第三章33 弱気なアーサー王
「はぁ……帰りたい……です……」
城下町の沈静化をライガとシルヴィアの二人に任せ、航大、ユイ、リエル、プリシラの四人は魔竜・ギヌスが存在するアステナ王城へと向かっていた。その道中、無数の小型魔獣たちが航大たちの行方を塞ごうとするが、リエル、プリシラの魔法によってそれら全てを蹴散らしていく。
リエルとプリシラの力は絶大であるのだが、魔法による攻撃でも対処しきれない数の魔獣たちが城下町には存在しており、航大たちがピンチに陥るのと同時に異世界へ『英霊』が召喚されたのだ。
「――はっ?」
航大が持つグリモワールから召喚されたのは、現実世界でも圧倒的な知名度を誇る『アーサー王物語』に登場する伝説の王・アーサーだった。
英霊・アーサーとシンクロを果たしたユイは、その白髪に金色を混じらせ、更に華奢な身体を包むのは白銀と金色が入り交じる甲冑ドレスなのであった。
その姿は『武装魔法・剣姫覚醒』を使役するシルヴィアのものと似ており、アーサー王とシンクロするユイの右手には膨大な魔力を受けて刀身が白く輝く『勝利の剣・エクスカリバー』が握られており、彼女はその権能を使うことによって、大地を切り裂いたのであった。
「えっと……アーサー……で、いいんだよな?」
「えっ、あっ……はい……」
「な、なんかイメージと違うんだけど……」
「ふぇっ……あの、その……ご、ごめんなさい……」
周囲を取り囲んでいた魔獣たちはアーサー王が放った『王剣・絶対なる勝利(聖剣・エクスカリバー)』によって、一瞬にして葬り去られた。さらに航大たちの眼前には切り裂かれた大地がどこまでも続いており、アーサー王が持つ強大な力をこれでもかと実証していた。
――伝説の王・アーサー。
航大が持つイメージとして、アーサー王といえば最高の騎士集団である『円卓の騎士』たちの上に立つ存在であり、精悍で平和を愛する存在として知られていた。
しかし、この異世界において召喚されたアーサー王はそんなイメージとはかけ離れており、剣を握ったまま肩を落すとやる気の感じられない声で戦線からの離脱を懇願する有様なのであった。
「……主様よ、なんだかユイの様子がおかしいようじゃが……あの力、ユイはミノルアの時のように力を得た……ということでいいのかの?」
「あ、あぁ……その認識で間違いないぞ……」
「で、でも……なんかずっと帰りたいって呟いてますね……」
「あ、あれは……うーん……きっと、力の使い過ぎで疲れちゃったんだよ、きっと……」
英霊とシンクロしたユイの力をその目で見たリエル、プリシラの二人は眼前でおろおろと周囲を見渡す彼女の姿を呆然とした様子で見つめる。
「と、とにかく、大丈夫なのでしたら急ぎましょう」
「そうじゃな。ここで立ち止まっている暇はないぞ」
本調子ではないアーサー王の様子に懐疑的な様子を見せつつも、航大たちは一秒でも早くアステナ王城へ辿り着かなければならなかった。
「分かった。アーサー、一緒に来てくれるか?」
「えぇっ、私がですか……?」
「……あぁ。俺たちはあの竜を倒さなくちゃいけない。そのためにはアーサーの力が必要なんだ」
「……私にどこまで出来るか分かりませんけど、助けを求めるのであれば……が、がんばりますッ!」
航大の真剣な願いが通じたのか、アーサー王は表情をキリッと引き締めると力強く頷いてみせた。その様子に安堵する航大は、リエルたちにも視線を向けると再び走り出すのであった。
◆◆◆◆◆
「それにしても、どうしてあいつはあの場所から動かないんだ……?」
黒炎が立ち込める城下町を走り出してしばらくの時間が経過した。
遠くに見えていたアステナの王城はすぐそこにまで接近を果たしており、航大たちはもう間もなく城へ辿り着こうとしていた。
「……確かに、ずっとあの場所に留まったままじゃな」
「もしかしたら、まだ封印は完全に解かれていないのかもしれませんね……」
走る航大たちの眼前に存在するのは、アステナの王城にしがみついているように見える魔竜・ギヌスだった。ギヌスはその鋭い眼光でアステナの城下町を見渡すだけで、その場から動こうとはしていなかった。
「封印が解けていない……?」
「今、魔竜ギヌスがしがみついている場所。あそこが封印の塔と呼ばれる魔竜を封印していた場所です」
「あんな所に……」
「そこから動かないんじゃなくて、動けないように私には見えます……」
「ふむ……アステナの者が抵抗している……ということか?」
「希望的観測ですけどね……もしかしたら、あの場所に留まっていることが罠なのかもしれません……」
あらゆる憶測が脳裏を飛び交う中、それでも航大たちは止まる訳にはいかない。
「――来ますッ!?」
「――ッ!?」
――アステナ王城。
普段であるなら、その場所は巨大な城壁によって囲まれているはずだった。
しかし魔獣たちが猛威を振るう今となってはそんな城壁も崩れ去っており、航大たちは苦労することなく城の敷地内へと足を踏み入れることが出来るはずだった。
航大たちが瓦礫を飛び越えようとした瞬間だった。
何かの気配を察したアーサーが鋭い声音で航大たちに警戒を促してくる。
「うおおおおぉッ!?」
突如として大地が揺れたかと思えば、瓦礫の中から巨大な大樹の根が姿を現した。
それは深層世界で魔竜と融合を果たした影の王が使役していた攻撃と酷似しており、瞬間的に航大はギヌスによる攻撃が始まったのだと理解した。
「全員、気をつけろッ……ギヌスだッ!」
「――大地流双ッ!」
地面を突き破って出現する大樹の根は航大たちの身体を飲み込もうと接近を果たしてくる。
ギヌスによる強襲攻撃に動揺が走る航大たちであったが、そんな中で冷静を保ち即座に魔法の詠唱を開始したのは治癒術師・プリシラだった。
瓦礫に手を当てて魔法の詠唱を完了させると、先ほど魔獣を撃退した巨大な土の壁を生成していく。
「もうギヌスの攻撃範囲に入っていますッ……全員、気を抜かないでくださいッ!」
プリシラの怒号が響き、航大たちは気を引き締め眼前に迫りくるギヌスの攻撃に集中する。
プリシラが生成した土に壁によってギヌスが生成した大樹の根は動きを止めていた。しかしそれも一瞬であり、大樹の根は分厚い土の壁を突き破ると再び航大たちの元へ迫ってくる。
「――武装魔法・氷拳剛打ッ!」
次に動きを見せたのはリエルだった。魔獣たちを凍結、瓦解させた武装魔法によって身体に氷を身に纏うと、真正面から大樹の根に立ち向かっていく。
「はああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーッ!」
リエルの怒号と共に彼女が放つ剛拳が大樹の根を粉砕する。
触れるものを凍結させ、瓦解させるリエルの氷魔法。
その力はギヌスが放つ攻撃にも有効であり、リエルは無数に生えてくる大樹の根を一本一本丁寧に壊していく。
「数が多いなッ……」
「まだまだぁッ!」
リエルが根を壊しても、次から次へと新たな根が出現してくる。
その根は全て航大を狙っており、自分だけに集中するギヌスの攻撃に航大は戸惑いを隠すことができない。
「わ、私も手伝いますッ……」
数と激しさを増していく攻撃の中、アーサーは険しい表情を浮かべると跳躍を開始して、リエルとプリシラが戦う最前線へと繰り出していく。
「――王剣・宿命の勝利ッ!」
大地を流れる魔力を吸収し、片手に持つ聖剣・エクスカリバーの刀身へと纏っていく。
王が使うことを許されしその技の名前をトリガーにすることで、金色に輝くエクスカリバーは内に溜めたその力を解放させていく。
「滅しますッ!」
鋭い声を漏らして膨大な魔力を纏った聖剣を振り下ろしていく。
すると、凄まじい暴風が周囲を包み込むのと同時に無数の光る斬撃が大樹の根を切り刻んでいく。航大たちを襲っていた無数の根は、アーサーの一撃によって全て消失していた。
「す、すげぇ……」
「あれだけの根を一瞬で……」
「無茶苦茶、じゃな……」
魔獣たちを一掃した攻撃と比べると一撃の強さは劣るものの、その代わりに広大な範囲を一瞬にして攻撃する力を持っていた。魔竜の攻撃すらも容易く打ち破る英霊の力を目の当たりにして、航大たちは二度目の驚きに言葉を失う。
『――その力、待ち侘びたぞ』
「――ッ!?」
『――さぁ、我の元へ』
脳裏に響く重低音な声。
それは航大がよく知るものであり、顔を上げればそこにはこちらを見ている魔竜・ギヌスの姿があった。
「どうしたんじゃ、主様よ」
「何かありましたか?」
魔竜・ギヌスが放つ声。それは航大にのみ聞こえているようだった。
ユイ、リエル、プリシラの三人は頭上を見上げて制止する航大を見て首を傾げている。その様子から魔竜が自分に語りかけていることを確信した航大は険しい表情を浮かべる。
『――早くしなければ、この国の者がどうなっても知らぬぞ?』
「ちッ……人質って訳か……」
新たな攻撃が始まらない。
それは魔竜・ギヌスが自らの元へ航大たちを誘っている証拠。
プリシラの言葉が脳裏に蘇る。
航大たちをこの場に呼び寄せる。脳裏に響く魔竜の言葉は罠なのかもしれない。
「……みんな、行くぞ」
「……しかし主様よ、罠かもしれんのだぞ?」
「それでも、ここで立ち止まっててもしょうがないだろ」
「どっちにしても、魔竜は封印しなくてはなりません。私は進むことに賛成です」
航大の言葉にリエルは何かを感じたのか、慎重になるべきだと助言を漏らすが航大とプリシラの意思は固かった。
二人の様子を見てリエルは目を閉じ、小さくため息を漏らすとそれ以上の言葉は漏らさない。
「わ、私も……あの禍々しい魔力は早急に討つべきだと判断します……」
アーサーもおどおどとした様子を見せながらも賛同する。
こうして航大たちは魔竜が支配するアステナ王城へと足を踏み入れることとなる。
その先に待ち受けるものとは一体何なのか……。
アステナ王国を舞台とする壮絶なる戦いはゆっくりとその激しさを増していくのであった。
桜葉です。
次回もよろしくお願いします。




