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夜の始まりを告げる鐘―5

「おっはよーステラ!! おじさん!!」


 地上界二日目の朝は、そんな耳をつんざく大音量と共にはじまった。



*          *          *



「うわっ、何!?」

「知るかよ、うるせぇ……」

 理不尽な起こされ方をする寝覚めほど悪いものはない。ヴェインは耳を押さえながらベッドから身を起こした。

 カーテンを開けて外を確認すれば、日は昇っているが明らかにまだ早朝だ。あいにくこの窓から玄関は見えないので、何が起こっているのかは分からないが。危険な感じはしないものの、二度寝する気も起こらず、ヴェインはとりあえず階下の様子を見に行くことにした。


「ったく、お前はどうしてそう、いつもいつもうるさいんだ」

「でもステラは、俺の声大きくて頭がすっきりするって言ってくれるぜ」

「そりゃあいつの感覚がおかしいんだ」

「あ、ひっど」

 部屋着のまま、まだ覚めきらない頭でヴェインが階段を下りていくと、昨日のリビングにはファルガーと見知らぬ男の姿があった。

 短めに刈った赤茶けた髪と日に焼けた肌、いかにも活発そうな顔は、ヴェインとそう年が変わらないように見える。

 表情筋のよく動きそうな男だなどと、よくわからないことを考えながらヴェインが二人の会話を眺めていると、キッチンから香ばしいコーヒーの香りが漂ってきた。ステラだろう。ひとまず二人は放っておいて、ヴェインはそちらに足を向けた。

「おはよう、ステラ。早いんだな」

「あ、ヴェインくんおはよう。私たちは動物のお世話しなきゃいけないから、朝は早いの。ヴェインくんたちは寝ててくれてよかったんだけど……もしかして、さっきの声で目が覚めちゃった?」

「手伝うよ。あぁ、とんでもない目覚ましだったな。」

「ありがとう。ほら、あの人が昨日おじさんの言ってた、王都に行く人だよ。キースくんっていうの」

「へぇ、あれが……。ん、もう呼びに行ってきたのか?」

「あ、違うの。まだ何も言ってなかったんだけど、偶然キースくんのほうから来てくれて」

 呼ばれてもいないのに、早朝――と言っても彼らにとっては、早くなどないのかもしれないが――から人の家にやって来て、あんな大声を張り上げるとは、ずいぶん非常識な奴らしい。

 ヴェインが朝食の準備を手伝いながらリビングの様子を覗くと、相変わらずファルガーと二人で微妙な問答を続けていた。ふとキースに目が合ったので、とりあえず無難に会釈する。

「あれ? あの人、だれ?」

「……」

「お前、あいつが二階から降りてきたの気づいてなかったのか」

 非常識ついでに、注意力は極端に一点集中のようだ。


「――とまぁ、そういうワケだから、こいつらがちょっとくらい変でも気にすんなよ」

「なんか面白そう! よろしく、ヴェインにシルス!」

「面白そう、ねぇ。本当にわかってんのか?」

「こいつはわかってないのが基本だ。細かいことは気にすんな」

「あ、そう……」

 ステラにしたのと似たような、二人がここに来たでっち上げの経緯を説明したはいいが、変とは酷い言い様だ。その上わかっていないのだとしたら、一体何のために時間を割いて説明したのか。身も蓋も無いファルガーの言葉に、ヴェインはがっくりと肩を落とした。

 何故か当然のように朝食を一緒に食べているキースは、正直言って単細胞を絵に描いたような男だ。今は朝とは思えない量の食事をかき込んでいる最中で、既にヴェインとシルスのことなど気に留めていないに違いない。本来疑われない方がありがたいに決まっているのだが、ここまで簡単に受け入れられてしまうと逆に気になる。

「それで、偶然キースも来たことだし、ステラ、片づけが終わったらリヴィのほう呼びに行ってくれるか」

「わかった」

 そう言って指示だけ出すファルガーは、この後仕事にでも行くのだろうか。

 のんびりと食後のコーヒーをすすりながらヴェインが隣に座るシルスへ視線を流すと、童顔の少年は瞳を輝かせて好奇心いっぱいにキースを見つめていた。いま一つ真剣味の感じられない、自分と似た空気でも感じ取ったのかもしれない。シルスがそれを自覚しているかは怪しいが。

「え、リヴィ?」

 しかしそこでふと、ハムエッグを胃に流し込んでいたキースが顔を上げた。

「リヴィなら確か、今日は東の森に行くって言ってたけど。薬草探すって」

「なに?」

「東っていうと……」

「あぁ、昨日の場所だ」

 一転して緊張の走る表情でファルガーが頷いた。東の森というのは、つい昨日ヴェインとシルスが天上から落ちてきた場所で間違いないらしい。

 状況を理解していないキースに、ファルガーが続ける。

「昨日の昼間、狼どもが森の入り口近くまで来てた。今日もまだ近くにいる可能性は否めん」

「ついでに、魔獣も見かけたぜ」

「魔獣!?」

 俺たちが倒したけど、と続けようとしたヴェインの言葉は、ステラの悲鳴のような声によって遮られた。

「そんな、いくらリヴィくんでも危なすぎる! 早く連れ戻さないと!」

「ステラ、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」

 そう言ってヴェインが顔を覗き込んでも、ステラは唇を震わせるだけで、何も答えなかった。

 昨日遭遇した二匹の魔獣こそ倒しはしたが、あの森の中からは他にも魔獣の気配を感じた。昨日の今日で人間のにおいに敏感になった他の魔獣たちが、リヴィとやらを襲いに来るというのは十分に有り得る話だ。

 そこまできて、キースが机に手を叩きつけるようにして立ち上がった。

「俺、行ってくる! リヴィを助けないと!」

 そう言って外に飛び出していこうとするキースの腕を、すんでのところでファルガーが掴んだ。

「待てキース! お前が一人で行っても同じことだ!」

「でも! 他の応援呼びに行ってたら……」

「そうは言ってねぇ。こいつら連れてけって言ってんだ」

「ん?」

 突然話の矛先が自分たちに向いたのに気づき、シルスが眉を寄せた。

「言ったろう、こいつらは多少なりとも戦える。三人でならなんとかなるだろ」

「え、僕ら?」

「なんで俺らが、っていうか、あんたは行かないのかよ」

「何言ってる。魔獣も狼も、人を襲うから心配してるんだぞ? 一般市民の俺が行って何になる」

「昨日のにおい玉とかあるじゃねぇ

「詳しい話はまたするが、王都へ続く道はリヴィがいないとどうにもならんぞ。ここで道案内役を失ってもいいのか?」

「ぐ」

 ファルガーは意地でも二人を行かせたいらしい。そういう魂胆は見え見えなのだが、ファルガーの言葉に反論もできず、ヴェインは押し黙った。見ず知らずの人間を助けるために自分の身を危険にさらすほどの奉仕精神など持ち合わせていないのだが、道案内がいなくなるのは困る。

「いいんじゃない? 迷ってる暇は無いし、行こうよヴェイン」

「……わかった」

 既に立ち上がっているシルスに続き、仕方なくヴェインも腰を上げる。ステラは未だ青ざめたまま、小さく震えていた。ステラとリヴィがどんな関係だか知らないが、知り合いが死にかけているとなれば、普通はこうなるのかもしれない。

 ヴェインは自分にやる気を出させるため小さく息をついたあとで、自分と歳は変わらないはずの、けれど今は妙に小さく見える少女に向き直った。

「ステラ、心配すんな。行くからには、必ず助けて帰ってきてやる」

「う、うん」

 かろうじて頷いたステラを見届け、ヴェインは武器を取りに部屋へと駆け上がった。




 キースを先頭に、早駆けの馬の蹄だけが響く。今は昼間で、人も動物も活動しているはずだというのに、辺りはやけに静かだった。昨日とうって変わって、飛ぶように景色が過ぎ去っていく。ヴェインとシルスがファルガーに助けられた、森の出口にはほどなく着いた。

 昨日二人が狼から逃げて通ってきた道は、人が歩くため整備されたと言うには程遠い獣道のような場所だったが、どうやらこの森にはそれ以外に無いらしい。三人は慌しく、しかし万が一ここに狼や魔獣が現れたとき馬たちが逃げられるよう、あえて結び目を緩くして馬をつないだ。

「さて、リヴィってのはどっちに……」

「リヴィ、どこ!?」

「あ、待ってよキース!!」

 しかし馬から離れた途端、キースは一人で森の中へと走り出してしまった。伸ばされたシルスの手は間に合わず、バネのように鍛えられたキースの背中は見る間に小さくなっていく。

「くそ、何のために俺たちがついて来たと思ってんだ。シルス、追え!」

「でも、そしたらヴェインは!?」

「俺がやられるとでも? 早く、あいつ見失う前に行け!」

「わ、わかった!」

 既にかなり小さくなってしまったキースの後ろ姿をシルスが追いはじめるのを見届けて、一人残ったヴェインは逆方向に体を向けた。

 入って早々道が二手に分かれているあたり、この獣道は迷路のように入り組んでいるのかもしれない。地元民であるリヴィが道に迷うことは無いかもしれないが、ひと一人を探し出して合流するのは厄介に違いない。できるならあの狼たちに出会いたくないのはヴェインも同じなので、こんな場所からはさっさと離れたいところだ。

「でも、連れ帰るって約束しちまったしなぁ」

 せめて人が通った形跡でも見つからないものかと、目では辺りを探しながらぼやく。

 ステラにあのようなことを言ったのは、正直その場の”勢い”だ。ただなんとなく、青ざめて震えるステラを安心させてやりたかった。そう思ったら、あの約束が口をついて出た。それだけだ。

「そりゃ、弱いものに優しく、は俺の信条だけどさ。変な感じだな――」

 そこまで言ったところで、ヴェインは足早に進めていた足を止めた。相変わらず森は静かで、狼や魔獣の気配も感じられない。道になんらかの形跡を見つけたわけでもない。

 ただ背後から首元に突きつけられた冷たいナイフの感触に、ヴェインは小さく息を呑んだ。

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