第三章32 英霊召喚・アーサー王
「……シルヴィアたち、大丈夫かな?」
「大丈夫だ。今は信じて走るしかないッ……」
ライガ、シルヴィアたちと別れてしばらくの時間が経過した。
航大、ユイ、リエル、プリシラの四人は息を切らしながら黒炎を上げる城下町の中を疾走していた。チラリと視線を城下町に向ければ、まだまだ小型魔獣たちが街の中を闊歩しており存分にその猛威を振るっている最中である。
幸いにもここに至るまでの間、城下町に住まう一般市民たちの姿は一人も見ておらず走りながらも、航大は街の人たちが無事であることを祈らずにはいられなかった。
「それにしても、街が異様に静かじゃな……」
「…………」
航大の脳裏を過ぎった不安をリエルが口にしてしまう。
その問いかけの答えが恐ろしいがため航大は口を開くことが出来なかったのだが、リエルは険しい表情を浮かべて最悪の結末を予見しながらもその問いかけを口にした。
「アステナ王国の民は魔獣たちの襲撃には慣れています。正直ここまでの規模は稀ですが、魔獣たちの襲撃は何度かありましたから……」
「なるほど……それにしても、一人も見ないってのは異常だな……アステナの騎士たちは何をしてるんだよッ……」
リエルの問いかけに対してプリシラがアステナの歴史を混じえて答えてくれる。
航大はその答えに安堵するのと同時に街が荒らされている中、戦うべき騎士の姿が無いことに怒りを感じていた。それほどにまで、アステナの城下町は人間の気配というものが存在しておらず、完全なゴーストタウンと化しているのが現実なのであった。
「そこは私も不思議に思っているところです。魔竜の相手をしている……というのなら分かりますが、そうでもないようですし……」
「謎は深まるばかりじゃな。まぁそれも……城へたどり着けば分かるじゃろって……」
「そうだな。今はとにかく急ごうッ……」
頭の中に思い浮かぶ邪念を振り払い、航大たちは眼前に見えるアステナ城を目指して歩を進める。しかし、そんな航大たちの行く手を阻むようにして小型魔獣たちが姿を現す。
「任せるんじゃッ――氷雨連弾ッ!」
眼前を埋め尽くす魔獣たちを前にして、リエルは簡単に詠唱を済ませると新たなる氷魔法を繰り出していく。その魔法はリエルが得意とする大粒の両剣水晶を投擲する『ヒャノア』と小粒の両剣水晶を五月雨に放つ『ヒャノア・レイ』を混ぜ合わせた力を持っており、瞬く間の内に生成された無数の巨大な両剣水晶を投擲することで魔獣たちの小さな身体を貫き、凍結させていく。
「うおぉッ……すげぇッ……!?」
「儂もただボーッとしてるだけじゃないからのッ!」
リエルが生成した氷の両剣水晶は触れるだけで対象を瞬時に凍結させる力を持っていた。何も知らない魔獣たちはその足に水晶が触れるだけで全身が凍結してしまい、瞬時に砕けて散っていく。
その魔法はリエルの姉である北方の女神・シュナが使役する『氷槍龍牙』と似ているものがあり、それを目の当たりにした航大は彼女たちの姉妹としての繋がりというものを強く実感することになった。
「ちッ……数が多いのッ……」
「私もお手伝いしますッ――大地流双ッ!」
一歩前に出たプリシラは険しい表情を浮かべて魔法を詠唱すると、淡い光を帯びた両手を地面にかざす。彼女の両手が大地に触れると、突如として地震が発生するのと同時に巨大な土の壁が出現した。
「どいてくださいッ!」
プリシラの厳しい声と呼応するようにして、出現した巨大な大地の壁が小型魔獣たちを押し潰すようにして倒れていく。
眼前を覆い尽くす巨大な大地の壁を前にして、魔獣たちは逃げる暇すら与えられることなく押し潰されて絶命していく。
「こ、こっちもすげぇッ……」
――氷魔法を使役する賢者・リエル。
――土魔法を使役する治癒術師・プリシラ。
眼前で炸裂する魔法を前にして、航大は思わず感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
「航大ッ、まだ安心するには早いぞッ!」
「あっちからも来ますッ!」
この調子なら小型魔獣くらいは簡単に対応できる……航大がそんな慢心を抱こうとした瞬間だった。プリシラが放った魔法によって立ち込める粉塵を掻き分けるようにして無数の魔獣たちが飛び出してくる。
「――武装魔法・氷拳剛打ッ!」
瞬時にして距離を詰めてくる魔獣たちを前にして、魔法の詠唱が間に合わないと判断したリエルは無詠唱で使役することが出来る魔法を発動させていく。
短く魔法を詠唱したリエルが使った『氷拳剛打』という魔法は、シルヴィアの剣姫覚醒と同じ『武装魔法』と呼ばれるものだった。
魔力を具現化させ、それを身に纏うことで強大な力を使役する武装魔法。
リエルは凍てつく氷を自らの両腕に纏わせると、巨大な氷のグローブを生成して装備していく。
「はああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーッ!」
肩まで覆う氷のグローブを身に纏ったリエルは怒号を上げながら拳を振り上げる。そして眼前を埋め尽くす魔獣たちに強烈な一撃を見舞っていく。
「うおおおおぉッ!?」
リエルの武装魔法が炸裂するのと同時に、航大たちの周辺を凄まじい衝撃が包み込んでいく。
――リエルが放つ氷の剛拳。
氷に覆われたリエルの拳が魔獣たちの身体に触れることで、触れた箇所が瞬時に凍結、瓦解していく。
範囲系魔法とは違い、リエルが使役する武装魔法は連撃性に優れていた。
「……航大、私も戦う」
「……ユイ?」
リエルとプリシラが最前線で戦う中、その後方で様子を見ている航大に向けてユイが自ら戦うと宣言してくる。航大の懐にしまってあるグリモワールは淡い光を帯びており、いつでも戦う準備は出来ていた。
「で、でも……」
「……航大、お願い」
自分も航大の力になりたい。
ユイの潤む瞳からは強い想いが浮かんでおり、その眼差しを前にして航大の心は激しく揺さぶられる。
ユイと航大が力を合わせることで成し得る『英霊召喚』という異形の力は、これまでの戦いにおいて絶大なる功績を残してきた。小型魔獣たちとの戦いを終えれば、魔竜との戦いが待っている。どうしてもユイの力が必要となる時がやってくるのは間違いない。
しかし、それでも航大は眼前に存在するユイの姿を見て異形の力を行使することを躊躇ってしまう。
「ユイ、また森林の時みたいになったら……どうするつもりなんだよ……」
「…………」
航大がグリモワールの力を使うことを躊躇う理由。
それはアステナ王国に到達する前にユイが倒れ伏した時のことがどうしても脳裏から消えないためだった。
「……貴方の代わりに戦う。それが私が貴方の隣に存在する理由」
「…………」
「……航大と初めて出会ったあの時から、私は貴方の矛だった」
「…………」
「……貴方を守ることが私の使命。貴方が死ぬまで私は絶対に死なない――だから、心配しないで」
「――ッ!?」
周囲で魔法による轟音が響く中、航大の身体を強く抱きしめるユイは静かな声音で自分がこの世界に存在する意味を唱えていく。それは抗うことができない魔法の言葉でもあった。
白髪を風に靡かせる少女はいつでも航大が求める言葉を唱えてくれるのだ。
楽観過ぎる。そう切り捨てることが出来たらどれだけ楽だろうか。
それをさせないのが、白髪の少女・ユイという存在なのだ。
「……次、あんな風になったらもう戦わせないからな」
「……分かった」
「もちろん、死んでもダメだ」
「……うん」
「――いくぞ、ユイ」
「…………」
「英霊召喚――アーサー王ッ!」
漆黒の装丁をしたグリモワールを開き、航大はその言葉を詠唱する。
すると純白のページに幾何学的な模様が生まれ、英霊の物語が記されていく。
世界が眩い光に包まれていく中、異世界に召喚されるのは円卓の騎士を統べる伝説の王・アーサー。黄金に輝く勝利の剣・エクスカリバーを片手に持った英霊がユイの身体とシンクロを果たしていく。
「――王剣・絶対なる勝利(聖剣・エクスカリバー)」
まだ世界が眩い光に包まれる中で、航大の鼓膜を震わせたのはそんな声音だった。
優しくも威厳のある言葉が響き渡ったかと思った次の瞬間、プリシラが使役した土魔法による揺れを遥かに超える大地震が足元を襲った。
まともに立っていることすらやっとな状況の中で、急速に視界が回復していく。
「……なんだよ、これ」
光が消失し、大地全体を揺らす地震が収まると航大の眼前には想像を絶する光景が広がっていた。
「こ、これは驚いたの……」
「は、はい……まさか、こんな力があるなんて……」
絶対の静寂が支配する空間に存在する航大、リエル、プリシラの三人は大地を切り裂く斬撃の痕を見て絶句する。
「…………」
黄金に輝く両刃剣を持つ白髪と金髪が混じり合った少女・ユイが静かに吐息を漏らすのを見て、航大は英霊とシンクロした彼女の一撃が大地を裂き、周囲を取り囲んでいた魔獣たちを一瞬にして葬り去ったのだと理解した。
――異世界に召喚されたのは、現実世界で知らぬ者はいない伝説の王・アーサー。
金色に輝く甲冑ドレスを風に靡かせ、精悍な顔つきで眼前を睨みつけるユイの姿に航大は思わず生唾を飲む。
「……えっとユイ? いや、今はアーサーなのか?」
「はぁ……」
航大が声をかけるのと同時に、アーサーは肩を大きく上下させて重い溜息を漏らした。
「はあぁ……帰りたい……です……」
「――はっ?」
圧倒的な力を持ってして魔獣たちを一掃したアーサーは、重い溜息と共にそんな言葉を漏らすのであった。
桜葉です。
今度の英霊は皆さんご存知の伝説の王・アーサーです。
英霊が見せる戦い、どうぞお楽しみください。




