ストーカーだけど、後始末をします。
幸せな時間程過ぎるのが早い。
まだ朝ではあるが、あんな事があったのだ。今日一日は大事を取って、休養に充てる事になった。
アイリスたんを寮まで送り届けて、護衛としての俺の仕事はあっさりと終わってしまった。
さすがに寮の中までは同行させて貰えなかったのだ。分かってはいたが、あくまでも学園内での護衛が俺の仕事のようだった。
「話は既に聞いている。後はこちらに任せて貰おう」
寮に着いた所で、アイリスたん専属の護衛を務めている女性に道を塞がれた。彼女は、生徒ではない為、校舎内に入る事を許されていないのだ。しかし情報は既に回って来ているらしく、俺を値踏みするように視た後で、随分と上から目線で指図してきた。
蔑むようなあの目線がご褒美だという者もいるだろうが、生憎俺はアイリスたん一筋の為、その程度の誘惑には屈しない。
たぶん。
きっと……。
なーんて。
冗談はいいとして、あの女がいなくなれば俺が専属になれるのかね?
まぁとりあえず、今日は素直に帰るとするか。
「後はよろしくお願い致します」
カッコつけて立ち去ろうとする俺に天使が声をかけてくれた。
「ジーク様。今日は本当にありがとうございました。また明日お待ちしております」
一瞬、時間が止まった。
耳に入ったその言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまったのだ。
アイリスたんに名前を呼ばれた……。
ヤバイ、死ねる。
嬉し過ぎて死ぬ!
死んでしまう!
今にも崩れ落ちそうになる脆弱な自分の身体に喝を入れて、小さく微笑んで見せた。
「喜んでお迎えに上がりましょう。それではまた」
世界一の美女と称えられるアイリスたんの微笑みに見送られながら、その場を後にした。小さく手を振るその姿は、とても可愛らしい。まさに可憐。その言葉がまるで、彼女の為にのみ存在しているようだとすら思えた。
アイリスたんから見えない位置まで歩いた所で、ふと気付いた。
一瞬にして冷や汗が噴き出る。震える手を強く握り締め、先ほどの会話を振り返った。
あの時、アイリスたんは何て言った?
そして、俺は何て答えた?
――また明日お待ちしております。
――喜んでお迎えに上がりましょう。
何てことだ……。
いや、分かっていた。
分かってはいたが、これではまるで……。
恋人同士のようではないか。
ダメだ……。
落ち着くんだ。
どうしようもない程の身体の疼きを必死に堪えていると、バカ王子の取り巻き達が近づいてくるのが見えた。一瞬にして冷める気持ち。今回ばかりはクズ共に感謝した方が良いかもしれない。危うく、本心が漏れ出る所だったのだから。
どうやら精神を鍛え直さねばならないらしい。
大抵の拷問には耐えられる程度には鍛えたつもりだったが、やはりアイリスたんは別格だった。さっきは周りに人がいたから良かったものの、こうして一人になるとやはり気持ちが緩んでしまう。
なんとかしないとな。
今後の訓練スケジュールを組み直していると、ようやくクズ共が目の前まで辿り着いた。
「何か御用ですか?」
柔和な笑みを張り付けて、クズ共へと視線を向けた。
……。
パパッと一生消える事がないだろう程の恐怖を植え付ければ、木偶人形の出来上がり。日常生活には支障がない程度に心をへし折らせて貰った。クズ共が俺やアイリスたんに関わらなければ、ただ過剰に臆病なだけでいられるのだ。どうしてこんなにも、俺は優しいのだろうか。
未来の重鎮達ばかりだったけれど、特に問題はないだろう。俺との接点はないし、この程度の小物がバカ王子の代わりにアイリスたんの婚約者になる事はあり得ないのだから。
とにかくこれで目の前でガタガタと震えているクズ共が、アイリスたんに何かをする事は絶対にあり得ない。
俺は、欠伸を一つしてその場を立ち去った。
さて、と。
少しだけ気持ちを引き締め、学園長の元へと足を向ける。クズ共の教育中に放送で呼び出されたからだ。理由は分かってはいるのだが、如何せんめんどくさい。
そうは思ったが、アイリスたんの為に後顧の憂いは消し去っておくべきだろう。
ノックをして部屋に入れば、学園長しかいなかった。すでに王子達への尋問は終了したようだった。
「早かったな」
ソファーに座ったままの学園長がこちらに視線を向けた。
「たまたま近くにいましたので。それで何の御用でしょうか?」
俺はドアの前に立ったまま、学園長に問いかける。長居する気はさらさらないのだ。そんな俺を見て、学園長は顔をしかめたが、そのまま話し出した。
「あいつらは一週間の謹慎処分になった」
「そうですか」
全く持って興味がない。欠伸をかみ殺す様に答えた俺の態度が不満だったのだろう。学園長は眉間に皺を寄せている。
「随分と他人事だな?」
「他人ですから」
本当に興味がないのだから、仕方がない。アイリスたんの邪魔になるなら処分するが、これ以上何もしないのであれば、俺としても特に何かしよう等とは思っていないのだ。学園長はしばらく俺を睨みつけた後で、小さくため息をこぼした。
「まぁいい。ところで監視魔法の存在にどうやって気付いたか教えて貰おうか」
やっぱりそうだよなと思いつつ、素直に答える。
「魔術に関してそこそこの教養さえあれば、誰だってわかりますよ」
「確かにそうだな。宮廷魔術師レベルの深い教養があればな」
学園長の目が鋭くなる。一応優等生で通ってはいるが、適度に実力を隠して生活してきたのだから当然かもしれない。言い訳をしようとも思ったが、面倒になったのでやめる事にした。
代わりに異空間から取り出した封筒を学園長に投げて渡す。風魔法を使用し、ふわりと舞った封筒がテーブルの上に音もなく着地した。
「どうぞ」
「なんだこれは?賄賂なら受け取らないぞ?」
「違いますよ」
疑惑の目をこちらに向けながら、封を開ける学園長の姿を観察する。
「――ッ!」
中から取り出した写真を見て目を見開く学園長。
バカめ。
「それ、よく撮れてますよね。とある筋から手に入れた情報なんですよ」
「脅すつもりか?」
明らかに動揺する学園長の手に握られているのは、王妃様との密会写真。しかも指を絡め合う姿がバッチリと写っている。
「まさか。ただのプレゼントです。もしご希望なら、引き延ばして掲示版にでも貼っておきますけど、どうしますか?」
「い、いや、それには及ばない」
「そうですよね。プライベートな事はあまり公にはしたくないですよね。私もそうなんですよ。ですからお互い、必要以上に干渉しないようにしましょう」
軽く威圧しながら睨みつける。学園長は大きく息を吐き出して、やれやれと言った具合に首を振った。
「――ああ。わかった」
「学園長が話の分かる方で良かったです。アイリス様と私に対して、余計な干渉がないならそれ以上は望みません」
「本当にそれだけでいいのか?」
「もちろんです。それさえ守って貰えるなら、私も余計な事はしないとお約束します」
「――信じよう」
「お願いしますね。さて、ところで何の話をしていましたかね?」
これで、この話は終わりだと強制的に話題を変える。こちらが弱みを握っている以上、余計な事はしないはずだ。
「さぁ、なんだったかな?そうそう、王子達を謹慎処分にしたんだ。たぶん大丈夫だとは思うが、報復に気を付けて欲しい。それを伝えたかったんだ」
学園長の顔は血の気の引いており、写真を持つその手は震えている。
うん、大丈夫そうだ。
不倫は、いかんよね。
「ご忠告感謝します。そう言えば……」
「何かな?」
一瞬弛緩しかけた空気が、再び張り詰める。
「お気づきかと思いますが、王子と一緒にいたあの腹黒女。洗脳された形跡がありましたよ」
「やはり、気付いていたか。おそらく魔族の仕業だろう。あのレベルの洗脳魔法は人間には出来ない」
俺には出来るけどな。
それにしても……。
魔族、か。
面倒な事にならなければいいけれど……。
「そうですか。何もなければいいのですが、そんな訳にはいかないのでしょうね。後は頼みます。それでは、私はこれで」
丁寧に頭を下げて、学園長の部屋を後にする。空間把握魔法を使用して確認すれば、学園長が頭を抱えて蹲っていた。
魔族が手を出して来た事よりも、俺に不倫がバレた事の方が遥かにショックだったらしい。
ふは!
ザマァ!
そんな事よりも。
アイリスたんは可愛いな。
脳内に送られてくる映像を並列思考を駆使して視ているのだが、やっぱり天使の姿にはいつも癒される。丁度良いタイミングで、制服から部屋着へと着替えだしたアイリスたん。
おっとこれは見逃せない。
昨晩の風呂上がりの時も、朝のトイレや着替えの時も、昨日のお風呂シーンを振り返っていたせいで見逃してしまったのだ。どれも録画はしてあるが、リアルタイムの方が良いに決まっている。チェックシートへの記入もあるから、しっかりと確認しなければならない。
それにしても、昨日のお風呂シーンは本当に最高だった。シャワーで泡を流している時に、突然上がった可愛らしい悲鳴。そして恐る恐るといった具合に、再び同じ部位にシャワーを当てたアイリスたん。初めての経験に戸惑いながらも必死で声を堪えるあの姿がなんとも……。
おっと、また同じミスを繰り返す所だった。
今はこっちに集中しなければ。
アイリスたん以外に誰もいない部屋の中で、小さくて可愛らしい手によって、一つずつ外されていく制服のボタン。その動作一つとっても、優雅に見える。
ワイシャツの隙間から見える白い肌はきめ細かくて美しい。
天使とはまさにアイリスたんの事だろう。
そう思っていたら、今日は黒でした。
直後にはらりと落ちたスカート。
そこに見えた光景に、思わず生唾を飲み込んだ。
紐、だと……。
この小悪魔め!