迷路に隠れて
庭に人影がある。月明かりで照らされ、くっきりとわかるシルエットは小柄で、月明かりに照らされる美しい金髪をきつくまとめた女性がいた。
なぜかラルフは、彼女から目を離すことはできない。
神経が張りつめているのか、辺りを見回し、大急ぎで歩く女性は、どうやら庭園にある迷路に入るようだ。
彼女が見えなくなることに、不快感を覚えたラルフは、まずは話しかける決心をした。
バルコニーの近くにある木が丈夫であることを確認すると、その木をつたい地上に降りる。
できるだけ余裕に見える範囲での早足で彼女の元に急いだ。
使用人の待合室から出たミリィは、どうにか夜会の参加者を一目見ようとしていた。
紋章は一族全員が同じものだ。誰か一人でも紋章貴族を見つけ、この狼の紋章を見てもらえれば、自分の一族を紹介してもらえるかもしれない。ミリィはこう考えていた。
しかし、庭から窓越しに一人の紳士を見て愕然とした。
紳士淑女は正装として、白い手袋を着けている。ミニッツ家の人々は、田舎で手袋をすることはあまりなかったため、意識の外側にあったのだ。
そして、ミリィは自分の両手を見ると涙がこみ上げてきた。
ミリィはミニッツ家の人々に、その見苦しい紋章を隠す様に命令され、黒い手袋を渡されていた。
汚しても目立つことはない黒色は、ミリィが家族に捨てられ、もう紋章貴族ですらないことを示しているかのように感じられた。
貴族は手を汚さない、汚してもすぐに手袋を替えることができる。そう考えていると、ミリィは急に自分が惨めに思えて仕方がなかった。
思わず嗚咽が漏れる唇を噛みしめ、辺りを警戒しながら、どこか隠れることができる場所はないかと探す。
そうしていると、迷路の入り口を見つけた。とても整えられている迷路だ。
ミリィは少し進んだところで、座り込むとドレスのシワを伸ばしながら、冷静に戻れるよう努めた。
「こんな気持ち、何度だって味わったじゃない。落ち着くのよ、大丈夫なんだから」
自分に言い聞かせる様に呟く。
孤児院では自分の物を持つことさえ、禁じられていた。それに比べると、自分だけの黒い手袋だって、それでいいじゃないか。
ミリィは自分のやってきたことは正しい、何もできなかった小さな頃からは成長していると自分を慰めた。