つの影が降り立った。
「――魔王」
誰かが言った。
そう、そこに現れたのは、魔王とその配下である四天王だった。
なるほど。ゲームとは違うようだ。おそらく国の中枢に紛れ込む事に失敗した事で、作戦を変更したのだろう。王都に忍ばせている大勢の魔族の存在がバレる前に行動に移したと考えれば納得できる。
魔王はニヤリと笑うと、大声で叫んだ。
「時は来た! やれ!」
雄叫びが木霊する。
「嘘だろ? やめて、やめてくれ」
「お願い、助けて」
「いやぁ……」
潜んでいた大勢の魔族達が一斉にその姿を現し、人々を襲いだした。冒険者や騎士達が応戦しようと必死になっているが、対応が後手に回ってしまっている。戦いが始まってしまったその場所は、政治の中枢。王都の街中なのだ。阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
その時だった。
王都中の地面が光だしたのだ。
「ジーク様、これは……」
迫って来る魔族共を切り伏せながら顔だけ振り返り、頷いて見せる。
「大丈夫ですよ。どうやら勇者様達が来てくれたようです」
それは勇者パーティーである賢者と聖女による大規模魔法。地下に設置されていた魔法陣を起動させたのだ。魔族だけに効力を発する聖なる光が街全体を覆い尽くした。
光が収まった時には、魔族達の多くは地面に倒れ伏していた。残っていた者も随分と弱体化しており、次々と倒されていく。雑魚は一掃された。しかし強者共はまだ残っており、国の精鋭達が全力で対処に当たっていた。
時を同じくして、勇者一行が魔王の前に登場した。
「勇者め……」
結界を張っていたらしく、ほとんど無傷のままの魔王と四天王。そんな彼らに、勇者が抜き放った剣を向けた。
「攻めて来た事を後悔させてやる」
――勇者と魔王の戦いが始まった。
剣聖、賢者、聖女の三人が四天王を相手どり、勇者が魔王と対峙する。
苛烈を極める戦いの中、じりじりと押され出す勇者達。
そんな彼らを取り囲むようにして応援する街の人々は、彼らの邪魔になっている事に気付かない。魔王による思考誘導を受けて、都合の良いように操られてしまっている。
「どうすれば良いのでしょうか?」
アイリスたんの揺れる瞳が美しい。
「大丈夫です」
励ましつつ、状況を確認する。どう考えても、勇者たちに勝ち目はなさそうだった。この国の最高戦力である彼らが破れてしまえば、後は蹂躙されるだけ。
そうなったらこの国は終わりだ。
あれ?
この国が亡べば、アイリスたんとの身分差を気にしなくていいんじゃね?
危険な状況の中を命からがら逃げだした二人は、自然と惹かれ合い……。
イケる!
これイケる気がする!
どさくさに紛れて、不安そうなアイリスたんの手を握りながら、心の中で小さくガッツポーズをした。
「あっ!」
妄想に花を咲かせていた俺を、可愛らしい天使の声が現実に引き戻した。アイリスたんの視線の先では、勇者の仲間である剣聖、賢者、聖女が倒れ伏し、彼ら三人を護るように、ボロボロの勇者が一人で立っていた。それに対して魔王や四天王は傷を負ってはいるが、まだ余裕がありそうに見える。どう考えても絶体絶命の状態だ。
そんな中で、魔王が創り出した圧倒的なまでの魔法。
漆黒の炎の塊が上空に渦巻いていた。
「嘘だろ……」
絶望に染まった勇者の声が響き渡った。
――そして。
放たれてしまった巨大な黒炎。
「ちくしょう! させるか!」
勇者は力を振り絞るようにして、叫びながら障壁を展開し、更には自分自身を盾にするように黒炎に向かって突っ込んで行った。
俺は、その光景を真剣に見つめるアイリスたんの横顔を、目に焼き付ける作業に忙しかった。
実に美しい。