始まりはロンドンで
ミリィは護衛として守っているサフィア・ミニッツの髪を、他のメイドが結うのを見ていた。
今日は、ミリィたちが神秘の国イギリスの首都ロンドンに来て二日目になる。
貴族たちは社交の季節の始まりに合わせてロンドンを訪れ、終わりと共に去る。
ミリィが仕えているミニッツ家は今回、サフィアがデビュタントとして、今年のシーズンに参加するために訪れたのだ。
ミリィは、そのサフィアのメイドという名目の護衛である。
サフィアとその兄であるブライアンと共に田舎から出てきた。本来の予定では、ミニッツ家の当主夫妻であるサフィアの両親もくるはずだった。しかし妻が体調を崩したことで遅れてくることが決まった。
「お兄様ったら、せっかく田舎から出てこられたのに、酷い風邪を召されたんですって。お部屋から出ることもできないみたいよ。みんな思い通りにならない、本当に嫌になるわ」
ブライアンが父に入れられたのは、貴族の子息だけが通える学校の中でも、上級貴族がよく通う学校だった。
元々両親が着いてこれなかったことにも旅路で文句を言っていたサフィアは、兄にそこで出会ったであろう階級が高い友人たちを紹介して欲しかった。それが無理とわかっているため、うすく紅をはたいた頬を膨らました。
一日目はロンドンに出る旅の休息をとったが、今日は夜会にお目付け役であるサフィアの父方にあたる伯母、ミセス・ルビーと共に参加する。
普通ならばデビュタントのお披露目は、主役の母が夜会を開き、そこでする。しかしミセス・ルビーはその手間を惜しみ、今夜の夜会に連れていこうとしている。
一刻も早く、兄に男性を紹介してほしかったが次の機会に頼むしかない、とサフィアは鏡に写る美貌を確かめながら、自分を慰める。
夜会のための身支度は、残すはサフィアの髪を整えるだけだ。
ミリィは結い方をよく知らないが、サフィアを引き立たせる美しいが派手ではない髪型に結うメイドの腕は確かだということはわかった。
「サフィア、準備はできたかしら?」
ミセス・ルビーはトレードマークである大粒のルビーがついてあるネックレスが目立つ、襟ぐりの深い真紅のドレスを着ている。部屋に入るとすぐ鏡台の前に座るサフィアに近寄る。
そして、サフィアの整った美しい姿を見ると頷き、ミリィの方に体を向ける。
「そういえばミリィ、ブライアンはあなたがいれば安全だと言っていたけど、本当かしら?」
ブライアンからの信頼を嬉しく思ったミリィは、胸を張りミセス・ルビーに向き合う。そして、勇気を貰うために手袋越しに左手の甲を撫でる。
「はい、ルビー様。一生懸命、勤めさせていただきます」




