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終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~  作者: 桜葉
第三章 大森林に眠りし魔竜・ギヌス
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第三章27 悪夢からの目覚め

「んっ……」


 ――目を覚ます。


 まず視界に飛び込んできたのは見慣れない天井であり、深い眠りから覚めたばかりの航大はしばらくの間、じっと見覚えのない天井を見つめ続ける。


 ――身体に異常はない。


 長く眠っていた影響なのか全身が強い倦怠感に苛まれていることを除けば、怪我もなく航大は健全であると言えた。


「俺は……どうして……」


 身体を動かすことすら億劫な中で、航大は自分が置かれている状況の把握に務める。


 自分が深層世界で女神シュナと共に戦ったことは鮮明に覚えている。女神と融合を果たした際の感覚というのは、目を覚ました今でも航大の全身に色濃く残っているのだ。


 再び目を閉じ、さらに過去の記憶を思い返す。


 アステナ王国に辿り着き、王国の王女であるレイナに親書を届け、その際にアステナが誇る治癒術師を紹介してもらった。それは航大の身体を侵食する不純な魔力を取り除くためであり、航大たち一行はアステナ森林の中に佇む洋館へと足を運んだのだ。


「そうだ……俺、あの場所で……」


 そこで航大は屋敷で出会った少女について思い出す。


 全身をローブマントで覆った少女はプリシラ・ネポルと名を名乗り、航大たちの前から姿を消したのだ。彼女は極度の人見知りであり、しかも男性に対して強く発揮されるものであった。


 その後、航大たちは姿を消したプリシラの姿を探すことになるのだが、問題はその直後に起きたのであった。


「俺は……地下室で…………うぐッ!?」


 記憶の糸が続けざまに解されていく。


 ――プリシラを探すために歩き回った航大が辿り着いた地下室。

 ――薄暗く、松明の灯りだけが支配する狭い部屋。


 そこで航大はローブマントを羽織り、涙目で身体を小さくするプリシラと再会する。


 その後、体内に禍々しき力が流れ込んできたかと思えば、次の瞬間には航大の右手がプリシラの細く白い身体を貫いていた。


「かはっ、がはッ……ごほっ……こほッ……」


 航大の右手がプリシラの腹部の中に潜り込み、右手を暖かい鮮血が包み込む。手を強く握りしめれば柔らかくも弾力のある臓物の感触があった。


「お、俺は……」


 ここまで思い出して、航大は自分がしでかした取り返しの付かないことをハッキリと認識する。

 あの時の光景を思い出そうとすれば、激しい嘔吐感が襲ってくる。


「はぁ、はあぁ……」


「むにゃ……」


「――えっ?」


 ここまで来て、航大は初めて自分が寝ている部屋に誰かが居ることに気付く。

 誰かの声が聞こえてきて、周囲を見渡してみるとその人影はすぐに見つけることが出来た。


「……プ、プリシラ…………さん?」


「むにゃにゃ……ふぁい……?」


 ベッドの傍に設置された椅子に座り、ベッドの縁に倒れ込むようにして寝ているのは腰まで伸びた黒髪と病的なまでに白い肌が印象的な少女・プリシラで間違いなかった。自分が殺してしまったと思い込んでいた人物がすぐ傍で眠っていたのだ。


 何が何だか理解出来ず、目を見開いて驚きを全身で表現していると目を覚ましたプリシラの意識が徐々に覚醒していく。


「ふわぁ……私としたことが眠ってしまいました……」


「え、えっと……お化けじゃないよね?」


「……お化け? なんですか、それ?」


「それじゃ……えーと……俺たちは既に死んでるとか?」


「いいえ、私たちはちゃんと生きてますよ?」


 眼前で眠そうにしている少女・プリシラは航大の手によって絶命したはず。


 そのはずだったのだが、プリシラは確かにそこに存在しているのであって、航大の頭は酷く混乱することを禁じ得ないのであった。


「よし分かった。とりあえず、状況を整理しよう」

「えっと……よく分かりませんが分かりました」


「ここはどこだ?」

「ここは私……プリシラ・ネポルの住む屋敷です」


「そこは大丈夫だな。どうして俺はここで寝てるんだ?」

「それは……屋敷で倒れてたから私が運んで来たんです」


「屋敷で倒れてた……?」


 航大の問いかけにプリシラは表情を変えることなく答える。

 あまりにも自然な返答であった為、航大はその言葉を疑うよりも早く飲み込んでしまう。


「た、倒れてた……?」


「はい。そうですよ。長旅で疲れていたのかもしれませんね?」


 航大が持つ記憶と、プリシラが話す事実に相違が見られる。


 そのことに首を傾げずにはいられないのだが、プリシラが放つそれ以上は何も聞くなという威圧感を感じると、心内にモヤモヤとした感覚を覚えながらもひとまず納得しようと努力する。


「そ、そうか……とりあえず、君が無事でよかったよ……」


「……無事? 貴方も変なことを言いますね?」


「あはは……まぁ、笑ってくれてもいいよ……」


 屋敷の地下室で起きた一連の出来事が航大の脳裏からは消えてくれない。

 複雑な感情を抱きながらも、航大はひとまず安堵することが出来たのであった。


◆◆◆◆◆


「……航大、大丈夫だった?」


「全くじゃぞ。一人で行動したかと思えば、倒れていたなど……」


「本当だよッ、おにーさんッ! 心配したんだからねッ!」


 身体と精神が落ち着きを取り戻し、航大はプリシラに案内されるがままに再びの応接間へと姿を表していた。小広い応接間には航大以外の全員が揃っており、航大の姿を見るなりユイ、リエル、シルヴィアの三人が怒りの表情を浮かべながら迫ってくる。


「あ、いや……それが……俺にもよく分からなくて……」


「……分からないってなに? 航大、また身体の調子が悪い?」


「いや……身体の調子は悪いどころか、結構いい感じだな……」


「それはそうじゃ。主様が寝ている間に、そこの小娘が見てくれたのじゃからな」


「えっ、そうなの……?」


 驚きの事実に航大の視線がプリシラに戻される。


 全員の視線を一身に浴びるプリシラは、まだ人見知りの影響を引きずっているのか顔を赤くすると、その身体を小さくして何度か首を縦に振った。その様子がどこか小動物のように見えて、航大の荒んだ心を癒してくれるのだが、やはりまだ彼女の姿を見ると地下室でのことを思い出してしまう。


「……は、はい。貴方の身体を蝕んでいた不純な魔力は取り除きました。これで、ひとまずの危険はないかと思います」


「あ、ありがとう……」


「い、いえ……王女からのお願いなら、私に断る理由はありませんから……」


 誰が見ても明らかな人見知りを発動しながら、プリシラは言葉を続ける。二人で話していた時は普通だったというのに、ライガたちを前にするとまだ人見知りが発動してしまうらしい。


「確かに身体が軽い……」


 改めてプリシラの言葉を聞いて、航大は不思議なくらいに軽い自分の身体を再認識することができた。羽が生えたようだとまでは言わないが、それでも確実に航大の身体は全盛期に近いものになっていた。


「ユ、ユイさんの身体も見ました。私が出来ることはしました。彼女もしばらくの間は問題ない……と、思います」


「なんだよ、歯切れが悪いな……」


「彼女の身体も貴方と同じように不純な魔力が存在していました。それを取り除くだけなら出来るのですが、彼女の場合はその魔力の量が尋常ではない……ということが問題なのです」


「尋常じゃない量……?」


「……はい。正直、あの状態でよく普通にしていられるな……というのが正直な感想です」


「マジかよ……大丈夫なのか、ユイ?」


「……私は全然問題ない」


「本当に不思議な人です……」


 航大の問いかけに何でもないといった無表情で頷くユイ。

 そんな彼女の様子を見て、プリシラも困惑の表情を浮かべて溜息を漏らす。


「ユイさんの身体は改めて診ます。今日は時間も遅くなってしまいましたし、このまま屋敷に泊まって行ってください」


「おっ、いいのかッ!?」


 プリシラの言葉に窓の向こうに広がる外の様子を観察する。


 どれほどの時間を寝て過ごしていたのか、確かに窓の向こうには夜の帳が下りていて、今から外に出るのは危険であることは誰もが承知の事実だった。


「……はい。お部屋の用意はセレナにお願いしてありますので、お好きな部屋を使ってください」


「お客様のご案内は私にお任せください。そうしてください」


「うおぉッ!? いつの間にッ!?」


 応接間の中に姿が見えなかった屋敷のメイドであるセレナは、気配もなくライガの背後に忍び寄ると、無感情な声を漏らして頭を下げる。


「……それじゃ、私は航大と一緒に寝る」

「むむッ!? 隙があれば抜け駆けしようとするのッ!?」

「そうだよッ! 抜け駆けしようたって、そうは行かないんだからッ!」


 航大の腕にしがみつきながらユイがぼそりと漏らした言葉に、リエルとシルヴィアが鋭く反応する。異世界にやってきてから、この光景を何度見ただろうか……と、航大は溜息を禁じない。


「……ユイさんたちのお部屋は既に用意してあります。この屋敷で不純異性交遊は認める訳にはいきませんよ?」


「……うぐッ」


 無言の圧力を放ってくるセレナを前にして、彼女の実力を嫌というほど理解しているユイたちはそれ以上の抵抗を諦め、それぞれの部屋へと案内されていった。


「はは、今日は静かな夜を過ごせそうだな」


「あぁ、そうだな……」


「航大、本当に身体は大丈夫か?」


 ユイ、リエル、シルヴィアの三人が名残惜しそうな表情を浮かべながら応接間を出て行くのを見送って、ライガが航大に声をかけてくる。その表情は問題が片付いたことによる安堵に満ちていて、後はユイの身体を完全に治癒することが出来れば、晴れて航大たちは自分たちに課された任務の全てを終えることが出来るのだ。


「ビックリするくらい絶好調だぜ」


「それなら良かった。明日は嬢ちゃんの身体を診てもらったら、一度アステナ王国に戻って、その後はハイラント王国へ戻るぜ」


「……分かった」


 ライガと明日の打ち合わせをしていると、応接間にやってくる小さな人影があった。


 それはメイド服に身を包んだ少女であり、相変わらずの無表情っぷりを披露するセレナは、小さく頭を下げると航大たちを部屋に案内しようとする。


 いつの間にか、プリシラは応接間から姿を消していて、異様な静寂が包む中で航大たちはそれぞれの部屋へと案内されていく。


 コハナ大陸、アステナ王国を舞台にした物語は嵐の前の静けさを見せながら更けていくのであった。


桜葉です。

第三章はまだまだ続きます。

次回もよろしくお願いします。

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