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終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~  作者: 桜葉
第三章 大森林に眠りし魔竜・ギヌス
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第三章34 赤髪の帝国騎士

「どうなってんだよ、コレ……」


「酷い……お城の中が見る影もありません……」


「これも魔竜・ギヌスの影響かの……」


 アステナ王国の城下町を走り抜けた航大たちを待っていたのは、復活を果たした魔竜・ギヌスによる壮絶な攻撃の嵐だった。かつて世界を滅ぼし、大自然を操る力を持つ魔竜・ギヌスはあらゆる場所から『大樹の根』を具現化させると、それらを用いて航大たちへ攻撃を仕掛けてきた。


「城のあちこちに木の根が……」


 世界を破壊し、創世した魔法による攻撃を何とか退けた航大たちは、魔竜・ギヌスの言葉に従う形でアステナ城へと足を踏み入れた。


 ハイラント王国にも負けない綺羅びやかな装飾が施されていたアステナ王城。足を踏み入れた航大たちを待ち受けていたのは、城の内部を埋め尽くす大樹の根だった。


「これでは歩くのも一苦労じゃの……」


 廊下、壁、天井……城の至る所を大樹の根が覆っており真っ直ぐ歩くことすら難しい状況だった。


 城の内部は異様な静寂に包まれており、しばらく歩いたところで全くといって人の気配がしないのであった。アステナ城にはたくさんの人間が存在していたはず。誰一人の姿も見ないというのは異常であることに間違いない。


「誰も居ないのか……?」


「そうですね……城に入ってから魔力探知を行いましたが……全く反応がありません……」


 航大が感じてていた違和感をプリシラも抱いていたようだった。

 険しい表情を浮かべ、静かな呼吸を繰り返すことで生存者の探索を続けている。


「城全体を禍々しい魔力が覆っていて……そのせいで魔力探知が難しくなっているようです」


「ギヌスの魔力に満ちてるってことか……」


 大樹の根はギヌスの魔力によって生成されている。


 そのため、今のアステナ王城は魔竜が持つ魔力によって包まれ、支配されている状況となっている。そんな場所に足を踏み入れた航大たちは、魔竜の懐に無防備で飛び込んでいるような状況でもあり、ギヌスの気分次第でいつでも航大たちは命を落とす可能性があるといっても過言ではない。


「……でも、あちこちにまだ人の魔力を感じます」


「え、そうなのか……アーサー?」


「はい。とても弱々しいですが…………ほら、あそこにも……」


 プリシラが難儀する魔力探知。そんな中で英霊として異世界に召喚されし弱々しい言動が目立つ伝説の王・アーサーは、キョロキョロと周囲を見渡すとそんな言葉を漏らした。


「あそこって……まさかッ!?」


「城の中を覆っている根の中に取り込まれているようです……」


 アーサーが指差す先。


 そこには一際太い大樹の根が存在していて、よく目を凝らせば幾重にも折り重なる根の奥に人の姿を見つけることが出来た。


「マジかよッ……!?」


「なぜ殺さず、根の中に封じておるのじゃ……?」


「これはもしかして……魔竜は人々から魔力を吸い上げている……?」


「魔力を吸い上げる……そんなことが可能なのか……?」


「さっき、魔竜の封印はまだ完全に解けていないと言いましたね?」


「あ、あぁ……」


「魔竜を完全に復活させる。そのためには膨大な魔力が必要であり、今はまだそれが不足している。だから、人々から少量でも魔力を吸収することで、自分の完全復活を遂げようとしているのでは……」


 大樹の根に取り込まれた人々は誰もが意識を失っている。その身体は傍から見ても分かるくらいに青白く変色しており、今すぐにでも救出しなければ危ない状況に陥っていることは理解できた。


「それなら早く助けないとッ!」


「……大樹の根を一本一本対処していたらいくら時間があっても足りません」


「そ、それでもッ……目の前で苦しんでる人を見殺しには出来ないだろッ……」


「主様よ。根に取り込まれている人間は一人ではない。よくよく観察すれば、あちこちにそれも無数に存在しておる。プリシラの言う通り、まずはこの原因を作った張本人を叩いた方が良いと考える」


「――なら急ごう」


 目の前に助けるべき人がいる。


 しかし、全員を少しでも高い確率で助けるためには、やはり原因の大本である魔竜・ギヌスを倒すしかない。プリシラ、リエルの言葉を脳裏で反芻し、航大は険しい表情を浮かべると大樹の根が張り巡らされた城内を走り出す。


 航大たちが向かう先。


 それは王城の中で最も高い位置に存在している『封印の塔』。


 その場所に魔竜・ギヌスは存在しているのであった。


◆◆◆◆◆


「アハハッ、やっときたぁー。待ちくたびれちゃったヨッ」


「……お前がアステナを襲ったんだな?」


「……気をつけるんじゃぞ、主様。あやつから魔竜にも負けない魔力を感じる」


 城内を走り出してから少々の時間が経過した。


 航大たちは今、アステナ王城の中でも『封印の塔』と呼ばれる場所へやってきており、天井が崩落し見るも無残な状態へと化した空間に存在する魔竜・ギヌスと、それを従えるローブマントの女と対峙しているのであった。


「……なんか嫌な感じです」


「貴方が魔竜の封印を解いたのですか?」


 眼前に立ち尽くし楽しげな様子で笑みを浮かべる女は、全身を純白のローブマントで覆っており、顔の詳細を判別することはできない。僅かにローブの奥から垣間見える赤髪を視認することができ、その声音で眼前に立つ人間が女性だということは理解できた。


 魔竜・ギヌスは鋭い眼光で航大たちを睨みつけているのに対して、ローブマントの女には襲いかかる様子を見せない。それは女がギヌスを従えていることの証明であり、純白のローブマントを鮮血で汚していることも相まって、航大たちの警戒心は最高潮にまで引き上げられる。


「そーだよー? 君がこの場所に来るって情報があったから、魔竜ちゃんの封印を解けば会えるかなって思ってネ」


「お、俺に会いに……?」


 ローブマントの女は航大の方を向くと楽しげに言葉を紡ぐ。

 想定外の言葉を投げかけられ、航大は戸惑いを隠すことができない。


「……大罪のグリモワール」


「――ッ!?」


 女が漏らす言葉に航大の全身が跳ねる。


 航大が懐にしまっているグリモワール。その存在を眼前で立ち尽くす女は知っているのだ。女の言葉が鼓膜を震わせ、航大は眼前に立つ存在の正体に気付く。


「……お前、ガリアだな?」


「アハハハハッ、今ので分かっちゃうんダッ、やっぱりッ!」


「……やはり、帝国の仕業だったか」


「帝国・ガリア……まさか、アステナにまで侵攻してくるなんて……」


 女の反応を見て、リエルが忌々しげに表情を歪ませ、プリシラは帝国が伸ばす魔の手がアステナにまで及んでいることに驚きを隠せない様子であった。


「なんでアステナを襲ったんだッ! 俺に用事があるなら、最初から俺の所に来ればよかっただろッ!」


「うーん、それでもよかったんだけどねぇー……魔竜ちゃんを封印するなんて、アステナって国は悪い国だから、ちょっとだけお仕置きしてあげようかなって思ったノ」


「お、お仕置き……?」


 女が放つ言葉を理解することが出来ず、航大は呆然とする。


 それはユイ、リエル、プリシラの三人も同じだったようで、常軌を逸した言動の数々に動揺を隠せない。


「だって、魔竜ちゃんはこんなにも強い力を持ってるんだよー? 封印するなんて、勿体無いと思わない?」


「何言ってんだ、お前ッ……」


「でも、この魔竜ちゃんって紛い物みたいなんだよネー、それがちょっと残念かナー」


「ダメじゃな。とても話にならん」


 航大の問いかけには答えず、ペラペラと戯言を漏らす女を前にしてリエルは溜息を漏らすのと同時に臨戦態勢を整えていく。


 小柄な身体に膨大な魔力を充填するリエル。外気に晒される封印の間に凍てつく魔力が集中し始める。


「アハハッ、もしかして私と戦うつもりなのー?」


「……当たり前じゃ。売られた喧嘩は買うのが主義ッ!」


「みんな血の気が多いんだネ――まぁ、その方が楽しめるんだけど」


「――氷雨連弾(アイス・ニードル)ッ」


 まず最初に動きを見せたのは北方の賢者・リエルだった。


 瞬時に魔法の詠唱を済ませると、虚空に無数の両剣水晶を生成していく。一瞬にして数えることすら億劫になる無数の両剣水晶が生まれ、リエルが突き出す右腕の動きと連動して、ローブマントの女を目掛けて飛翔を開始する。


「へぇー、君は魔法を使うんダ?」


「――ッ!?」


 リエルが使役する両剣水晶が女の細い身体に到達しようとした瞬間だった。突如として、彼女の眼前に無数の大樹が出現すると、リエルが使役する氷魔法を一瞬にして無に帰していく。


「アハッ、結構イイ感じの魔力を持ってそうダネ? その力、欲しいなッ」


「――ちッ!」


 女の身体を守るようにして出現した大樹から生まれる巨大な根がリエルの小さな身体を貫こうと接近してくる。この攻撃はローブマントの女が放つものではない。その後ろに存在する魔竜・ギヌスによるもので間違いない。


「リエルッ!」


「――私が助けますッ!」


 王城の前で受けた攻撃とは比べ物にならない精度と速度で接近する根の攻撃にリエルの反応が遅れる。彼女の身体が大樹に飲み込まれようとした瞬間だった、リエルの眼前に立つ姿があった。


「――王剣・宿命の勝利(シャイニング・ブレイド)


 異世界に召喚されし英霊・アーサーは険しい表情を浮かべると聖剣・エクスカリバーの刀身に纏った膨大な魔力を放出していく。光り輝く斬撃はギヌスが生成した大樹の根をいとも簡単に切断、消失させていく。


 更に放たれた強大な力はそのまま女の身体を切り刻もうと飛翔を続ける。


「へぇー、少しは出来るんだネ」


「――ッ!?」


 全てを切り裂くアーサー王の斬撃を前にしても帝国騎士の女は焦る様子を見せることはなく、不敵な笑みを浮かべると床から木で出来た巨大な壁を出現させるとアーサー王の斬撃を防いでいく。


「アハッ、でもそれくらいじゃ私は倒すことは出来ないかなー」


「アーサーの攻撃をッ……」


「あやつだけでも厄介なのに、魔竜まで一緒とは……」


「何とかして、先に魔竜を封印した方がいいかもしれませんね……」


 女は魔竜を自在に操ることができた。


 完全な復活を遂げていないとしても、やはり魔竜と呼ばれる存在だけはある。生半可な攻撃ではギヌスが使役する防御魔法を突破することすら出来ず、このままでは相手に傷一つ負わせることすら不可能な状態だった。


「アハハッ、私を倒したいなら、急いだ方がいいよー? じゃないと――この人たち、みーんな死んじゃうヨ?」


「――ッ!?」


 帝国騎士の女と魔竜を相手にどう戦えばいいのか……そんなことを考えて攻撃の手が止まった航大たちを見て、女は甲高い笑みを浮かべると上空に両手をかざす。


 その動きに釣られて航大たちが頭上に目を向ける。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「エ、エレス……それにレイナまで……?」


「そ、そんな……王国近衛騎士のエレス様が……」


 上空には木で出来た十字架が二つ存在していた。

 更に十字架には磔られている人影も確認することができた。


 一つは全身を鮮血で汚した濃い紫色の髪が印象的な青年。

 一つは純白のドレスに身を包んだオレンジ髪が印象的な少女。


「てめぇ……」


「アハッ、イイネ……その顔……ゾクゾクしてきちゃう……」


 怒りを篭めた瞳で女を睨む航大。

 その視線を真正面から受け止める女は、どこまでも人を小馬鹿にした笑みを浮かべるだけ。


「……アーサー、リエル、プリシラ」


「……はい」

「分かっておる」


「王女をあんな風にした人を……私は許すことが出来ません」


 航大の全身を支配する怒りの感情。


 負の感情は航大の内に潜む邪悪なる存在に力を与える結果となるのだが、今はそんなことはどうでも良かった。


 一秒でも早く二人を救出しなければならない。

 そのためにはまず、眼前で立ち塞がる帝国騎士の女と魔竜を倒さねばならない。


「アハッ……さぁ、殺し合いを始めヨ?」


 大自然が支配するコハナ大陸。


 その中心に位置するアステナ王国にて、航大たちは帝国騎士と魔竜という強大な二つの存在と対峙するのであった。

桜葉です

次回もよろしくお願いします。

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